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紫色の空へ
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「さぁ、ルディたん──優しくしてあげるからね」
リカが悦に入った声で囁く。うっとりとしたリカの瞳は、今まで見たこともない欲望の色が透けて見えた。まるで身体中を舐めまわされるようなその視線の不快感に、鳥肌が立ちそうになる。
石を持っていない方のリカの手が、ルディに向かって伸びた。もうすぐで触れそうになったところで。
思いきり、リカに体当たりした。
「なっ……!」
赤紫の石が夕焼け色に染まりながらゆっくりと宙を舞う。バルコニーに落ちたそれは、パリンと呆気ない音を立てて粉々に割れた。
「馬鹿かっ。わざわざ割ってどうする!?……まさか!?」
粉々に割れた破片から、禍々しい紫の光が竜巻のように溢れ出した。そして、その光は放射線を描きながら一点を目指して外へと飛びだす。
「まさか……だって、ゲームのラストでは、攻略キャラクターがあの石を手のひらに握って竜に……」
予想外の光の動きに、リカは愕然と喘いだ。
「ゲームの話はわからないっちゃ。でも、ホーリー・ストーンは遠くで割れても邪神を復活させたっちゃ。なら、ドラゴン・アイだって遠くで割れても──もしかしたら……」
そのとき、遠くから聞いたことがない獣の咆哮が聞こえた。低く、大地を揺るがすほど重々しいその咆哮は、段々とこちらに近付いてくる。
「ジャック!」
凄まじい風が、ルーフバルコニーから吹き荒れた。あまりの風に目をつむり、身体を伏せる。暫くして風が止み、顔を上げるとそこには紫色の鱗状の大きな前脚と、ギョロリとした紫色の瞳がルーフバルコニーから覗いていた。
「きっと竜になれるって信じてたっちゃ!」
ルディがそう言うと、紫の瞳は僅かに目を細めた。そして、すぐに黒眼がリカの方角を捉える。竜の爪がまっすぐにリカへと伸びた。リカは玉座を盾にして屈み、なんとか逃れようとするが、その玉座はジャックの爪で簡単に崩された。
衝撃の光景を目の当たりにして、リカが情けない悲鳴を上げる。
「ジャック、もういいっちゃ! それより早く行くっちゃ! 王子が直ぐに駆けつけてくるっちゃよ。面倒なことになる前に、早くジャックと二人になりたいっちゃ」
素直に伝えれば紫色の瞳が一瞬蜂蜜のような甘さを宿した気がした。
ルディが、大人しくなったジャックの前脚に飛び付くと、それはゆっくりと宙に浮く。
「ルディたん……っ! 待って。行かないでくれ!」
リカが腰を抜かしたままの体制で叫んだ。
その悲壮な顔を見て、初めからそういう顔で好きだと言われていたら、また違った感情を持った気がした。
でも、ルディにはずっとジャックがいた。好意的な感情が宿ったとしても、そういう意味でリカを好きになる事はおそらくなかっただろう。
ルディは真っ直ぐにリカを見た。初めて、リカをちゃんと見れた気がする。
「たぶん、オレはリカが思ってるルディじゃないんだっちゃ。リカは、リカの世界で、大切な人を見つけるっちゃ」
ふわりと身体が浮いたと思うと、ジャックが自分の背中にルディを乗せた。
鱗のようなその皮膚は僅かに紫色に光って見える。ところどころイボのようにデコボコしていて、掴まるのにはちょうどいい。
背中は寝台三個分くらいの広さがあり、なかなか落ちようとしても落ちなさそうだ。
ルディがしっかりと自分に掴まっているのを確認すると、ジャックが大きく地面を蹴った。地割れのような音が鳴り響き、突風で王城のまわりに植っていた木々が薙ぎ倒される。
目を細めて風に耐え、暫くして風がおさまってから目を開ける。見下ろすと王城の全体が見渡せた。王城のまわりにいる人々がこちらを指差してなにか騒いでいるのが見える。
マックス達は大丈夫だったろうかと思いながらも、眼下の景色がどんどん小さくなっていく。すると、ふとジャックの動きが止まった。
「どうしたっちゃ?」
ジャックの視線を追ってみると、ジャックより少し小さいが、それでも馬の何倍もありそうな白い獣のようなものが空中に浮かんでいた。
地面には聖教会の人達が、魔法でそれを撃ち落とそうとしているのが見える。
「あれが邪神だっちゃ?」
『そのようだな』
いつものジャックの声が頭の中に聞こえてきた。メルセデスといい、やはり自分は動物の声が聞こえるようになったようだ。
ジャックのことを動物といったら怒られそうな気がするけど。
「やっつけるっちゃ?」
『放っておけばいい。嫉妬に駆られて、俺に濡れ衣をふっかけた王子がいる国なんざ、どうなってもいいだろう』
ジャックが本当にどうでも良さそうに方向転換をしようとしたところで、邪神がこちらに気が付いた。白い耳をピクピクと動かすと真っ直ぐにこちらに飛んでくる。
『チッ、面倒くせぇ。ルディ、しっかり捕まってろ』
ジャックが牙を剥き出しにして唸る。ジャックが何をするつもりか分からないが、とにかく衝撃に備えようと低く伏せてジャックの背中にしがみついた。恐る恐る邪神が向かってくる姿を伺っていると、ある事に気が付いた。
「あ、あれ⁉︎ 毛玉だっちゃ⁉︎ 」
『わーい、おにいさんだぁ。あのときは、たすけてくれてありがとぉ』
『──どういう事だ?』
ジャックが警戒したまま、牙をしまう。目の前の邪神は、聖教会で助けたあの毛玉の姿をそのまま百倍ほど大きくした姿をしていた。
「え……と、まえ助けたことがあるっちゃ。でも、その時は、ちっちゃかったんだっちゃ。え、毛玉が邪神だっちゃ?」
『うーん、よくわかんないけど、みんなそうよんでたよぉ。みんなずっとおれのことムシしてたのに、おっきくなったら、きゅうにあそんでくれるようになったんだぁ』
えへへ、と嬉しそうに笑う姿に絶句した。
これが邪神──。思っていたのとだいぶ違う。
「ジャック……どう思うっちゃ?」
『ゲームの邪神と姿は一緒だな。スチルを見て、邪神って名前のくせに間抜けな姿だなとは思っていたが、まさか中身も間抜けなやつだとは思わなかった』
「間抜けっていうか……ねぇ、ここにいたら、この子いつか倒されちゃうっちゃ?」
『まぁ──ゲームでは倒されていたな。竜の俺が手をくださない限り、難しいとは思うが』
「ジャック……」
ジャックが低い声で唸った。ルディが言わんとしていることが分かったようだ。
バサリと羽根をはためかせると、大きな溜息をついた。
『まあ、オレが竜ってだけで充分目立っているからな。この際、旅の共に邪神の一人や二人増えたところで構わないだろう』
「ありがとうジャック! 大好きだっちゃ!
毛玉、オレ達といっしょに行くっちゃ」
『いいのぉ? おにいさんたちといっしょのほうがたのしそう。うれしいなぁ』
毛玉が嬉しそうに短い手足をばたつかせてジャックの頭にスリスリと擦り寄った。
ジャックは嫌そうにしていたが、後ろから見るとなんとも微笑ましい姿だ。
「ジャック、これからどうするっちゃ?」
『せっかく竜になったんだから、竜でいられるうちに出来る限り遠くに飛んだほうがいいだろうな。どこか希望はあるか?』
ジャックが紫色の両翼を広く伸ばして聞いてきた。
空は紫色に染まり、地平線に隠れる太陽が黄金色に輝いていた。
あの始まりの日と同じ空の色に、ルディは思わず微笑んだ。
「どこでも! ジャックといられれば、そこが俺の世界だっちゃ」
ジャックが笑った気配がした。
『同感だ。じゃあ、行こうか。オレ達の世界へ』
ジャックが大きく宙を舞うと、毛玉が嬉しそうにそれを追いかける。
そして、二匹と一人は、紫色の空の彼方へと消えていった──。
fin
リカが悦に入った声で囁く。うっとりとしたリカの瞳は、今まで見たこともない欲望の色が透けて見えた。まるで身体中を舐めまわされるようなその視線の不快感に、鳥肌が立ちそうになる。
石を持っていない方のリカの手が、ルディに向かって伸びた。もうすぐで触れそうになったところで。
思いきり、リカに体当たりした。
「なっ……!」
赤紫の石が夕焼け色に染まりながらゆっくりと宙を舞う。バルコニーに落ちたそれは、パリンと呆気ない音を立てて粉々に割れた。
「馬鹿かっ。わざわざ割ってどうする!?……まさか!?」
粉々に割れた破片から、禍々しい紫の光が竜巻のように溢れ出した。そして、その光は放射線を描きながら一点を目指して外へと飛びだす。
「まさか……だって、ゲームのラストでは、攻略キャラクターがあの石を手のひらに握って竜に……」
予想外の光の動きに、リカは愕然と喘いだ。
「ゲームの話はわからないっちゃ。でも、ホーリー・ストーンは遠くで割れても邪神を復活させたっちゃ。なら、ドラゴン・アイだって遠くで割れても──もしかしたら……」
そのとき、遠くから聞いたことがない獣の咆哮が聞こえた。低く、大地を揺るがすほど重々しいその咆哮は、段々とこちらに近付いてくる。
「ジャック!」
凄まじい風が、ルーフバルコニーから吹き荒れた。あまりの風に目をつむり、身体を伏せる。暫くして風が止み、顔を上げるとそこには紫色の鱗状の大きな前脚と、ギョロリとした紫色の瞳がルーフバルコニーから覗いていた。
「きっと竜になれるって信じてたっちゃ!」
ルディがそう言うと、紫の瞳は僅かに目を細めた。そして、すぐに黒眼がリカの方角を捉える。竜の爪がまっすぐにリカへと伸びた。リカは玉座を盾にして屈み、なんとか逃れようとするが、その玉座はジャックの爪で簡単に崩された。
衝撃の光景を目の当たりにして、リカが情けない悲鳴を上げる。
「ジャック、もういいっちゃ! それより早く行くっちゃ! 王子が直ぐに駆けつけてくるっちゃよ。面倒なことになる前に、早くジャックと二人になりたいっちゃ」
素直に伝えれば紫色の瞳が一瞬蜂蜜のような甘さを宿した気がした。
ルディが、大人しくなったジャックの前脚に飛び付くと、それはゆっくりと宙に浮く。
「ルディたん……っ! 待って。行かないでくれ!」
リカが腰を抜かしたままの体制で叫んだ。
その悲壮な顔を見て、初めからそういう顔で好きだと言われていたら、また違った感情を持った気がした。
でも、ルディにはずっとジャックがいた。好意的な感情が宿ったとしても、そういう意味でリカを好きになる事はおそらくなかっただろう。
ルディは真っ直ぐにリカを見た。初めて、リカをちゃんと見れた気がする。
「たぶん、オレはリカが思ってるルディじゃないんだっちゃ。リカは、リカの世界で、大切な人を見つけるっちゃ」
ふわりと身体が浮いたと思うと、ジャックが自分の背中にルディを乗せた。
鱗のようなその皮膚は僅かに紫色に光って見える。ところどころイボのようにデコボコしていて、掴まるのにはちょうどいい。
背中は寝台三個分くらいの広さがあり、なかなか落ちようとしても落ちなさそうだ。
ルディがしっかりと自分に掴まっているのを確認すると、ジャックが大きく地面を蹴った。地割れのような音が鳴り響き、突風で王城のまわりに植っていた木々が薙ぎ倒される。
目を細めて風に耐え、暫くして風がおさまってから目を開ける。見下ろすと王城の全体が見渡せた。王城のまわりにいる人々がこちらを指差してなにか騒いでいるのが見える。
マックス達は大丈夫だったろうかと思いながらも、眼下の景色がどんどん小さくなっていく。すると、ふとジャックの動きが止まった。
「どうしたっちゃ?」
ジャックの視線を追ってみると、ジャックより少し小さいが、それでも馬の何倍もありそうな白い獣のようなものが空中に浮かんでいた。
地面には聖教会の人達が、魔法でそれを撃ち落とそうとしているのが見える。
「あれが邪神だっちゃ?」
『そのようだな』
いつものジャックの声が頭の中に聞こえてきた。メルセデスといい、やはり自分は動物の声が聞こえるようになったようだ。
ジャックのことを動物といったら怒られそうな気がするけど。
「やっつけるっちゃ?」
『放っておけばいい。嫉妬に駆られて、俺に濡れ衣をふっかけた王子がいる国なんざ、どうなってもいいだろう』
ジャックが本当にどうでも良さそうに方向転換をしようとしたところで、邪神がこちらに気が付いた。白い耳をピクピクと動かすと真っ直ぐにこちらに飛んでくる。
『チッ、面倒くせぇ。ルディ、しっかり捕まってろ』
ジャックが牙を剥き出しにして唸る。ジャックが何をするつもりか分からないが、とにかく衝撃に備えようと低く伏せてジャックの背中にしがみついた。恐る恐る邪神が向かってくる姿を伺っていると、ある事に気が付いた。
「あ、あれ⁉︎ 毛玉だっちゃ⁉︎ 」
『わーい、おにいさんだぁ。あのときは、たすけてくれてありがとぉ』
『──どういう事だ?』
ジャックが警戒したまま、牙をしまう。目の前の邪神は、聖教会で助けたあの毛玉の姿をそのまま百倍ほど大きくした姿をしていた。
「え……と、まえ助けたことがあるっちゃ。でも、その時は、ちっちゃかったんだっちゃ。え、毛玉が邪神だっちゃ?」
『うーん、よくわかんないけど、みんなそうよんでたよぉ。みんなずっとおれのことムシしてたのに、おっきくなったら、きゅうにあそんでくれるようになったんだぁ』
えへへ、と嬉しそうに笑う姿に絶句した。
これが邪神──。思っていたのとだいぶ違う。
「ジャック……どう思うっちゃ?」
『ゲームの邪神と姿は一緒だな。スチルを見て、邪神って名前のくせに間抜けな姿だなとは思っていたが、まさか中身も間抜けなやつだとは思わなかった』
「間抜けっていうか……ねぇ、ここにいたら、この子いつか倒されちゃうっちゃ?」
『まぁ──ゲームでは倒されていたな。竜の俺が手をくださない限り、難しいとは思うが』
「ジャック……」
ジャックが低い声で唸った。ルディが言わんとしていることが分かったようだ。
バサリと羽根をはためかせると、大きな溜息をついた。
『まあ、オレが竜ってだけで充分目立っているからな。この際、旅の共に邪神の一人や二人増えたところで構わないだろう』
「ありがとうジャック! 大好きだっちゃ!
毛玉、オレ達といっしょに行くっちゃ」
『いいのぉ? おにいさんたちといっしょのほうがたのしそう。うれしいなぁ』
毛玉が嬉しそうに短い手足をばたつかせてジャックの頭にスリスリと擦り寄った。
ジャックは嫌そうにしていたが、後ろから見るとなんとも微笑ましい姿だ。
「ジャック、これからどうするっちゃ?」
『せっかく竜になったんだから、竜でいられるうちに出来る限り遠くに飛んだほうがいいだろうな。どこか希望はあるか?』
ジャックが紫色の両翼を広く伸ばして聞いてきた。
空は紫色に染まり、地平線に隠れる太陽が黄金色に輝いていた。
あの始まりの日と同じ空の色に、ルディは思わず微笑んだ。
「どこでも! ジャックといられれば、そこが俺の世界だっちゃ」
ジャックが笑った気配がした。
『同感だ。じゃあ、行こうか。オレ達の世界へ』
ジャックが大きく宙を舞うと、毛玉が嬉しそうにそれを追いかける。
そして、二匹と一人は、紫色の空の彼方へと消えていった──。
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