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第七章 風雲
五話 VSエリオット
しおりを挟む勇者エリオットの声と共に、戦いが開始された。
一歩後方に下がったエリオットが、前衛を張る四人の背後から、『ブレス』を始め『ストライキング』や、俺が所持していない『リアクティブアーマー』や、『アーチプロテクション』などを唱えた。
それらの魔法が前を固める男たちを強化していく。
余程使いこなしているのか、淀みない魔法の流れは俺も見習うべきものだった。
「ゼン様、せめて補助魔法を掛けさせてください!」
「そうだな、お願いするよ」
相手はまだ準備をしている最中だ。
それなら俺もアニアの要望に応えよう。
アニアが俺に魔法を掛けながら口を開いた。
「あの二つの魔法の効果は知ってますか?」
「あぁ、物理反射と物理防御だろ」
「そうです、徹底的に物理防御を上げる気みたいなのです。何時でも攻撃魔法を撃てる準備をしておきます!」
「そうならないように頑張るかな!」
俺は敵を見据えながら、アニアの少し心配そうな声に、少し力を込めて返事をする。
その気持ちも分かる。俺を囲うように動き出したあの四人は、一人一人がファース並みの力を持つ。更にはアーティファクトで強化された支援魔法に包まれて、強さが増している。
流石に一人の力は、アーティファクト持ちのフリッツや氷天などには劣る。だが、四人もいれば勝てるかもしれない。
それ程の力を感じる相手だ。
「本当に一人でやるのか……。ゼン、君のことは調べたよ、あの国じゃ魔槍と呼ばれているんだね。若くしてそう呼ばれる力を、見せてもらおうか。頼むぞみんなっ!」
「エリオット様のためにっ!」
四人の男たちは、声をそろえてエリオットに応えた。迷いないその力強い瞳を見ると、どうやらただの部下といった関係ではない。
とても強い信頼性で結ばれているように見える。
一瞬俺とアルンの関係性を思わせたが、絶対に俺たちの方が絆が強いと確信し、俺も槍を構えて迎え撃つ。
「はああああっ!」
「食らぇッ!」
俺の前方で綺麗に半円に並んだ、男四人が武器を振るった。
高い武器スキルを所持している証拠に、その狙いは素早く俺の急所を正確に狙う。
だが、全てにおいて俺が上回る。
彼らの攻撃が振り降ろされる前に、素早く右にステップを踏み、右手に持つ槍で攻撃のし易い、一番右側にいた両手剣を持つ男のアバラ目掛けて突きを放つ。
槍が届くまでは一瞬のことだが、反応ができたらしい。
だが、それは顔の表情を変える程度の事だった。
俺の槍は鎧を砕き、彼のアバラを軽く抉った感触を得た。
その瞬間、『リアクティブアーマー』の効果が発動する。
俺の与えた攻撃が、衝撃波として跳ね返り体に当たる。
しかし、大したことはない。
物理反射と言っても、魔法技能レベル2の魔法だ。
その上限は俺にしてみれば、かすり傷を負わせられる程度の物だった。
両手剣の男は苦しそうな声を上げ膝を突く。
一撃で落とすつもりだったが、思った以上に魔法による強化がなされているのを感じた。
その間にも他の三人は、俺との距離を一気に詰めて、再度攻撃を加えてくる。
やることは変わらない。俺はまた素早く体を動かし、男たちの追撃を避け、上回る身体能力を生かして反撃をする。
俺の攻撃で斧槍を持つ男が、槍の柄で頭を打たれて地面に倒れた。
残るは剣と盾を持つ男と、短槍を持つ男だ。
彼らが幾ら強化されようが、槍術レベル5に到達した俺からすれば、苦戦する方がおかしいと感じる程になっている。
改めて自分が人外じみてきているのを感じた。
三人目の男が短槍を俺に弾かれた。少し怯えた表情を浮かべたので、少し加減をして胴へと槍の腹を叩きつけた。
その衝撃で男の身体がくの字に曲がる。
鎧を凹ませた槍を戻すと、膝から崩れ落ちて地面に横たわった。
最後の一人はその状況を見て、俺への攻撃を中止してエリオットの前まで戻っていく。すると、今まで後ろで見ているだけだったエリオットは、倒れている男たちを見て口を歪ませた。
「これ程とは……だが、まだだ! 『フォースヒール』!」
エリオットの声が響き渡ると、地面に倒れていた男が立ち上がる。あれはリシャール様が使っていた、遠距離回復魔法だ。
阻害することは簡単だが、ここは見守ることにする。
俺はその間にマジックボックスから【英霊の杖】を取り出して、二刀流の剣豪サジを召喚した。
「召喚……いや、アーティファクトか。君が一人で勝てると豪語したのが分かったよ。ははは、これはまずいね……」
全員の回復を終えたエリオットの表情には、既に余裕は全くない。笑った声も乾いた物だった。
「次はこいつとやり合ってくれ。これが敗れたら次を考えよう」
俺はそう言い後ろに下がる。すると、アニアとポッポちゃんが近くに寄ってきた。
「ゼン様、また強くなってるのです!」
「俺だって遊んでた訳じゃないさ」
「あれって、さっき言ってた、お披露目するというやつですか?」
「そうそう、【英霊の杖】の正しい使い方を学べたんだ。結構強いぞあれ」
「へぇ~、でも、変な剣なのです」
シミターやカトラスのような湾剣はこの世界にもある。だが、あれほど長く細い剣は珍しい。
アニアは感心した様子で話を聞くと、俺の身体を上から下へと見だした。そして、何かを見つけたのか、膝のあたりを叩きだす。
どうやら土が付いていたらしい。
一瞬、母親かと突っ込みたくなったが、顔を上げたアニアが「えへへ」と言いながら笑うので、俺もそれにつられて笑ってしまった。
人の目がなければ額にでもキスをしたい。
だが、今はその思いは留めておく。後でその倍楽しもう。
そんな状況の中、興奮して翼をバサバサと羽ばたかせている、ポッポちゃんの視線の先には、サジと男たちの戦いが始まっていた。
「右なのよ! みっ、左なのよ! そこなのよ!」とクックックーと鳴き、名トレイナーぶりを見せていたが、残念だがその声は、俺とユスティーナだけにしか届かない。
そう言えばと、ユスティーナのいる後方へと視線を移す。そこには背後にいるセシリャの腕をつかんで、じっとこちらを見ている姿があった。
俺の視線に誘導されたアニアが、笑いながら手を振ると、向こうもそれに返してくれた。セシリャも一緒に手を振っている。こう見るとユスティーナの耳の具合から、兄妹のように見えてくるな。
駄目だな、あの子を見ると和んでしまう。戦いの場へと視線を戻す。
そこでは、サジ一体に互角の戦いをする、四人の姿が見えた。
エリオットはまだ分からないが、四人の男の近接戦闘スキルは、スキルレベル2から3だ。
ならば、剣術スキルレベル4相当のサジは、簡単には倒せない相手だろう。
槍斧を持つ男の腕が、サジの刀に斬られた。すぐさまそれをサポートすべく、他の男がサジに斬りかかる。しかし、その攻撃はサジの腋をかする程度でしかなかった。
斬られた槍斧の男が、他の男に回復魔法を掛けてもらい回復している。
その間に放たれた、剣と盾を持つ男の攻撃が、サジの背中を捕えた。
大きく抉るように斬られる。
だが、サジには痛覚はない。
少しぐらつく程度で、お返しにと背後に刀を振るった。
その攻撃は盾に阻まれる。
その直後、両手剣がサジに襲い掛かる。
サジはそれを刀を斜めにして流した。
互角の戦いは、慣れてきたのか段々とエリオット側に傾いてきた。
サジの攻撃が当たっても、エリオット以外も回復をしているからだ。
回復魔法以外にも、ポーションを使っているのが見える。
更にエリオットも、近接戦闘要員として参加をしだす。
五対一の展開になると、戦いは急激に傾き出した。
「アニア、そろそろ終わりそうだから、あれが負けたのを見届けて、例の魔法を掛けてあげて」
「はい、お任せください!」
サジが遂に敗北した。ヨゼフさんが言うには、多少の劣化が見られるらしい。それでもサジは強力だ。攻略できたのは、エリオットのアーティファクトのお蔭だろう。
土塊に還るサジを見届け、俺の隣りで待機していたアニアが自身の身長ほどある杖を構えた。
「『レジストクローク』」
魔法抵抗を上げる『レジストクローク』が、エリオットたち五人の男の頭上から、光の衣を下ろしていく。
何をしているのかと不思議そうに見ていたが、少し疲れた様子のエリオットが口を開いた。
「ハァハァ……強力なアーティファクトを所持しているね。まだ、何かしようとしているけど、これ以上の物が出てくるのか? 困ったな……勝てる気がしないぞ」
「派手なのはこれで終わりにするさ。頼むから死なないでくれよ?」
「ッ! みんな離れろ!」
俺は言葉の終わりと同時に、右手をエリオットたちに突きだした。
何かされると感づいたのか、エリオットが散開を命じる。
だがそれはもう遅い。
「『チェインライトニング』!」
俺の手の平から放たれた雷撃が、激しい光を放つと空気を爆ぜる轟音を上げて、エリオットたちへと向かっていく。
瞬きをする間もなく到達した雷撃は、驚きで体を固めた剣と盾を持つ男に直撃した。
すると、散開の声を聞き、飛びのいていた残りの男たちへも、連鎖をするように広がった。
真上から見れば、一瞬で伸びた光の枝に五人が突き刺されたように見えただろう。
眩しい光が消え、空気を叩いた音が静まる。
静寂に包まれた空間は、五人の男たちが地面に倒れる音が際立った。
一瞬周りから歓声が上がるが、それは一人立ち上がったエリオットに制される。
エリオットは膝に手を突きながら、よろよろと立ち上がり、自身に回復魔法を唱えた。
「本当に参ったな……負けるのは構わないが、この国の勇者としては、ここまで一方的に敗北する事は出来ない……奥の手を使わせて貰う」
今まで見せていた、何をしていても余裕を見せていた表情が消え、感情の無い顔を見せた。
倒れている仲間を一目もしない。
あれは、戦場で多く見た男の目だ。
『チェインライトニング』はまだ余裕で数発撃てる。
武器もまだあるので、槍を投擲する事は出来る。
しかし、あれ程の顔をされたら、俺も受けざるを得ない。
エリオットの準備が出来るのを待ってやろう。
「準備が出来るまで待とう。全力に勝たないと意味がないからな」
俺の言葉にエリオットは目を細め口を開く。
「これは絶対に、一撃は入れないとならないな。どちらにしても一瞬だ。付き合ってもらおう」
そう言ったエリオットが、持っていたメイスと盾を地面に放る。
そして、空になった両手には、マジックボックスから取り出したであろう、一本の武器が握られた。
あれは……槌だろうか?
一瞬セシリャが持っている、巨斧にも見えたそれは、マグマのような色をした、六本の爪に見える物が先端を形どっていた。
よく見ると、生き物の鍵爪がそのまま付いているようにも見える。
とてもじゃないか、聖職者のイメージを持つ、エリオットが持つべき武器には見えなかった。
「怖そうな武器だな」
「そうだろ、だからアニアさんとその鳥を少し下げてくれないか?」
「……アニア、言われた通りだ。少し下がってくれ」
抗議の声を上げるかなと思ったが、意外な事に素直に従った。
地面にいたポッポちゃんを抱きかかえ、小走りで離れる。
表情を見る限り、一対一の状況に口を出す気がないのだろう。
いい女になったなと思うと同時に、そんな事を思う自分の思考も、戦いが好きな人間に思えて、大分変わったなと感じた。
「待ってくれた事に感謝する。ではいこう……『ファナティシズム』」
エリオットが俺の知らない魔法を唱えた瞬間、怒りの表情を浮かべた。
瞳の光が禍々しい、燃え上がる炎、そんな印象だ。
「グッ、ガアアアアッ!」
エリオットが叫びながら地面に膝を突いた。
一瞬、苦しんでいるのかと思ったが、次の瞬間にはその姿勢から俺の方へと飛び掛かってきた。
先程から見せていた速さの比ではない。
獰猛な獣じみた表情をして、槌を振りかぶりながら俺に迫る。
避けるには少し構えてしまっていた。
俺は迎え撃つべく【魔道士の盾】を展開する。
その直後、発生させた障壁にエリオットが振り降ろした槌が激突する。
爆発したかのような衝撃が、俺の身体ごと吹き飛ばす。
飛ばされて距離が出来た。
そのわずかな時間で、衝撃箇所を確認する。
【魔道士の盾】の障壁が消滅しようとしていた。
そのエナジーの残骸に、黒い靄のような物が絡みついている。
あのアーティファクトらしき槌の効果だろう。
更には盾の先にあった鎧の腕部分に亀裂が走っている。
詳細は分からないが、食らった感じでは単純な破壊の力を感じた。
俺はまたも迫るエリオットの攻撃を捌くべく、もう一度【魔道士の盾】の障壁を展開する。
「ギイイッ、ガアアアアアアッ!」
今度は直撃を食らう気はない。
俺の頭めがけて落ちてきた槌を、障壁を使い横から殴る。
盾術スキルの恩恵で、間違いのないタイミングで捉えた。
軌道のずれた槌が、そのまま地面を破壊する。
俺はその衝撃で土が巻き上げられるその前に、右手に持った鉄の槍を突き入れようとした。
だが、俺はその手を止めた。
何故ならエリオットの瞳が、光を失い閉じられていたからだ。
先程言っていた一瞬とはこの事だったのだろう。
エリオットは電池の切れた人形のように崩れ落ちて、そのまま地面に倒れ込んだ。
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