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幻の魔石は君だ
蒼の君の正体
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「オリヴィエ、その木は宮殿のものだから八つ当たりなら俺にしてくれ」
「ちっ、蒼の君か…。今、その顔を見ると殴りたくなる」
オリヴィエは男の姿を目に留めると唸るように呟き、殴りつけていた樹の幹に額をつけ、顔面を押し付けるように寄りかかった。
オリヴィエは今日、知りたくもない事実を知った。そもそも知らない方が珍しいようなことなのだが…それについては考えたくない。
「こら、額に棘でも刺さったらどうする。それに素手で殴ってたよな?傷がつくぞ」
男は舌打ちされたことを気にした風もなくオリヴィエの頭を遠慮なく掴むと、幹から離れさせた。
いつもなら勝手に触るなと怒るオリヴィエだったが、その無遠慮な手を気にすることもなく、いつになく沈んだ表情で呟く。
「私は無知だった」
「君にも知らないことがあったのか」
「知らないことだらけだ。この知識欲を他のことにも向けるべきだと思い知った…」
「何かあったか」
「何も。ただ、初めてまともに国王の姿を見た」
「……なるほど」
「それで色々と合点がいきましたよ」
オリヴィエはチラリと自分の頭を掴む男を見上げた。
輝く金髪、端正な顔に澄んだ青い瞳。
ここまでなら魔力保有量により、姿がある程度左右されるこの世界において、平均よりも高い魔力を保有していることが分かる。だがそれに加え、平均より遥かに高い高身長と鍛えているだろう筋肉質な体格は珍しかった。
往々にして魔力保有量が高い人間は何から何まで魔力に頼りがちになり、ひょろっとした薄っぺらい体格をしている人間が多かったからである。
よくよく考えてみれば、高魔力保有者で体を鍛えているような男が特別であることぐらいすぐに思い当たる。オリヴィエはめんどくさがった過去の自分を恨んだ。
もっと良く考えるべきだった!
「オリヴィエは本当に知らなかったのか…」
男はオリヴィエの頭から手を放し、気まずそうに視線から顔を背けた。
「ええ。そりゃもう衝撃的でしたよ。こんな美丈夫だとは思いもよりませんでしたからね。老人とばかり」
「なに?」
「いや失敬。聞かなかったことに。…宮仕えしてる身で国王の顔を知らなかったなんて言えるわけもなく、こうして八つ当たりするしか発散方法がなかったということでして!」
オリヴィエはもうどうにでもなれ、と早口でまくしたてた。自分の落ち度は早々と認めて開き直ってやる。
「――はは!君のそういうところが間抜けなんだ」
男は目を丸くしたあと、声を上げて笑った。
「人を取り上げて間抜けだなんて、良くも言ってくれますね?仮にも八つ当たりしろと言った口で」
オリヴィエはつい2時間前まで玉座に座っていた、今は横で大笑いしている男を睨む。
何を隠そう、この男はここ、ダートル王国の国王エドモンド・マグワイア・リル・ダートルだったのである!
オリヴィエはすっぽかした上司の代わりに定例会議に参加した。ただの定例会議で、部署から誰かしら出席していれば問題のないような儀礼的な会議なのだが、今回に限り何の気まぐれか国王が出席したのだ。
そうしてオリヴィエは初めて国王を間近で認識したのであった。今までも何度か遠目から見たことはあったが、興味もなく、遠目であったため記憶が曖昧どころか覚えてもいなかった。
オリヴィエは知ってしまった事実に大いに驚いた。
自分が"蒼の君"と呼んでいるあの胡散臭い男が国王だったのだ!
しかも恐ろしいことに、人の顔を覚えることを苦手とするオリヴィエは、その時に国王が意味ありげな笑みを浮かべなければ気づかなかったかもしれない。
気づいて良かったような、良くなかったような。
「悪い悪い…。本当に君が知らなかったのだと思うと深読みしていた自分が面白くてね」
国王エドモンドはいつもの定位置に座る。
「知っていれば次の日はここに来ませんでしたよ」
馬鹿にされていることを感じつつオリヴィエは口を尖らせ、いつもの定位置、エドモンドの横へ座った。
「そうか。なら君が知らなくて良かった」
「そうですか…」
オリヴィエは肩を落とすしかない。
「俺は君と、ここで他愛のない会話をするのがとても楽しかったんだ。偶然の出会いとはいえね」
「まあ、いい息抜きになったことは認めましょう」
男の正体が何だっていい、と思ったのは確かだ。オリヴィエにとってエドモンドは良い話し相手だった。
「違うな。とても楽しかったのだろう?俺の独りよがりとは言わせないぞ」
だが、そんなオリヴィエの回答が気に食わなかったのか、エドモンドは胡乱げな視線をオリヴィエに向ける。オリヴィエは視線から逃げるために顔ごと横にそらすが、エドモンドはオリヴィエの顎を掴み、自らへ向けた。
「すみませんね。今はやさぐれてるので。…ええそうですよ!楽しくなってきてました!」
くっ!この男は性格が悪い。
「ははっ。君は他人と話すのが好きだな?群れるのは嫌いだろうが」
「…意見の言い合いは好きです」
そろそろ、この手を離してはくれないだろうか。上を向いていて首が痛い。
「そう、それだ。俺との会話はまさにそうだったろう」
やけにエドモンドは楽しげだ。この自信はどこからくるのか。少しくらい分けてほしい。
「とんでもない自信ですね。さすがは」
「ここでは、俺は"蒼の君"だ」
「あーはいはい。そうでしたね」
何だかめんどうなことになった。オリヴィエはため息をつきたくなった。
…それよりも手を離してくれまいか。
「ちっ、蒼の君か…。今、その顔を見ると殴りたくなる」
オリヴィエは男の姿を目に留めると唸るように呟き、殴りつけていた樹の幹に額をつけ、顔面を押し付けるように寄りかかった。
オリヴィエは今日、知りたくもない事実を知った。そもそも知らない方が珍しいようなことなのだが…それについては考えたくない。
「こら、額に棘でも刺さったらどうする。それに素手で殴ってたよな?傷がつくぞ」
男は舌打ちされたことを気にした風もなくオリヴィエの頭を遠慮なく掴むと、幹から離れさせた。
いつもなら勝手に触るなと怒るオリヴィエだったが、その無遠慮な手を気にすることもなく、いつになく沈んだ表情で呟く。
「私は無知だった」
「君にも知らないことがあったのか」
「知らないことだらけだ。この知識欲を他のことにも向けるべきだと思い知った…」
「何かあったか」
「何も。ただ、初めてまともに国王の姿を見た」
「……なるほど」
「それで色々と合点がいきましたよ」
オリヴィエはチラリと自分の頭を掴む男を見上げた。
輝く金髪、端正な顔に澄んだ青い瞳。
ここまでなら魔力保有量により、姿がある程度左右されるこの世界において、平均よりも高い魔力を保有していることが分かる。だがそれに加え、平均より遥かに高い高身長と鍛えているだろう筋肉質な体格は珍しかった。
往々にして魔力保有量が高い人間は何から何まで魔力に頼りがちになり、ひょろっとした薄っぺらい体格をしている人間が多かったからである。
よくよく考えてみれば、高魔力保有者で体を鍛えているような男が特別であることぐらいすぐに思い当たる。オリヴィエはめんどくさがった過去の自分を恨んだ。
もっと良く考えるべきだった!
「オリヴィエは本当に知らなかったのか…」
男はオリヴィエの頭から手を放し、気まずそうに視線から顔を背けた。
「ええ。そりゃもう衝撃的でしたよ。こんな美丈夫だとは思いもよりませんでしたからね。老人とばかり」
「なに?」
「いや失敬。聞かなかったことに。…宮仕えしてる身で国王の顔を知らなかったなんて言えるわけもなく、こうして八つ当たりするしか発散方法がなかったということでして!」
オリヴィエはもうどうにでもなれ、と早口でまくしたてた。自分の落ち度は早々と認めて開き直ってやる。
「――はは!君のそういうところが間抜けなんだ」
男は目を丸くしたあと、声を上げて笑った。
「人を取り上げて間抜けだなんて、良くも言ってくれますね?仮にも八つ当たりしろと言った口で」
オリヴィエはつい2時間前まで玉座に座っていた、今は横で大笑いしている男を睨む。
何を隠そう、この男はここ、ダートル王国の国王エドモンド・マグワイア・リル・ダートルだったのである!
オリヴィエはすっぽかした上司の代わりに定例会議に参加した。ただの定例会議で、部署から誰かしら出席していれば問題のないような儀礼的な会議なのだが、今回に限り何の気まぐれか国王が出席したのだ。
そうしてオリヴィエは初めて国王を間近で認識したのであった。今までも何度か遠目から見たことはあったが、興味もなく、遠目であったため記憶が曖昧どころか覚えてもいなかった。
オリヴィエは知ってしまった事実に大いに驚いた。
自分が"蒼の君"と呼んでいるあの胡散臭い男が国王だったのだ!
しかも恐ろしいことに、人の顔を覚えることを苦手とするオリヴィエは、その時に国王が意味ありげな笑みを浮かべなければ気づかなかったかもしれない。
気づいて良かったような、良くなかったような。
「悪い悪い…。本当に君が知らなかったのだと思うと深読みしていた自分が面白くてね」
国王エドモンドはいつもの定位置に座る。
「知っていれば次の日はここに来ませんでしたよ」
馬鹿にされていることを感じつつオリヴィエは口を尖らせ、いつもの定位置、エドモンドの横へ座った。
「そうか。なら君が知らなくて良かった」
「そうですか…」
オリヴィエは肩を落とすしかない。
「俺は君と、ここで他愛のない会話をするのがとても楽しかったんだ。偶然の出会いとはいえね」
「まあ、いい息抜きになったことは認めましょう」
男の正体が何だっていい、と思ったのは確かだ。オリヴィエにとってエドモンドは良い話し相手だった。
「違うな。とても楽しかったのだろう?俺の独りよがりとは言わせないぞ」
だが、そんなオリヴィエの回答が気に食わなかったのか、エドモンドは胡乱げな視線をオリヴィエに向ける。オリヴィエは視線から逃げるために顔ごと横にそらすが、エドモンドはオリヴィエの顎を掴み、自らへ向けた。
「すみませんね。今はやさぐれてるので。…ええそうですよ!楽しくなってきてました!」
くっ!この男は性格が悪い。
「ははっ。君は他人と話すのが好きだな?群れるのは嫌いだろうが」
「…意見の言い合いは好きです」
そろそろ、この手を離してはくれないだろうか。上を向いていて首が痛い。
「そう、それだ。俺との会話はまさにそうだったろう」
やけにエドモンドは楽しげだ。この自信はどこからくるのか。少しくらい分けてほしい。
「とんでもない自信ですね。さすがは」
「ここでは、俺は"蒼の君"だ」
「あーはいはい。そうでしたね」
何だかめんどうなことになった。オリヴィエはため息をつきたくなった。
…それよりも手を離してくれまいか。
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