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第六章 安寧

十一話 頑張る姫様

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 地図が出来上がったと連絡がきたので王城に向かう。その俺の後ろを複数の気配が追ってくる。シェードたちは俺が命じた通り、呼び出すまでは影として動くのだろう。これは慣れるまで違和感を抱くだろうが、受け入れてしまった以上は仕方がない。
 彼らの有用性を考えれば、この程度のデメリットは耐えるべきだろう。

 流石に王城の中までは追ってこられないので、気配はそこで途切れた。少しだけそれに安堵しながら、通された部屋で待っていると、文官の一人がやってきて、依頼していた地図を手渡してくれた。
 エアは今日はお出かけだ。諸侯をまとめるという、大きな問題は大分片付いたとはいえ、政務はまだまだ山のようにあるらしい。
 アーネストが行ってきた政策を方針転換させるのは、簡単なことではないのだろう。

 隣に座るポッポちゃんが、「なになに? 主人何もらったのー?」と、クルゥクルゥと鳴いている。地図を広げて見せてやると、首をクルクルと回して眺めるが、頭の上にハテナが浮かんでいるような表情をしていた。
 ポッポちゃんも絵は分かるのだが、地図は少し理解するのに説明がいるだろう。
 今回は、ジニーのご指名もあり、ポッポちゃんも同行している。植木鉢のことを気にすると思ったのだが、アルンとナディーネが宿で見守ると伝えたら、意外とあっさりした様子で、「片割れと、ナダ……なら大丈夫なのよ!」と、簡単に受け入れてくれた。
 まあ、ポッポちゃんとアルンたちも数年の付き合いだ。俺と同じように、アルンたちに信頼を置いているのだろう。

 文官が下がり、また部屋で待つ。今日は事前に連絡をして、ジニーと話せる時間をもらった。それをしないと会えないほど忙しいらしく、ジニーもあと数日もすれば、近隣国へと親善に向かうと聞いた。
 そう言えば、ローワン様を戴冠式以降見てないなと思っていると、ドアの向こう、通路の先にジニーの気配を感じた。
 今回は知っている気配が二つ同行している。久しぶりに顔を見えることを嬉しく思いながら、ドアが開く前にソファーから腰を上げた。

 ドアが開かれると、ジニーを先頭にロレインさんとリディアが後に続く。

「ご機嫌いかがでしょうか、ヴァージニア姫様。今日はお時間を頂きありがとうございます」
「ゼン、それ毎回やらなくてもいいわよ?」
「いや、一応さ……」

 部屋の外には誰もいないことは分かっているが、まだドアは開いているし、二人もいるから一応やったのに酷い。それに、ジニーだって悪い顔はしてなかっただろ。

「お久しぶりですね、ロレインさん、リディアさん」
「お久しぶりです、ゼン殿。戦の話は聞きましたよ! 我が領地の民を守ってくれた英雄は、この国でも活躍したのですね」

 久しぶりに見たリディアは、以前と変わらぬ様子で微笑んでいる。だが、こう見るとケンタウロスは本当にデカイな。

「また、逞しくなられたようですね。エリアス様をお助けしていただいた話は多々聞きました。本当にありがとうございます」

 ロレインさんは深く頭を下げるが、それを起こすとニッコリと笑い、また口を開いた。

「ゼン君、戦場でかっこいい男性はいませんでしたか? 知っていれば紹介してください。魔槍の名を出せば簡単ですよね? 私もそろそろ幸せになりたいのです」

 この人は本当にブレないな……。

「そんなものは自分で探してください。王都なら一杯人いるでしょ」

 俺の返事に、「ゼン君冷たいです」とか言っているロレインさんは放っておき、ジニーと向き合うと、ジニーは後ろに控える二人に目配せし合図を送った。

「我々は下がります」
「ふぅ、やはりポッポちゃんの撫で心地は素晴らしいですね。それでは、私たちは遠くに離れます。だからといってゼン君、暴走はしないでくださいね?」

 リディアと、いつの間にかポッポちゃんを撫でていたロレインさんは、そんなことを言いながら部屋を出ていった。ロレインさんだけには、シッシッと手で追い払う仕草をすると、ドアの前で立ち止まる。だが、その抵抗もジニーの一喝で虚しく崩れ去った。

「もう、ロレインたら、ゼンに会えたのが嬉しいからって、遊びすぎよ」
「あれがかよ……」

 昔からロレインさんはあんな感じだったが、ジニーが王女になったとしてもそれは変わらないらしい。その変化のなさは笑えてしまうが、同時に不思議な安心感を与えてくれる。変わらないあの人がジニーの近くにいれば、子供の時と同じように、ジニーが間違いをしても正してくれるだろう。

「さてと」

 ジニーはそう言うと、俺の隣にやってくる。

「座りましょ?」

 どうやら今回は同じソファーに座るらしい。近くに来ると、部屋に入ってきた時から感じていた香水の香りが強まり、下品だと分かっているが、思わず大きく息を吸ってしまった。

「お気に入りなんだけど、ゼンは好き?」

 少し照れた様子を見せながら、手首を俺の顔へと近づけてきたので、その手を取り遠慮なく確かめさせてもらう。

「凄く良いな、ジニーに似合ってるよ。魅力的すぎて離れられなくなりそうだな」

 優しく甘い花の香りが、活発な印象を持っているジニーを、大人の女性へと変化させている印象を受ける。近付いて分かったが、薄っすらと化粧もしていて、確実にジニーは変わり始めていた。

「そ、その反応は嬉しいけど、ずっと嗅がれてると恥ずかしいんだからね?」

 余りやり過ぎると逃げられてしまうので、程良いところで手を離す。軽い口調で余裕を見せたが、実の所俺は自制するのに精一杯だ。
 スレンダーな体を包み込むドレスは、また肩を大きくさらしており、我慢しないと手が勝手に伸びて、そのみずみずしい肌を触ってしまいそうだ。

「ほら、座りましょ。ゆっくり話す時間はあるけど、それでも数時間だわ。時間は無駄にしたくないの」

 ジニーはそう言いながら、ソファーに座り続けているポッポちゃんに向かって、両手を伸ばす。すると、ポッポちゃんは体を起こすと、軽くジャンプをして華麗にジニーの胸の中へと飛び込んだ。

「はぁ……久しぶりのポッポちゃん。んっ~! やっぱり可愛いわ!」

 ポッポちゃんを一撫ですると、体全体で覆うように抱いている。ポッポちゃんも満更でもないご様子で、近づいてきたジニーの顔に、自分の頭を擦り付けて、「金髪、元気だったのー?」と、再会を喜んでいた。
 そのことをジニーに伝えてやると、目を輝かせて一心不乱に撫でている。数年俺が指導した完璧な撫で方は、ポッポちゃんもご満悦のようだ。

「ふぅ……駄目だわ、ポッポちゃんは人を駄目にする、魔性の力を持ってるわ。連れて帰りたい……」

 流石ジニーだ。ポッポちゃんの魅力を十分理解している。
 ポッポちゃんもジニーを認めているようで、「金髪も良い羽を持ってるのよ!」と、クックッと鳴いていた。どうやら髪の毛が羽らしい。
 だが、連れて行くのだけは勘弁してほしい。

「今日のポッポちゃんは、ずっと私の膝の上ね?」

 ポッポちゃんもジニーの柔らかいふとももの感触は悪くないのか、脚を畳んで座っている。ちょっとだけポッポちゃんが、羨ましく思えてしまった。

「何からお話しようかしら?」

 今日は時間があるので、戦のことから始まって、最近のことを伝えていく。俺だけが話している形になっているが、ジニーは俺の話を聞きたいらしい。
 その間は、常にポッポちゃんを撫でながら、「えぇっ!」とか、「それでそれで!」と、可愛らしいリアクションをしてくれて、俺も楽しく話ができた。

「ポッポちゃんは、一体何を育ててるの?」
「樹人らしいけど、シラールドも確証が持てないって言ってるんだよね。でも、悪いものじゃないのは、ポッポちゃんが育ててるんだから間違いないと思うよ」
「そうね、ポッポちゃんなら大丈夫よね。ねーポッポちゃん!」

 話は植木鉢の植物のことになり、簡単に説明をするとジニーはポッポちゃんを覗き込みながら話かけている。ポッポちゃんも「そうなのよ!」と鳴き、近付いてきたジニーの顔に、またスリスリと頭で撫でるようにしていた。

「あら、結構時間が経ってるわね……。太陽があんなに低くなってるわ」
「おっ本当だ、気付かなかったよ。久しぶりにジニーと過ごせたから、時間を忘れたな。」
「ふふ、もうゼンったら、嬉しいわ」

 俺の言葉にジニーが笑いながら応える。そのはにかむ笑顔は歳相応に可愛らしく、そんな娘が自分の隣にいるのだと、また意識をしてしまう。

「さて、そろそろお開きね。私も兄様を手伝わなきゃいけないからね」
「頑張ってるみたいだな」
「そうよ、私は私の目的のために頑張るの」

 ジニーも目標ができたらしい。力の籠もった瞳は、とても魅力的に見える。

「また長く離れることになりそうね」
「そうだな、ラーグノックに帰らないといけない。あそこには残している人たちがいるからね」
「うん、分かってる。別にそれはいいの。私もこれからいろいろな所に行かなくちゃならないから。本当ならゼンに一緒に来てほしいけど、それは無理なのも分かってる」

 ジニーはそう言うと、顔を伏せてしまう。だが、急に顔を上げると、俺の瞳を力強く見つめ口を開いた。

「だけどね、これだけは忘れないで、わ、私はゼンが好きだから!」

 言った途端、真っ赤になったジニーは、両手で顔を隠してしまう。ポッポちゃんがジニーの声量に、何だと顔を上げていた。

「俺が先に言おうと思ってたんだけどな。でも、ジニーが王女になっちゃって、ちょっと躊躇をしてたんだ。本当にお姫様なんだぞ、俺が想いを伝えていいのか、今でも悩むよ」

 ジニーはゆっくりと顔を隠していた手を下ろし、おもむろにポッポちゃんを撫で始める。まだ顔は俺に向けられないのか、膝にいるポッポちゃんを見つめ続けていた。

「ジニー、俺もお前が好きだ。今も抱きしめたくて仕方がない」
「……本当?」
「あぁ、だけど一つだけ言うぞ。俺はアニアも好きだ。そして、二人を天びんに掛ける気はない、二人とも俺は欲しい。身勝手なのは分かっているが、それが素直な気持ちだ」
「それは当然でしょ? アニアと約束してるんだから、一緒にもらってくれないと困るわ」

 何となく分かってはいたが、この世界の常識として一夫多妻、一妻多夫は珍しくもない。二人がその考えなのは察しが付いていたが、俺がそれを聞くことは、はばかられていた。

「それは二人とも愛していいってことだよな?」
「当たり前でしょ? アニアとはずっと前から話し合ってるんだから。と言うより、今更じゃないの? ゼンは私たちを平等にしてくれればいいのよ」
「……うん」

 また俺の知らない所で話が進行している。悪いことではないし、話がこじれる心配もないので、喜ぶべきだろう。だが、釈然としないのはなぜか。

「まあ、この話は少し先のこと、みんな離れるからね。本音を言えば、ゼンには地位を手に入れてほしいわ。でも、それを強いるのはもう止めだわ。私がどうにかするから、ゼンは自由にしなさい」

 そう言ったジニーは、不敵に笑う。何をたくらんでいるか分からないが、ジニーが言う通り一緒になるとしても先のことだ。ジニーが言う地位を手に入れるということも、頑張ったとしても少し時間が必要だろう。やはり、爵位を断ったのは間違いだったのだろうか?
 いや、考えた所で意味はないか。今更、よこせは示しが付かない。

「さて、長い間離れるのだから、ポッポちゃんにお願いをしないとね。ゼン、今から言うことをポッポちゃんにちゃんと伝えてね?」

 笑顔のジニーだが、目だけは真剣だ。ちょっと怖いんだが、一体何を言うつもりなんだ。

「ポッポちゃんにお願いがあります。ゼンが私とアニア以外の女の子に手を出そうとしたら、髪の毛を全部抜いてあげてね。ポッポちゃんだって、ずっと一緒だった私たちの方がいいでしょ?」
「おい……」
「ちゃんと、伝えてよ?」

 俺がジニーの言ったことを、口に出してポッポちゃんに伝えると、ポッポちゃんはジニーを見つめて、「お姉さんに任せるのよ!」と、クルゥクルゥ! と力強く鳴き応じていた。
 伝え終わるとジニーが差し出した手に、ポッポちゃんは翼を伸ばして握手のようなことをしている。この一人と一羽は、言葉の要らない謎のコミュニケーションをするな……。

 俺が苦い顔をしているのに気付いたポッポちゃんは、「主人? 金髪と片割れの子供をあたしが温めるのよ? そうだと思ってたのよ?」と鳴き、完全に容認している姿勢をみせる。
 別に他の子に手を出す気はないのだから、その約束をするのは構わない。むしろ、心配するその姿が可愛らしくて、自然と笑いが出てきた。

「じゃあ、私も大人になったので、最後に昔の約束を果たしましょう。ゼン、目をつぶってよ」
「昔のって何だ?」
「いいから早く!」

 少し気分が高揚している様子のジニーは、大きなアクションを見せて俺をせかす。

「目を閉じろって、もしかして?」
「……ゼン、察しがいいのは、時には悪いことよ?」

 俺の方が余裕があるからか、どうしても何をされるか分かってしまう。だが、ジニーが言う通り、今はそれを言わずに受け入れるべきだったのだろう。
 まだまだ俺も女の子の扱いには、修行が必要だな。

「ジニー、思い出したぞ。初めて会った時の別れの約束だな? それなら俺がもらうんだ、悪いがジニーには大人しくしてもらおうかな」

 俺はそう言いジニーの肩をつかむ。一度茶々を入れてしまったので、ジニーもやりづらそうだったからだ。
 ジニーは目を見開いて驚く。俺が顔を近付かせると、何度も目をそらしてしまうが、決心が付いたのかキッと目を閉じると、顔を上げて俺を受け入れてくれる。

「んっ……」

 優しく唇を合わす。このまま何時間でもしていたいが、ジニーは息を止めてしまっているので、苦しくなる前に離してやる。

「ふぅ……」

 ジニーは真っ赤な顔を伏せ、大きく息を吐いた。そして、力が抜けたように頭を下げると、そのまま前に倒れてきて俺の胸に額を当てた。
 そのまま動かなくなった頭を撫でているとジニーが口を開く。

「アニアはもっとしたのよね? 私には今ので限界だわ……」
「…………」

 どうやらあのことは筒抜けらしい。どこまで聞いているのか怖くて何も言えない。あの時は、俺も自制ができなかったのは後になって反省はした。幾らなんでもあれだけやって貞操守りましたは微妙すぎる。

 ジニーは頭を上げると俺を見る。まだ真っ赤な顔をしているが、大分落ち着いたようだ。

「あ~、ポッポちゃんに見られちゃった。でもいいわよね、ポッポちゃんにもしてあげれば」

 その考えは分からないが、そう言ったジニーはポッポちゃんに唇を近づける。すると、俺らを見ていたポッポちゃんは、何をすればいいのか理解していたのか、クルゥと鳴いてちょんとジニーの唇に、自分のくちばしで突いていた。
 そして、改めて俺を見たジニーは俺の手を取る。

「王女の唇をあげたんだから、本当に浮気は駄目よ? アニアは心配してないみたいだけど、男の子は……その……ね?」
「しないから無理するなよ。そんな真っ赤になって恥ずかしがってると、可愛いから飛びかかるぞ?」
「今は駄目よ!」

 つい今じゃなければ? と言いたくなったが、これ以上突っ込むとまたジニーが逃げそうだ。キスができただけでも、かなり関係は進んだと言えるだろうから、今回はこれで満足するべきだな。

 最後にポッポちゃんの体に顔を埋めたジニーは、俺にポッポちゃんを預けると席を立つ。

「私は三年は頑張るつもり、一緒になるのはその後ね。でも、たまにはこっちにも来てよ? じゃないと心配になるの。ポッポちゃんにも会いたいし。あぁ、でもみんなにも会いたいな。アルンとナディーネさんとは会ったけど、マーシャさんにミラベルにも会いたい……」
「落ち着いたらみんなと会えるように考えるよ。竜を数頭用意すれば何とかなるかな?」
「……竜じゃなくて、もっと他にいるでしょ。ゼンは竜を簡単に扱い過ぎなのよ」

 だって、速さや安全面で言ったら、竜はかなりオススメだからな。まあ、量は用意できないけど。でも、炎竜のことを考えれば、可能性はあるよな。

「じゃあ、行くわ。本当に名残惜しいけど、このままじゃいつまでも離れられないわ」
「あぁ、一年以内にはまた会いに来るよ。その時はもう少し長い間一緒にいような」
「うん、約束よ」

 ジニーを部屋から送り出すためにドアを開くと、そこには先程退出したロレインさんとリディアがいる。ジニーは部屋から出ると、二人を伴って歩いていく。
 俺はその背中を見送り、使用人が来る間にジニーとのやり取りを反芻した。

「これは、次来た時は我慢できる自信がねえ……。二人とも可愛くなり過ぎだろ」

 いろいろと心が軽くなり、本音が口に出てしまう。それを聞いたポッポちゃんが、「あたしは―?」とクゥーっと鳴き、可愛らしく聞いてくるので、帰りの案内を待っている間、滅茶苦茶撫でた。
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