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誓い

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 ゲームも漫画も存在しないこの世界で、ストレス発散といえば乗馬だ。この体はなんでも器用にこなし、乗馬の腕もかなりのものだと自負している。
 丘に向かって更にスピードをあげようとしたところで、後ろから馬蹄の激しい音が聞こえてきた。なにごとかと振り返ると、そこには鞍も手綱もつけずに馬の背に覆いかぶさるように跨って駆けてくるルディがいた。

「ジャック様っ! やっと追いついたっちゃ」
「ルディ⁉ お前、なんで……」
「乗馬は、得意だっちゃっ!」

 そういうことではない。手綱を引き、慌てて立ち止まると、ルディの馬もジャックの馬の横にぴたりと止まった。

「窓を見たら、ジャック様が馬に乗っているのが見えて。馬に乗っているジャック様格好いい! と思ってたら思わず追いかけてきちゃったちゃ、じゃなくて、きちゃったんです」

 ルディが頬を染めながら全開の笑顔でそう言うのを、ジャックは宇宙人でも見るような気持ちで呆然と見つめた。
 昨日確かにジャックは自分と一緒にいると死ぬと伝えた筈なのに。なんでコイツはこんなにニコニコと寄ってくるのだろう。

「それにしても、昨日はびっくりしたっちゃ、です」

 やっと昨日の話題をだされ、なんとなくホッとした。こいつも普通の人間なのだ。ゲームの中の嘘っぱちな人間だと思っているのに、人間らしい感情を見せられたことになぜかホッとする。

「ジャック様って、顔もいいのに声までいいっちゃ、ですね」
「──は?」
「あまりにも声が良すぎて、ちゃんとお返事出来ずにすいませんでした」

 上目遣いで照れくさそうに謝ってきた。可愛いかよ。いや、そうではない。ルディと自分は本当に昨日同じ空間にいたんだろうか。根本的な温度差を感じる。

「あ、でも。あれが、よく分からなくて。ジャック様の為にオレが死ぬとか言ってたやつ」

 やっとか。そう思いルディを見ると思っていた表情と全く違った。

「ジャック様の為に死ぬから、オレはジャック様の為に生きられない。みたいなこと言ってた気がするんですけど、それってジャック様の為に生きてますよね。死ぬまでは。じゃあ、良くないですか?」

 一点も曇りのない爽やかな笑顔のままルディは無邪気にそう告げた。

「はあ?」

 思わず素の声が出る。何を言っているんだろうコイツは。

「だから、俺といるから、お前は死ぬんだよ。俺の前から消えれば、お前は多分死なずに済む。悪いこと言わないから早く田舎に帰れ」

 なんで俺がたかだかゲームの中の人間に向かって必死に説得しなくてはいけないのだろう。ゲームだったら選択肢がでて、どちらかを選べばたいてい予想通りに事が運ぶ。
 今までジャックとして生きてきた人生も、自分で選択肢を予想して行動を起こせば、大体予想通りに事が進み上手くいってきたのに。どうもこのルディだけはうまくいかない。行動も言動も予想外過ぎるのだ。

「ええ、でもぉ」

 でもぉ、じゃないっ! と叱りたくなったが、ぐっと我慢して続きを聞く。ルディは馬ごと更に一歩ジャックに近づいた。ジャックの馬は何故か嫌がらず佇んでいる。
 ぐっと下から顔を覗き込まれる。琥珀色の猫目が真っ直ぐにジャックを見た。

「オレは昔からジャック様の為に生きているんで、ジャック様といないと生きている意味がないっちゃ、です」

 ちゃ、の後のですって。あざとい選手権ぶっちぎり優勝かよ。じゃあ仕方ないか、とか言い出しそうな自分を必死に抑える。

「だから、昨日も言ったけど、オレは普通の日本人だったんだよ。それが、転生してゲームの世界のジャックになっていただけ。オレは言わば、偽物だよ。お前にとっては」

 自分にとっては、お前の方が偽物だ。という言葉は、なぜかルディには言えなかったが。

「う~んと、昔お庭でオレたち会った事があるっちゃ、ですよね」
「ああ、昔な」

 あの時のルディはくそ可愛かった。いまも可愛いけど。いや、そうじゃない。

「覚えてくださってるんだ! じゃあ、その時のジャック様は、今のジャック様なんですね」
「あ、ああ……いや、今のジャックは一応ずっと俺ではあるから」
「なんだ! じゃあ、偽物じゃないじゃないですか」
「いや、でも、本来のゲームの中のジャックは、もっと、こう、貴族な感じで」

 ムカつく感じで、とは言えなかった。

「本来とかよくわかりませんけど、オレは今のジャック様とお庭で会ったときから、この方の支えになりたいって生きてきたんです。オレの人生にはジャック様が必要だけど、ジャック様にオレの生き方を決めて欲しくないっちゃ、です」

(こいつは……)

 ジャックは言葉を失った。
 ゲームの中の偽物の世界。夢の中の世界。
 それでも──。

(コイツの世界は、俺が全てなんだ)

 手が震える。恐怖のようなものが背中をかすめ、そして、それは抗いきれない歓喜に飲み込まれていった。ルディの言葉は酷く甘美で麻薬のようだ。

 ここは偽物の世界。こいつもただのそういったキャラクター。分かっている。それでも。

(両親にだって、こんなに求められたことない)

 前世も、今も、だ。ジャックはそっとルディの肩に手を伸ばす。それは予想以上に薄くて、そして温かかった。

「生きてんだな」
「え?」

 意味が分からないと言ったようにルディが首を傾げる。可愛い。じゃなくて。

「決めた。俺が絶対お前を死なせない」

 ポカンとした顔でルディがジャックを見つめる。くそっ!可愛いものは可愛いんだから仕方ない。ジャックは肩においた手にぐっと力を入れて言った。

「お前の死亡フラグ全部回避して、俺もお前も死なないスペシャルハッピーなエンディングを迎えてみせるぞっ」
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