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第七章 風雲

二話 聖地へ

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 日が経つのは早いもので、ユスティーナが産まれてから半年以上が経った。

 この期間では俺のスキル上げはもちろん、ユスティーナの強化を行った。
 まだまだ俺もユスティーナも伸びしろがあるので、それを見ているポッポちゃんは新しい力をお望みみたいだが、高レベルの魔獣は簡単には見つからないし、幾ら俺でも簡単にダンジョン攻略が出来るとは思っていない。

 他にも今回はみんなを連れて王都へ行って、ジニーやエアと会ってきた。
 これには拠点はまだ王都だが、先発隊を送り出したとの連絡をよこしたシェードから届いた手紙に、ジニーの行程予想も書かれており、それに合わせる形で移動した。
 この情報の精度はかなりの物で、王都に着いて翌日にはジニーも同じく戻ってきていた。

 ぶらりと歩いた街からは、エアの政務はなかなか上手く行っているようで、とても良い声が聞こえた。特に変わった点といえば、王都には人族以外の人たちが多くなっていた。
 獣人はもちろんエルフや西から余り出てこなかった種族もいて、友好は進んでいるのだと感じさせられる。

 そうそう、シラールドの説得の報酬として、王都の邸宅を与えられたのだが、これが結構なお屋敷だった。
 場所は王城周辺の、以前屋敷に忍び込みリッケンバッカー伯爵家とシドウェル侯爵家の人質を救出した区画だ。
 新居より大きい邸宅には使用人も備えていて、かなりの大物気分が味わえた。エアの「ずっといても良いんだぞ?」の言葉に、少しだけぐらっと来てしまった程だ。
 でも、氷天と戦った場所が結構近いんだよね。それだけはマイナスポイントかな?

 今回もジニーとは一緒になれる時間が取れ、ちょっとだけ関係が進んだ。
 しかし、あの時はやばかった……
 この一年近くで、また女らしくなったジニーが隣で潤んだ瞳を見せた時は、思わず押し倒してしまったからだ。
 ちょっとだけお触りをして、そこでまずいと思い身体を離したが、あの時のジニーの慌てようは悪いことをしたなと考えさせられた。俺は欲望に本当に弱いよな。

 王都から帰ってきて半月ほどすると、俺の下にパティからの手紙が届いた。毎月頼んでいる定期便だ。
 いつも通りアニアの頑張りや、セシリャの人見知りがかなり改善したことなどが書いてあるのだが、最後の方には気になる内容が書いてあった。

「何だか微妙な内容ですね」
「アルン、何故そう思うんだ?」
「だって、マイゼルさんは取り込み工作はあるって言ってましたけど、それは断ればどうにでもなるって言ってましたよ?」

 今回この件を相談するために、俺はアルンを呼び出していた。
 順調に学んでいるアルンは、真面目で覚えもよく、教官たちに気に入られているみたいで、しかも今この街の老人たちに流行りつつある将棋も、ヨゼフさんとの対戦で強くなっているので、引退した教官たちのアイドルになっている。
 その所為でその教官の孫との縁談が持ちかけられたりもしていて、ナディーネは気が気じゃないみたいだが、アルンは全てを何の躊躇もなく断っていた。
 美人の相手も多かったのに、凄い奴だ。

 そんなナディーネに一途なアルンだが、双子だからかアニアには結構厳しい。

「アルンはアニアが心配じゃないのか?」
「離れてるので多少は心配ですが、この手のことは断ると思ってますから。でも、パティさんが心配ですね」
「なるほど、アルンが心配するか……。これはあれか?」
「いや、そこまで心配してないんですが……あれって何ですか?」

 俺は自分からは言い出せない、あの一言が欲しかった。

「だから、あれだよ」
「…………行きたいんですか?」
「あー、やっぱアルンもそう思うか。行った方が良いと思うか!」
「…………そうですね」

 何だかアルンの忠誠度が下がった気がするが、俺は少し前にも書かれていた、勇者とやらの存在がどうしても気になっていて、何度直接見に行こうかと思っていた。
 だが、俺が行ってしまっては、過保護を今度は怒られそうなので控えていた。
 しかし、今回の手紙には、明確ではないがSOSが書かれている。だったらこれはもう行くしかないじゃないか……

「まあ、ゼン様に会えればアニアも喜ぶと思いますし、良いんじゃないですか?」
「やはりそうか……アルンは着実にできる男に成長しているな」
「…………」

 おっと、これ以上は忠誠心が持たない。アルンの後押しで俺の心も決まったし、早速出発の用意をしようかな!

 善は急げで翌日には準備を整えた。
 今回行くのは、俺とポッポちゃんとユスティーナで、スノアに乗って飛んでいく。
 かなりの距離があるので、本当にちょっとした旅行になり、ユスティーナはそのことに興奮のご様子だ。

「パパ、アニアママの所へはどれぐらい掛かるの?」
「そうだな、一ヶ月は掛からないかな。ユスティーナがスノアを応援してくれれば速くなるかもしれないぞ。ところで、アニアはママなのか?」
「ん? ママがアニアお姉さんもママって言っているよ?」

 うむ、ポッポちゃん公認か。この前もジニーをママと言ってたしな。ポッポちゃんの中の俺がどうなってるのか、結構謎だな。

 教国デリアへは、スノアであれば約一ヶ月の旅になるだろう。もう、慣れてしまったがかなり長い旅だ。
 普通に馬車で行けば、その数倍は掛かるかもしれないので、大分早いとは思うんだけどね。

 長旅になるが、目に付いた魔獣の討伐や、スキル上げをしながら行けばいい。ポッポちゃんとユスティーナ、それにスノアがいれば退屈なんて物はない。

 はるか遠くに見える神命樹を右手に、目的地をまっすぐ目指しフィオン山脈を越える。この山脈を越える時は、何故か竜に絡まれるのだが、今回の竜はスノアの知り合いらしく、途中まで見送りをしてくれた。
 今後間違って狩らないように、あの子の気配は覚えておこう。

 正確かは分からないが、地図上での直線距離はエゼル王国の王都に向かうとの、教国デリアの聖地へ向かう距離はさほど変わらない。
 だが、実際には竜や魔獣がいる山脈を越える必要があるので、陸路では道を選ばないといけないし、空路は発見されやすくもっと危険だ。
 俺らに危険を及ぼせるのは竜や大型の魔獣で、それ以外に絡んでくる奴はポッポちゃんが撃ち落としている。そのたびにユスティーナが喜ぶので、ポッポちゃんは更に張り切って、地上で寝ていた虎型の魔獣にも岩の槍を発射してたたき起こしていた。
 そう言えばあの魔獣は昔見たことある奴だな。確か俺が転生した崖を、脱出後に見に行った時にいた奴だ。今感じる気配だと余裕で勝てそうになってる。あれから五年も六年も経ってるし当たり前か。

 山脈を抜けると、そこからは大草原が広がり出す。
 ジニーの護衛時に訪れた、オーガの群れに襲われそうだったあの村も通り過ぎ、更に北東を目指す。
 今通過しているフェルニゲ国の首都が遠く左手に見えれば、進行方向には既に教国デリアが見える。その国境も出来る限り高く飛び越えると、すぐに聖地が見えてきた。

「うーん、この地図結構正確だな」
「ここがあれでしょー。でー、ここがあれなの」

 膝に座らせたユスティーナと一緒に地図を見る。昨日俺が教えた内容を確認するようにポッポちゃんに話していた。
 ユスティーナに抱かれるポッポちゃんも「木がいっぱいなのよー? あのお山には美味しい実がありそうなのよ」とクックと鳴いて楽しそうだ。

 この中でも精神年齢が高いスノアが、「もうしばらくすると、結界です」と鳴いている。この旅では常に俺らの安全を考えて行動してくれていたので、保存してある紅炎牛プロミネンスブルの肉をあげちゃおう!

 あの結界の仕様が良く分からないので、ここでスノアを一度解放する。北に行けば山があるのでそこで待機するとのことだ。
 いつでも呼び出せるアーティファクトは本当に便利だな。
 地上に降りて紅炎牛の肉を取り出すと、スノアは目を輝かせている。

「良い子にしてたら、帰る前にもまたあげるよ」

 そんな俺の言葉を聞いたスノアは、珍しく興奮した様子で体を俺へと寄せてきた。どうやらヨゼフさんが好んで食べた肉であり、味も良いことは知っていたので嬉しいらしい。
 単独でも狩れそうな感じだが、リスクが大きいのでやらないらしい。
 そんなスノアを見送り、俺らは街道を歩きだす。
 少し進むと道を挟んで立つ二本の柱が見えてきた。

「あれが結界か」
「えー、競争したらママに勝てないよー!」

 俺がポツリと呟いていると、ユスティーナが走りだしその後ろからポッポちゃんが追い抜いた。本当にポッポちゃんはこの手のことは手抜きしないな。
 俺もそれを追いかける。少しだけ結界に弾かれたらどうしようと思いながら進んでいく。
 柱と柱の間を何のこともなく通り過ぎ、俺らは更に歩いていく。本来ならば聖地までは馬車が必要な距離なのだろうが、ずっとスノアの上で移動していたこともあり、数時間の徒歩はむしろしたいぐらいだし、そもそも常人と体力が違う。
 まだユスティーナは幼いが、それでもパワーレベリングの結果、既にレベル25を超えている。数キロ歩く程度は余裕でこなしてくれるし、疲れたら俺がすぐに担いであげるので問題ない。

 そう思っていたのだが、俺がすぐに飽きてきた。
 三十分ほど歩いたが、全く景色が変わらないんだ。
 こうなったらユスティーナを肩車して、ひたすら走るしかない!

 ユスティーナの棒のような足を掴み、自分に強化魔法をかける。そして、俺の姿を見て飛ぶ様子を見せていたポッポちゃんの横に並び、ニヤリと笑う。

「ポッポちゃん、果たして空を飛ばずに俺に勝てるかな?」

 俺の挑発にポッポちゃんは「うふふなのよ、主人。あたしの真の走りを見るのよ!」とクルゥックークルックーと鳴き、その場でピョンと跳んでは、俺の方へ羽をバシュッバシュッと素早く伸ばして威嚇をしてくる。
 どうやらポッポちゃんの野性を、目覚めさせてしまったようだ……!

 よーいドン、何てものはない。俺は一目散に駆けだした。
 女の子一人を担いでも、俺なら速度は大して落ちない。
 馬が駆けるような速度で走り続け、ポッポちゃんを引き離したと思ったが、後ろから聞こえてきた軽く小気味よい足音が俺に迫る!

「クッ! ユスティーナ、蔓でポッポちゃんの邪魔をするんだ!」
「え……? パパ、ずるい……」

 くそっ! 毎回負けてるから何をしても勝ちたいモードに入ってしまった! 俺を本気にさせる女ポッポちゃんッ! 凄い!
 そして、そんな目で俺を見ないでくれユスティーナ!

 全力で走っているのだが、俺の後ろにポッポちゃんの足音が迫る。一瞬視線を向けるとそこには、高速で地面を蹴り続けるポッポちゃんがおり、隣りに並んだ俺のことを一目もせずまっすぐに前だけを見つめて走り続けていた。

「抜かれるッ! って、ポッポちゃん! 加速の魔法使ってるだろ! それにちょっと浮いてるし!」
「パパもさっき魔法は使ったよね?」
「そうだった!」

 ポッポちゃんの余りの加速に、一瞬自分も強化魔法を使ったことを忘れていた。しかし、ユスティーナ。何て冷静な突っ込みなんだ!
 でも、ポッポちゃんは一歩地面を蹴るごとに浮いてんだぞ。

「うおおおおっ! 無理だ! 俺の負けだああああ」

 既にポッポちゃんは俺の前方を走っている。俺はもう追い抜くことは不可能だと判断して敗北宣言をしたのだが、ポッポちゃんの走りは止まらない。
 よほど走ることに夢中なのか、ポッポちゃんはどんどん先へと進んでいく。そしてその姿は丘の向こうへと消えていった。

「ポッポちゃん……」
「ママ……」

 俺らが名前を呼んでもむなしく消えていくだけだった。

 引き離されても追いかけないことには仕方がない。速度を落とし数分走り続けると、道の先に何かが落ちているのが見える。もしやと思い近づいてみると、そこには地面で体を横にして倒れているポッポちゃんがいた。
 更に近づいて確認したその顔は、久々に見た舌をダラリと垂らし白目をむいているポッポちゃんの表情だった。

「ユスティーナ、MPが切れてるのに魔法を使うとこうなるからな。ママはそれを体を持って教えてくれたんだ」
「う、うん……」

 これで一応ポッポちゃんの面目は保てただろう。ユスティーナは若干変わり果てたポッポちゃんを見て引いてるけど。
 しかし、ポッポちゃん。空の女王なのにINT低いよ……

 だらしないポッポちゃんの顔を、ユスティーナに見せないように手で隠しながら走る。ポッポちゃんだって余り見られたくないだろう。
 無茶な走りのお蔭か、思った以上に進んでいたらしく、ポツポツと農家らしきものが見えてきて、更にその先には多くの建物が立ち並ぶ聖地らしきものが見えてきた。

「わぁ、わぁ、かべないね!」

 結界のお蔭なのか、城壁らしきものが見えない。街を覆う高い城壁がないのは、この世界に慣れてきていると、少し珍しいと思えてしまう。
 だが、完全に無防備ではない。関税を取るためか、それとも警備的な物のためか、石で作られた低い壁は見えている。
 その外を囲うように家などが見えるのが、壁がない印象を持たせるのだ。

「よし、そろそろユスティーナも歩くか」

 ユスティーナを肩から下ろして歩かせる。隣を歩き始めたユスティーナが自然と俺の手を握ってきた。
 片手にはユスティーナ、もう片方の腕の中にはまだ動かないポッポちゃん。ユスティーナが「ママ?」と言いながら蔓を伸ばしてポッポちゃんをツンツンしているが、反応はない。

 問題解決に来たのだが、目的地が見えてくるともう直ぐアニアと会えるのだと嬉しくなってきた。離れていた一年近くでどれ程成長しているかは本当に楽しみだ。
 ユスティーナのことだけは少し不安だが、優しいアニアのことだから自分の妹や娘のように可愛がってくれると期待しよう。
 こうして俺らは聖地へと足を踏み入れたのだった。
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明日も更新します。
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