119 / 196
第七章 風雲
六話 決着
しおりを挟む
最初の一撃は脅威だった。
もし、普通の盾であれば、衝撃でへしゃげそのまま俺の腕を破壊していたかもしれない。
氷天の時も、炎竜にブレスを吐かれた時もそうだったが、【魔道士の盾】は、俺の命を何度も救ってくれているな。
ん……? そう言えばこれは殺し合いはなしの約束だった。
あれは下手をしなくとも、食らっていたらかなり危ない攻撃だったぞ。
まあ、仕方がないか……余りにも一方的な展開だった。
それに、俺も余裕を見せ過ぎた。
この国の面子を保つのも、勇者の仕事だよな。
だが、果たしてあれで面子が保てたかは分からない。
しかし、エリオットはもう動かない。
俺は勝利を確信し、離れていたアニアに視線を送った。
すると、アニアが走ってこちらにやってきた。
その隣には、ポッポちゃんも一緒だ。
「す、すごいっ! ゼン様すごいのです!」
「だから言っただろ、遊んでた訳じゃないってさ」
アニアが杖を抱きしめ、キラキラとした瞳で俺を見ている。
今なら抱擁の一つぐらいしても良いのではないかと思い、アニアの両肩を掴んでみる。
だがそれは、興奮した様子のポッポちゃんに防がれる。
バサバサと飛び上がり、俺の肩に乗っては、何度もクチバシで俺の唇を奪った。
そして「主人はつよいのよ! やっぱり群れの主なのよ!」とクルゥクルゥと鳴いている。
「もう、ポッポちゃんには勝てないのです」
少なからず期待していた様子だったアニアは、そんな俺とポッポちゃんを見て本当に微笑ましそうに笑っていた。
ポッポちゃんの熱い口づけが収まった。
まだ動かないエリオットたちが怖いので、少し近付いて確認してみる。
すると、意識が戻ったエリオットが、顔をしかめて首だけを起こした。
表情は険しいが、先ほど見せた物からは戻っている。
「ガハッ! 恥を忍びアーティファクトを使って全てを出しても、かする程度か……ゼン、君は魔王……にでもなるのかい? そんな強大な力を得て、何をするつもりなんだ」
エリオットの目が鋭い。その目には俺の真意を確かめる思いをにじませていた。
「何って、その魔王が出ても倒せる力が欲しいんだよ。どうやら俺にはそれができそうだ。ならば、大事な人を守るためにも手に入れるべきだろ。まあ、そこまで焦って取り組んではいないけどな」
そこまで大きな決意がある訳ではない。
だが、力を欲する理由に嘘はない。
俺が軽い口調でそう言うと、エリオットの厳しい眼光は、仕方がないといった笑いに替わり、起こした頭を力なく地面に戻した。
このやり取りを切っ掛けに、この場に集まっていた周囲の人間が、戦いの終わりを感じたのか、騒がしくなりだした。
特に俺らに付いてきた野郎連中は、少し素行が悪そうな奴が多く、特にうるさい。
だがこれで、アニアが誰の女なのか分かっただろう。
下手に手を出せば、この国の勇者を圧倒する俺が出てくると認知されたはずだ。
こちらに走ってきたユスティーナを抱き上げ、気付いたら死にかけていたエリオットの味方を全力で回復する。ユスティーナも俺が渡した上級ポーションを使い手伝ってくれた。
しかし、初めて『チェインライトニング』を人間に使ってみたが、これは駄目だ。
殺す気ならば良いが、抵抗力がないと一発で死ぬ。
そういえば、俺は加護と多くのスキルのお蔭で、魔法の威力が相当高くなっている。
普段、余りにも使わないので、分かってはいるが認識が甘かった。
本当に保険を掛けておいて良かった。
全員を回復すると、男たち全員から握手と抱擁を求められた。
戦いこそしたが、恨みなんて物はない。
お互いを称え合うように、力強い抱擁を受け入れた。
「私も良いかな」
最期にエリオットとも握手をして抱擁を交わす。
俺より少し身長の高いエリオットの顔が、俺の真横にやってきた。
「はぁ……手に入れられなかったのが悔やまれるよ」
「すまないが、これできっぱり諦めてくれ。だが、そこまで思っていたのか?」
「あぁ、一目惚れだったんだ、初めてだったよ。それにね、この戦いもかなり衝撃を受けた。まあ、結果は未熟な私の敗北だったけどね」
エリオットはそうは言うが、彼もかなりの力を持つ者だ。
特に最後に見せたあの力は、極々短い時間だったが、俺に焦りを感じさせた。
しかし、抱擁が長い。
しかも、エリオットの話す息が耳にかかる。
だが、戦いは終わったのだ。無下に扱うのも少し気が引ける。
そう思っていると、エリオットは再度口を開いた。
「ゼン、名残惜しいが諦めよう。だが、思いを簡単に変える事は出来ない。最期にこれぐらいは良いよな」
俺の耳元でささやいたエリオットが、俺から離れる瞬間に頬にキスをしてきた。
えっ……?
その行動に俺は、ただただ呆気に取られてしまった。
今の事は、俺と近くで俺を見ていたアニア以外は、誰も気付いていない。
動かせない顔を視線だけ動かしアニアを見てみると、杖を胸に抱いたまま固まっている。
俺も離れていくエリオットの後姿を見つめたまま動けない。
「ッ!」
声にならない声とはあれのことだろう。
ようやく動き出したアニアが、マジックボックスに杖を収納すると同時に、手拭いを取り出して俺の頬を全力でこすり始めた。
「ゼ、ゼ、ゼン様! 何なのですかあれは! いやー!」
「な、なあアニア。あいつってもしかして……」
「少し怪しいとは思ってましたが、本当だったなんて!」
やはりそうなのか……。
要するに狙いはアニアではなく、俺だったのか。
……怖えええええええええ! 負けなくて良かったよおおおおおお!!
俺から距離を取ったエリオットが、振り返ってウインクを飛ばしてきたやがった!
俺はそれを【魔道士の盾】で防ぎ、【テンペスト】を投げてやろうかと思ったが、流石に止めておいた。
戦いが終わり勝者の権利を得ることとなった。
今回の勝負で俺らの物となるスクロールは『エリアヒール』だ。
魔法技能レベル4が必要で、エリオットもアニアもまだ使う事が出来ない。
エリオットは相当先の予定だが、スキルレベルが上がったら習得する予定だったらしい。
だが、これを得るには一つの条件が付けられる。
それは、スクロールの権利はアニアに譲渡されるが、この国で通常行われている、制限だけは掛けさせてくれとのことだ。
言ってきたのはエリオットの父でもある、大司教だ。
スクロールその物を貰えたならば、一度俺が覚えてから錬金スキルを上げたのちに、スクロール作成をしてアニアに譲渡すればよかった。
だが、これではどちらか一人だけが手に入れるだけになるだろう。
もちろん最初は不満だった。
エリオットもこれは想定していなかったのか、何度も頭を下げてきた。
言い分としては「あの時は君を見ておかしくなっていたんだよ、ゼン」とのことだ。
気持ち悪いので、それ以上聞きたくないと心底思ってしまい、早々に話を切り上げてしまった。
結果、スクロールはアニアが使うことにした。
神の契約の下の戦いだったので、俺がごねれば手に入ったが、そこは俺も大人だ。
アニアは今後もこの国で当分活動する。
ならば、出来る限り居心地が悪いようにはしたくない。
それに、これは一つの貸しだ。
エリオットの父である、大司教からの願いを聞き入れておけば、何時かカードとして切れる可能性がある。
どちらが得かは何とも言えない。
だが、少なくとも、教国が俺らに対して悪い印象を持つよりかは良いだろう。
後処理も終わり、約一カ月この国で過ごした。
主に街でのんびりと過ごしていた。
観光もしてみた。そのついでに、アニアたちの神殿からの依頼を手伝ったりもした。
ユスティーナの相手をセシリャが進んでしてくれるので、アニアと二人にも多くなれた。
もちろんアニアに会いに来たのだから、それはそれは楽しんだ。
楽しみ過ぎて、アニアが何かに目覚め始めている気配を感じた。
ある日、アニアにこんな事を言われた。
「聞かなかった私が悪かったと思いますが、ジニーちゃんに何もしてないのは駄目なのです……」
「だってさ、ジニーは直ぐぶっ倒れそうになるんだぞ。あの環境だから難しいってのもあるけど」
「ジニーちゃん、昔は自分から行くとか言ってたのに」
「ジニーは前にちょっとお姫様扱いしただけで、逃亡したぐらいだからな」
「そうだったのです……」
勢いはあるが、結構ヘタレる。それがジニーの可愛さでもある。
「まあ、そうだな、じゃあアニアと同じことをすればいいか?」
「だ、駄目なのです! それはジニーちゃんが耐えられそうじゃないですもん。あんな恰好とか、あれとか駄目ですよ!?」
「アニアは良いのかよ?」
「私は良いのです。ちょっとゾクゾクするので良いのです」
やはり何かに目覚めてやがる……
結局、ジニーとの仲は無理をせず、もう少し進展させろとのことらしい。
アニアにしたら、自分だけ関係が進むのが申し訳ないとか言っている。
一夫多妻制の常識なんて知らないから、俺もこの件に関しては過去の経験が全く生かせないよ。
まあ、どちらにしても、俺がどうにかするしかないよな。
更にもう一つの事を、アニアに指摘をされた。
「ユスティーナちゃんですけど、ゼン様本当に娘だと思ってます?」
「……どうしてだよ」
「可愛がっているのは分かりましたが、最初の頃の私たちに近い感じで接してますよね」
「……俺も正直戸惑ってんだよ。いきなりあんな大きい子供が出来ましたは、なかなか受け入れるのに時間が掛かる。いや、可愛いんだよ物凄く。でも、どう接したらいいかはまだ迷ってるな」
これは正直な気持ちだ。実際に親と言う自覚が薄い。
「もう、あんな可愛いんですから、もっとちゃんとしてあげてください!」
「何で怒ってるんだよ……」
「ユスティーナちゃんが、ゴブリンに殴られたって聞きました。ゼン様なら防げたはずです」
「あれは……油断したと言うか、ポッポちゃんがあそこまでスパルタだと思わなかったからさ」
初めてゴブリンを倒させた時、武器は取り上げたし、近くにはポッポちゃんがいるから大丈夫だと高をくくり、少し油断をしていた。
その結果、ユスティーナは素手による一撃食らった。
ポッポちゃんの方針とはいえ、ちょっと厳しかったか。
「とにかく、もっと可愛がってあげてくださいね?」
「アニア、お前も結構過保護だな」
「ポッポちゃんとゼン様の子供なんですから、可愛くない訳ないじゃないですか!」
「はい。分かりましたアニアさん」
数えるぐらいしかない俺への抗議が、ポッポちゃんが相手とは言え、他者との娘の為とはアニアはちょっとずれてるな。
いや、これは俺を安心させる為か?
アニアの前だとユスティーナに対して少し引いてたからな。
そんな事に気を配れるなんて成長したなと思うと同時に、慈愛に溢れすぎてマジ聖女だと、笑顔に戻ったアニアを見て思ってしまった。
あ~マズい。本当に可愛くて仕方がない。
そんなこんなで時は経ち、俺らは帰宅することにした。
本当に名残惜しいが、何時までもいればアニアたちの邪魔になる。それは本末転倒という奴だ。
「ユスティーナァ……絶対に早くそっちにいくからね……」
「セシリャお姉ちゃんっ!」
ヒシッと音がしそうなほどに抱き合う二人、セシリャの瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちている。
この一カ月の間、ユスティーナは殆どの時間をセシリャと過ごしていた。
セシリャがずっと世話を焼いていたからだ。
「セシリャったら……本当にアニアを頼んだわよ。アニアも無茶をせず、何かあればご主人様に連絡しなさい」
「はい、なのです。パティさんも今度会った時には、旦那さんを見せて下さいね!」
俺らの帰宅にはパティも同行させることにした。
できるパティを連れていくことに、少しは不安がある。
だが、ある程度の安全が確保出来たのでそうする事にした。
エリオットとの勝負から数日して、枢機卿から手紙が来た。
手紙の内容はアニアに対して、今後国として勧誘は行わない約束が書かれていた。
どうやらラーグノックの神殿長である、マイデルさんから手紙がいっていたようで、手を出すなと警告を受けていたらしい。
マイデルさんは枢機卿らの先輩らしく、無下には出来ないのではないかというのが、アニアの見解だ。
俺の戦いは、最後の一押しになったのだろう。
更にもう一人の協力者ができた。
「アニアさんのことは任せなさい。近づく男は私が排除する。ゼンには嫌われたくないからな。ゼン、何時か会いに行くよ……」
「来るなよ……絶対にくるな。振りじゃねえからな!」
エリオットが言葉の終わりにウインクを飛ばしてきた。
俺はそれから逃れ、アニアを抱きしめて心を癒す。
あの勝負の後、彼とは何度か話す機会があった。
機会と言うか、エリオットが来るから仕方がなかった。
俺の事は一応諦めたが、話をするぐらい良いだろうとの事だ。
露骨な事をしなければ、男だろうが他者に好かれるのは嫌じゃない。
今さっきのは気持ち悪いけど……
まあ、話して見れば気のいい奴だ。
何となく男に好かれるのも分かったような気がした。
彼が男を排除すると言ってくれたんだ、具体的にどうするかは怖いので聞かないが、信じられるだろう。
「ご主人様、本当に良かったのですか?」
「うん、こういうのは女性に失礼なのは分かってるけど、あれだよ、お見合いするのは早い方が良いだろ?」
「確かに……」
「まあ、アニアからのお願いでもあるからね。あの子に言われたら俺は言いなりさ」
パティを連れて帰る理由はこれだ。もうすぐ大台に乗ってしまう。
見た目は年齢よりかは若いのだが、アニアからは事あるごとに年齢を気にしている節があると聞いていた。
その前に決着を付けなければいけないと、再会して改めて思ったんだ。
本人は残るアニアとセシリャを不安そうに見ていたが、この状況になれば問題はないだろう。
こうして俺らはまた一カ月弱を掛けて、ラーグノックへと戻ることにした。
もし、普通の盾であれば、衝撃でへしゃげそのまま俺の腕を破壊していたかもしれない。
氷天の時も、炎竜にブレスを吐かれた時もそうだったが、【魔道士の盾】は、俺の命を何度も救ってくれているな。
ん……? そう言えばこれは殺し合いはなしの約束だった。
あれは下手をしなくとも、食らっていたらかなり危ない攻撃だったぞ。
まあ、仕方がないか……余りにも一方的な展開だった。
それに、俺も余裕を見せ過ぎた。
この国の面子を保つのも、勇者の仕事だよな。
だが、果たしてあれで面子が保てたかは分からない。
しかし、エリオットはもう動かない。
俺は勝利を確信し、離れていたアニアに視線を送った。
すると、アニアが走ってこちらにやってきた。
その隣には、ポッポちゃんも一緒だ。
「す、すごいっ! ゼン様すごいのです!」
「だから言っただろ、遊んでた訳じゃないってさ」
アニアが杖を抱きしめ、キラキラとした瞳で俺を見ている。
今なら抱擁の一つぐらいしても良いのではないかと思い、アニアの両肩を掴んでみる。
だがそれは、興奮した様子のポッポちゃんに防がれる。
バサバサと飛び上がり、俺の肩に乗っては、何度もクチバシで俺の唇を奪った。
そして「主人はつよいのよ! やっぱり群れの主なのよ!」とクルゥクルゥと鳴いている。
「もう、ポッポちゃんには勝てないのです」
少なからず期待していた様子だったアニアは、そんな俺とポッポちゃんを見て本当に微笑ましそうに笑っていた。
ポッポちゃんの熱い口づけが収まった。
まだ動かないエリオットたちが怖いので、少し近付いて確認してみる。
すると、意識が戻ったエリオットが、顔をしかめて首だけを起こした。
表情は険しいが、先ほど見せた物からは戻っている。
「ガハッ! 恥を忍びアーティファクトを使って全てを出しても、かする程度か……ゼン、君は魔王……にでもなるのかい? そんな強大な力を得て、何をするつもりなんだ」
エリオットの目が鋭い。その目には俺の真意を確かめる思いをにじませていた。
「何って、その魔王が出ても倒せる力が欲しいんだよ。どうやら俺にはそれができそうだ。ならば、大事な人を守るためにも手に入れるべきだろ。まあ、そこまで焦って取り組んではいないけどな」
そこまで大きな決意がある訳ではない。
だが、力を欲する理由に嘘はない。
俺が軽い口調でそう言うと、エリオットの厳しい眼光は、仕方がないといった笑いに替わり、起こした頭を力なく地面に戻した。
このやり取りを切っ掛けに、この場に集まっていた周囲の人間が、戦いの終わりを感じたのか、騒がしくなりだした。
特に俺らに付いてきた野郎連中は、少し素行が悪そうな奴が多く、特にうるさい。
だがこれで、アニアが誰の女なのか分かっただろう。
下手に手を出せば、この国の勇者を圧倒する俺が出てくると認知されたはずだ。
こちらに走ってきたユスティーナを抱き上げ、気付いたら死にかけていたエリオットの味方を全力で回復する。ユスティーナも俺が渡した上級ポーションを使い手伝ってくれた。
しかし、初めて『チェインライトニング』を人間に使ってみたが、これは駄目だ。
殺す気ならば良いが、抵抗力がないと一発で死ぬ。
そういえば、俺は加護と多くのスキルのお蔭で、魔法の威力が相当高くなっている。
普段、余りにも使わないので、分かってはいるが認識が甘かった。
本当に保険を掛けておいて良かった。
全員を回復すると、男たち全員から握手と抱擁を求められた。
戦いこそしたが、恨みなんて物はない。
お互いを称え合うように、力強い抱擁を受け入れた。
「私も良いかな」
最期にエリオットとも握手をして抱擁を交わす。
俺より少し身長の高いエリオットの顔が、俺の真横にやってきた。
「はぁ……手に入れられなかったのが悔やまれるよ」
「すまないが、これできっぱり諦めてくれ。だが、そこまで思っていたのか?」
「あぁ、一目惚れだったんだ、初めてだったよ。それにね、この戦いもかなり衝撃を受けた。まあ、結果は未熟な私の敗北だったけどね」
エリオットはそうは言うが、彼もかなりの力を持つ者だ。
特に最後に見せたあの力は、極々短い時間だったが、俺に焦りを感じさせた。
しかし、抱擁が長い。
しかも、エリオットの話す息が耳にかかる。
だが、戦いは終わったのだ。無下に扱うのも少し気が引ける。
そう思っていると、エリオットは再度口を開いた。
「ゼン、名残惜しいが諦めよう。だが、思いを簡単に変える事は出来ない。最期にこれぐらいは良いよな」
俺の耳元でささやいたエリオットが、俺から離れる瞬間に頬にキスをしてきた。
えっ……?
その行動に俺は、ただただ呆気に取られてしまった。
今の事は、俺と近くで俺を見ていたアニア以外は、誰も気付いていない。
動かせない顔を視線だけ動かしアニアを見てみると、杖を胸に抱いたまま固まっている。
俺も離れていくエリオットの後姿を見つめたまま動けない。
「ッ!」
声にならない声とはあれのことだろう。
ようやく動き出したアニアが、マジックボックスに杖を収納すると同時に、手拭いを取り出して俺の頬を全力でこすり始めた。
「ゼ、ゼ、ゼン様! 何なのですかあれは! いやー!」
「な、なあアニア。あいつってもしかして……」
「少し怪しいとは思ってましたが、本当だったなんて!」
やはりそうなのか……。
要するに狙いはアニアではなく、俺だったのか。
……怖えええええええええ! 負けなくて良かったよおおおおおお!!
俺から距離を取ったエリオットが、振り返ってウインクを飛ばしてきたやがった!
俺はそれを【魔道士の盾】で防ぎ、【テンペスト】を投げてやろうかと思ったが、流石に止めておいた。
戦いが終わり勝者の権利を得ることとなった。
今回の勝負で俺らの物となるスクロールは『エリアヒール』だ。
魔法技能レベル4が必要で、エリオットもアニアもまだ使う事が出来ない。
エリオットは相当先の予定だが、スキルレベルが上がったら習得する予定だったらしい。
だが、これを得るには一つの条件が付けられる。
それは、スクロールの権利はアニアに譲渡されるが、この国で通常行われている、制限だけは掛けさせてくれとのことだ。
言ってきたのはエリオットの父でもある、大司教だ。
スクロールその物を貰えたならば、一度俺が覚えてから錬金スキルを上げたのちに、スクロール作成をしてアニアに譲渡すればよかった。
だが、これではどちらか一人だけが手に入れるだけになるだろう。
もちろん最初は不満だった。
エリオットもこれは想定していなかったのか、何度も頭を下げてきた。
言い分としては「あの時は君を見ておかしくなっていたんだよ、ゼン」とのことだ。
気持ち悪いので、それ以上聞きたくないと心底思ってしまい、早々に話を切り上げてしまった。
結果、スクロールはアニアが使うことにした。
神の契約の下の戦いだったので、俺がごねれば手に入ったが、そこは俺も大人だ。
アニアは今後もこの国で当分活動する。
ならば、出来る限り居心地が悪いようにはしたくない。
それに、これは一つの貸しだ。
エリオットの父である、大司教からの願いを聞き入れておけば、何時かカードとして切れる可能性がある。
どちらが得かは何とも言えない。
だが、少なくとも、教国が俺らに対して悪い印象を持つよりかは良いだろう。
後処理も終わり、約一カ月この国で過ごした。
主に街でのんびりと過ごしていた。
観光もしてみた。そのついでに、アニアたちの神殿からの依頼を手伝ったりもした。
ユスティーナの相手をセシリャが進んでしてくれるので、アニアと二人にも多くなれた。
もちろんアニアに会いに来たのだから、それはそれは楽しんだ。
楽しみ過ぎて、アニアが何かに目覚め始めている気配を感じた。
ある日、アニアにこんな事を言われた。
「聞かなかった私が悪かったと思いますが、ジニーちゃんに何もしてないのは駄目なのです……」
「だってさ、ジニーは直ぐぶっ倒れそうになるんだぞ。あの環境だから難しいってのもあるけど」
「ジニーちゃん、昔は自分から行くとか言ってたのに」
「ジニーは前にちょっとお姫様扱いしただけで、逃亡したぐらいだからな」
「そうだったのです……」
勢いはあるが、結構ヘタレる。それがジニーの可愛さでもある。
「まあ、そうだな、じゃあアニアと同じことをすればいいか?」
「だ、駄目なのです! それはジニーちゃんが耐えられそうじゃないですもん。あんな恰好とか、あれとか駄目ですよ!?」
「アニアは良いのかよ?」
「私は良いのです。ちょっとゾクゾクするので良いのです」
やはり何かに目覚めてやがる……
結局、ジニーとの仲は無理をせず、もう少し進展させろとのことらしい。
アニアにしたら、自分だけ関係が進むのが申し訳ないとか言っている。
一夫多妻制の常識なんて知らないから、俺もこの件に関しては過去の経験が全く生かせないよ。
まあ、どちらにしても、俺がどうにかするしかないよな。
更にもう一つの事を、アニアに指摘をされた。
「ユスティーナちゃんですけど、ゼン様本当に娘だと思ってます?」
「……どうしてだよ」
「可愛がっているのは分かりましたが、最初の頃の私たちに近い感じで接してますよね」
「……俺も正直戸惑ってんだよ。いきなりあんな大きい子供が出来ましたは、なかなか受け入れるのに時間が掛かる。いや、可愛いんだよ物凄く。でも、どう接したらいいかはまだ迷ってるな」
これは正直な気持ちだ。実際に親と言う自覚が薄い。
「もう、あんな可愛いんですから、もっとちゃんとしてあげてください!」
「何で怒ってるんだよ……」
「ユスティーナちゃんが、ゴブリンに殴られたって聞きました。ゼン様なら防げたはずです」
「あれは……油断したと言うか、ポッポちゃんがあそこまでスパルタだと思わなかったからさ」
初めてゴブリンを倒させた時、武器は取り上げたし、近くにはポッポちゃんがいるから大丈夫だと高をくくり、少し油断をしていた。
その結果、ユスティーナは素手による一撃食らった。
ポッポちゃんの方針とはいえ、ちょっと厳しかったか。
「とにかく、もっと可愛がってあげてくださいね?」
「アニア、お前も結構過保護だな」
「ポッポちゃんとゼン様の子供なんですから、可愛くない訳ないじゃないですか!」
「はい。分かりましたアニアさん」
数えるぐらいしかない俺への抗議が、ポッポちゃんが相手とは言え、他者との娘の為とはアニアはちょっとずれてるな。
いや、これは俺を安心させる為か?
アニアの前だとユスティーナに対して少し引いてたからな。
そんな事に気を配れるなんて成長したなと思うと同時に、慈愛に溢れすぎてマジ聖女だと、笑顔に戻ったアニアを見て思ってしまった。
あ~マズい。本当に可愛くて仕方がない。
そんなこんなで時は経ち、俺らは帰宅することにした。
本当に名残惜しいが、何時までもいればアニアたちの邪魔になる。それは本末転倒という奴だ。
「ユスティーナァ……絶対に早くそっちにいくからね……」
「セシリャお姉ちゃんっ!」
ヒシッと音がしそうなほどに抱き合う二人、セシリャの瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちている。
この一カ月の間、ユスティーナは殆どの時間をセシリャと過ごしていた。
セシリャがずっと世話を焼いていたからだ。
「セシリャったら……本当にアニアを頼んだわよ。アニアも無茶をせず、何かあればご主人様に連絡しなさい」
「はい、なのです。パティさんも今度会った時には、旦那さんを見せて下さいね!」
俺らの帰宅にはパティも同行させることにした。
できるパティを連れていくことに、少しは不安がある。
だが、ある程度の安全が確保出来たのでそうする事にした。
エリオットとの勝負から数日して、枢機卿から手紙が来た。
手紙の内容はアニアに対して、今後国として勧誘は行わない約束が書かれていた。
どうやらラーグノックの神殿長である、マイデルさんから手紙がいっていたようで、手を出すなと警告を受けていたらしい。
マイデルさんは枢機卿らの先輩らしく、無下には出来ないのではないかというのが、アニアの見解だ。
俺の戦いは、最後の一押しになったのだろう。
更にもう一人の協力者ができた。
「アニアさんのことは任せなさい。近づく男は私が排除する。ゼンには嫌われたくないからな。ゼン、何時か会いに行くよ……」
「来るなよ……絶対にくるな。振りじゃねえからな!」
エリオットが言葉の終わりにウインクを飛ばしてきた。
俺はそれから逃れ、アニアを抱きしめて心を癒す。
あの勝負の後、彼とは何度か話す機会があった。
機会と言うか、エリオットが来るから仕方がなかった。
俺の事は一応諦めたが、話をするぐらい良いだろうとの事だ。
露骨な事をしなければ、男だろうが他者に好かれるのは嫌じゃない。
今さっきのは気持ち悪いけど……
まあ、話して見れば気のいい奴だ。
何となく男に好かれるのも分かったような気がした。
彼が男を排除すると言ってくれたんだ、具体的にどうするかは怖いので聞かないが、信じられるだろう。
「ご主人様、本当に良かったのですか?」
「うん、こういうのは女性に失礼なのは分かってるけど、あれだよ、お見合いするのは早い方が良いだろ?」
「確かに……」
「まあ、アニアからのお願いでもあるからね。あの子に言われたら俺は言いなりさ」
パティを連れて帰る理由はこれだ。もうすぐ大台に乗ってしまう。
見た目は年齢よりかは若いのだが、アニアからは事あるごとに年齢を気にしている節があると聞いていた。
その前に決着を付けなければいけないと、再会して改めて思ったんだ。
本人は残るアニアとセシリャを不安そうに見ていたが、この状況になれば問題はないだろう。
こうして俺らはまた一カ月弱を掛けて、ラーグノックへと戻ることにした。
12
お気に入りに追加
6,619
あなたにおすすめの小説
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!


生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。
勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。
克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。