お金は大事だよ〜

二月こまじ

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お金は大事だよ〜1

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うちのアパートの廊下はどこか錆びた鉄の臭いと生ゴミの匂いがする。
 人でも死んでんじゃないかなと思うけど、住んでる他の住人の顔もよく分からないのでどうしようもない。たまに登校する時、下着みたいな格好した女の人が疲れた様子で帰宅してくるのに遭遇するだけだ。
 少なくともボク以外に子供が住んでるのはみたことない。
 お兄ちゃんに、どうしてもっと大きくて綺麗な家に住まないのか、ボクがもっと小さい頃に聞いてしまったことがある。
 お兄ちゃんは困った顔で「お金がないからだよ」と言っていた。
 そのあとに「ごめんね」と言われてしまったので、ボクは慌てて「お金なんてなくても、ボクはお兄ちゃんがいるだけで凄く凄く幸せだよ」と言ったら、お兄ちゃんも「俺もだよ」と綺麗に微笑んでくれた。
 ボクはお兄ちゃんが大好きだ。
 お金なんて必要ない。
 こんな綺麗で優しいお兄ちゃんがいて、むしろボクはラッキーだと思ってる。もしかしたらボクは生まれる前に、お兄ちゃんと兄弟になるために神様に一億円払ったのかもしれない。だから今はこんな貧乏なのかもしれない。でも全然それで良かった。だってボクはいま、とっても幸せなんだ。
 
 
「ヒロ、ちょっと公園行ってきな」
 
 その日、お兄ちゃんが学校から帰ってきてすぐそう言った。お兄ちゃんが、珍しく早く帰ってきて喜んでた矢先だった。
 
「え、やだ……」
 
 思わずそう返すと、お兄ちゃんは困ったようにボクに百円を差し出す。
 
「これでお菓子買ってきていいから」
 
 今どき百円で買えるお菓子は少ないんだよ、なんてことは言えない。これ以上言ってもお兄ちゃんを困らすだけなのでボクはしぶしぶ頷いた。
 
「いい子な」
 
 お兄ちゃんが綺麗な歯を見せてボクを撫でた。
 弓道部で、生徒会長をしていて、格好良くて綺麗で優しいボクのお兄ちゃん。
 一緒に歩いていると周りの女の人達がみんなお兄ちゃんに見惚れてボーッとなる。だから、ボクは一生懸命お兄ちゃんにギュッとして隠すんだ。
 お兄ちゃんはボクのお兄ちゃんだから。
 ギュッとすると、お兄ちゃんからはレモンみたいないい匂いがする。石鹸の匂いだよ、とお兄ちゃんは言うけど、もっとずっといい匂いだ。
 ボクの大好きなお兄ちゃん。
 本当はずっとギュッとして隠してたい。
 でも──。
 
 ソワソワと濡れタオルを用意するお兄ちゃんを恨めしく横目でみながら「行ってきます」と声をかけた。
 ギィっと重い音を立ててアパートのドアを開け、わざと大きな音を立てて階段を降りる。それから、そっと音を忍ばせてもう一度階段をのぼって、家のドアのすぐ横に体育座りで待機した。
 廊下は臭くて、嫌いだ。
 でも、これから来る奴の方がもっと嫌い。
 暫くするとお兄ちゃんと同じ制服を着崩した金髪の男がやってきた。穴がいっぱい空いてる耳を晒して、猫背で手をポケットに突っ込んでだるそうに歩いている。こういう男をヤンキーって言うんだってテレビで言ってた。
 アパートの悪臭の中に、ヤンキーの付けている香水が混じって吐きそうになる。
 ヤンキーはボクを一瞥するだけで何も言わずに、呼び鈴も押さずにボクの家のドアを開けた。
 
「石井、チャイムくらい鳴らしてくれよ、んんっ」
 
 中からお兄ちゃんの声がする。ボクは死角にいるから見えてない。ガシャンと音を立ててドアが閉じる。
 お兄ちゃんのくぐもったこえが聞こえた後、すぐにドサリと人が倒れこむ音がした。
 服が擦れる音がして暫くすると、お兄ちゃんが猫みたいな声をだし始める。
 
「んぁッ、いやぁッ、も、もう……ッ」
「堪えがきかない生徒会長様だな。もうコレが欲しいのかよ。とんだビッチだ」
「あ、あぁぁんッ」
 
 お兄ちゃんは『びっち』と言われると、一際甘い声を出す。
 それがなんだかボクは分からないけど、その声を聞くと色んなところがこそばゆくなって、いてもたってもいられなくなる。

「ほら、早く股開けよ」

 ヤンキーの言葉に知らず知らずゴクンと生唾を飲む。そっと郵便受けから部屋の中を覗いてみた。
 ギィっと音が鳴っちゃったけど、二人は気にした様子もなく絡み合っている。
 
「オラ。コレが欲しかったんだろ」
「ひぃっ、いぃんッ、あぁぁんッ」
 
 お兄ちゃんのお尻にヤンキーがちんちんを押し込んでる。
 パンパンとまるでぶたれているみたいな音がして、初めて見たときはお兄ちゃんが心配で仕方なかったけど、お兄ちゃんはコレをして欲しくて仕方ないんだと何回か見て分かった。
 お兄ちゃんは赤ちゃんのオムツ替えみたいな格好で、ひぃひぃと嬉しそうに涎を垂らしている。ヤンキーはこれでもかというほど、お兄ちゃんに腰を打ち付けた。
 お兄ちゃんのお尻から出たり入ったりするテラテラと濡れた黒いものが、ちんちんだと気付いたのも何回か覗き見したあとだ。
 その夜はボクのちんちんもいつかああなってしまうのかと思うと、怖くなってちょっと泣いてしまった。
 ヤンキーが深く突っ込んだまま、お兄ちゃんの耳たぶを舐める。
 
「悪いお兄ちゃんですねぇ」
「あひぃんッ」
 
 お兄ちゃんは『びっち』の他にも『悪いお兄ちゃん』と言われたときも甘い声が出る。
 ぶるりと腰を震わせて、ちんちんから白いのが出た。
 
「なに勝手にイッてんだよ、オラッ」
 
 ヤンキーが容赦なくお兄ちゃんのお尻を責め立てた。
 
「あ、あ、また……あぁッ!」
 
 お兄ちゃんは焦点の合ってない瞳で、ずっと大きな声を出している。
 普段はお隣さんの迷惑にならないようにね、って大きな音を立てないのに。
 そんなこと気にしたこともないみたいに、たまに「イイッ!」って叫んでる。
 ボクはこの声を聞いてると怒ってるのか、悲しいのか、分からないけど泣きたくなる。
 泣きたくなって、お臍の下がおかしくなる。

「……ッ!」
 
 ヤンキーが一瞬動きを止めて眉を寄せた。
 これが終わりの合図だ。
 ボクは慌てて音をたてずに、そろりそろりと階段を降りて物陰に隠れる。
 
 暫くするとヤンキーが降りてきて、その後をお兄ちゃんが一万円を握りしめて追いかけてきた。
 
「石井、貰いすぎてる」
「いいじゃねぇか、減るもんじゃないだろ」
「減るだろ。こういうのはきちんとしたい」
「きちんとねぇ……」
 
 ヤンキーが一万円を受け取りながらニヤニヤ笑った。お兄ちゃんは気まずそうに口を噤む。
 
「お前がオレの女になったら、なんでも奢ってやるけどな。その方がキチンとしてるだろ」
「それはッ! 何度も断ってるだろう。俺は、金のために、仕方なくお前と……」
「……まあ、今はそういうことにしてやるよ」
 
 そう言うと、ヤンキーはお兄ちゃんの後頭部に手をかけて、おもむろに口づけをした。
 アメリカの映画で見たことがある、舌同士を絡めるやつだ。
 
「んんっ、や、やめろよっ」
 
 お兄ちゃんがドンッとヤンキーを突き飛ばす。唇が濡れていてドキリとした。
 
「それ、キス代。とっとけ」
 
 いつの間にか、お兄ちゃんの胸ポケットねじ込まれた一万円を差してヤンキーが言った。
 ひらひらと手を降って帰っていくヤンキーと一瞬目が合った気がしてヒヤリとする。
 お兄ちゃんはというと、若干目を潤ませヤンキーの背中を見送っていた。
 ボクのことなんて、微塵も思い出してない顔。
 ヤンキーなんて嫌いだ。ボクからお兄ちゃんを取るし、なんだか全部見透かされている気がするのも嫌だ。
 きっとコレも……。
 ボクはうつむいてお臍の下を見て途方に暮れた。
 お兄ちゃんが階段を上がって家に帰っていった。心配される前に、ボクも家に戻らなきゃ。早くちんちんが元に戻らないかなぁと思いながら、逸る気持ちを抑え込んだ。
 
 
「ヒロ、これ給食費な」
 
 夕ご飯のカレーを食べながら、お兄ちゃんがボクに給食費が入った封筒を渡してきた。
 
「うん、ありがとう」
 
 ボクは素直に受け取る。
 僕らのお母さんはずっといなくて、お父さんもここ何年かはたまに帰ってくるけど、お金だけ置いてどこか行ってしまう。
 でも、そんなお金じゃ全然足りなくて。
 色んな事にかかるお金は、全部お兄ちゃんがアルバイトとか働いて出してくれるのだ。
 だから、ヤンキーとのアレもその一種。のはず。
 
「ボクも、早く働けるようになりたいなぁ」
 
 思わず呟く。
 
「なに言ってんだ。子供のうちにいっぱい遊んでおきな。働くって辛いんだぞ。そんなの大きくなってからでいいよ」
 
 お兄ちゃんが歯を見せて綺麗に笑った。
 すると、ふいにあのヤンキーの香水の香りが漂う。
 
 ──お兄ちゃんから香ってるんだ。
 
 心臓がドキリと跳ねた。
 廊下で嗅いだ、吐き気がする悪臭を思い出す。
 ボクのお兄ちゃんなのに。
 お腹の中が、グツグツ熱い。ボクは笑顔でそれを押し込めて言った。
 
「お兄ちゃん、辛いのに、お金稼いでくれてありがとう」
「え、い、いや……」
 
 少し気まずそうにお兄ちゃんが微笑む。
 
「ボクが大人になったら、おっきい家買って、一緒に住んで楽させてあげるからね」
「あ、あぁ、ありがとう」
 
 お兄ちゃんがまた、綺麗に笑った。
 そうだ。お兄ちゃんは、あんなヤンキーといるのは辛いんだ。
 早く大人になって、こんな腐ったようなアパートから出ていこう。こんなところは、綺麗なお兄ちゃんにはふさわしくない。
 それで、ボクとずっと一緒にいるんだ。
 
 そのためには、
 まずは、金だな。
 
 と、ボクは思った。
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