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第六章 安寧
一話 帰宅
しおりを挟む「見えてきたぞポッポちゃん! 近くなったら落ちるからね」
王都を出発して一週間、ポッポちゃんに運ばれていた。ポッポちゃんが疲れれば、今度は俺がポッポちゃんを抱きかかえ、馬に匹敵するスピードで走り続け、ようやくラーグノックの街に戻ってきた。
見慣れた城門が見えてきたので、ポッポちゃんの足を離し、地面にそのまま落ちていく。【浮遊の指輪】の効果で、地面に激突することもなく、落ちる勢いのまま地面を滑る。
どう考えても、このマジックアイテムが、アーティファクトではないことが納得出来無くなってきた。
昼も大分過ぎているので、城門に並ぶ人はいない。門番も顔見知りなので、すんなり門は通された。
街の様子は以前と変わらず賑わっている。
王都から馬車で二ヶ月は掛かるこの場所は、あの戦争の影響をほとんど受けていないのだろう。
まずはレイコック侯爵様への報告だ。もしかしたら俺が一番早いかもしれない。
賑わう街を歩きながら、露天で買い食いをしつつ歩いていると、久しぶりに合った街の人達から声を掛けられる。誰も俺が戦争に行っていたとは知らないので、旅にでも出ていたのかと言われることが多かった。
トントンと地面を歩くポッポちゃんを先頭に辿り着いた、侯爵様が住む城砦では、流石に俺の事は知られているので偉い丁寧に対応された。
俺を知ってる人ならば、エアと共にダンジョンを攻略した人物であり、商売で何度も侯爵と商談をする人物でもある。普通の一般兵からみたら、ガキ相手でも丁寧になるのは当然かもな。
客間に通され少しすると、大きな足音が聞こえてきて、ガバンッとドアが開けられた。
「ゼンッ! 結果はどうなった!?」
息も絶え絶えの侯爵様は、部屋に入ると俺へと向かって駆けて来て、俺の両肩を掴んでブンブンと振り回す。しかし、高レベルな俺なので、難なく耐えて返事を返す。
「勝ちました。既に王都の支配はほぼ完了しています。アーネスト並びに王族は処理しました。これはエアは知らないので、話を合わせてください」
「うおおおおおおお、そうかあああ! よくやった! よくやったぞおおおお!!」
侯爵様、凄い喜んでる。
まあそうか、戦いに負けてたら、相当ヤバイことになるんだしな。
「エリアス様は、何事も無くご健在か?」
「ええ、エアに刃が届く事はありませんでした」
「そうかあああって、ゼンは参戦したのか?」
侯爵様はいきなり喜びの顔から、頭にハテナマークを浮かべてそうな顔になった。
「そう言えば、侯爵様もグルでしたね? 私を抜きで始めましたよね?」
「エリアス様がそう言ったのだ、仕方が無いだろう」
「大人が言い訳しないで下さい」
「怒るなゼン。……お前、貫禄出てきたな?」
そりゃあれだけの経験をすれば、少しぐらい出ても良いだろう。
「……ローワンはどうなった?」
急に侯爵様が、申し訳無さそうに尋ねてきた。
「ローワン様は…………」
「オイッ」
「嘘ですよ、王城で忙しくて死ぬって言ってましたよ。あっ、手紙預かっていますから、お渡ししますね」
「おぉ、悪いな」
簡単な報告をして帰ろうと思い、大まかな内容を話そうと思うと、侯爵様に止められた。
「書記官を呼ぶ。後、聞くべき者も呼ぶので、しばし待て」
「時間かかりますか? まだ家に帰ってないんですけど」
「むっ! なら全員呼べば良い。悪いが儂は待てんぞ」
そう言う侯爵様は、部屋の外へと声を掛け、控えていた男に俺の家へ使いを出させた。一人残らず連れて来いとか、権力怖すぎるだろ。
人が集まるまで出された菓子を食べながら、ポッポちゃんと楽しく待つ。「ねえ、主人。巣に帰らないの?」とポッポちゃんが鳴いている。事の説明をしてやると、少し残念そうにしていた。ポッポちゃんも家に帰るのが楽しみだったのだろう。
時間を潰すために、ポッポちゃんのくちばしを掴む。するとポッポちゃんは、頭を引いてそれから逃げる。今度は逆にポッポちゃんが俺の指を咥えてくる。結構咥える力が強いのだが、絶妙な力加減で痛みは殆ど無い。俺が腕を引っ張ると、ポッポちゃんは俺の指を咥えたままでぶら下がる。ポッポちゃんはそれが面白いのか、羽をパタパタさせて喜んでいた。
そんな暇つぶしをしていると、侯爵様の部下がやってきて、今日は夜食を食べながら話をすることになったと説明を始めた。
まだ侯爵様は今日の業務が残っているし、人が集まるのに時間が掛かるからだと言う。
なら家に返してくれと思ったが、使いの人に言っても可哀想なので、それは流石に言えなかった。
一時間ほど経っただろうか、窓から見える外は大分日が落ちてきた。ポッポちゃんが俺の膝の上で寝ている。連日の飛行でお疲れなんだろう。一ヶ月はこの街に留まるので、その間はゆっくり休んでもらおう。
程なくすると、用意が出来たと案内をされる。家のみんなは既に集合しているとの事だ。寝ていたポッポちゃんを起こして案内されたそこには、久しぶりに見た顔がずらっと並んでいた。
「あら、ゼン君。お帰りなさい。少し逞しくなったわね」
「お帰りゼン君。お母さん、何でそんなに普通なの?」
「ゼン兄様、お土産は?」
ナディーネ家の三人は、以前と変わらず元気な様子だ。
他にも、俺の家にいる奴隷たちもみんないて、その中には俺の知らない顔もいた。
「坊っちゃん、家族まで救ってくださって、有難うごぜえます。死ぬまで頑張らせて貰いますわ」
増えていた人は、うちの職人頭である、マートさんの家族だ。
店を失い窮困していたので、戦いに出る前にナディーネに雇っておいてとお願いしておいたのだ。
本来は孫までいるのだが、流石にここには来ていなかった。侯爵様の奢りなんだから、遠慮せずに来ればよかったのに。
マートさんの奥さんや娘さんに、偉い頭を下げられ感謝された。娘さんと言っても、三十を超えた子持ちなんだけどね。
死ぬまで頑張るとか、マートさんは言ってるけど、流石にその前に奴隷から開放する気だ。まあ、本人が働く気なら終身雇用も良いだろう。
奴隷の子どもたちとも挨拶を交わし席につくと、ようやく侯爵様がやってきた。その後ろには、男性と女性を伴っていて、男性の方はローワン様に似ている。女性の方は俺より年上だろう。かなりの美人さんだ。
「待たせたな。今日は無理やり連れて来てすまない。どうしても早く話を聞きたくてな。子どもたちよ、好きなだけ食べろよ。大量に作らせたからな!」
侯爵様が、奴隷の子どもたちに向かってそう言うと、小さい子どもたちがパチパチと拍手をしていた。うんうん、遠慮いらないから食べまくれ。何なら俺が持って帰ってやるからな。
「さて、ゼンの話を聞く前に、儂の息子と娘を紹介しよう。ニコラスとオリアナだ」
「ニコラスだ。君の話は聞いているよ。親父がえらく気に入ってるからな」
「オリアナです。みなさま、お初にお目にかかります」
紹介された二人は、平民と奴隷の俺たちに、違和感なく挨拶をしてくれる。この侯爵家は本当にその辺りが緩いな。
このオリアナって子は、あれか、エアの嫁になる子か?
う~ん、美人。スタイルも良くて素晴らしいぞ!
食べながら俺が話す内容を、侯爵様は楽しそうに聞いてくれている。俺の活躍は、今回は抑え気味にして、話は最後の魔王の封印が解かれた所に迫ると、侯爵様が目を見開いて驚いていた。
「本当に魔王だったのか……?」
「リシャール様って人がそう言ってましたし、グウィンさんも知ってそうでしたね」
「そうか、魔王を封印したのか……お前とんでもないな!?」
ちゃんとエアが、【封剣アビス】を使って封じたことを強調し話を終えた。微笑みながら聞いていたオリアナは、エアが活躍した所が相当気になったのか、エアの名前が出ると拳を握って話を聞いていて面白かった。
娯楽の少ない世界だから、口伝でも映画や物語を見るに値する感動が得られるのだろうか。
「はぁ~、エア君が王様になるのね。今でも信じられないわ」
帰り道で、ナディーネが思い出したかのようにそう言う。
その気持はわかる。俺も実際、エアが王になると思うと変な気持ちになってしまう。
家に帰ると変わった様子は全く無い。俺の部屋も綺麗にされていて、掃除が行き届いていると感じさせてくれる。何時帰るかも分からないのに本当に感謝だ。
次の日、侯爵様の使いの人が来た。どうやら、戴冠式に間に合うためにこの街を出るらしい。娘さんを連れての旅とかで、何かあったら息子に宜しくとの事だ。全くフットワークの軽い人だ。
それから数日が過ぎ、アルンが戻ってきた。
アルンはスノアに指示は出せない。スノアは頭が良いし、俺の指示を受けているので、ある程度の考慮はしてくれるのだが、俺を目標にした完全自動運転なので、城壁を超えて家の庭に降り立った。
それで少しの騒動はあったのだが、警備兵たちは俺の顔を知っているので、それは直ぐに片付いた。
「スノアは本当に賢いですね。後でお礼をしたいので、何をして欲しいかスノアに聞いてもらえますか?」
そう言うアルンは、一応俺に一番最初に会いに来たけれど、その次に飛んでいったのは、やはりナディーネの所だった。その方面に疎そうだったアルンだが、俺らにバレて吹っ切れたのか今は結構積極的だ。
王都で買ってきたお土産を、これでもかと渡している。
ナディーネの表情を見ると、まだまだ弟を見る目をしているが、アルンが物を渡すために手を握ったら少し照れていた様に見えた。端から見ていて、俺の方がドキドキしちゃうよ!
「ねえゼン君。そう言う事なの?」
洗濯物を持ったマーシャさんが、俺の背後に立つと窺うように話しかけてくる。
「俺は良いと思ってますけど、どうですか?」
「二人の事だからね。でも、アルンなら良いわね。何だか楽しくなってきちゃったわ!」
マーシャさんの反応は良さそうだ。これなら本当に後は二人の問題だろう。頑張れよアルン。
◆
ここ数日、家の庭に寝泊まりさせているスノアだが、かなり窮屈そうなのと、興味を持った人たちが、塀に登って見学しようとするので、警備を担当させている奴隷も忙しそうなので、いい加減に家で過ごさせる事は止めることにした。
スノアも「広い場所の方が、ご迷惑を掛けないと思います」と、謙虚に言ってくる。これは、外に出してくれと言う、お願いでもあるのだろう。
なので、良い場所はないのかと思い考えていたら、近くに炎竜の巣があることを思い出した。久しぶりに顔を出すついでに、スノアが住むことを交渉してみよう。
多分、香辛料を多めに使った焼き肉でも大量に持っていけば、許してくれそうな気がしている。
早速用意をしてから、スノアに乗ってポッポちゃんをお供に炎竜の巣へと向かった。
「ポッポちゃん、俺はこのまま洞窟に入るから遊んできても良いよ。もし俺の方が早ければ、鐘で呼ぶからさ」
なんてポッポちゃんに言ってみると、「そうなのー? じゃあ、森に行くのよ!」と、元気一杯にクルゥッと鳴いて飛んでいった。
スノアを伴って洞窟に入ると、中では昼寝をしている炎竜の姿があった。この辺りでは自分を脅かす存在はほぼいないので、全くの無防備だ。
「おい、お客さんだぞっ!」
起きる気配がないので、鼻頭をペチッと叩いて声をかけると、炎竜はゆっくりと目を開き、グァッと口を大きく開くと俺を噛もうとするが、相手が誰だか分かったのか急いでその口を戻した。
炎竜は「人間来たっ! お肉は?」と、グゥと唸り声を上げている。言っている内容と発せられる鳴き声に違いがありすぎる。
俺を見ていた炎竜の瞳が、俺の背にいるスノアを捉えると、炎竜は目を見開き固まった。
スノアがグウグウと鳴き挨拶をしても、炎竜はまだ固まっておりスノアを凝視している。
「どうしたんだよ、もしかして、許可無く連れてきたのを怒ったか? それなら謝るわ」
俺の言葉に火龍はハッとした表情をすると、頭をブンブンと振って「違う、違う、良いぞ人間!」と否定の鳴き声を上げた。でかい頭が振られるので、ちょっと怖いし風が凄い。
属性的に正反対なので、相性は悪いかと少し思っていのだが、問題ないらしい。まあ、竜が多く住む所では、様々な種が入り混じってるらしいし、話も通じるんだから大丈夫か。
「で、この子をここに住ませてくれないか? 礼はこの肉でどうだ?」
巨大な樽に焼いた肉を詰めた物を取り出す。あまりの重さに、地面からの衝撃で一瞬体が浮いてしまった。何トンあるのか分からない量だ。結構金は掛かったが、この場所ならば人はまず来ないし、狩場も近くいい物件だ。大金貨の一枚や二枚は安い物だろう。
炎竜は出された肉に目もくれず、ずっとスノアを見ている。何だかこれはあれなのかと、勘ぐり始めてしまった。
炎竜の返事は「良いぞ、良いぞ、人間! そのお姉さんなら良いぞ!」と、ちょっと興奮気味で返された。
どうやらスノアは炎竜から見ると、お姉さんらしい。中身的な落ち着きようを考えれば、それもそうだろうとは思うが、見た目からは全くわからない。種別的なものなのだろうが、炎竜の方が二回りほど大きいし、顔も厳ついからだ。
しかし、この様子だと完全に惚れているんじゃないかと思わせる。ちょっと不安になったので、スノアにその辺りの事を話してみると、「坊やの相手ぐらいは問題ありません。この洞窟は過ごしやすそうですので、ご主人様はご心配なく」と、完全に炎竜を子供扱いしている事が分かった。
まあ、本人たちが良いならば、俺はこれ以上何も言わない。
むしろ、炎竜と氷竜がくっついたら、火と氷が合わさり最強に見えそうだ。
呼び出す時は鐘を使う事を告げ、後は好きに過ごしてもらうことにした。
洞窟を出た俺は、どうせならと近隣の村で何か食おうと、山を降りていた。今の体なら、坂道を飛び降りながら進めるので、本当に楽だ。肉体が強化され膝、腰にかなりの負担が掛かる行為をしても、全く問題なく耐えられる。むしろこの程度は甘いと思える程だ。
少し進むと、探知に高速で迫る反応を感じた。
もう少し遊んでくるかなと思っていたポッポちゃんだ。
速度を落とすことなく上空に現れたポッポちゃんは、一気に下降すると静かに俺の腕に降り立った。
慌てた様子のポッポちゃんは、「主人っ! 帰るのよ! 土なのよ! お水なのよ! 主人の血なのよ!」と、クフークフーと鳴いている。変な鳴き方だと思ったら、口に大きな赤い石のような物を咥えていた。
「慌ててどうしたの? それとこの咥えてるの何?」
とりあえず、落ち着かせようとポッポちゃんを撫でてやると、頭を振ってそれを嫌がる。「主人! 早くなのよ! おねがいなのよ~」と、全く落ち着く様子が無いので、ポッポちゃんに言われるがまま家に帰ることにした。
「ポッポちゃん、これで良いの?」
街に入り家に帰る道すがら、ポッポちゃんが必要だと言うものを買った。街に着いてからはトトトと俺の先を歩き、キョロキョロと辺りを見回すと、「あれなのよ! あれが欲しいのよ!」と、何かを探して駆けて行った。
欲しいといったものは火鉢で、何に使うのか聞くと、土を入れると鳴いている。
もしやと思い、辺りにあった植木鉢を見せてやると、「それの方が良いのよ!」と興奮気味にクフゥゥと鳴いていた。鳴き声が凄い空気が抜けてて、可愛い。
家に戻り、植木鉢に庭の土を入れると、ポッポちゃんがその上に咥えていた物を、乗せると土に押し込んだ。ヨダレでベトベトのそれは、よく見ると何かの種の様だった。
久しぶりに自由になった口をパクパクとして、キッと俺を見たポッポちゃんは、「次は主人の血なのよ! 血をかけるのよ!」と、物騒な事を言い出す。
「ポッポちゃん、何なのこれ? 最初からちゃんとお話して?」
俺が頭を撫でながら、優しく問いかけてやると、ポッポちゃんは少し落ち着いてきたのか、「貰ったのよ! キマを倒したから! 主人の血とあたしの血をかけるのよ! おねがいなのよ~」と、クルゥクルゥと懇願してくる。あれ? ポッポちゃんをよく見ると、ちょっと羽が伸びてる気がするぞ。
全く意味が分からないが、要するにこの種を育てようとしているらしい。血が必要なんて物騒な気がするが、ポッポちゃんがしたいなら、俺は全力でそれに応えるしか無い。世界が終わっても。
俺が取り出したナイフで指先を切り、数滴血を種に落とすと、ジワッと染み渡る。更に、ポッポちゃんが太腿を切って、血を出せというので、震える手を抑えながら、出来る限り痛みを与えないように数滴の血を流させた。
すると、また血が染みこんで、今度は種に光る模様が浮き上がる。細かくてよく見えないが、それは幾何学模様に見える何かで、少しすると元の赤い種へと戻った。
ポッポちゃんを回復してやると、満足したのか「うふふ、うふふ」と上機嫌だ。そして、植木鉢の上飛び乗ると、そのまま羽を畳んで座ってしまった。
「……何してるの?」
俺が恐る恐る聞いてみると、ポッポちゃんは「温めるのよ?」と、お前は何を言っているんだと言わんばかりの表情をされた。いや、別に間違ってはいないかも知れない。発芽にはそれなりの温度が必要だからだ。だがこれは……。
そうは思っても、ポッポちゃんが機嫌よく種を温め始めたので、俺は何も言えず見守ることにした。
その日からポッポちゃんは、常に種を温めている。
なので、俺が手の平でご飯を食べさせてあげるし、移動するときは植木鉢を持っての行動している。マーシャさんたちはかなり不審がっている。ちゃんと説明したのにこれだ。俺だって分けわからないよ!
************************************************
次回21日の12時更新です
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