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第六章 安寧
六話 将棋の宅配
しおりを挟む「バルトロメイさんと、クサヴェルさんは知らん?」
スノアと炎竜に聞いてみるが、首を縦に振ることはなかった。
「ご主人様、私などでは上位の方や古竜の方々と会う機会は、ないのです」とスノアはグゥっと鳴き、炎竜は「爺ちゃんはヨゼフだから違うぞ、人間!」とガァガァ鳴いている。
「じゃあ、やっぱ直接行くしかないか」
アニアが旅立ってから数日、俺は残っていた聖女の師匠としての仕事を片付けて、自分の仕事を処理しようと動いていた。
スノアに乗り北を目指す。既に王都は遠くになっており、大きな街を二つほど超えている。そして、ここから進んでいけば、エゼル王国最北端の街、ガロアが見えてくる。
今回は更にその北、この大陸の北に位置する国、イロス国に入り、竜たちが住むと言う山脈を目指すのだ。
今回は俺一人と二頭の竜で行動している。
ポッポちゃんは相変わらずお留守番だ。アニアが行ってしまい、かなり寂しいのだが、今は子育て? に夢中で相手をしてくれない。
いや、部屋にいればじゃれ付いてくるのでそれも違うか。
あの植物は順調に大きくなっていて、葉の付け根が球状に膨らみ始め、今では十センチ程になっている。それに伴い茎も太くなり、大きくなった球体を支えられるようになっていた。
ポッポちゃんが与えている物も、ネズミからウサギサイズになっていて、入りきらないので植木鉢を大きな物へと変更した。
このまま木の大きさまで育たないかと、少し心配している。
アルンとナディーネも留守番だ。今回は竜の住みかに向かうので、アルンはともかく、ナディーネは連れていけない。まあ、この期間で仲を深めてくれれば良いさ。王都なら暇つぶしもできるだろうしね。
という訳で、気楽な一人旅だ。竜とも話せるのでそれほど寂しさも感じない。
俺の仕事と言うのは、もちろん将棋の納品だ。数年掛かっても良いとの依頼なので、大分優先度は低かった相手なのだが、職人が増えて効率が上がり、俺が北に位置する王都へ戻ることもあったので、どうせならと作ってしまったのだ。
他の仕事の期限に余裕があったからできたことだが、竜たちは本当に気が長いと感じさせられた。
本来は依頼人が引き取りに来ることになっているのだが、一応住所に相当するものは聞いていて、それが今目指している竜の住みかだ。依頼に来たのは獣人だったと、残されていたメモにはあったが、それを依頼したのはどう考えても竜族だろう。
加工も駒を竜にしろとあるので、間違いなさそうだ。
問題は、詳細な住所がない。名前だけは分かっているので、それを頼りに行こうと思っている。
まあ、最悪届けられなくとも、引き取りに来るので問題ない。俺の観光にもなるし、無駄にはならないだろう。
「襲われたらどうする? 殺して良いのか?」
俺が二頭にそう聞くと、炎竜が首をブンブンと振って、「人間酷い! おれが行くから見てろ!」と、対応は任せれば良いと言っていた。
襲ってきたならば、正当性は得られるので、良い素材が手に入りそうだと期待していたが、取らぬ狸のなんたらになってしまった。
まあ、配達に来た奴が殺りくをしまくっていたら、依頼人も受取拒否をするだろうから仕方がないか。
遠くに見えていた山脈は、既に岩の形が見分けられるほど近付いている。長く連なる山々の頭には、白い雪が乗っていて、中には富士山に似ている物もあり、少し感傷的な気持ちになってしまった。
山の周りでは、度々大型の飛行生物が見える。かなりの距離があるので向こうはこちらを気にしていない。
だがそれも、あと十分もすれば山に降り立てる位置まで来ると、低級の竜たちが騒ぎ出す。
「人間、おれが先に行く。絶対に投げるなよ!」と、炎竜がガァガァ鳴いている。本当にひどい話だ。こいつは俺をどんだけ危険人物だと思っているのだ。
俺が憤りを見せていると、スノアが鳴き出した。「ご主人様、攻撃を受けたら反撃して下さい。なめられると相手が調子に乗ります」とのことだ。
二頭の言っていることが違うが、子供だと言う炎竜の方が平和思考なのはどうなんだろうか。
程なくすると、数頭の竜が俺らを遠巻きにしだした。
そして、一頭の龍が近付いてくると、俺らの進行を遮って、「面白い組み合わせだ。興味深い。何用かな、人と若者たちよ」と、グァッと鳴いて尋ねてきた。
初めて見た、体が長いタイプの龍は、敵意を向けることはなく、優しく話かけてきた。流石この世界の最強種、余裕がありすぎる。
炎竜は「お荷物配達にきた! えっと、何だっけ?」と、相手の名前を忘れているので、俺が名前を教えてやると、龍が目玉を見開いて俺を見つめている。
デカイし顔が怖いので迫力が凄まじい。探知で感じる気配も、かなりの強さだと感じさせるので、本当にやめてもらいたい。
「その炎竜が言った通り、依頼品の配達に来ました。バルトロメイさんとクサヴェルさんっていますか?」
俺がそう話しかけると、龍はガバッと口を開き、「アーティファクトか? それとも加護か? 何にしても人族が話せるとは珍しいぞ! しかも、あの方々の名を上げるかっ!」と、咆哮かと思うような大音量で答えた。
どうやら龍は案内をしてくれるらしく、大きな体を反転させると後ろを振り向き「付いてきなさい」と鳴く。俺たちはそれに続いて山脈の頂上付近にある、やけに開けた場所へと案内をされた。
僅かな草木が生えたその場所には、一つだけ建造物がある。六角形の屋根を持つそれは、どこか和風を思わせる物で、先ほど見た富士山もどき同様、前世のことを思い出させてくれる。
俺の探知範囲にその建物が入ると、中には巨大な気配が複数あることが分かる。特に一つは強大で先日戦った魔王を上回っているかもしれない。その他の気配も少なくとも、ダンジョンボスに近い力を感じる。それが三体。あの建物の中には合計四体がいるのが分かった。
龍は「あの建物におられる。後は自分たちで会いに行きなさい」と、優しく鳴いてくれた。ゆっくりと帰っていく龍を見送って、スノアに降りるように言うと、かなりビビっていた。それは炎竜も同じようで、どう見てもあの建物に近付きたくないと思っていそうだ。
仕方がないので、二頭にはその辺で待っててもらい、【浮遊の指輪】を使って落下する。山の上だというのに、風一つない穏やかな天候で助かった。
地面に降り立ち建物に近付くと、中から若い男性が出てきた。見た目は年の頃二十歳ぐらいに見えるのだが、気配の大きさからはとても人とは思えなかった。
「人族……で間違いないな? 何用だ?」
「バルトロメイさんとクサヴェルさんに、注文を受けていた将棋をお届けに来ました」
「おぉ、当分先の話だと聞いていたが、もう出来上がったのか!」
最初の人間風情が何用だ? 的な態度から、いきなり態度が変わって笑顔を見せている。もしかして、この人が依頼人?
「人族よ、入りなさい。二人とも中にいる」
依頼人は別らしい、俺はこれも久しぶりに見た横開きの扉を抜けて、建物の中へと案内された。
中には敷居など何もない、だだっ広い空間があった。天井は高く木で組まれた梁が見え、床は木の板が張られたシンプルな道場を思わせる建物だ。
その中心では二人の人物が向かい合い、その真ん中に置かれた将棋盤を睨みつけている。双方苦しい展開なのか、それが表情に浮かんでいておっかない。
一人は長髪を一つにまとめたお爺ちゃんだ。結構年をとっているのを外見から感じられる。もう一人も髪は長いがまとめておらず、野性味あふれる髪型をしている。三十代中盤ぐらいに見え、鋭い眼光で将棋盤だけを見つめている。この人がこの中で一番気配の大きい存在だ。いや、人じゃない、確実に古竜だろう。
最後に目に入ったのは、その二人の真ん中でボーッとした表情を浮かべている女の子だ。見た目は俺より数歳年下に見える。
この場にいる四人とも、多少の違いはあれど白に近い青い髪をしている。肌も白いので似合っているのだが、幾らこの世界に慣れても最初は違和感を感じるものだ。
三人は俺が入ってきたというのに、一切こちらを気にする様子がない。
「うむ、駄目だな。悪いが少し待ってくれ。その辺で適当に座っていいぞ」
俺はそう言われたので、少し離れた所に座って待つことにした。
全く誰もしゃべらないので、広い建物の中には将棋を指す音だけが響く。十分程待っていたが、勝負はまだまだつきそうもないので、マジックボックスから飲み物とお菓子を取り出して、勝手にさせてもらうことにした。
アニアがセレクトしたお菓子は数種類あり、その中でも音の出ない物を選ぶ。甘いクリームを挟んだ似非エクレアのような食べ物を取り出して、エアの所からもらってきた紅茶を飲む。
「マジックボックスから温度を保って出したのか?」
名前の知らない菓子を頬張っていると、お兄ちゃんが話しかけてきた。
「えぇ、特別みたいですね」
「それは羨ましいな。古竜族でも黒の族長だけが持っている秘宝だからな」
「黒の族長って何ですか? あっ、食べますか?」
「頂こう。人族なら古竜の縄張りは分からんか。黒の族長とは北東を縄張りとする古竜の一族だ。我々は北西を縄張りとする青の一族だな」
何か前に聞いた気もするが、いつ知ったんだっけな。
「ということは、南西は白の一族ですか?」
「何だ知っていたのか? 南西は白、南東は赤だな。この四氏族でこの大陸を四つに割り縄張りとしている」
おっ、当たったか。あの古竜の爺ちゃんは白い鱗を持っていたから、そうかなと思ったんだ。でも、大陸を四つに割って縄張り?
「大陸を四分割ですか。人間の国家は一杯ありますが良いんですか?」
「広い中にポツンポツンとあるだけではないか。それを言うと、この大陸には無数の種族と群れが縄張りを持っているぞ」
流石古竜。広い心をお持ちのようだ。
「人よ、名は何だ?」
「ゼンです」
「私はヨナーシュだ。ゼンよ、縄張りの話で言えば我々も昔は力に溺れたらしい。私が生まれる前の話だがな。そうするとな、必ず神の介入がある。ゼンのような真なる者を何人も生み出されれば、幾ら我々とはいえ滅ぶぞ?」
あぁ、これが前に神様が言っていた、介入するってやつか。確か人類の七割を殺すとだったよな。てか、この話をするってことは経験済みかよ。殺しすぎだろ……。
いや待て、この兄ちゃん俺のこと真なるって言ったか?
「人のステータス見られるのですか?」
「私は無理だ。だが、ゼンの力の大きさは、どう考えても人のそれではないだろ」
古竜の兄ちゃんは、そう言いながら俺が追加で渡したお菓子を食べている。紅茶もおかわりしてるし……。どちらかと言えば、俺は客側じゃないのか?
「…………ずるい」
「うぉっ!」
いきなり真横から話しかけられて、思わずのけぞって驚いてしまった。急いで振り向くと、そこには少し離れた場所にいたはずの女の子が、吐息を感じられるほど近くまで迫ってる。完璧に油断していたのもあるが、全く気づかなかった。
方法は分からないがこれほど見事に懐まで入られたのは、本当に久しぶりだ。久しぶりすぎて思い出せない。もしかして前世まで遡るか?
「すまんがその子にも分けてもらえるか? エリシュカも自分で言いなさい」
「…………ちょうだい」
エリシュカと呼ばれた子が俺に向かって手の平を差し出すと、短くそろえた髪が揺れた。
エリシュカにお菓子と紅茶をあげると、その場に座り込み黙って飲み食いしている。食べている間はずっと視点は一点を見つめ、食べ終わると吸い込まれてしまいそうな瞳が俺に向く。追加で渡した別の菓子を与えると、また黙々と食べだした。
「…………おいしい」
ぼそっと呟くようにエリシュカはそう言う。だが、その瞳はどこを見ているのか全く分からない。
しかし、よく食べる。幾ら与えても無限に食べ続けるのではないかと思うほどだ。お菓子だけでは偏ると思い、肉を差し出したら普通に食べている。パンも与えると食が進んでいるようだ。どう考えても体から推測される胃の体積は超えていると思うのだが、関係がないらしい。まあ、考えたら正体はデカイ竜なんだろうから、この程度朝飯前なのかもしれない。
もしかしたらと、ステータスを見てみると、調教スキルが上がっている。ってことは、スキル値さえ達すれば古竜もペットとして扱えるのか?
目の前にいるエリシュカを見てしまうと、ちょっとだけよこしまな思いが横切った。だが、そんなことをすればポッポちゃんに、頭皮を破壊されそうなので絶対やらない。
しかし、待っている間にスキル上げができるのは良い。
しかも相手は古竜。難易度は最高峰だろう。この短期間でスキル熟練度が変化するのが見られたのだ。相当効率いいぞ!
「…………もっと、もっと」
エリシュカのおねだりが止まらない。兄ちゃんはすまなそうにしているが、スキル熟練度が上がるから気にしないでくれ。
エリシュカはついに直接俺の手から与えてる物を食べ始めた。どんだけ食い意地張ってるんだと思ったが、これはこれで可愛いので、クッキーをエリシュカの口の中へ流し込んでやる。
「グァアアアアアアア!! また負けたのかあああ」
「ブワッハハハハ! 甘いわ! 甘すぎるわ!」
バリバリとクッキーを食べ続けるエリシュカを相手していると、おっさんと爺ちゃんの勝負が終わったようだ。おっさんの方が頭を抱えてのけ反って倒れた。勝者は笑っている爺ちゃんだろう。
「全く、当主を立ててこその隠居ではないのか?」
「何を言う、知恵ではまだ助けが必要じゃわい」
「いつまでたっても大人げない人だ……。で、その人族は誰だ?」
ようやくこちらに気付いてくれた。やっと俺の仕事が終わりそうだ。
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