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魔法使いは要求する
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数日後、雑多な書類審査や面接などのもろもろを終えると、見事無事にダンバートは国王専属魔術師に任命された。
――謎だ。
ジェーンは頭を抱えはしなかったが、抱えたい衝動に駆られた。
あれほど巷でペテン師や悪党やらと散々に呼ばれている悪名高いダンバートを、こうもすんなりと魔術師に据えるとは予想していなかった。
いくら一席しかない国王専属の魔術師が数年間空席だったとは言え、あいつにしなくとも良いはずだ。納得がいかない。…なによりも、推薦書を提出したジェーン自身が納得していないのも疑問だが。
「ダンバート、何かしただろう」
「何のこと?もしかして俺が裏で手を回したとでも疑ってる?光栄だねぇ」
横を歩いていたダンバートは愉快そうに口を歪めた。
そういう人を食った表情をしなければ、元来甘い顔立ちをしているダンバートの印象は、はるかに良いものになるはずなのだが。
「そうでもしなければ、上層部がこれほど浅はかな判断を下す訳がない」
「あっれ、シェフィールド少将閣下だって軍の幹部でしょ?」
「…そうだが、私などまだ末席にすぎない」
ジェーンはわずかに視線を下げた。
ジェーンは軍人だ。それも少将という、上から数えると位が高い高級将校である。だがそんなジェーンでさえも軍の上層部へは届いていなかった。
「へぇ、俺からしてみれば首席でも末席でも同じだけどね。買い被りすぎ。何にもしてないよ」
ペテン師というあだ名がある奴のその言葉ほど信用出来ないものはない、とジェーンは言い返そうとしたがやめた。どうせ良いように言い包められる。
二人はジェーンの仕事部屋に入った。
「ダンバート。お前が言うところの取引だ。――話せ」
これは取引だったはずだ。
ジェーンはソファーに相手を促しながら、眼光するどく睨みつけた。
「はいはい。クーデターの情報のことでしょ?」
ダンバートはソファーの背もたれに寄りかかり、右腕を上に乗せた。その姿はまるで、絶対的な権力を持つ為政者の如く。
「…そうだ」
ジェーンはダンバートの態度に目を瞑った。注意をしたいが、話が反れてしまっては困る。そんな小さなことよりも、国家の危機を回避することが最優先事項だ。
「ずいぶんと本格的だよ。国家転覆まで狙ってる。せめて政権奪取にすれば良いのに」
「そういう問題じゃない」
ジェーンは溜め息をついた。こいつは何なんだ。
「実はね、一緒にクーデターやらない?って誘われたんだよ」
「は…?」
ジェーンは自身でも驚くほど間抜けな声を出してしまった。”誘われた”とは”共謀者になってくれ”ということのはず。
「困るよねぇ。俺には宮廷で働いている愛しのジェーンがいるのにさ」
「……」
「で、せっかくだからジェーンのために誘われといた」
「はぁ!?お前…っ」
ジェーンは透き通る美しい鳶色の瞳を見開いて、思わず腰を浮かせた。
誘いに乗っただと!
「誤解しないでよ?”ジェーンのため”なんだって」
ダンバートは苦笑して、今にも飛び掛ってきそうなジェーンを押しとどめた。
強調するように同じ言葉を言われたジェーンは、思考を巡らせてひとつの可能性に行き着いた。それは大変リスクのあるもの。凡人には無理だろうが、このペテン師ならやりかねない。
ジェーンはダンバートの真意を探るように見つめた。
「まさか…、私に恩を売るために仲間に加わったふりをしたのか…?」
その時――
相手がジェーンでなければ、一瞬で恋に落ちたのではあるまいか。
「その、まさか」
ダンバートは見た者の脳裏にこびりつく、麻薬じみた美麗な微笑みを浮かべた。
「…っ、お前の取引にはそういう意味があったのか。油断ならない奴め」
ジェーンは刹那でもダンバートに見惚れたことに苛立った。狂気が裏に見え隠れするこの笑みは嫌いだ。ダンバートごときに畏怖を覚えかねない。
「何のことかな?」
「とぼけるな。さしずめ、国のために働いてやるから身の保障をしろ、ということだろ」
簡単に言えば、ダンバートはクーデターの情報を危険を冒して教えるから、その見返りが欲しいということだ。間諜、スパイと言ったほうが分かりやすいだろうか。
「嫌だなぁ。そんなこと考えてないって。純粋にジェーンと一緒にいたかっただけだよ?」
尚もぬけぬけとそう囁くダンバートはペテン師だ。
ジェーンは改めて理解した。
――謎だ。
ジェーンは頭を抱えはしなかったが、抱えたい衝動に駆られた。
あれほど巷でペテン師や悪党やらと散々に呼ばれている悪名高いダンバートを、こうもすんなりと魔術師に据えるとは予想していなかった。
いくら一席しかない国王専属の魔術師が数年間空席だったとは言え、あいつにしなくとも良いはずだ。納得がいかない。…なによりも、推薦書を提出したジェーン自身が納得していないのも疑問だが。
「ダンバート、何かしただろう」
「何のこと?もしかして俺が裏で手を回したとでも疑ってる?光栄だねぇ」
横を歩いていたダンバートは愉快そうに口を歪めた。
そういう人を食った表情をしなければ、元来甘い顔立ちをしているダンバートの印象は、はるかに良いものになるはずなのだが。
「そうでもしなければ、上層部がこれほど浅はかな判断を下す訳がない」
「あっれ、シェフィールド少将閣下だって軍の幹部でしょ?」
「…そうだが、私などまだ末席にすぎない」
ジェーンはわずかに視線を下げた。
ジェーンは軍人だ。それも少将という、上から数えると位が高い高級将校である。だがそんなジェーンでさえも軍の上層部へは届いていなかった。
「へぇ、俺からしてみれば首席でも末席でも同じだけどね。買い被りすぎ。何にもしてないよ」
ペテン師というあだ名がある奴のその言葉ほど信用出来ないものはない、とジェーンは言い返そうとしたがやめた。どうせ良いように言い包められる。
二人はジェーンの仕事部屋に入った。
「ダンバート。お前が言うところの取引だ。――話せ」
これは取引だったはずだ。
ジェーンはソファーに相手を促しながら、眼光するどく睨みつけた。
「はいはい。クーデターの情報のことでしょ?」
ダンバートはソファーの背もたれに寄りかかり、右腕を上に乗せた。その姿はまるで、絶対的な権力を持つ為政者の如く。
「…そうだ」
ジェーンはダンバートの態度に目を瞑った。注意をしたいが、話が反れてしまっては困る。そんな小さなことよりも、国家の危機を回避することが最優先事項だ。
「ずいぶんと本格的だよ。国家転覆まで狙ってる。せめて政権奪取にすれば良いのに」
「そういう問題じゃない」
ジェーンは溜め息をついた。こいつは何なんだ。
「実はね、一緒にクーデターやらない?って誘われたんだよ」
「は…?」
ジェーンは自身でも驚くほど間抜けな声を出してしまった。”誘われた”とは”共謀者になってくれ”ということのはず。
「困るよねぇ。俺には宮廷で働いている愛しのジェーンがいるのにさ」
「……」
「で、せっかくだからジェーンのために誘われといた」
「はぁ!?お前…っ」
ジェーンは透き通る美しい鳶色の瞳を見開いて、思わず腰を浮かせた。
誘いに乗っただと!
「誤解しないでよ?”ジェーンのため”なんだって」
ダンバートは苦笑して、今にも飛び掛ってきそうなジェーンを押しとどめた。
強調するように同じ言葉を言われたジェーンは、思考を巡らせてひとつの可能性に行き着いた。それは大変リスクのあるもの。凡人には無理だろうが、このペテン師ならやりかねない。
ジェーンはダンバートの真意を探るように見つめた。
「まさか…、私に恩を売るために仲間に加わったふりをしたのか…?」
その時――
相手がジェーンでなければ、一瞬で恋に落ちたのではあるまいか。
「その、まさか」
ダンバートは見た者の脳裏にこびりつく、麻薬じみた美麗な微笑みを浮かべた。
「…っ、お前の取引にはそういう意味があったのか。油断ならない奴め」
ジェーンは刹那でもダンバートに見惚れたことに苛立った。狂気が裏に見え隠れするこの笑みは嫌いだ。ダンバートごときに畏怖を覚えかねない。
「何のことかな?」
「とぼけるな。さしずめ、国のために働いてやるから身の保障をしろ、ということだろ」
簡単に言えば、ダンバートはクーデターの情報を危険を冒して教えるから、その見返りが欲しいということだ。間諜、スパイと言ったほうが分かりやすいだろうか。
「嫌だなぁ。そんなこと考えてないって。純粋にジェーンと一緒にいたかっただけだよ?」
尚もぬけぬけとそう囁くダンバートはペテン師だ。
ジェーンは改めて理解した。
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