【R18】どうか、私を愛してください。

かのん

文字の大きさ
上 下
66 / 99
その後の話

悲しいプロポーズ

しおりを挟む
日本人で同い年、家もお隣同士で付き合わないという選択はなかった。
これがアメリカじゃなくて日本だったら付き合ってなかったかもしれない。
お互いに孤独を埋めあうために付き合ったのかもしれないけど……



それでも私は遥人とはずっと、ずっと――
このまま笑えば笑い返してくれる。
手を握れば握り返してくれて
隣を一緒に歩んでいきたかった。



「円花、最期の日まで俺の隣にいてくれる?」



アメリカで看護師として働いて二年。
16歳の時から付き合って8年。
そろそろ結婚したいと思っていたし
そういう道をたどるのが当たり前だと疑っていなかったから
もちろん二つ返事をした。



「こうやって手を繋いでくれるなら、ずっと傍にいるよ。約束ね?」



オシャレなレストランは私たちには不釣り合いだったけど
この日はもしかしたら遥人にプロポーズされるかもと思って精いっぱいオシャレをしたあの日
もし、この日に戻れるなら、私はきっとそんなセリフを言わない。
そのセリフが遥人を苦しめたんだから――




「もし、繋がなくなったら?」



「他の人のところに行っちゃうかも?」



もちろんそんなセリフは冗談で
私には遥人以外は考えられなかったのに――



「わかった。ずっと、ずっと、こうやって手を繋ごう。」



映画のワンシーンのように
レストランのテーブルの上で私の手に遥人がそっと手を置いてギュッと握ってきてくれた。



なんでこの時看護師として、遥人の恋人として遥人の異変に気付かなかったんだろう。
遥人が握ってくる手の力が弱かったことに気付かなかったんだろう……



遥人との思い出は温かくて
思い出せば幸せな気分になるのに




人生で最高に幸せな瞬間だったはずの
このプロポーズの日は
悲しい思い出にしかならない。



「行ってらっしゃい遥人。」



「円花も気を付けて。今日は夜勤なんでしょ?」



「うん。あ、ご飯はカレーだから温めて食べて置いてね。」



「うん。じゃあ行ってきます。」



「遥人…脚捻ったの?」



「え?」



「何か歩き方おかしくない?」



「あぁ……なんか歩きにくくて…」



「そっか…捻ったのかもしれないね。仕事終わったら病院に来て。診てもらったほうがいいよ。」



「うん。わかった。」



遥人は運動神経がよくて、特にバスケが好きで仕事終わりにも仲間たちとバスケをしているぐらい好きだった。
だから脚をひねったりするのもしょっちゅうで……
このときはまだ気にしていなかった。



「ただいま……遥人?」



私が夜勤から帰ってくるときはもういないはずの遥人なのに
玄関に遥人のお気に入りのスニーカーがあって嫌な予感がした。
昨日病院に来てって言っても来なかったし……



「遥人……?いるの?」



声をかけても音さえしなくて
静まり返っている部屋に恐る恐る入っていく。



「お誕生日おめでとう!!」



遥人の声とともにクラッカーの音が鳴り響いた。
そっか……今日私誕生日だ。
仕事が忙しくて日付の感覚がなくて忘れてた。



「遥人……ありがとう。」



「忘れてただろ?」



「うん。忘れてた……でも今日仕事は?」



「休んだ。」



「え…ダメだって、私の誕生日ぐらいで。」



「誕生日ぐらいじゃないよ。愛している人がこの世に生まれてきた大事な日だから――俺がお祝いしたいんだよ。」



「遥人…ありがとう。」



「それに……来年も祝えるかなんてわからないし。」




「え?」




「当たり前な毎日なんてないんだし。」



「遥人…どうかしたの?昨日は病院にも来なかったし、キャッ――」



「愛しているよ、円花――」



「私も……愛しているよ。」



後ろから抱きしめられて、遥人にすっぽりと包まれて
この温もりがあるからまた今日も一日頑張れる。
遥人がいるから、遥人が私の隣にいるから、
今日まで頑張って生きてこれたって言ってもおかしくはない。



「ケーキ買ってきたんだ。食べよう。」



「やった!じゃあ私手を洗ってくるね。」



遥人は今までもサプライズが大好きな人だった。
私の驚いた顔のあとの笑顔を見るのが好きだと――
だから今日の誕生日もただたんにサプライズだと思っていた。
笑顔がたくさん溢れるサプライズだと――



“カシャンッ――”



「遥人?」



何かが割れた音がして急いで遥人のところへ向かうと
床にはお皿が割れてケーキもぐしゃぐしゃになっていて
そして――



遥人も倒れていた。



「遥人!!」



ウキウキで幸せいっぱいな気分だった誕生日
私はこの日にもうこれ以上ない絶望感を味わうことになる。



「ご主人はALSの疑いがあります。」



私はずっとそばにいたのに
看護師なのに
どうして遥人の症状に気付いてあげれなかったんだろう。



その思いが強くて
もうほかの人の看護をする力もわかなくて
看護師を辞めて遥人の看病に専念した。



だけどこの選択がさらに遥人を苦しめていたなんて
残された手紙で知った。
私が遥人を愛するように
遥人も私を愛していたから――



「遥人、今日は散歩に行ってみようか。」



遥人の症状は瞬く間に進んでいって
私がALSについて勉強してもしても追いつかないぐらいだった。
人によって症状が違うとはいえ
もう自分の脚で歩くことはできなかった。



「うん……」



遥人は話すのもつらそうになって
言葉が少なくはなっていったものの
笑顔だけは絶やさずみせてくれたのが私にとっては救いだった。



「あ……」



「すいませーん!取ってもらえますか?」



コロコロと転がってきたのはバスケットボールで
遥人の代わりに投げたけど
遥人はどう感じているんだろう……
大好きなバスケを彼はもう以前のようにはできない。



「ふぅ……」



遥人が寝たあと、リビングでため息をつくのが私のストレス解消になっていた。
一日一日が貴重なはずなのに、今は一日一日が辛い時も正直ある。




通帳をみると減っていく残高。
働いたほうがいいのはわかってる。
だけど今遥人から離れてほかの人を看病する気になれない。
生活するにはお金がいるのに――



遥人が寝たからといって私が寝れるわけではない。
最近の遥人は呼吸が弱くなってきて痰もたまりやすい。
日々の看病に加えて睡眠不足も重なってイライラすることも増えてきてしまった。



そんな自分が大嫌いで。。。




愛する人のために生きていく。
それが今の私にとってはきれいごとでしかない。



「呼吸器、どうされますか?」




「もちろん、つけます。」



遥人がいてくれれば
生きてさえいてくれればいつか今の辛い状況も笑って過ごせる。
遥人がいない生活なんて私には想像がつかないから――



「遥人……?」



イエスと答えた私の横で首を横に振っている遥人がいた。
そんな遥人を見て医師は私だけ診察室に残るように促してきた。



「二人でキチンとお話しされましたか?」



「……いえ。」



怖くて話せなかった。
遥人がどんどんこれから先弱っていく姿を受け入れられないといけない。
遥人が自分からどんどん遠くへ行ってしまうようで話すのが怖かった。



死と向き合うのが怖かった。



「生きてほしいと願うのはわかります。でもこれは患者の人生なのです。患者の意思を尊重してあげてください。」



看護師としていつも患者の家族にそう言ってきたはずなのに、まさかそういわれる立場になるなんて――
仕事上口でそう言っているだけで、この言葉の重みは同じ立場にならないとわからなかった。



遥人の意思を尊重しなければならないのは痛いほどわかってる。
だけど……遥人を失うのは怖い。



「……っ…すいませんっ……」



プロポーズをされたときは
これから先のまだ見ぬ未来に胸がときめいていたのに
今は、これから先の将来が怖い。
考えたくなくて、とにかく今が必死で――



遥人に自分のこんな気持ちを相談なんてできるわけなくて
ずっと自分ひとりで抱え込んでいた。



「……私は今まで色んな患者さんとご家族とこういう時間を過ごしてきました。」



「先生……」



「あなたのその不安な気持ち、私は個人的にご主人と話し合った方がいいと思います。」



「でも……」



「あなたが先にその不安な気持ちなどを全部打ち明けることによって、ご主人もココロを開いてくれるのではないでしょうか?」



「え……?」



「ご主人が首を横に振ったのは、もちろん自分の生き方もあると思います。だけど少なからずあなたへの……いや、この先はご主人の口からきいた方がいい。」



医師に言われて気づいた。
遥人の車いす生活を支えているのが精いっぱいで
遥人が今何をどう思っているかなんて聞いてあげれなかった。



遥人が病気になって感じたこと
これからのことをどう考えているか――



「ここ……」



次の日、遥人が行きたいと言われた場所は教会
私たちが結婚式を挙げて、誓いの言葉を交わした場所
あの日はたくさんの人が祝福してくれて
遥人もまだ普通に歩けていて
バージンロードを一緒に歩いたんだ。



朝日が入り込んで天使が舞い降りてきそうな空間
神様は……私から遥人を奪っていくの?
そう思ったら、この大きな十字架を私は見たくない。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...