神様のやわらかな卵が割れた理由

二月こまじ

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脱出1

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 ふと目を開けると、あたりがぼんやりと明るくなっていた。いつの間にか寝てしまっていたらしい。
 寝て起きても、相変わらず地下のままで何も変わっていないことに、少なからず落胆してしまう。こんなことを日日繰り返している。
 起き上がる気にもなれず、腫れぼったい瞳でぼんやりと格子窓から指す明かりを眺めた。格子の形の四角い光が、埃をキラキラと反射しながら床を照らしてる。うつらうつらしていると、暫くして、それが形を変えることに気づいた。格子の棒の部分の影が、一本ずつ無くなっていく。

 (──あれ?)

 まさかと思い顔を上げる。
 すると、ゴツゴツした大きな手が、格子にかかっているのが見えた。
 男は糸のように細いなにかを格子にくるりとまくと、まるで魔法のように格子が音もなく外れている。
 息を飲んでスズが見つめるていると、最後の格子が外れ男が顔を覗かせた。
 逆光で顔がよく見えなかったが、若い青年のようだ。
 男はスズの方を見下ろしているようだった。スズも男を凝視した。男はやがて、後ろを振り返って言った。どうやらもう一人後ろにいるようだ。

「おい。話が違う。卵生が起きてるぞ」
「えっ、だって卵生って夜型なんじゃないの。夜中えっちして日中はずっと寝てるって、岩じいが言ってたけど」
「それ、岩じいの情報だったのか。信憑性がなさ過ぎる」

 二人は声を潜めて喋っていたが、普段から窓の外の僅かな物音も聞き分けるスズの耳にははっきりと聞こえてきた。

「で、起きて何をしているんだ卵生は」
「……こっちを見ている」
「は? バレてるってことか。だめじゃん! 早く逃げなきゃ」
 
 後ろの男が慌てて立ち上がる気配がした。

(行ってしまうっ)

 両手に思いきり力を入れて起き上がり、破れるのも気にせず長い裾をふんずけながら飛ぶように壁に近づく。
 天井近くにある窓は、下から覗いてもかなり距離がある。それでも、そこに人間がいるということに、スズの心は高揚した。

「あ、あ……」

 声をかけようとも思ったが、大きな声を出して扉の外にいる見張りに気づかれたくない。なんとかして言葉をかけたくて、じっと男の方を見上げていると、どうやら男もスズを観察しているようだった。
 暫く無言で見つめあっていると、やがて男がスズに声をかけた。

「──ここから出たいのか?」

 その言葉に何度もぶんぶんと頷く。
 男が僅かに息を飲んだ気配がした。

「なに、なに。どうした?」
「卵生はここから出たいそうだ」

 男がそう言うと、後ろの男が「んなわけないじゃん!」と声を上げる。大きな声を出し過ぎたことに、途中で気づいて声のボリュームはすぐ下がったが、それでも声音に不審の色が滲んて見えた。

「だって、卵生は好きなもん食べて、好きなことして。卵だけ産めば巣箱の中で贅沢三昧だって聞いたぞ。そんな夢のような生活、やめたいわけがない」
「だが、実際そこにいる卵生は俺たちを見つけても、曲者だと騒がなかった。それどころか、助けを求めているように見える」
「──罠かもしれないぞ」

 後ろの男の低い声に、手前の男が凛とした声で反論した。

「だが、罠じゃないかもしれない。それに、どうせ罠だとしても卵生を手に入れるしか俺たちの未来はない」

 後ろの男が黙り込む。やがて、僅かに金属がこすれる音が聞こえてきた。

「お前に従うよ、兄者。確かに、ここまできたら俺たちは前に進むしかない」

 スズが固唾を飲んで見守っていると、窓枠の隙間から金属性の鎖が静かに降りてきた。それは音を立てぬよう慎重に降ろされていき、やがてスズの心臓ほどの高さまで垂らされた。

「そこから出たいなら掴まれ。引き上げる」

 何度こんな夢を見ただろう。
 でも、夢の中で窓から垂れた紐はいつも無惨に崩れ去った。眼の前の鎖も、触れた途端、崩れて消えてしまわないだろうか。
 鎖と自分の手を見比べる。勇気が出ずに上を見上げると、男がじっとスズの方を見ている気配がした。顔はよく見えない。だが、鎖をがっちりと握った手のひらだけはしっかり見えた。太陽の光を浴びて焼けた、男らしい大きな手。
 スズは意を決して鎖に手を伸ばした。
 鎖は触れても消えなかったが、装束が重くてとても掴まっていられない。スズは思い切りよく裾の長い上衣を脱ぎ捨て下着に袴だけの姿で鎖にしがみついた。
 と、同時にぐんっと体が上に引っ張られる。
 振り落とされないように必死に鎖を握りしめていると、その手首を上から力強く握られ、ポーンと上に投げられた。天地がひっくり返ったような感覚に「ぐえっ」と情けない声を上げる。重力が戻り、自分が地面に足を付けていることに気づいた。目を開けようとしたが、あまりの眩しい光にスズはぎゅっと目を閉じることしか出来ない。

「追手が来る前に行くぞ」

 耳元で囁かれ、再び体が宙に浮き上がる。ガクンガクンと振り落とされそうになり、必死でしがみついた。どうやら男に米俵のように担がれているようだった。
 肌に風を感じる。匂いが、いつもと違う。
 ようやく目が慣れてきて、薄っすらと目を開けた。
 あたりには金色の草が生い茂り、一本道がずっと向こうの雑木林まで続いているようだ。
 そこで初めて、スズは自分を運んでいる人間の横顔を覗き見た。

「……!」

 太陽の光を背に受け、金色の髪が光り輝いている。小麦色の肌に映える青い瞳。

(こんなにきれいな髪と瞳、見たことない)

 というか、こんなにきれいな人間を見たことがない。
 スズが呆然と魅入っていると、澄んだ青い瞳がチラリとこちらをみた。

「すまんがもっと飛ばすぞ」
「えっ、ちょっ」

 今までだって必死だったのに、更にスピードが上がったことでスズの体は打ち上げられた魚のように跳ねあがる。

「お、落ちるっ落ちるっ」
「大丈夫だ」

 男が掴んでいてくれるものの、いつスズの体が吹っ飛んでいってもおかしくない。横を見る余裕なんて無くなって、男の衣服が伸びるのなんてお構いなしにしがみついた。
 男はスズを担いでいるとは思えないスピードで道を進んでいき、あっという間にスズがいた朱色の建物からぐんぐん距離が離れていく。

「やけに静かだな」

 隣で走っている男が言った。先程後ろにいた男だろう。

「とにかく、今は逃げるしかない」
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