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癒やしの力
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掠れた声が、ルディの名前を確かに呼ぶ。
「ジャックっ!」
急いで近寄り顔を覗き込む。紫色の瞳にルディが映った。だが、その瞳からはどんどん生気が抜けているように見える。
「だめだっちゃ! ジャック! く、うっ」
祈るような気持ちで手をかざす。ありったけの力を、ジャックに吹き込んだ。
自分の生命力を削って力を注ぐが、ジャックの体はいくらでもそれを吸い込んでしまう。穴の空いた水差しに水を注ぐかのように、いくら注いでも命の欠片は減っていく一方だ。ルディの力だけでは、とても間に合わない。
「だ……めだ、ル、デ…ィ」
「いやだいやだいやだっちゃ! 誰か! リカ、リカっ!」
リカの力ならジャックを助けることが出来るはずだ。リカは何処に行ってしまったんだろう。
先程まで一緒にいた同級生の姿も見えない。もう学校の中に入ってしまったのだろうか。助けを呼びに行きたいけど、ジャックに癒やしの力を注ぐのをやめたくない。そうこうしているうちにもジャックの命の灯火が小さくなっているのを肌で感じる。
「だ、誰かッ! ジャックがっ!」
気付いて。
呼びかけは虚空に消えていく。
「あ、あっ」
絶望で目の前が真っ暗になった。
と、目端に鳥の羽根がゆっくりと落ちていくの見えた。
まさか、天使が迎えに来たんじゃと不吉な予感に一瞬血の気が引く。
が、その予感は大いに外れた。
「ルディっ!お待たせっ」
天使は来た。空から。でも、その天使の名前は──。
「ヨハンっ!」
相変わらず肩に羽根の装飾を付けたド派手な格好をしたヨハンが、空から舞い降りてきたのだ。
「ヨハン、飛んで……? それに、なんで……」
「話はあと。まずはジャックをなんとかしなきゃね」
ヨハンが何か呟きながらジャックのおでこに向かって空で円を描いた。
円は一瞬だけ緑色に光り、すうっとジャックの額に吸い込まれていく。ヨハンはほっとしたように息を吐いたが、ルディの目には何も変わったように見えない。ジャックの傷は変わらずそこにあるままだ。
「ヨハン、何かしたの?」
「ジャックの時間を止めたんだ。オレは癒やしの力が使えないからね。さっ、これで助けを呼ぶ時間が出来たよ。もうすぐでマックスも来るから、容態が安定したら屋敷に運ぼう」
テキパキとした指示を、ルディは呆然と聞いていた。ヨハンはしっかりしな、とルディの肩を叩く。
「ほら、早く司教共をわんさか連れてきな。全員で力を使えばどんだけ死にそうでも大丈夫でしょ」
「ヨハン……」
ヨハンの羽根だらけの派手な服装を見て、ルディは思わず呟いた。
「ヨハンって、本当に天使なんだっちゃ?」
ヨハンは眉を上げて、片頬で笑って言った。
「マックスには毎晩そう言われるけどね」
※
結果、ジャックは無事だった。
あの後、司教から果ては教皇までやってきてジャックの回復にあたってくれたのだ。騒ぎを聞きつけたリカも戻ってきてジャックの傷は綺麗に治った。ただ、傷は修復されても完全に体が元に戻ったわけではない。まだ意識は戻らないが、治癒力を限界まで高めてあるので暫くしたらすぐに意識も戻るだろう、というのが司教達の見解だ。
まれに、頭に損傷があると、癒やしの力を使っても元通りに戻らないこともあるらしいので、定期的にリカが通って様子を見てくれることになった。
いまの癒やしの力の使い手で力が一番強いのは、リカである。と教皇が言ったからだ。
「実はジャックに言われて、特性のブレスレットを身に着けていたんだ」
治療後、マックスにジャックを公爵家まで運んでもらった。一緒に付いてきれくれたヨハンがそういって見せてくれたのは、黄色と緑の糸で編まれた何の変哲もないような輪っかだった。
「黄色がルディで、緑がマックス。二人に何かあったら切れるようになってる。本当はここにジャックの紫もあったわけだけど、お察しの通り切れたから慌てて飛んでいったわけ」
「ええっ。でも、なんでそんな……」
「あんた達、なんだか知らないけど命の危険があるんでしょ。ジャックに頼み込まれてさ。理由を教えてくれなかったけど、切羽つまってるのは分かったから。それに、ジャックが飛行魔法を完成させてくれたんだ。最近はずっとその研究をしてたみたい。飛行魔法を教えるからって、その代わりになんかあったらよろしくって僕にブレスレットを渡してきたんだ。それもなんと選別会の前日。まさかと思ってたら、本当に糸が切れてびっくりしたよ」
では、最近ジャックがずっと忙しそうだったのは、飛行魔法の研究をしていたということだろうか。それを、なにも話をしてくれないと勝手に怒ってしまった自分は、なんて愚かだったんだろう。
じわりと瞳が潤んでしまい、ヨハンとマックスが慌てて慰めてくれた。
「とにかく、ジャックが無事でよかったじゃないか」
「そうだよっ。天才の僕がいて良かったじゃん。寧ろラッキーだよ。だから、泣くなよぉ」
二人が困ると分かっていても後から後から涙が止まらなくなってしまった。緊張の糸が緩んで、涙腺が壊れてしまったのかもしれない。
二人の困り果てた声と、ルディのすすり泣く声が部屋に響いている中、弱々しい掠れ声が混じって聞えてきた。
「る、でぃ……」
「ジャック!!!」
「ジャックっ!」
急いで近寄り顔を覗き込む。紫色の瞳にルディが映った。だが、その瞳からはどんどん生気が抜けているように見える。
「だめだっちゃ! ジャック! く、うっ」
祈るような気持ちで手をかざす。ありったけの力を、ジャックに吹き込んだ。
自分の生命力を削って力を注ぐが、ジャックの体はいくらでもそれを吸い込んでしまう。穴の空いた水差しに水を注ぐかのように、いくら注いでも命の欠片は減っていく一方だ。ルディの力だけでは、とても間に合わない。
「だ……めだ、ル、デ…ィ」
「いやだいやだいやだっちゃ! 誰か! リカ、リカっ!」
リカの力ならジャックを助けることが出来るはずだ。リカは何処に行ってしまったんだろう。
先程まで一緒にいた同級生の姿も見えない。もう学校の中に入ってしまったのだろうか。助けを呼びに行きたいけど、ジャックに癒やしの力を注ぐのをやめたくない。そうこうしているうちにもジャックの命の灯火が小さくなっているのを肌で感じる。
「だ、誰かッ! ジャックがっ!」
気付いて。
呼びかけは虚空に消えていく。
「あ、あっ」
絶望で目の前が真っ暗になった。
と、目端に鳥の羽根がゆっくりと落ちていくの見えた。
まさか、天使が迎えに来たんじゃと不吉な予感に一瞬血の気が引く。
が、その予感は大いに外れた。
「ルディっ!お待たせっ」
天使は来た。空から。でも、その天使の名前は──。
「ヨハンっ!」
相変わらず肩に羽根の装飾を付けたド派手な格好をしたヨハンが、空から舞い降りてきたのだ。
「ヨハン、飛んで……? それに、なんで……」
「話はあと。まずはジャックをなんとかしなきゃね」
ヨハンが何か呟きながらジャックのおでこに向かって空で円を描いた。
円は一瞬だけ緑色に光り、すうっとジャックの額に吸い込まれていく。ヨハンはほっとしたように息を吐いたが、ルディの目には何も変わったように見えない。ジャックの傷は変わらずそこにあるままだ。
「ヨハン、何かしたの?」
「ジャックの時間を止めたんだ。オレは癒やしの力が使えないからね。さっ、これで助けを呼ぶ時間が出来たよ。もうすぐでマックスも来るから、容態が安定したら屋敷に運ぼう」
テキパキとした指示を、ルディは呆然と聞いていた。ヨハンはしっかりしな、とルディの肩を叩く。
「ほら、早く司教共をわんさか連れてきな。全員で力を使えばどんだけ死にそうでも大丈夫でしょ」
「ヨハン……」
ヨハンの羽根だらけの派手な服装を見て、ルディは思わず呟いた。
「ヨハンって、本当に天使なんだっちゃ?」
ヨハンは眉を上げて、片頬で笑って言った。
「マックスには毎晩そう言われるけどね」
※
結果、ジャックは無事だった。
あの後、司教から果ては教皇までやってきてジャックの回復にあたってくれたのだ。騒ぎを聞きつけたリカも戻ってきてジャックの傷は綺麗に治った。ただ、傷は修復されても完全に体が元に戻ったわけではない。まだ意識は戻らないが、治癒力を限界まで高めてあるので暫くしたらすぐに意識も戻るだろう、というのが司教達の見解だ。
まれに、頭に損傷があると、癒やしの力を使っても元通りに戻らないこともあるらしいので、定期的にリカが通って様子を見てくれることになった。
いまの癒やしの力の使い手で力が一番強いのは、リカである。と教皇が言ったからだ。
「実はジャックに言われて、特性のブレスレットを身に着けていたんだ」
治療後、マックスにジャックを公爵家まで運んでもらった。一緒に付いてきれくれたヨハンがそういって見せてくれたのは、黄色と緑の糸で編まれた何の変哲もないような輪っかだった。
「黄色がルディで、緑がマックス。二人に何かあったら切れるようになってる。本当はここにジャックの紫もあったわけだけど、お察しの通り切れたから慌てて飛んでいったわけ」
「ええっ。でも、なんでそんな……」
「あんた達、なんだか知らないけど命の危険があるんでしょ。ジャックに頼み込まれてさ。理由を教えてくれなかったけど、切羽つまってるのは分かったから。それに、ジャックが飛行魔法を完成させてくれたんだ。最近はずっとその研究をしてたみたい。飛行魔法を教えるからって、その代わりになんかあったらよろしくって僕にブレスレットを渡してきたんだ。それもなんと選別会の前日。まさかと思ってたら、本当に糸が切れてびっくりしたよ」
では、最近ジャックがずっと忙しそうだったのは、飛行魔法の研究をしていたということだろうか。それを、なにも話をしてくれないと勝手に怒ってしまった自分は、なんて愚かだったんだろう。
じわりと瞳が潤んでしまい、ヨハンとマックスが慌てて慰めてくれた。
「とにかく、ジャックが無事でよかったじゃないか」
「そうだよっ。天才の僕がいて良かったじゃん。寧ろラッキーだよ。だから、泣くなよぉ」
二人が困ると分かっていても後から後から涙が止まらなくなってしまった。緊張の糸が緩んで、涙腺が壊れてしまったのかもしれない。
二人の困り果てた声と、ルディのすすり泣く声が部屋に響いている中、弱々しい掠れ声が混じって聞えてきた。
「る、でぃ……」
「ジャック!!!」
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