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人魚王子、初志貫徹する。
しおりを挟むオルクが一瞬息を飲む。少しの間のあと、瞳からは怒りが消えたように見えた。
でも、その後に続いた言葉に激しいショックを受ける。
「シレーヌ、海に帰れ」
やっぱり怒ってるんだ!
視界が滲み、唇を震わせるオレの肩を優しく撫でられた。
「誤解するな。正直に言おう。先程はこの国にとって実はかなりピンチだった。だが、それをお前が救ってくれた。お前はこの国の英雄だ。許されるならお前を称える感謝の宴を国民全員で何日でも行いたいくらいだ」
「……ならっ!」
意気込むオレを、オルクは首を振って制した。
「だが、それ以上にオレはお前が心配なんだ。陸はお前にとって危険な場所だ。海ならば、お前を捕まえることが出来るものなどいないのだろう?」
「そりゃあ。オレの虹色の尾ひれの速さに勝てる奴なんていないけど……」
「虹色の尾ひれ! それは凄いな」
感心したようにオルクが微笑む。オレは嬉しくなって、もっと笑って欲しくて言葉を続けた。
「オレの尾があまりにも綺麗だから、海で一番お洒落なイソギンチャクが鱗を一枚欲しがって、真珠を百個送るって言ってきたこともあるんだ。でも、父上がオレの尾の価値はそんなもんじゃないって断って。それに、海で一番泳ぎが速いって言われてたカジキとの競争にも勝って。それで……」
ふと、オルクが微笑んでいるけど、瞳が寂しげに揺れていることに気づいた。
「……オルク?」
「お前の居場所は、海にある」
深く、優しい言葉が胸を突いた。
違うよ、オルク。
オレが、イきたかった場所は、ここだったのに──。
オルクが、オレの居場所なのに。
必死に頭を振るオレに、繰り返し、言い聞かせるようにオルクが続ける。
「海が、お前の本来の居場所だ。なぁに、シレーヌは私の犬で。シレーヌの前では、私はただの漁師だ。また、朝一番で沖に船を出して口笛を吹こう。そうしたらシレーヌはすぐにオレに会いに来てくれ。私の犬はカムもヒアも出来る、いい子だろう」
違う。違うよ。
オルク。
オレ、明日には泡になるんだよ。
もう会えないんだよ。
言いたいけど、言えない。
オルクが傷つくことなんて言えない。
そう、だから……。
海に帰るって言えばいいんだ。
オレが泡になったことを知らずにいなくなれば、オルクが責任を感じることもない。
でも、せめて、もう少し──。
そこで、思いついてしまった。
軽蔑されるかな。分からない。でも、これは神様がくれたチャンスだ。
明日にはどうせ泡になるんだし、オレが我儘な事をオルクはじゅうぶん分かってる。
さっきオルクは人間は欲深いって言ってたけど、人魚の方がよっぽど欲深い。
それとも、もうオレは人魚ではなくなったのかな?
「オレ、海に帰るよ」
「そうか……」
頷きながらも、瞳が悲しげに揺れて見えるのは、ただの願望だろうか。
「でも、その前にオレの願いを叶えて欲しい」
「願い?」
「願いを叶えてくれたら、ちゃんと帰る」
強い口調で言いきったオレに、オルクが眉を潜めて神妙に尋ねた。
「願い、とは?」
静寂の中、オレの心臓の音だけが煩く響く。馬鹿なこと言うのはやめろ。頭の中で冷静な俺が制止する。それは嫌われてもいいほどの願いなのか。
──あぁ、そうだ。
嫌われた方がいっそ。嫌われた方がいっそ、お別れは辛くない。
俺は意を決して言った。
「初めに言ったじゃないか。オルクのペニスをオレの尻に入れて欲しいんだ」
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