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第六章 安寧
三話 王都の日々
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そう言えば、この物語は1月1日に主人公が死んでから始まっているのを、31日になって思い出したので、今日更新。
********************************************
「悪魔族と手を組んだ悪王の手下、氷天と竜天を倒した英雄は、この街の正門をこじ開けたんだ。だが、そんな英雄でも魔王には敵わなかった。そのときだ! 新王が手にしたアーティファクトが光り輝くと、魔王を飲み込み封印したんだ!」
屋台のおっちゃんの話が止まらない。
タダで良いから食っていけと言われた二本目の串焼きも、既に俺の腹の中に収まっている。
俺の話はともかく、エアはこの国を救った建国王の再来と呼ばれているらしい。これは王都だけではなく、近隣の街では既に知れ渡っていることらしく、何故知らないのかと不思議がられた程だった。
それは仕方がない。なぜなら俺たちは二頭の竜を伴っていたので、街などには一切寄らなかったからだ。風呂付きの簡易宿泊施設『ポッポ亭』なら、中程度の宿より上だからね。
話を聞く限り、これが広まったのは、魔王が最後に街中に召喚した悪魔の存在が大きい。王都のほぼ全ての人が目撃をしており、その原因を作ったのが、アーネストが呼び出した魔王が起こしたと知れ渡っているからだ。
これは真実だ。だが、人の手が入っていることも感じる。
まあ、戦争を引き起こしたエアが、実は英雄だったと言う展開になっているので、犠牲になった人たちの恨みも薄まるだろう。
エアにとってプラスにしかならないなら、どんなに事実が歪んでいても、俺としたら喜ばしいことだ。
しかし、面白い話が聞けた。からかう要素満載じゃねえか!
お礼に屋台の串焼きを全部買い取った。俺のマジックボックスだと、後で何時でも食べられるのは強いな。
「ゼン様が引き立て役になってますね」
「俺は気にしないさ。この国の人たちの心象が、エアにとって良くなるなら、幾らでも話を変えてくれと思うよ」
アルンは残念そうにしているが、今後のこの国を考えれば、この話が広まっている方が良い。この戦争の正当性が得られれば、統治もしやすいだろう。
歩いて程なくすると、やっと宿屋に着いた。
中にはアニアたちの気配はないので、どこかに行っているのだろう。
俺たちはこの宿屋の一角を与えられている。宿の主人も顔を合わせているので、難なく宿を利用することができた。
「ふぅ、ちょっと疲れたわ。二人は用があるなら、私はお休みしてるわ」
「なら、アルンもナディーネさんと残って良いぞ。あとコレお願い」
今後はエアの所に行くので、アルンには植木鉢を手渡した。
「ポッポちゃんもここで休んでて良いからね」
俺がそう言うと、ポッポちゃんは「獲物を取ってくるのよ!」、クルゥと鳴いてピョンピョン飛び跳ねている。まだあげるんだ……。
「それじゃあ行ってくる。……エッチなことはするなよ?」
「あはは、マーシャさんに怒られるからしませんよ」
「そうね、結婚するまでは駄目なんだから」
ぐぅ、冷静に返された。からかいがいのない二人だ。
そんなことを言いながら、軽いスキンシップをしている二人は放っておき、とっとと宿を出て王城を目指す。
城を守る警備兵に、名前を告げて少し待つと、一人の騎士が走って迎えに来た。
急な訪問だったが、少し待てば会えるらしい。無理やり時間を作らせたみたいで、ちょっと悪いことをした。
通された部屋で待っていると、ドアの向こうから話し声が聞こえてきた。広げた探知で捉えた気配は、俺のよく知っているあの子だった。
そのままドアを勢い良く開けるかと思っていたが、一度ドアの前で立ち止まり、静かにゆっくりと空けて部屋に入ってきた。
「お久しぶりです、ゼン殿」
「ッ! お久しぶりで御座います。ヴァージニア姫様」
綺麗な金髪を背中に流し、肩をさらしたドレスを着たジニーは、薄っすら化粧もしていて、その可愛らしさに一瞬見とれてしまった。
態度も改め、しっかりとした格好をして、さらにはこの王城という場を合わせると、ジニーが本当の王族なのだと改めて思い知らされる。
俺はこれ以上近付いて良いのかと悩んでいたのだが、ドアが閉まり二人きりになると、澄ましていたジニーの顔がパッと明るくなり、勢いをつけて俺に突っ込んできた。
「聞いたわ! 凄い活躍したんでしょ!?」
俺の腹にタックルをしてきたジニーは、腕を回し俺に張り付くと、顔を上げて満面の笑顔でそう言った。
俺の知っている、いつもの彼女が戻ってきたと感じられ、先ほどまでは触れるのも躊躇していた自分は吹き飛び、少しかがんでその細い腰に手を回した。
「わっ、わっ、ちょっとゼン!」
アルンとナディーネに触発されたのかもしれない。
俺はどうしてもジニーを抱きしめたくなってしまった。
軽く力をいれるとあっさりと持ち上がる。急に持ち上げたらたジニーは驚いて、足をバタバタとさせていたが、俺がしっかりと抱きかかえたので安定していることが分かったのか、直ぐに大人しくなった。
「本当にお姫様になったんだな」
「あら? ゼンは姫に仕える勇者様じゃなかったのかしら?」
「あれは……ちょっと時間が経つと恥ずかしいな」
「そう? 私は今でも素敵だと思ってるけど」
あの一件をよほど気に入っているのか、再び思い出させてくれる。まあ、ジニーが笑っているし良いか。
抱きかかえたジニーをソファーまで運び下ろした。探知で入ってくる人間が分かるとはいえ、いつまでもこのままはいろいろと不味い。
対面の席に座り、俺は疑問に思ったことを聞いてみた。
「王都に着くのが早くないか?」
行きは確か三ヶ月は掛かっていたはずだ。それが二ヶ月経たずに戻ってきている。
「帰りは樹国セフィとフェルニゲ国の協力があったからね。ずっと馬車は走っていたし、護衛も付けてくれたのよ。そうそう、護衛の中にリディアがいてね、今は私のそばで客人としているの。本人は部下とか家臣とか言ってるけどね」
なるほど、隣国との関係改善を考えていると言っていたし、それの一環だったのかな?
しかし、リディアが来てるのか。あの道中では仲良くしていたし、今のジニーの近くにいてくれるのは助かるな。あの子の性格ならば、政治的な危険性もなさそうだしな。
機会があればリディアと会いたいなと思っていると、ジニーが突然強い口調で俺を呼んだ。
「ゼンッ! 何で爵位を貰わなかったの!?」
これはちょっと怒っているジニーだ。ほっぺを膨らませて可愛い。
「俺はまだ成人したばかりだぞ。まだ他の場所にも行ってみたいし、何より領地経営なんて、できるわけないだろ」
「ゼンはお店をやってるじゃない。人を動かすのが仕事なんだから得意でしょ?」
「……まあ、そうだけどさ」
「ん? その顔は他にも理由がありそうね。う~ん」
俺を問い詰めるジニーが俺を見つめて何かを考え始めた。
他の理由ねえ、あるのか?
「まさか、兄様の部下にはなりたくないの……?」
「そんなことは……どうだろう……」
言われて初めて気付いた。
俺はエアとともに動くのは良いのだが、下で働きたくはなかったのだと。
そうか、対等な立場でいたかったのか俺は……。
「はぁ……気持ちは分かるけど、偉くなってくれないと、私は他の人のお嫁になっちゃうわよ?」
「うっ!」
「もうっ! 良いわ、私が頑張るから!」
この手のことは、まだまだ先の話だと思っていたのけど、ジニーは具体的なことを考えているようだ。
ジニーがこの国の姫だと分かる前は、俺もそれなりに考えていたけど、やはりこの状況になるといろいろと思う所というか、本当に良いのかと思っちゃうんだよな。
「さて、私は行かなくちゃ」
「忙しいのか?」
「いろいろ準備があるの。戴冠式が終わったら、樹国セフィとフェルニゲ国に正式に使者として行くわ。迷惑掛けたからこちらから行かないとね」
「ジニーが行かなくとも良いんじゃないのか?」
「私が行きたいの。だって私ができる数少ない仕事ですもの。次に会えるのは、ちょっと先のことかしら? だからって、アニア以外に手を出しちゃ駄目だからね!」
何だか見ない間に少し成長してる気がするぞ。だけど、アニアは良いのかよ。
もう少しスキンシップでもと思ったけど、その気配がまるでない。悲しい。
ジニーが部屋を出て行くと、入れ替わりにエアが入ってきた。リシャール様も一緒だ。
「三十分ぐらいなら話せる。飯を食いながらで悪いが許してくれよ」
エアはそう言うと、使用人が持ってきた食事を食べ始めた。
「向こうは変わりなかったか?」
「あぁ、みんな元気だったよ。レイコック侯爵様はもう着いてるのか?」
「いや、まだだ」
「そうか、オリアナ様も一緒にこっちに来てるぞ」
俺がオリアナの名前を出したら、エアの食事を取る手が止まった。
「会ったのか?」
「侯爵様がニコラス様と一緒に紹介してくれたよ。エアの話をしたら、目を輝かせて聞いてたぞ」
「そうか、早く会いたいな」
アルン同様、エアも全く恥ずかしがる様子がない。羨ましいことだ。
「まあ、それよりも、建国王の再来なんだって?」
ついニヤけながら聞いてしまうと、エアは苦そうな顔をして俺を見つめる。
「俺は嫌だって言ったんだよ。でもよ、諸侯が利用しろってさ! ごめんよゼン!」
「ははは、気にするなって。良いじゃないか魔王から国を救った王だぞ。ほとんど真実なんだから、これで箔が付くだろ」
謝るエアが面白くて、つい笑ってしまった。
俺が怒ってないと分かっても、エアは申し訳なさそうな顔をしている。
「ゼン殿、その件なのですが、お詫びとしてこちらをお納め下さい」
今まで黙っていたリシャール様が、突然机の上に袋を出した。中身のから聞こえてきた音から、どう考えても金が入っている。
「いや、要らないんですけど……」
「それですと、関係した諸侯が悩むと思います。魔槍殿の手柄を奪ったのですから。私も悩みます。国を治める為とはいえ、工作を行ったのですから同罪です。我々のためにもどうぞお納め下さい」
本当に要らないのだが、リシャール様はどう見ても引き下がる気がない。
話を聞けば街でくすぶっていたウワサ話を、諸侯の一人がある程度認めた所、一気に話が広まってしまったらしい。やはり、街の人達が実際に悪魔族を見ていたのが大きいのだろう。
一度火がついたうわさはとどまることを知らず、それならとリシャール様が工作を仕掛けて、今広がっているストーリーを正式なものとしたらしい。これは仕方がないな。
だが、もらうつもりもないのでエアに引き取ってもらおう。
「分かりました、ありがとうございます。では、エリアス様。こちらをお納め下さい。戴冠式にでも使っていただければ幸いです」
「……要らないんだが?」
「王になられるのですから、この程度の懐の深さは見せていただければと」
「急に気持ち悪いな」
「良いから国庫にでも突っ込んどいてくれよ。この件を踏まえてだが、俺に害がなければ政治利用してくれていいからな。あぁ、害と言ったけど、下手に持ち上げて大変な状況にするのもやめてくれよ」
俺がそう言うと、エアは仕方ないと言いながらリシャール様に金の入った袋を手渡している。しかし、俺がエアの友だからかリシャール様は良くしてくれるなあ。
俺がニッコリ笑顔をリシャール様に向けると、何故かそらされた。何故だ……いや、男の笑顔は気持ち悪いか、そうだよな。
少しショックを受けていると、エアが口を開く。
「あぁ、そういえばアニアはフォルバーグに出てるからな。どこからか、けが人がまだいると聞いて飛んでいったぞ」
「だから宿にいなかったのか。じゃあ、その間俺はまた聖女の師匠をやるかな?」
「そうしてくれ、噂を聞いた諸侯が身内を連れて来ている。俺に直接は聞いてはこないが、態度は見え見えだった」
聖女の師匠とは、俺が【霊樹の白蛇杖】を使用して、アニアには手の負えない怪我を担当していたときに使っていた名前だ。
これは俺が全身を隠して、エアとは知己だが正体を知らない謎の存在として演じていて、アニアが聖女として更に祭り上げられるのを防ぐ役割も果たしていた。
ラーグノックの街に戻るまでの、王都滞在中に行っており、特に諸侯やそれに準ずる人たちを優先的に治療した。今回の戦で諸侯も手足を失った身内は少なくなく、それらの人たちを元に戻してやると、敵対していた者たちもエアに感謝の言葉を口にして頭を下げたのだ。
これは褒賞の一環として行った。あれだけの金額をもらったのだから、戦後のフォローもするべきだろうからだ。
一般兵にも手足を失った人が沢山いたが、流石にそれら全員を治すには相当の時間がいる。申し訳ないが俺に縁がない限り治療することはないだろう。俺は万人を救おうと思うほど、自分に力があるとは思わないし、それほど善人でもない。身を投げ打って助けるのは身内だけだ。
でも、アニアとジニーにお願いされたら、ころっと考えを変えるかもな。
その後数日、聖女の師匠を演じ、アルンとナディーネと共に街を楽しみながら過ごす。
ポッポちゃんは植木鉢の植物に、毎日のようにどこかから捕まえてきた獲物を与えている。獲物が段々と大きくなってきているのは、気のせいだろうか?
植物は最近急に大きくなってきて、既に五十センチを超えている。だが、種から芽が出たときの、一本の茎に一枚の葉の状態は変わらず、それが単純に大きくなっているだけだ。
ポッポちゃんがその植物を、頭でスリスリと撫でるようにしてやると、それに応じて植物も僅かだが動いてポッポちゃんに絡もうとしていた。本当に何なんだあれは……。
試しに俺も手を伸ばしてみると、茎を器用に曲げて指に絡んでくる。そこには害は感じられず、犬が懐いているような、猫がじゃれついているようなそんな感覚があった。案外可愛いのかも?
日は進み戴冠式が間近になると、地方の諸侯が王都に多く集まりだした。その中にはレイコック侯爵様の姿もある。無事に辿り着いたようで安心した。
今日も聖女の師匠として、北の諸侯の一人息子とやらの目を治療して帰ろうとすると、王城の中で声を掛けられた。
「師匠!」
一瞬バレたのかと思いドキッとしてしまったが、俺に声を掛けてきた正体に気づいて、それは間違いだと気付く。
「マルティナか、久しぶ……失礼、マルティナ様、お久しぶりでございます」
そこにいたのは笑顔で手を振るマルティナと、その少し離れた所で俺を睨みつけている、マルティナの父親シューカー伯爵だった。
************************************************
次回、1月8日から日隔で更新します。
出来る限り追いつかれないように頑張りますが、色々とあるので、もしかしたら少し間を空けての更新をするかもしれません!
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「悪魔族と手を組んだ悪王の手下、氷天と竜天を倒した英雄は、この街の正門をこじ開けたんだ。だが、そんな英雄でも魔王には敵わなかった。そのときだ! 新王が手にしたアーティファクトが光り輝くと、魔王を飲み込み封印したんだ!」
屋台のおっちゃんの話が止まらない。
タダで良いから食っていけと言われた二本目の串焼きも、既に俺の腹の中に収まっている。
俺の話はともかく、エアはこの国を救った建国王の再来と呼ばれているらしい。これは王都だけではなく、近隣の街では既に知れ渡っていることらしく、何故知らないのかと不思議がられた程だった。
それは仕方がない。なぜなら俺たちは二頭の竜を伴っていたので、街などには一切寄らなかったからだ。風呂付きの簡易宿泊施設『ポッポ亭』なら、中程度の宿より上だからね。
話を聞く限り、これが広まったのは、魔王が最後に街中に召喚した悪魔の存在が大きい。王都のほぼ全ての人が目撃をしており、その原因を作ったのが、アーネストが呼び出した魔王が起こしたと知れ渡っているからだ。
これは真実だ。だが、人の手が入っていることも感じる。
まあ、戦争を引き起こしたエアが、実は英雄だったと言う展開になっているので、犠牲になった人たちの恨みも薄まるだろう。
エアにとってプラスにしかならないなら、どんなに事実が歪んでいても、俺としたら喜ばしいことだ。
しかし、面白い話が聞けた。からかう要素満載じゃねえか!
お礼に屋台の串焼きを全部買い取った。俺のマジックボックスだと、後で何時でも食べられるのは強いな。
「ゼン様が引き立て役になってますね」
「俺は気にしないさ。この国の人たちの心象が、エアにとって良くなるなら、幾らでも話を変えてくれと思うよ」
アルンは残念そうにしているが、今後のこの国を考えれば、この話が広まっている方が良い。この戦争の正当性が得られれば、統治もしやすいだろう。
歩いて程なくすると、やっと宿屋に着いた。
中にはアニアたちの気配はないので、どこかに行っているのだろう。
俺たちはこの宿屋の一角を与えられている。宿の主人も顔を合わせているので、難なく宿を利用することができた。
「ふぅ、ちょっと疲れたわ。二人は用があるなら、私はお休みしてるわ」
「なら、アルンもナディーネさんと残って良いぞ。あとコレお願い」
今後はエアの所に行くので、アルンには植木鉢を手渡した。
「ポッポちゃんもここで休んでて良いからね」
俺がそう言うと、ポッポちゃんは「獲物を取ってくるのよ!」、クルゥと鳴いてピョンピョン飛び跳ねている。まだあげるんだ……。
「それじゃあ行ってくる。……エッチなことはするなよ?」
「あはは、マーシャさんに怒られるからしませんよ」
「そうね、結婚するまでは駄目なんだから」
ぐぅ、冷静に返された。からかいがいのない二人だ。
そんなことを言いながら、軽いスキンシップをしている二人は放っておき、とっとと宿を出て王城を目指す。
城を守る警備兵に、名前を告げて少し待つと、一人の騎士が走って迎えに来た。
急な訪問だったが、少し待てば会えるらしい。無理やり時間を作らせたみたいで、ちょっと悪いことをした。
通された部屋で待っていると、ドアの向こうから話し声が聞こえてきた。広げた探知で捉えた気配は、俺のよく知っているあの子だった。
そのままドアを勢い良く開けるかと思っていたが、一度ドアの前で立ち止まり、静かにゆっくりと空けて部屋に入ってきた。
「お久しぶりです、ゼン殿」
「ッ! お久しぶりで御座います。ヴァージニア姫様」
綺麗な金髪を背中に流し、肩をさらしたドレスを着たジニーは、薄っすら化粧もしていて、その可愛らしさに一瞬見とれてしまった。
態度も改め、しっかりとした格好をして、さらにはこの王城という場を合わせると、ジニーが本当の王族なのだと改めて思い知らされる。
俺はこれ以上近付いて良いのかと悩んでいたのだが、ドアが閉まり二人きりになると、澄ましていたジニーの顔がパッと明るくなり、勢いをつけて俺に突っ込んできた。
「聞いたわ! 凄い活躍したんでしょ!?」
俺の腹にタックルをしてきたジニーは、腕を回し俺に張り付くと、顔を上げて満面の笑顔でそう言った。
俺の知っている、いつもの彼女が戻ってきたと感じられ、先ほどまでは触れるのも躊躇していた自分は吹き飛び、少しかがんでその細い腰に手を回した。
「わっ、わっ、ちょっとゼン!」
アルンとナディーネに触発されたのかもしれない。
俺はどうしてもジニーを抱きしめたくなってしまった。
軽く力をいれるとあっさりと持ち上がる。急に持ち上げたらたジニーは驚いて、足をバタバタとさせていたが、俺がしっかりと抱きかかえたので安定していることが分かったのか、直ぐに大人しくなった。
「本当にお姫様になったんだな」
「あら? ゼンは姫に仕える勇者様じゃなかったのかしら?」
「あれは……ちょっと時間が経つと恥ずかしいな」
「そう? 私は今でも素敵だと思ってるけど」
あの一件をよほど気に入っているのか、再び思い出させてくれる。まあ、ジニーが笑っているし良いか。
抱きかかえたジニーをソファーまで運び下ろした。探知で入ってくる人間が分かるとはいえ、いつまでもこのままはいろいろと不味い。
対面の席に座り、俺は疑問に思ったことを聞いてみた。
「王都に着くのが早くないか?」
行きは確か三ヶ月は掛かっていたはずだ。それが二ヶ月経たずに戻ってきている。
「帰りは樹国セフィとフェルニゲ国の協力があったからね。ずっと馬車は走っていたし、護衛も付けてくれたのよ。そうそう、護衛の中にリディアがいてね、今は私のそばで客人としているの。本人は部下とか家臣とか言ってるけどね」
なるほど、隣国との関係改善を考えていると言っていたし、それの一環だったのかな?
しかし、リディアが来てるのか。あの道中では仲良くしていたし、今のジニーの近くにいてくれるのは助かるな。あの子の性格ならば、政治的な危険性もなさそうだしな。
機会があればリディアと会いたいなと思っていると、ジニーが突然強い口調で俺を呼んだ。
「ゼンッ! 何で爵位を貰わなかったの!?」
これはちょっと怒っているジニーだ。ほっぺを膨らませて可愛い。
「俺はまだ成人したばかりだぞ。まだ他の場所にも行ってみたいし、何より領地経営なんて、できるわけないだろ」
「ゼンはお店をやってるじゃない。人を動かすのが仕事なんだから得意でしょ?」
「……まあ、そうだけどさ」
「ん? その顔は他にも理由がありそうね。う~ん」
俺を問い詰めるジニーが俺を見つめて何かを考え始めた。
他の理由ねえ、あるのか?
「まさか、兄様の部下にはなりたくないの……?」
「そんなことは……どうだろう……」
言われて初めて気付いた。
俺はエアとともに動くのは良いのだが、下で働きたくはなかったのだと。
そうか、対等な立場でいたかったのか俺は……。
「はぁ……気持ちは分かるけど、偉くなってくれないと、私は他の人のお嫁になっちゃうわよ?」
「うっ!」
「もうっ! 良いわ、私が頑張るから!」
この手のことは、まだまだ先の話だと思っていたのけど、ジニーは具体的なことを考えているようだ。
ジニーがこの国の姫だと分かる前は、俺もそれなりに考えていたけど、やはりこの状況になるといろいろと思う所というか、本当に良いのかと思っちゃうんだよな。
「さて、私は行かなくちゃ」
「忙しいのか?」
「いろいろ準備があるの。戴冠式が終わったら、樹国セフィとフェルニゲ国に正式に使者として行くわ。迷惑掛けたからこちらから行かないとね」
「ジニーが行かなくとも良いんじゃないのか?」
「私が行きたいの。だって私ができる数少ない仕事ですもの。次に会えるのは、ちょっと先のことかしら? だからって、アニア以外に手を出しちゃ駄目だからね!」
何だか見ない間に少し成長してる気がするぞ。だけど、アニアは良いのかよ。
もう少しスキンシップでもと思ったけど、その気配がまるでない。悲しい。
ジニーが部屋を出て行くと、入れ替わりにエアが入ってきた。リシャール様も一緒だ。
「三十分ぐらいなら話せる。飯を食いながらで悪いが許してくれよ」
エアはそう言うと、使用人が持ってきた食事を食べ始めた。
「向こうは変わりなかったか?」
「あぁ、みんな元気だったよ。レイコック侯爵様はもう着いてるのか?」
「いや、まだだ」
「そうか、オリアナ様も一緒にこっちに来てるぞ」
俺がオリアナの名前を出したら、エアの食事を取る手が止まった。
「会ったのか?」
「侯爵様がニコラス様と一緒に紹介してくれたよ。エアの話をしたら、目を輝かせて聞いてたぞ」
「そうか、早く会いたいな」
アルン同様、エアも全く恥ずかしがる様子がない。羨ましいことだ。
「まあ、それよりも、建国王の再来なんだって?」
ついニヤけながら聞いてしまうと、エアは苦そうな顔をして俺を見つめる。
「俺は嫌だって言ったんだよ。でもよ、諸侯が利用しろってさ! ごめんよゼン!」
「ははは、気にするなって。良いじゃないか魔王から国を救った王だぞ。ほとんど真実なんだから、これで箔が付くだろ」
謝るエアが面白くて、つい笑ってしまった。
俺が怒ってないと分かっても、エアは申し訳なさそうな顔をしている。
「ゼン殿、その件なのですが、お詫びとしてこちらをお納め下さい」
今まで黙っていたリシャール様が、突然机の上に袋を出した。中身のから聞こえてきた音から、どう考えても金が入っている。
「いや、要らないんですけど……」
「それですと、関係した諸侯が悩むと思います。魔槍殿の手柄を奪ったのですから。私も悩みます。国を治める為とはいえ、工作を行ったのですから同罪です。我々のためにもどうぞお納め下さい」
本当に要らないのだが、リシャール様はどう見ても引き下がる気がない。
話を聞けば街でくすぶっていたウワサ話を、諸侯の一人がある程度認めた所、一気に話が広まってしまったらしい。やはり、街の人達が実際に悪魔族を見ていたのが大きいのだろう。
一度火がついたうわさはとどまることを知らず、それならとリシャール様が工作を仕掛けて、今広がっているストーリーを正式なものとしたらしい。これは仕方がないな。
だが、もらうつもりもないのでエアに引き取ってもらおう。
「分かりました、ありがとうございます。では、エリアス様。こちらをお納め下さい。戴冠式にでも使っていただければ幸いです」
「……要らないんだが?」
「王になられるのですから、この程度の懐の深さは見せていただければと」
「急に気持ち悪いな」
「良いから国庫にでも突っ込んどいてくれよ。この件を踏まえてだが、俺に害がなければ政治利用してくれていいからな。あぁ、害と言ったけど、下手に持ち上げて大変な状況にするのもやめてくれよ」
俺がそう言うと、エアは仕方ないと言いながらリシャール様に金の入った袋を手渡している。しかし、俺がエアの友だからかリシャール様は良くしてくれるなあ。
俺がニッコリ笑顔をリシャール様に向けると、何故かそらされた。何故だ……いや、男の笑顔は気持ち悪いか、そうだよな。
少しショックを受けていると、エアが口を開く。
「あぁ、そういえばアニアはフォルバーグに出てるからな。どこからか、けが人がまだいると聞いて飛んでいったぞ」
「だから宿にいなかったのか。じゃあ、その間俺はまた聖女の師匠をやるかな?」
「そうしてくれ、噂を聞いた諸侯が身内を連れて来ている。俺に直接は聞いてはこないが、態度は見え見えだった」
聖女の師匠とは、俺が【霊樹の白蛇杖】を使用して、アニアには手の負えない怪我を担当していたときに使っていた名前だ。
これは俺が全身を隠して、エアとは知己だが正体を知らない謎の存在として演じていて、アニアが聖女として更に祭り上げられるのを防ぐ役割も果たしていた。
ラーグノックの街に戻るまでの、王都滞在中に行っており、特に諸侯やそれに準ずる人たちを優先的に治療した。今回の戦で諸侯も手足を失った身内は少なくなく、それらの人たちを元に戻してやると、敵対していた者たちもエアに感謝の言葉を口にして頭を下げたのだ。
これは褒賞の一環として行った。あれだけの金額をもらったのだから、戦後のフォローもするべきだろうからだ。
一般兵にも手足を失った人が沢山いたが、流石にそれら全員を治すには相当の時間がいる。申し訳ないが俺に縁がない限り治療することはないだろう。俺は万人を救おうと思うほど、自分に力があるとは思わないし、それほど善人でもない。身を投げ打って助けるのは身内だけだ。
でも、アニアとジニーにお願いされたら、ころっと考えを変えるかもな。
その後数日、聖女の師匠を演じ、アルンとナディーネと共に街を楽しみながら過ごす。
ポッポちゃんは植木鉢の植物に、毎日のようにどこかから捕まえてきた獲物を与えている。獲物が段々と大きくなってきているのは、気のせいだろうか?
植物は最近急に大きくなってきて、既に五十センチを超えている。だが、種から芽が出たときの、一本の茎に一枚の葉の状態は変わらず、それが単純に大きくなっているだけだ。
ポッポちゃんがその植物を、頭でスリスリと撫でるようにしてやると、それに応じて植物も僅かだが動いてポッポちゃんに絡もうとしていた。本当に何なんだあれは……。
試しに俺も手を伸ばしてみると、茎を器用に曲げて指に絡んでくる。そこには害は感じられず、犬が懐いているような、猫がじゃれついているようなそんな感覚があった。案外可愛いのかも?
日は進み戴冠式が間近になると、地方の諸侯が王都に多く集まりだした。その中にはレイコック侯爵様の姿もある。無事に辿り着いたようで安心した。
今日も聖女の師匠として、北の諸侯の一人息子とやらの目を治療して帰ろうとすると、王城の中で声を掛けられた。
「師匠!」
一瞬バレたのかと思いドキッとしてしまったが、俺に声を掛けてきた正体に気づいて、それは間違いだと気付く。
「マルティナか、久しぶ……失礼、マルティナ様、お久しぶりでございます」
そこにいたのは笑顔で手を振るマルティナと、その少し離れた所で俺を睨みつけている、マルティナの父親シューカー伯爵だった。
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次回、1月8日から日隔で更新します。
出来る限り追いつかれないように頑張りますが、色々とあるので、もしかしたら少し間を空けての更新をするかもしれません!
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第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
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