軍人さんと魔法使い

高瀬コウ

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軍人さんは病気になる

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 廃墟の外で次々と運び出される、火器や書類などをジェーンは眺めていた。
 これが終われば今回の全ての問題は終わる。

「ジェーン」

 ジェーンはとたんに奈落の底に落とされた気分を覚えた。
 ああ、ダンバートがいたんだった。
「何だ」

「そっけないね。随分と長い間、一緒の部屋に住んでいたのに」
 ダンバートはジェーンの隣に歩いてくると、ジェーンの顔を覗き込んだ。
「いちいち顔を近づけるな」
 ジェ-ンはダンバートから離れた。
 ダンバートの言う通り、長い間を過ごし、ジェーンにとってダンバートは過去ほど嫌な奴でなくなっていた。その新しい感覚に、理論的な頭がついて行けなかったのだ。
「あっ、だめだめ。ガラスの破片が散乱してるから」
「はっ!?こ、こら!何をする!下ろせ!」
 しかし、歩き出したジェーンはダンバートに抱え上げられてしまった。
 それもいわゆる、お姫様抱っこ。
「裸足なんだから、怪我するよ」
「ガラスの破片で怪我するほどやわな体ではない!」
 ジェーンは周囲の部下の視線と、至近距離のダンバートに慌てた。
 何をする…っ!

「嫌だよ。ジェーンは少将閣下である前に、俺の好きな子だから。怪我してほしくない」

「好き、な子…?」
 ジェーンはいつもの軽口とは違う響きを感じ取り、疑問を抱いた。

「良し、動かないでね。明るいところに行くから」
「ちょっと待て。…ダンバート、お前…私が好きなのか?」
 ジェーンは訳が分からないうちに馬鹿みたいなことを、よりによって口に出してしまっていた。

 ダンバートは動きを止めると、沈黙した後に苦笑した。
「……。おかしいなぁ、ずっと言ってるつもりだったのに。――ジェーンが好きだよ」

「ほ、本気か!?いや嘘だろ!ずっと、ただの冗談だと…」
「あのね、いくら俺が百歩譲ってペテン師だとしても。好きでもない奴のために、スパイじみたことなんてやらないって。ジェーンだからやってるの」
 ジェーンは絶句した。
 この時にはもう、周囲の視線や自分の現状のことは頭になかった。


 そうして、クーデター未遂事件から一ヶ月が過ぎた頃。

 ジェーンは宮廷の回廊を歩いていた。数ヶ月前と何一つ変わらない毎日…は到底過ごせず、悩みを抱えていた。
 これも全てあいつが告白とかいうものをしたせいだ。

「ジェーン?」

「っ!…ダンバートか」
「どうかした?調子でも悪いの?危うく柱にぶつかりそうだったよ」
 ジェーンが見上げれば目の前に柱があった。それに気づかないほど考え込んでいたようだ。

「ダンバート」
「何かな?」
 ダンバートは首を傾げた。
「私は、お前に呪われるほどのことをしたか?…あの日から、お前を見かけると、動悸息切れや体温が上昇したり、夢にまでお前が出てくるんだ!何の恨みだ!」
「へ…?」
「ほら見ろ、頬まで熱くなる!」
 そう一気にまくし立てて、ジェーンはダンバートに背を向けた。
 なぜだかとても恥ずかしく、後悔が募ってくる。

「――こっち向いてよ、ジェーン」

「黙れ!お前を見ると息切れが激しくなって倒れてしまう」
「倒れたら俺が介抱するよ」
「尚更嫌だっ」
「はは、仕方ないな」
「わっ…!」
 ジェーンはいきなり体を回転させられ、ダンバートへ向かされてしまった。
「本当に可愛いよね、ジェーンって」
「なっ…」
 ジェーンは瞳を見開いた。可愛い!?

「それね、病気なの。――俺に恋しちゃった病気」
「こ、い!?私がお前に恋!?有り得ない!」
「認めちゃいなよ。ほら、俺が近づくと動悸が激しくなるでしょ?」
 ダンバートは胡散臭い笑みを浮かべ、ジェーンに歩み寄る。

「……っく!」
 図星だった。
 動悸はおさまるどころか増すばかり。

「俺は初めて会った時からジェーンのこと好きだよ?」
 この時初めて、ダンバートの悪のない本物の笑顔を見た気がした。



 誰かが言った。
 ――「信じてもらえなくても、諦めないで本当のことを言い続ければ信じてもらえるかもね」
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