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第六章 安寧
十六話 来訪者
しおりを挟む「う~ん……いや、大丈夫だろう……。でも、そう言われたら心配になってきたな……」
「大丈夫じゃないですか。アニアだってその程度自分で断れますよ」
「アニアは断るだろうが、マイデルさんは強硬策に出るかもと心配してたんだぞ?」
「まあ、それはそうですけど、過去に例はないとも言っていましたよ?」
俺はソファーの隣に座るアルンと、先ほどまでしていた、この街の神官長であるマイデルさんとの話を確認する。
マイデルさんとは度々会っていたが、アニアがエゼル王国で聖女扱いされ、教国デリアへ向かったと聞くと、どうしても話がしたいと言われ会うことにした。
先ほどまで話していた内容では、教国デリアは優秀な人材を取りこもうとする傾向にあり、マイデルさんが昔教国デリアにいた頃にも、多数見られたものだと言う。
知っている限りではほとんどが所属する本国に、話を潰されたのだが、その中の数人は金や色仕掛けで丸め込まれてしまったらしい。
なので注意しなさいと助言をくれて、マイデルさんもアニアの事は知っているので、私が行くべきかと真剣に悩んでくれていた。
アニアに限ってその手の誘惑は大丈夫だろうが、強硬手段と言うのが気になる。一応エアからの紹介状は持っているので、下手に手を出せば問題になると分かるだろうが、エアが新王なのが最大の懸念とも言っていた。
確かに、国を治めてまだ半年も経っていない王ならば、軽視される可能性もあるか。
「ゼン様は心配し過ぎです。パティさんからの手紙も、問題ないと書いてあるじゃないですか」
「アルン、もしかしてそれは偽の……」
「もうっ、こんな弱気なゼン様は初めて見ましたよ! と言うか、まだデリアに着いてないかもしれないんですから、今心配しても意味ないです!」
パティからの手紙では、道中の旅は騎士と兵士に守られて、至って安全な旅らしい。王都を発ってから一カ月で道の半分に到達したと書いてあるので、もしかしたら今頃は目的地に辿り着いた頃かもしれない。
アルンが言う通り、心配するだけ損かもしれないが駄目だな、俺から離れているからか物凄い心配になって仕方がない。
ジニーのように国から完璧に守られていれば違うんだけどさ。
「経過はパティさんの手紙を見て判断しましょうよ。もし何かあれば、竜で乗り込めばいいんですから」
「アルンは過激なことを言うなぁ」
「……実際に実行してる人に言われたくありません」
じっとりとした目を俺に向けるアルンは、今日は休みらしく新居の見学に訪れている。一応アルンの部屋は俺の隣に用意しているが、本人は当分戻る気がないので空き部屋だ。
いや、考えたら隣にしたらナディーネといちゃこらできないか。
「で、新しい生活はどうなんだ?」
「基礎的な訓練は免除されたので、主に机に向かって勉強してますね」
「あぁ、兵長をボコボコにしたってやつか」
「違いますよ……あれは兵長さんが諦めないから仕方なかったんです」
風のうわさで、領主軍に所属した新人が、軍で一番の腕前を持つ男を倒した話を聞いた。事のてん末をナディーネは直接聞いたらしく、夕食時の話題にも上がっていた。アルンの実力ならその程度は容易だろ。
「まあ、頑張ってるみたいだけど、何かあったらすぐに言えよ?」
「僕も心配されてます?」
「アニアとアルンに、男女の違いはあるけど、愛情って意味じゃ変わらないんだからもちろんだろ」
「ははは、嬉しいです」
まだ残る少年のあどけなさと、成人して大分男っぽくなったが、変わらず残っているさわやかさを浮かべた笑顔は、男ながら魅力的に見える。
こりゃ、ナディーネが他の女の心配をして、相談してくるのも分かるわ。
「今日は夕食も食べていきますから、ゼン様ともっと話……どうしたんですか?」
俺の顔が一瞬険しくなったのを見たアルンは、言葉を途中で止めて俺に質問をしてくる。
「客が来たんだが、ちょっと驚いた相手だった」
家の敷地内程度に抑えている俺の探知に、この街で暴れたら俺以外止めるやつがいないんじゃないかと、思えるほどの強さを持つ存在が現れた。
一瞬焦ったのだが、誰だか分かりあの人ならと安心をした。
いや、人じゃないな。
「ゼン君、お客様よ。ヨゼフさんって方、結構なお年だけど、知ってる?」
応対してくれたナディーネが、パタパタと足音をさせながらやってきた。すると、アルンの顔が一瞬で変わり、立ち上がって相手をしだす。これを見たら浮気の心配は要らなそうだな。
「アルンは折角来たんだから、ここでナディーネさんと話でもしてろよ」
「はい、そうします。ナディーネ姉さん、こっちに座って」
俺は、まだ姉さんを付けてるのかと思いながら、玄関に向かい来客の対応をすることにした。
「お久しぶりです。ヨゼフさんですよね?」
「久しぶりだな、そう言えば名前はお互い明かしていなかったな。突然訪れてすまん、ゼン」
そこにいたのは、一人の老人。長い白髪を無造作に伸ばし、無地のローブを纏った老人だ。見た目は弱そうなのだが、高いレベルの探知を持つ者なら分かるだろう、この老人が一人でこの街と戦える存在だと。
「人型でここまで来たんですか?」
「いや、途中までは飛んできた。走っても良いが、老体には堪える」
そう言うヨゼフさんの正体は、灰色の鱗を持つ大きな竜。人の姿に身を変えることができ、人の言葉を喋れる存在、古竜だ。
「今日はどうしたんですか? もしかして、将棋の件ですか?」
「それもあるのだが、お主に頼みがあってな。直接伺わせてもらったのだ」
「そうですか、では部屋に案内しますね」
アルンとナディーネがいちゃつく空間は避け、俺の部屋へと案内する。老人の姿ながら、軽快に階段を上がっている姿を見ると、走るのがつらいと言っていたのは、冗談なんじゃないかと思えてくる。
部屋のドアを開け、一歩先に入って扉を押さえる。どうぞと一言促すと、ヨゼフさんは少し眉をひそめながら部屋へと入った。
部屋に入ったヨゼフさんはいきなり立ち止まると、急におっかない顔をしだす。俺は何事かとその視線の先を見てみると、そこには樹人と戯れるポッポちゃんの姿があった。
「ゼンッ! 何を育てておる!!」
いきなり声を荒げたヨゼフさんに、俺は固まってしまった。予想だにしていなかったこともあったのだが、その迫力はこの世界の頂点に君臨する種である、古竜の威風を存分に感じさせたからだ。
本能的に頭を押さえつけられる、そんな感じだ。
「事の次第によっては、今すぐ我が息吹によって焼き払うぞ!」
ギロリと俺を見たヨゼフさんは、先ほどまで見せていた優しい表情から一転、とても厳しい表情をしている。これが古竜の姿だったならば、口から火でも漏れ出ていたに違いない。
「落ち着いてください。いきなりどうしたんですか」
一応確認のために、俺も部屋に入って中を見回したが、おかしな様子はない。問題はやはり先ほど見ていた、樹人とポッポちゃんなのだろう。
あっ、ポッポちゃんが豆鉄砲食らった目をしてるじゃねえか、やめてくれよ本当に。
「…………そうだな、まだそうだと決まったわけではないか。驚かせてすまんな」
一応落ち着いた様子を見せたヨゼフさんに、椅子に座るよう促した。ふぅと息を吐きながら腰を下ろしたヨゼフさんは、再度視線を樹人とポッポちゃんに向ける。
「あの樹人が問題なんですか?」
「ふむ……とりあえず、お主の知ってる限りを話してくれ」
とても冗談を言えるような雰囲気ではなかったので、真面目に知っている全てを話す。その間ヨゼフさんは視線を一切、樹人から離そうとはしなかった。
「ふーむ、その内容であればまだ問題はないか。親であるポッポとお主は安全なのだが、他の人間にも手を出していないならば、気配も似ていただけか……」
「古竜の貴方が、なぜそこまで慌てたんですか? 多少の力は感じますが、あの樹人は人にさえ勝てないと思いますよ」
「あれはな、原初樹人だ。神命樹は知っておるな? あれが最初にして最後に産み落とした種から生まれるのが原初樹人でな、いま世界に広がっている樹人の祖でもある」
「そんな物をポッポちゃんはもらったんですか……。それほど気にしてると言うことは、何かあるんですね?」
俺の質問にヨゼフさんは少しばかし考え込むと、ややあって口を開いた。
「千年ほど前か、竜と人の血を掛け合わせた原初樹人が暴れたことがあった。結局は、儂ら竜や人間が総出で討伐したのだが、血を与えた竜と人は共に討たれたのだ」
そう話すヨゼフさんの瞳には、思いだしたことで甦ったのか、悲しみが見える。
「あの時は、この大陸にもまだ悪魔族が多い時でな、後になって分かったことだが、色々と手を出されていたのだ。それが原因で暴走したとはいえ、被害が尋常ではなかった。人の国が一つ滅び、当時いた魔王の一匹が食われたほどだ」
被害がでかすぎるだろ……。もしかして、とんでもない物を育ててるか?
「で、でも、これは安全なんですよね?」
「分からん。長く生きる儂も余り見ない種ではあるからな。まだ数は残っておるのは知っていたが、どこにどれだけ有るかは把握しておらん。まあ、普通であれば問題ないのだ。強力な力を持つ存在を掛け合わせると、その影響を大きく受けるのがな……」
古竜と人間が手を組むほどだと、件の竜ってのは古竜なのか?
ヨゼフさんが話すのを躊躇するしたのも、同族だからみたいだな。
「今の形態は、昔見た物と大分違うな、それにあのような大きな膨らみはなかった。あの形は……そうか、母体となるポッポの影響が大きいのか」
「あれは見た目通り、卵ってことですか?」
「そのように見えるな」
あそこから生まれてくるのか。樹人って言うぐらいだから、このまま成長して人の姿になると思ってたよ!
「ふむ、とにかくあれは儂も監視させてもらう。すぐに産まれる様子にも見えんので、当分は放っておいても大丈夫だろうがな」
そう言ったヨゼフさんは、大きなため息を吐く。何だか少し疲れたみたいだな。
俺はマジックボックスから、紅茶のセットを取り出して、保存してあるお湯を注ぐ。その様子をヨゼフさんは、静かに見ていた。
「サイズが大きいだけの、マジックボックスではなかったのか」
そう言えば、ヨゼフさんには余りマジックボックスの性能を見せてなかったな。一回切りしか会ってないし、当たり前か。
「それで、要件は何だったのですか?」
一息ついた所で話を切り出す。そうするとヨゼフさんは、紅茶を飲む手を止めて固まった。
「……あの樹人に驚いて、何しに来たかを一瞬忘れとったわ。歳かの?」
二千年も生きていたら、本人が言う通り歳だろうが、古竜が何歳まで生きるか知らないから、何とも言えねえな。
「実はの、お主の力を借りたいのだ。以前見せたあの治療の力、あれを使ってほしい者がおる」
「失礼ですが、古竜で治療は無理なのですか?」
「幾ら儂らでも、失った手足は元に戻せん。それができるのは神の力を使える者だけだ。あいにく竜はアーティファクトが使えん。これはこの世界の強者に架せられた枷だな」
この件に関して少しだけ質問をしてみると、三大種族である竜族、悪魔族、巨人族はアーティファクトを使えないらしい。ヨゼフさんの話ではもし使えていたら、真なる勇者が何人現れても勝つだろうとのことだ。
素体の強さを考えたら、それも納得だな。俺は確かに強者になったが、あくまでアーティファクトの力があるから、あの魔王とも少しはやり合えたんだ。
「話は分かりました。もちろんお受けしますが、一人で来たと言うことは、出向いた方がいいってことですよね?」
「話が早くて助かる、すまんがそうしてくれ」
今日はアルンが来ているので、明日伺うことを告げると、また来ると言って帰って行った。でも、街の宿屋にでも泊まると言っていた。人型になれるって便利そうだな。
しかし、これが危険な物なのか。
俺はポッポちゃんと戯れている樹人に近付き手を伸ばした。樹人は俺の手に反応して、蔓を伸ばしてくる。
その様子は今では可愛らしく思えるほどで、ポッポちゃんの「パパなのよー」とのん気に鳴く姿を見てしまうと、ヨゼフさんが言う危険な物には思えない。
「ポッポちゃん、もしこの子が悪い子になったらどうする?」
俺はポッポちゃんの身体を持ち上げて、自分の目線に合わせて質問をした。
俺の質問にポッポちゃんは、「あたしが育てるから大丈夫なのよ!」とクゥゥ! と鳴き、少し怒った様子で答えてくれる。
そうだよな、話に聞く限りでは育て方を間違わなければ問題ないはずだ。
俺は出会ってから今まで、人ならば誰しも持っている邪気を、全く感じさせない存在であるポッポちゃんならば、その心配はないと確信をした。
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