神様のやわらかな卵が割れた理由

二月こまじ

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失恋

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 突如、思ってもいない問いかけをされ頭が真っ白になった。仰天していると、フォルの方が「うわぁ!違うんだぁっ」と大騒ぎしている。よく分からないが、フォルの慌てっぷりにこちらの方が平静になった。

「気持ちよくないよ」
「そうなのかっ!?」

 素直に答えると、フォルが物凄い勢いでこちらに迫ってきた。よほど知りたかったことなのだろう。ならばと思い、スズも真剣に答えることにした。

「銀との卵作りはいっつも辛くて。心と体がバラバラになった感じなんだ。それが気持ち悪い」
「……へ、へぇ~」

 フォルがなんとも言えない顔で頷く。

「なんで、そんなこと気になるの?」
「え、いや。だって、気、になるだろ。そりゃ……そうか、気持ち悪いのか……」

 ブツブツ口の中でなにか言っているフォルに首を傾げながら、でも、と言葉を続けた。

「でも、シンとの卵作りは少し違ったかも」
「……違った?」
「辛いって感じはしなかったかな。なんか、なんて言ったらいいか分からないんだけど、あったかい感じ」
「それは……気持ちいいってことか……」
「気持ちいい? うーん、そうか。オレ、気持ち良かったのかな」

 そう言われてみると、そうなのかもしれない。シンはとても優しくて、それでいてとても熱くて。しかも終わったときに「愛しい」なんて言ってきて。
 先程のことを思い返していると、なんだかまた頬が熱くなってきてしまった。
 頬に両手を当て、首を振る。すると、フォルが暗鬱な顔でこちらを見ていることに気がついた。

「どうした。なんかあったか?」
「いや……」 

 問いかけても何も言わないままのフォルに、これ以上声を掛けることも出来ず気まずい時間が流れる。

「フォル、オレが駄目なこと言ったなら教えて。そういうの、よく分からないんだ」

 流石に痺れを切らして訴えると、フォルがはっと顔を上げた。

「ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ。スズは全然悪くない。なんていうかな、そう。さっき『シンに愛が足りない』って言ったのも、あれも嘘なのか」
「え、あ……あれは……半分嘘で半分本当」
「どういうことだ」
「その、昔、人に聞いたことがあるんだ。卵生は愛されて当然の生き物だから、愛が足りてない今の状態でオレが卵を産めないのは仕方ないって。でも、それが本当なのかオレを慰めての言葉なのかは分からない」

 正しくは、人じゃなくてキジバトにだが。それを聞いたのも一度だけだし、だいぶ昔のことだ。いまユーイに聞いたら「なんのことですか?」と言われてもおかしくない。

「なるほど。じゃあ、本当に『愛』が卵を産むことに関係するのかもしれないわけだ」
「いや、どうかな。愛なんて、よく分からないし」

 卵と愛の関係性なんて、ユーイ以外からは聞いたことがなかった。
 世話係の世間話でも、もちろん銀からも。
 そもそも愛なんて曖昧なものが、受精卵を産むことに必要だなんてとても思えない。咄嗟に言ったこととはいえ、突拍子もないことを言ったもんだ。族長はくそじじいではあるが、これをそのまま信じるところが、元来の人の良さが出ている気がする。
 技芸の一族じたい、温厚な一族なのだろう。

「じゃあ、スズの方はどうなんだ」
「オレ?」
「スズは、シンを愛せるのか」

 まさかそんなことを言われると思わず、目をパチクリさせてフォルを見返した。

「受精卵を産むのに愛が関係するなら、スズの気持ちも大事なんじゃないか。お前は、シンをどう思っているんだ」

 突然、生きてきた中で一番の難問を突きつけられて、スズは頭が真っ白になった。
 自分がシンをどう思っているか?
 そんなことを言われても、なんと返答していいか分からない。
 シンは、無愛想で、でも優しくて。
 初めてその姿を見たとき、太陽のようだと思ったけれど、まさにその通りの眩しいほどの光を放っている男だ。

「……分かんないよ。だって、会ったばっかりだもん」

 結局、なんと返答したらいいか分からず、スズは首をすくめた。

「そうか……それじゃあ」
「ただ……」

 フォルと会話のタイミングが被ってしまった。フォルが先に言え、と促すので仕方なく言葉を続ける。

「ただ、神様がいるなら、シンみたいな人なんじゃないかなって思う」
「え?」
「神様って、綺麗なんだってシンが言ってた。シンは、太陽の神様みたいだなって思う。それだけ。……それで、フォルもなにか言いかけたよね」
「あ、いや。なんでもない。なんでもないんだ」

 フォルはまるで自分に言い聞かせるように、なんでもない、と繰り返した。

「じゃあ、そろそろ帰ってやれ。あいつは不器用な奴だから、今頃どうしたらいいか困ってるぞ」

 そう言って、無理やり背中を押され、しぶしぶ洞窟の入口まで戻った。一緒に行くのかと思ったら、フォルはこのまま水汲み場まで行くから一人で帰れと言われる。

「スズ」 

 背中から声を掛けられ、振り返る。フォルの顔は逆光で見えなかった。

「人を愛するのって、案外簡単なことかもしれないぞ」
「どういうこと?」
「その人の幸せを心から祈れるのが、愛するってことなんじゃないか」
「幸せ……?」

 フォルが頷く。相変わらず顔は見えない。

「幸せになれよ、スズ」

 それだけ言うと、フォルはそのまま光の向こうへと消えていった。


  
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