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第六章 安寧

十四話 冒険者ギルド

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 俺の部屋が広くなったことにより、植木鉢から木の板を組んだ鉢に住まいを移した樹人は、今日もポッポちゃんが取ってきた、小型の犬みたいな魔獣から、俺が寝ているうちに何かを吸い取ったらしい。
 死体は昨日は新鮮だったはずなのに、かなり干からびているように感じる。このまま放っておいて、腐ってもいやなので、マジックボックスの中へと回収しておいた。
 一応鑑定してみた結果は、狼らしい。草原や森にいる普通の狼だ。

 樹人に近づくと、ポッポちゃんの全身を覆っていた、更に伸びた細い蔓を俺へと伸ばしてくる。見た目は完全ポッポちゃんを捕食していたように見えたが、あれはじゃれ付いているだけらしい。
 よく見るとポッポちゃんの羽がすごい綺麗。もしかして、俺も手を長時間預けたら、スベスベお肌や爪を磨いてくれたりするのだろうか?

 蔓から解き放たれたポッポちゃんが、「主人、今日もいくのー?」と、クルゥと鳴いて尋ねてくる。
 俺は片方の腕に絡みつく、樹人の蔓を感じながら、もう片方の手でポッポちゃんの頭を撫でてやり、一緒に行くか聞いてみたのだが、今日も樹人の世話があるので、お留守番するとのことだ。

「ゼン君、今日も冒険者ギルドに行くの?」
「うん、当分通うかな」
「必要あるの……?」
「とりあえず、プラチナ冒険者ぐらいにはなっておこうかなって」
「はぁ……要するにやることがないのね」
「ぐっ!」
「まあ、そんな時も必要よね、頑張ってきてね」

 家を出る前にすれ違ったナディーネに、いきなりテンションの下がる一言を言われた。悪意はないのだろうが、図星を突かれると返答に困るな。
 俺だって分かっているんだ、今これが必要な事かと言われたら、それは違うとは。新居に移り住みやる気も戻ってきたけれど、目の前にある宿題に手を付けたくない、そんな感じ。だから少しだけ遊んでも良いじゃないか。

 今日の朝は天気が良い。早朝から開いている屋台からは、様々な良い匂いがしてきて、朝飯を食べたというのに、もう少しぐらいなら食べようかなと思わせるほどだ。
 俺も一六歳になり、食べ盛り真っ盛りだ。

 辿り着いた冒険者ギルドの、開けっ放しの扉を超えて、今日も掲示板をチェックする。
 朝と言っても冒険者たちからしたら、少し遅いぐらいなので、既に依頼が書かれた木の板は、大分取られていて隙間が空いている。

 朝に取られているのは、主にこの街の雑務。掃除の依頼や、荷物の搬送、果ては逃げたペットの捜索依頼など、俺がこの世界に来た当初は、想像してもいなかった冒険者の仕事だ。
 だが、それらも大事な仕事で、冒険者になりたての新人には、生活費を安全に稼げるものだし、それ以下の小さな子供でも出来るものもある。家が貧しい子供たちは、頑張って依頼をこなしているのだ。

 さて、俺も彼らの頑張りを見習って、今日出来る仕事を探してみよう。
 掲示板は上に行くほど、高いランクが必要な依頼が掲示されている。よって、一番下にはギルドランクの一番低い、ブロンズが受注できる依頼がある形になる。
 背の低い子供でも取れるのは、親切設計だな。

 ただ、今この掲示板の一番上には、最高のギルドランクである、ダイヤモンドが必要な依頼は掲示されていない。
 まだ、手付かずの場所が大多数のこの国でも、そんな高ランク冒険者が必要な依頼は、そうそう出てこない。ダイヤモンドランクが必要な依頼になると、ギルドマスターやその地の領主が直接依頼をしに行く事が多い。この場に提示される依頼は、緊急性のないものだけだ。

 そもそも、対魔物、亜人は、領地を預かる者の仕事だ。基本的に冒険者ギルドでは、人手が足りない場所や、兵を送るコストより安いと判断した場所が回ってくる。
 それ以外にも、本当の実力者の協力が必要な依頼もあるのだが、それも少数。大体の実力者は国に雇われる。その典型が、氷天だった。

 今の俺はシルバーランクなので、下の方の依頼を見てみたのだが、残っているのは数枚だ。シルバーはかなりの数がいるので、早朝からの競争が激しい。
 とは言え、俺は早朝から来る気はない。少し上から目線になってしまうが、これを本業としていない俺としては、彼らの仕事を取る気はないし、力的に言っても遠慮すべきだろう。

 俺は残っていた、近隣の村までの荷馬車護衛と、引っ越し作業を見比べて、短時間で済みそうな引っ越し作業が書かれた木の板を手に取った。

 カウンターに向かうと、いつもの受付のお姉さんが、にこやかに笑いながら頭を下げてくる。

「ゼン様、お早うございます。今日もご依頼を受けていただき、ありがとうございます」

 彼女はそう言うと、俺の持っていた木板を受け取ったのだが、それと同時に俺の手を握る。
 そして、ニコリと笑うと手を離し、受け取った依頼の確認作業に移る。

 この街の冒険者ギルドは、以前から素材になる魔獣や亜人を卸すために、何度も使っているのだが、こんな対応をされたのは、ここ最近のことだ。
 明らかに俺に気があるのと思ったので、一度握り返して離さずにいたら、笑顔のまま逆に強く握り返してきた。
 その時は、俺から手をゆっくりと離したのだが、あのままでいたら、いつまでもそうしていたような気がしている。

「引っ越しのお手伝い、ですね。本来であれば複数人必要なのですが、ゼン様であれば、問題ありません。こちらが依頼人の住まいの場所です。お昼までには到着してください」
「分かりました。ありがとうございます。ところで、こちらに書かれているのは何ですか?」

 渡された依頼人の住所が書かれた木の板とは他に、もう一枚木の板を渡された。

「今日の夜にでも来ていただければ、私の手料理をご馳走いたしますよ?」

 笑顔を崩さない彼女は、しれっとそんなことを言い出した。

「お気持ちは嬉しいですが、俺には大事な子がいますので、これはお返ししますね」
「あらぁ、アニアちゃんが離れたから、チャンスだと思ったのにダメでしたか。アルン君も良い人を見つけちゃうし、有望な子はすぐに相手を見つけますね」

 アニアとアルンは、自分の小遣い稼ぎに何度もギルドを訪れて依頼をこなしている。この受付嬢はそれなりに長い間務めているので、二人共面識はあるのだ。
 しかし、アルンまで狙ってたのか……捕食者かよこの人。

「じゃあ、昼ごろには戻ります」
「はぁ、昼ですか。大変だと思いますが頑張ってください。それと、毎回申し上げてますが、ランク昇格試験の必要依頼数は、免除されるとギルドマスターは仰ってましたよ?」
「特別扱いは必要ないので、みなさんと同じようにやりますよ」

 ギルドはこの国の機関であり、この街であればレイコック家がその管理者に当たる。その相手と懇意にしている俺のことは、当然ギルドマスターならば知っているので、対応も良くはなっている。
 だが、俺はそれには頼らない。そんなことをしたら、面白くないじゃないか!

 思い付きでやり始めた冒険者ランク上げだが、これはこれで新鮮感があり楽しい。新人冒険者気分はなかなか良い物だ。
 もしかしたら、これが異世界冒険の醍醐味なのかも知れない。俺は冒険者ギルドを換金所ぐらいにしか思っていなかったので、今更ながら気付かされた。

「最近の冒険者はこんな凄いのか……? これ程の荷を移動させられるなら、幾らでも稼げるじゃろ。儂の時代はシルバーと言ったら、亜人を倒して金を稼ぐのが精いっぱいだったからのう」

 引っ越し依頼を完了させると、依頼主のおじいちゃんが、蒸かした芋を俺に手渡しながら語っていた。
 少し勘違いさせてる気がするが、多くを語ることもないと思い、依頼達成のサインを貰って冒険者ギルドに戻る事にした。

「あっ! ゼンさん、チッス!」
「ゼンさん、シャッス! おらっ! お前も頭下げろや」
「えっ、誰っすかあのガキ」
「てめぇ、死んだぞっ!?」

 冒険者ギルドの中から出て来た、三人組の男が俺を見つけると、その内のチャラい雰囲気を持つ二人の男が、頭をヘコヘコと下げながらこちらに向かってきた。

「お前ら、もう若い子に絡んでねえだろうな?」
「もう、しねえッスよ!」
「自分ら、心入れ替えたッスから」

 こいつ等は、数日前に冒険者ギルドを出た俺にからんできた二人組だ。どうやら教育料と称して、依頼の上前をはねようとしていたらしい。余りにも舐めていたので、依頼は街の外だと嘘を吐き、近くの林に連れ込んで、教育してやったらこうなった。
 被害は俺の前に一人だけしか成功してなかったらしいので、被害者には奪った倍の金を返すことで、警備兵に付き出すことは勘弁してやった。

「その人は大丈夫なんだろうな?」
「こいつは俺らと同じ村の出身なんスよ。お前早く挨拶しろ! ゼンさん怒らせたら、竜をけしかけられるぞ!」
「すいません、ゼンさん。こいつまだ出て来たばかりで、分かってねえんスよ」

 そんな事を言いながら、二人は村から出て来たばかりだと言う、青年の頭を押さえつけて、俺に向かって下げさせていた。青年と言っても、明らかに俺より年上なので、無理やりやらされていて可哀そうだ。

「真面目に依頼こなして稼いでこいよ」
「うッス! ゼンさんも、お気をつけてッス!」
「ッシャスッ!」

 俺はチャラい二人に別れの挨拶をして、いまだに困惑している青年には、軽く会釈をして冒険者ギルドの中へと入った。
 受付に向かうと、朝に対応してくれた受付嬢が同じ場所に座っている。カウンターに近づき、依頼者からもらったサインを見せると、はぁっと息を吐いた。

「本当に終わらせたんですかぁ? 四人は必要だと思っていたんですけどね」
「ちゃんとサインもらってますから大丈夫ですよ。まだ日が高いので、もう一つぐらいやりたいんですが、新しい依頼は来てないんですか?」

 俺がそう言うと、受付嬢は思い出したかのような表情をしながら、人差し指を立てる。そして、その人差し指は俺の背後を指差した。

「その人たちのお手伝いをしてあげてください。完了すれば依頼二つをこなしたことにしますから」

 指の指された方へ顔を向けると、丸テーブルに突っ張している二人組の姿があった。
 入るときに視線に入ってはいたが、酔っぱらいか何かだと思っていた人たちだ。

「何かあったんですか?」
「今日、ゼン様がギルドを出てからしばらくして、討伐に敗北したらしく、傷だらけで逃げ帰ってきたんですよ。重症箇所はギルドからポーションを買い取って治療していましたが、そのあとはあの調子で、正直邪魔なんです」
「じゃあ、彼らを連れてもう一度行ってこいってことですか?」
「えぇ、シルバーの仕事ですが、ゼン様なら簡単でしょ?」
「相手に寄りますけどね……」

 竜が何匹もいますとかでなければ、シルバークラスの相手なら、多分余裕で出来るだろう。
 だが、俺もシルバーランクなので、彼らが受け入れるか疑問だ。

「やるのは良いですけど、ちゃんと仲介してくださいよ」
「それはもちろんです」

 受付嬢はそう言うと、カウンターから立ち上がり、丸テーブルの二人組へと向かっていく。受付嬢が声を掛けると、ゆっくりとだが顔を起こして話を聞きだした。話に俺のことが出たのか、二人が一斉に俺の方へ視線を寄越す。
 俺は軽く会釈をするが、二人は不服なのか受付嬢へ、少し険のある様子で抗議の声を上げていた。

「田舎から出てきたばかりだからって、俺より年下を寄越すなんておかしいだろ!」
「そうですか? 彼に助けを求めれば、依頼は簡単に終わりますよ?」
「もっと上の人をお願いします。次は命を落とすかも知れないんだから、子供はダメよ」

 獣人の男性とエルフの女性は、受付嬢の話を受け入れられないらしい。それならと俺は、掲示板でも見て他の依頼を探そうかなと思っていると、受付嬢は一段階声のトーンを下げて話を始めた。

「このまま依頼の失敗は結構ですが、違約金とポーションの代金は頂きますよ? 支払いができないのであれば、ギルドとしてはその身を代価として頂かなければなりません。親切心で手を差し伸べたのですが、それを断るなら仕方ありませんね」

 受付嬢はそう言うと、ツカツカと足音を立てて、元の位置に戻った。

「ゼン様、お待たせして申し訳ありません。他の依頼を今探しますね」

 俺はうなだれる二人の姿を見ながら、受付嬢の話を聞く。酷いかもしれないが、彼女の言う通り手を差し伸べたのに、彼らはそれを断ったのだ。ならば、俺が何を言うことはない。

「今日中に終わるやつお願いします」
「畏まりました」

 その日は近隣の森で、増えたと言うノームを数匹狩って戻ってきた。これでも一人でやるにはシルバークラスでは、結構な仕事だと思う。
 まあ、それを分かって彼女も依頼をしたんだろうけどね。

 次の日も同じように、朝食を食べた後に冒険者ギルドへと向かう。急いだ様子で中から駆けてきた子供とすれ違いながら、入り口を潜ると声をかけられた。

「君がゼンだな。頼むっ! 俺らを助けてくれ!」
「お願いします!」

 そこには昨日の二人組が、真剣な表情をして立っていた。

「えっと、ギルドを通しました?」
「い、いやそれは……」

 俺の言葉に、獣人の男性はうろたえながら答えた。昨日のこともある、これはこのまま受けるのは良くない。何よりこれで助けても、俺に大した利益がない。無償で助けるのは、可愛い女の子だけだ! あっ、エルフの子は可愛いか。

「助けるのは良いですけど、その前に受付の彼女に謝って、正式に依頼としましょうか」

 そう言いながら受付へと向かった俺に、獣人の男性は気まずそうに、エルフの女性は真面目な表情をして付いてきたのだった。
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明日も更新します。
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