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第六章 安寧
十七話 白竜
しおりを挟む「どうだ、なかなかの物だろ」
「これ魔法使ってますよね? もしかして、俺も覚えれば飛べます?」
「浮くぐらいはできるだろうが、飛ぶのは無理ではないか? 知っている限りでは、記憶にないのう」
空を飛べる可能性を感じて質問してみたが、答えは余り良い物ではなかった。まあいいか、俺にはポッポちゃんがいるんだし。
古竜のヨゼフさんの依頼を受けるべく、俺は彼の背中に乗ってラーグノックの南へと飛行している。
最初は場所も知らないし、移動手段をどうするんだと考えていたのだが、あっさりと「儂が乗せて運ぶぞ」と、何かの物語であれば試練でも受けなければ乗れそうもない古竜の背中へ、簡単に乗ることができた。
庭が広いとはいえ、いきなりそこで変身なんかしたら、街はパニックになるし、ヨゼフさんもその辺りの常識は持ち合わせているので、街の城壁を超えて少ししてから飛行することにした。
普段からポッポちゃん、スノアに炎竜と、結構空は飛んでいるのだが、古竜の乗り心地はまた別格な物だった。
体の大きさで言えば炎竜の二回りは大きく、若い頃は真っ白だったと言う灰色の鱗を持つ古竜は、飛び始めこそゆったりとした物だったが、その飛行高度は雲よりも高く、段階的に使う飛行魔法は熟練の技を感じさせ安定感がある。いうなれば、ポッポちゃんたちはスポーツカー、古竜は高級車を思わせる乗り心地だ。
「どれぐらいで着くんですか?」
「そうだな、一日ぐらいか? 本気では飛んでないからの」
今のスピードはポッポちゃんやスノアたちより遅い。身体が大きいから仕方ないかと思っていたのだが、これは本気ではなかったらしい。ならば、味わうしかない、古竜の本気を!
「見せてくださいよ、本気を」
「……一応、お主を気遣っていたんだが、そう言われたらやるしかないのう。落ちたら拾うが、失敗したらすまんな」
そう言ったヨゼフさんは、俺の方へ向けていた首を真正面に向けると、大きく一度背中の翼を羽ばたかせた。すると、体が後方へと吹き飛ばされたかのような加速を感じ、慌てて両手で古竜の鱗を掴むことで耐えることができた。
速度に乗り、翼を畳んだヨゼフさんは、更に加速をしていく。激しい風で目を開けるのが精一杯なのだが、僅かにヨゼフさんの口元が動いて何かを話しているのが見えた。
だが、風切り音が凄まじく、全く何を言っているかは分からない。本気を出さない理由は、この辺りにもあったのかもしれないな。
しかし、高速移動は目的地までの時間短縮を果たす。一日と言っていた距離を、半分以上に短縮した。
「良く落ちんかったな。昔乗せた勇者は振り落とされていたぞ」
「アーティファクトで筋力が上がってますからね。これがなかったら無理でした。でも、寒いし力を入れていなくてはならないので、帰りは普通でお願いします」
速かったが乗り心地は悪かった。できるならば緊急時以外はお断りだな。
「この洞窟の中ですよね?」
「ふむ、入ろう」
案内されたのは、シーレッド王国内にある山の上。その火口の中にぽかりと空いた洞窟だ。まだ活動しているのか、若干の地熱を感じる。強化された肉体を得たとしても、爆発するんじゃないかと思うと、少しおっかない。
温かい洞窟の中を進む。魔獣のたぐいが見え隠れするが、ヨゼフさんが竜の姿のまま移動しているからか、逃げるように遠ざかっていくのが探知で分かる。
少し進むと大きな空間が現れた。巨大な竜でも余裕で飛び上がれそうな空間だ。その奥に二体の竜が見える。
まず目に入ったのは、美しい白い鱗を持つ竜だ。大きさはヨゼフさんに比べると大分小さいが、体の作りや雰囲気はとても似ている。そして、この竜が件の竜だと言うことは、体の一部を見てすぐに分かった。
根元から抉られたのか、傷口は塞がっているが、むごたらしい傷跡が見え、そこに本来生えているはずの前足がない。また、横たわっているのでここからは見えないが、話を聞く限りは後ろ脚も失っているはずだ。そんな白竜が目を閉じて身体を休めている。
その隣には傷ついた竜より一回りほど大きい竜がいる。鱗の色は薄い黄色、一瞬俺を見た顔はとても警戒心を持っているものだったが、その視線がヨゼフさんに向けられると、目を伏せ頭を垂れていた。
「いきなりで悪いが早速頼む」
そう言ったヨゼフさんは、今度はグォと竜の言葉で鳴いて、傷ついた竜を守っていた黄竜をどかした。
俺は傷ついた竜の下へと近づいて、まずは前足から治療する。
傷ついた竜は意識があったのか、薄めを開けて俺を見ている。幾ら俺が強くなろうと、身体が大きい相手には若干の威圧感を覚えるので、見つめられ続けると、ちょっと居心地が悪い。
だが、相手は傷ついている。安心をさせるためにもここは我慢だろう。
しかし、身体が大きいだけに治すのには時間がかかる。今では三十分もかければ、人間の腕一本ぐらいなら生やすことができるのだが、一時間が経っても、根本からモリモリと肉が伸びてきているだけだ。
そういえば、フリッツの腕を生やした時も少しだけ時間がかかった。もしかしたら、最大HPなどのステータスが関わってくるのかもしれない。
二時間ほどでやっと半分だ。その頃になると俺が何をしているか分かったのか、ヨゼフさん以外の竜も特に警戒心を抱くこともなくなり、俺が提供した食べ物などをバクバクと食べている。
身体が大きいだけあって、幾らでも食べるのかと思ったが、結構すぐに腹が膨れたらしく、もう肉はいいと鳴いていた。
今回も調教スキル上げチャンスかと思ったのだが、ちょっと残念だ。
それから一時間に一度の休憩を取りながら、椅子に座って治療を続ける。
その間にはヨゼフさんからの報酬の話や、あの樹人をどうするかなど、結構な話をすることができた。
また、古竜の中で流行っている将棋の話も聞くことができた。どうやら、あの青い古竜たちも言っていた通り、ヨゼフさん主催で大会を開くらしい。
その名も竜王戦。全く持ってふさわしい名前だ。
まあ、その辺りはまだ詰めが必要らしいので、もう少し先のことらしいのだが、その商品の一つとして、この場で将棋セットの依頼も受けたりした。
情報をもらえるし、仕事もくれる。何ていい取引先なんだ。
そんなこんなで前足の治療が終わり一息ついていると、次の治癒場所をさらすために身体を起こした白竜が、俺を見ながら口を開いた。
「兄ちゃん……ありがとう……」
元気がない声だが、明らかに人間の言葉を喋った白竜は、まだ起き上がるのが辛いのか、傷ついた後ろ足を俺に向けると、ドスンと身体を横たえる。
一体どれほどの重さなのか想像もできない重量が起こした衝撃は、一瞬地震でも来たのかと思わす地揺れを起こす。
しかし、兄ちゃんか。もしかして、この白竜は子供なの?
果たして古竜が人型になった時の外見と、中身がどれだけ比例しているかは分からないが、この白竜が人型になったら俺より小さい子供になるのだろうか。
その辺りのことを、治療を再開しながら聞いてみると、幼少期から生殖可能な年齢までは比較的短時間で、その後は相当長い年数をかけて老けていくらしい。
この白竜はもう五十年以上は生きているが、まだ子供なんだと。レベルなども関係するらしいが、はっきり言って感覚が全く分からくて困惑するわ。
いま治療しているこの白竜が、俺と同じ童貞なことに親近感を覚えつつ、会話を交えて治療を続けた。
開始から五時間ほど経った頃、俺の集中が切れてきた。
普通の『ヒール』や『グレーターヒール』を使う時は、一瞬で魔法が発動し、MPもその魔法技能の値に応じて消費する。
だが、この治療方法では、杖にMPを注ぎ込む感覚がある。一度魔法を発動させ、そこから更にMPを消費して部位の治療を行っている。
休憩中に瞑想をしてMPの回復をしているので、MPが尽きることはないのだが、それでも自分の身体の中のエナジーを消費し続けるのは疲れるのだ。
なのでそのことをヨゼフさんに告げて、今日の治療は終わることにした。
この洞窟の中は、当然人が住むようにはないっていない。程よく暖かく過ごしやすそうだが、むき出しの岩肌は強化された俺の肌でも、寝るには適していない。
なので、マジックボックスから、簡易宿泊施設『ポッポ亭』を取り出して、比較的平らな場所に設置した。
「お主のそのマジックボックスは、どこで手に入れたのだ?」
ヨゼフさんのそんな質問に、隠すことなくダンジョンボスのドロップだと言うと、ほうほう言いながら、人間は良いのうとか言っていた。
人型になれば古竜もダンジョンに入られるらしいのだが、戦闘力が落ちるので、攻略するには難しいと言っている。
まあ、それ以上に入って攻略した所でアーティファクトが使えないから、やる気が出ないらしい。もっともなことだ。
黄竜が取ってきた、象ほど大きいイノシシの一部をもらって夜食にする。筋肉質でかなり硬い肉だったが、焼いて調味料を使えば、結構美味い。
彼らは彼らで寝るらしいので、俺も『ぽっぽ亭』に入って寝る。一度ヨゼフさんが人型になって中を覗いてきたり、普通の竜である黄竜も興味津々に覗いてきたのだが、それらは無視して床につく。
白竜が弱々しい声で、「俺動けないのに爺ちゃんずるい……」とか言っていたのがちょっと可哀想だった。
朝飯を食べて治療を再開する。昨日とは違い、白竜も結構元気になってきて、身体はだるそうだが何とかしゃべることはできそうだ。
「これは誰にやられたの?」
「人間にやられた……一杯いたんだ! 何か強い奴がいてやられちゃった」
相手が子供みたいなしゃべり方なので、つい俺は敬語を使わずに喋ったのだが、何も言わないのでそうしてる。
本人も気にしてないし、俺のことを兄ちゃんと呼ぶこの白竜からはどうしても古竜の威厳みたいな物を感じないんだ。
「こやつは人の街に竜の姿で近づきおって、袋だたきにあったのだ。普通の兵士程度なら問題ないのだが、この国の強者が数人おってこの様だ」
「だって、面白そうだったから……」
「はぁ……ゼンの力がなければ、いつまでこのままだったか分からなかったのだぞ。反省をせい!」
ヨゼフさんは、尻尾を地面に叩きつけ怒鳴りつけている。土ぼこりがこちらに来るかと思ったら、黄竜が息を吐いて防いでくれた。できる竜だな。
「ヨゼフさんたちはやり返さないんですか?」
「それはこやつが自分で為すこと。ここで今儂らが出てしまえば、更にこやつの名が落ちる。それに子供の喧嘩に親が出て行くのはおかしいだろ」
古竜から見たら人間は子供か……まあそうか。
そんなこともありながら、治療は終わって腕と脚が再び白竜に戻った。
結構時間がかかったが、この程度の時間で失った手足を取り戻せるなら、大したことないと思えちゃうよね。
「兄ちゃん、ありがとう。絶対にお礼しに行くからね」
「体力が回復したら、街においでよ。でも絶対に人型で来いよ」
笑いながらそう言うと、白竜はバツの悪そうな顔をして俺から目を背ける。その様子は叱られた犬みたいで、結構可愛かった。
「さて、ゼンを送るか。後は頼んだぞ」
この場に残る白竜と黄竜に声をかけ、ヨゼフさんが身体を起こす。来た時と同じようにドシドシと足音を立てる後ろに付いていき、洞窟を抜けるとかなりの開放感を得る。
身体を大きく伸ばして空を見上げると、まだ日は高く太陽は真上に見えた。
「帰りはゆっくりだな」
「それでお願いします。アーティファクトの使い方もまだ知りたいですし」
これも礼の一つなのか、昨日からかなりの知識を俺に授けてくれている。俺は快適な空の旅を楽しみながら、古竜の知識を堪能したのだった。
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