アーティファクトコレクター -異世界と転生とお宝と-

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第六章 安寧

十二話 グウィンさんと復活の勇者

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 目が覚めた俺は、まだ目を閉じてスピーと鼻息を鳴らしているポッポちゃんを、起こさないようにベッドから静かに降りる。
 ポッポちゃんの隣にある植木鉢に手を伸ばしてみると、いつものようには蔓を伸ばしてこない。もしかして、寝てるのか?

 部屋を出て水場に行くとアルンが先にいた。

「おはようございます。お湯いりますよね?」
「おはよう。使わせてもらうよ。ナディーネさんは?」
「ナディーネ姐さんは、もう部屋に戻ってます」

 そう言いながら、アルンは湯の張った桶を手渡してくる。魔法で朝から湯が使えるのは、毎度思うが便利だな。

「なあ、思ってたんだけど、いつまで姐さんを付けるんだ?」
「タイミングが……」

 相当仲良くやってる気がするが、まだその辺りは踏み込めてないのか。家族の期間が長すぎて、健全なお付き合いを脱却できないんだな。
 それに対して俺は…… いや、あれは仕方がない。アニアが可愛いから仕方がなかったんだ。

「まあ、ゆっくり頑張れよ」
「はい、近いうちにきっと!」

 部屋に戻り、起き出してきたポッポちゃんを連れて朝食を取る。
 三人に一羽、そして植木鉢。最早、宿屋の店員も見て見ぬふりをしている。
 食べ終わり、食後の紅茶を楽しんでいると、複数の足音が聞こえてくる。探知の範囲を少し伸ばして探ってみると、知っている人たちだった。

「おはようございます、みなさん」
「おはようございます。どうしたんですか、グウィンさん」

 やってきたのはグウィンさん。その後ろにも知っている顔がいるが、今は無視をしておこう。

「今日出られるということで、お渡ししたい物がありましてね。以前、エリアス様に鎧を作っていただいた、お礼をしに来ました」

 そう言えば、エアに古竜の鱗を使った鎧を送った時に、グウィンさんは絶対にお返しをすると言っていた気がするな。

「褒賞で十分ですよ?」
「これは、私個人のお礼です。兄に預けていたので、今までお渡しできませんでしたが、やっと返せます」

 そう言ってグウィンさんが差し出したのは、折れた剣。黄金色に輝いているが、どこかさみしげだ。

「折れていますが、私が出せる最大の物です。元はアーティファクトとして機能していましたが、破損してしまいその効果は失われています。ですが、素材としては王でも手に入れるが難しいオリハルコン。ゼン君であれば、有効に使ってくれるでしょう」
「アーティファクトも壊れるんですね」
「神の道具であるアーティファクトも、同じアーティファクトであれば、破壊は可能です。ですが、それには相当な力が必要とは聞きますね。誰もやりませんので、実際には聞き伝えですが」

 その話を聞くと、ちょっと乱暴にアーティファクトを扱っていたなと反省だ。

「ですが、良いのですか? 何か思い入れがありそうな品物ですが」
「いえ、私にはありません。曽祖父がこの状態で手に入れたのですが、修理するにも加工するにも手間が掛かるので、放って置かれていたのです」

 確かにそうだろうな。ルーンメタルでさえ、普通の炉だけでは扱えないんだ。最高峰の金属なら、その扱いはもっと難しいだろうし、金も掛かる
 実際、ダンジョンボスのドロップ品を手に入れたセシリャだったが、何を作るにしても加工費が相当になるのと、優柔不断な所が出て、いまだにどうすれば良いか迷って死蔵してるからな。

「それなら頂きますが、何に使うかは保証できませんよ?」
「いいのです。どの道我が家は、兄と私で終わります。それなら、ゼン君のような若者に託す方が良いでしょう」

 エアとジニーを子供のように可愛がっていたので、グウィンさんの家族のことを気にしたことは少なかった。でも考えたら、嫁さんや子供がいてもおかしくないんだよな。
 しかし、誰もその話をしないってことは、もしかしたら触れない方が良いのかもしれない。

「分かりました、頂きます。俺も扱いが難しいと思いますが、何時か使ってみたいと思います」
「はい、そうしてください」

 グウィンさんがにこやかに笑ってくれている。ラーグノックでは長い間俺に良くしてくれた人だけに、別れるのはエアやジニーとはまた違う寂しさを感じるな。

「それでは私は戻ります。ラーグノックに帰りましたら、マーシャさんたちによろしくとお伝えください。……後、王都に来た時は、是非尋ねてきてください」
「もちろんですよ。その時は一日空けてもらいますよ。俺も成人しましたし、いい酒を持って伺いますから!」

 最後にグウィンさんと握手をする。数年前は見上げていた相手が、今はほとんど同じ身長だ。成長する自分と相手の老い。今では意識することも少なくなってきた前世の自分が、若者には気付かないだろう、その悲しさを思い起こさせる。

「それでは、お付の方もご苦労様です」
「なあ、ゼン。これは酷いんじゃないのか?」
「勇者様じゃないですか。どうしたのですか?」

 グウィンさんの後ろには、今まで黙ってフリッツがいた。空気を読んで黙ってくれていたのだろう。分かっていたが良い奴なんだよな。
 でも、どうしても彼はからかいたくなる。綺麗な二人の嫁さんに、可愛い二人の子供。そして、今はしていないが、謎の中二病演技。
 それらが俺の心を刺激する。
 俺にも可愛い女の子はいるが、それはそれ、これはこれだ。

「お前、本当に俺を治さずに帰る気だったのか?」
「いや、何も言わないし、隻腕の勇者なんだろう? 別に良いのかなと思ってさ」
「確かに、片腕で剣を振っていた時は、人たちの視線が気持ちよかった。だが、いい加減両手がないといろいろ困るんだ! 嫁さんも子供も王都に住むことになったからな」

 それって両手で胸を揉むって言ってたやつか……?
 やはり治さない方が良いのでは……

 俺が怪訝な顔をしていると、フリッツは遂に泣きそうな顔をしだした。

「おいっ! 頼む! 王の近衛として雇われることになっている、万全でなくては困るんだ! ゼンだって、王の警護が優秀な方が良いだろ!?」
「本音は?」
「リシャール様に両手じゃないと駄目と言われたんだ! 給金がないと、子供をいい学校に行かせられない! 嫁さん二人が怖いんだ!」

 余りの情けない理由に、思わず吹き出して笑ってしまった。全く、フリッツは面白い。
 出るまでにはまだ時間はあるので、部屋に戻って治してやることにした。

 治療の間に話した内容では、今後は王都に住まいを移し、空いた二天を埋める形で近衛に所属するらしい。戦場での活躍や、勇者としての前歴があるので、両手が戻る事を条件として比較的あっさりと決まったと言ってる。
 そして、下手に王都に住むことになったのと、結構な地位を手に入れたので嫁さん二人がやる気を出して、子供の教育に乗り出したらしい。

「いやー、あの時ゼンに賭けて当りだったぜ。これで危ないことをしなくとも、家族を食わせていける」

 勇者として公認されていたため、危険な仕事も請け負わなくてはならなかったらしい。今後もそれは変わらないだろうが、これからは国の助力が必ず付く。それはとても大きいことだろう。

「調教はあのババアの印象が強くて、いい思いはなかったが、ポッポみたいなペットがいるなら、暇な時に訓練してみるかな」

 手持ちぶたさの片手で、フリッツはポッポちゃんを撫でながらそんなことを言っていた。ババアとは竜天のことだろうが、そんなに歳は変わらないだろ。

「うおおお、久しぶりの左腕!」

 フリッツは新しく生えた左腕を、天高く突き上げて声を上げている。うるさいのでやめてほしい。
 腕を下げたフリッツは、おもむろに黒いローブを取り出すと、それを羽織る。

「何でそんな格好するんだよ」
「ふっ、簡単な、ことだ。復活の、勇者、降臨。礼を言うぞ、ゼン」

 始まった……。

「それでは、行くぞ、俺は。新たなる剣天、復活せし光、奇跡の帰還、ふっ、ふはははは!」

 腕が生えたらいきなりこれか、もう一度ぐらい切り落としても、誰も文句を言わないんじゃないかな?
 黙って【アイスブリンガー】を取り出した俺に、フリッツは一瞬ギョッとした表情を浮かべると、走って逃げていった。

「ね、ねえ、あの人が本物の勇者フリッツだったの?」

 ナディーネがそんなフリッツの後ろ姿を見ながら、部屋に入ってきた。

「そうだけど、知ってるの?」
「えぇ、街では噂になってたから。はぁ……流石勇者ね、カッコ良かったわ」

 おい、マジかよ……。
 遅れてやってきたアルンが、物凄い嫌な顔してんぞ!

 あれがモテるのは気に入らないが、顔は悪くないし、名声もある。そして、戦う力も持っていれば、モテるのは分かる。
 でもあれはないだろ……。

「ナディーネさんが気に入ってるけど、アルンはあれのまねするのか?」
「絶対にお断りです」

 よしっ、アルンは正常だ!

 王都を離れる最後に、何だかんだ言って楽しい出来事があった。
 少しだけ湧いていた寂しい気持ちも薄れたし、そういう意味じゃフリッツは勇者なのかもな。

 忘れ物がないか点検し、植木鉢を持って部屋を出る。
 植木鉢の縁にはポッポちゃんが乗っており、クルゥクルゥと鳴いて、植物との一方的な会話を楽しんでいる。

 それにしてもデカくなってきたな。形はほとんど変わっていないのに、葉の付け根にある卵みたいな形になってきた球体が、段々と垂れ下がり始めている。
 ポッポちゃんが獲物を上げるたびに大きくなっていて、その獲物も大物の方が成長を加速させるようだ。
 今も俺の方へと、細い触手のような枝を伸ばしてくる。両手がふさがっているので対応できないが、俺に触ってほしいのだろうことは分かる。まあ、何でも良いか。ポッポちゃんが喜んでいるんだし。

 宿を出ると、シラールドが待っていた。

「道中気をつけてな。ワシも落ち着いたら、ラーグノックに行こうと思っている」
「別に来なくてもいいよ?」
「ふははは、照れなくとも良いぞ、主」

 全くそんな顔はしていないのだが、どう捉えたらそう見えるのか。もう半ば諦めている彼に関しては、好き勝手してくれって感じだ。

 シラールドと別れ、王都を出る。

「はぁ、楽しかったわ……」

 ナディーネは王都の暮らしが結構楽しかったらしく、振り返ってはあそこの食事は美味かったとか、買い物をするなら次はもっと準備をするだとか、アルンと俺に話しかけてくる。
 こんなに楽しんでくれるなら、次は家のみんなも連れてくるかな。

 王都から少し離れた場所に来ると、俺に付いて来ていたシェードの気配が消えた。彼らは今後、ラーグノックに拠点を構築するまでは、移動やら何やらでいろいろ忙しいだろう。
 彼らに関しては、諜報活動以外にも、他のことを任せてみようかと思っている。様々な場所に面識があるのは、諜報だけに使うには勿体無いからね。まあそれは、彼らの拠点ができてからだ。

 目印の一本木に辿り着くと、程なくしてスノアと炎竜がやってきた。俺とペット関係ではない炎竜も、特に悪さはしていなく、大人しく過ごしていた。今回は俺らの運搬にかなり役にたってくれているので、帰ったら買い込んである食料品を提供してやろう。

 来た時と同様、スノアにはアルンとナディーネ。炎竜には俺が乗る。空高くに舞い上がり、王都を上空から一望する。王城へ近付いて、エアとジニーに挨拶するのも面白そうだが、連絡なしで竜が二頭も近付けば、防衛体制を取らざるを得ないだろうから止めておこう。

 さあ、ここから帰り道だ。今回は途中の街にも立ち寄ろう。多少時間はかかるが、楽しみながら帰れば、それも苦にならないはずだ。



 王都から帰ってきて一週間。俺はアルンとアニアがいなくなり、エアとジニーもいないので、朝からしていた訓練がなくなってしまい、だらけた生活を送っている。
 分かっているんだ、これはダメなことだとは。
 だが、家に帰ってくると、どうしても虚しさに襲われる。あの子たちとの日々が長かったので、生活のリズムというか、心のスキマというか、何だか今まで走り続けていたことが崩れてしまったのだ。
 結構やる気があったのに、思った以上に俺はみんながいないことに、まいってるのかもな。

「少しぐらい良いでしょ? ゼン君はずっとあの子たちを鍛えていたんだから、休んで好きなことをしなさいよ」
「そうねえ、でも余りダラダラしちゃ駄目よ? 子供は他にもいるのだから、あの子たちも気にかけてあげてね?」

 ナディーネとマーシャさんは俺を甘やかしてくれる。
 リビングのソファーに横たわってる俺に、温かい飲み物とお菓子も用意してくれる。美味いなこれ、マーシャさん店でも出せるんじゃないのか?

 リビングから見える庭では、奴隷の子供たちが警備を担当させている奴隷と楽しそうに遊んでいる。ちゃんと仕事の手伝いもしているし、その合間ぐらいは自由にさせている。さっきまで、俺が今食っているお菓子も食べていた、立場は最底辺なんだろうが、ウチでは笑って育ってもらおう。

「体調は悪くないんですよね? 寝てばかりだと心配になりますよ」

 レイレが心配そうに俺を見ている。彼女は俺が買ってから、四年以上経っているが、その姿はほとんど変わっていない。小さい二足歩行の猫のままだ。
 そんな彼女も、もうすぐ一九歳になる。そろそろお嫁に出さないと、行き遅れても可愛そうだ。二十歳のタイミングで考えるかな。
 でも、手放すには惜しいんだ。ナディーネと一緒に販売を受け持ってるからね。うーん、奴隷解放の条件に当分継続しての雇用を付けるかな。普通はもっと長い間解放しないんだし、問題ないはずだ。

「若様、暇なら新居を探しませんか? 今年でこの家も契約が切れます。その前にどうするか決めませんと困りますよ」

 ソファーに深く腰掛けるエルフのオーレリーさんが、気軽な様子で話しかけてくる。彼もレイレ同様そろそろ解放すべきだろうか。正直男はどうでも良いんだけど、初心を忘れるのはいけないだろう。彼にも話をしようかな。

「店の候補って決まりました?」
「えぇ、工房兼住居並びに店舗に当てはまるものが、数件ありましたよ。できれば若様の新居に近い方が良いでしょう。ですので、先に新居を決めてください」

 確かにその通りかもな。この街は狭くない、距離が開いたら面倒だ。それに、通うのは俺だけじゃないからね。

「工房の方は、あっしらがいますんで、多少ボロくてもいいですぜ。新居も家具は作っちまいやすし、広くとも子供を使えば、掃除などは問題ねえです。もう少し子供らは働かせないと、増長しやすぜ?」

 マートさんはそう言い終わると、熱い紅茶をすすっている。マートさんに関しては、死ぬまで俺の元で働くと言っている。奴隷解放も必要ないと言う。俺としても、既に五十中盤を迎えたマートさんを放る気はない。解放に関してはまだ話をするとしても、彼の最期まで付き合う方が、お互い幸せになるだろう。

「ん~、じゃあ新居を探しに行くかな。一緒に来たい人いる? マーシャさんかナディーネさんは、どっちかは来てよ。台所とか俺分からないよ」
「ミラ行く! 良いでしょ、ゼン兄様!」

 ミラベルが元気よく手を上げている。この街の神殿で勉強をしているミラベルは、話に聞く限りなかなか優秀に育っているようだ。だが、歳相応の子供らしさは消えていなく、今も俺に抱きついておねだりをしてくる。

「じゃあ、行く人は用意できたら玄関ね」

 話を聞いていたら、段々と面白そうに思えてきて、俺のやる気に火が付いて来た。どの道決めないといけない住居の問題だ。どうせなら、心機一転新しい所を探そう。

 俺は一度部屋に戻り、植物に全身絡まれているポッポちゃんに、出かけることを告げてから、ミラベルを背負って家を出たのだった。
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