【R18】秘密。

かのん

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逃避行。②

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「はぁッ…拓也先生待って…アッ…」


和也が強引に琴音の腕を引っ張っていたため、鼻緒が切れてしまった。



「ごめん…」



とにかく琴音を連れて行きたくて、だけど琴音の気持ちも考えずに無理やり腕を引っ張っていたんだ、俺ーー



「どこ行くんですか?」



「…琴音の気持ちも考えずにごめん。」



掴んでいた手を離し、和也は自分が履いていた靴を脱いで琴音に履かせる。



「この靴でごめんだけど帰って。」



「拓也先生その荷物…」



「どこかに行くんですか?」



「…」



「出張とか旅行ですよね?帰ってきますよね?」



「…」



「どうして返事してくれないんですか…」




「…もう行けよ!」



勝手だ



連れ出したくせに帰れとか…



こんな身勝手な男なんか捨ててほしい







「わかりました。行きます。」










「あなたと一緒に行きます。」









「え…俺と?」



「本当は私と行きたくてここに来たんですよね?だから連れ出したんですよね?」


「…」



「早く!行きましょう!」



「ちょっ…」



今度は琴音が俺の手首を掴んで走り出した



“シャラン…シャラン…”



かんざしのチャームの音が、この逃避行を祝福してくれているようは気がした



裸足の俺と



靴を履いた着物姿の琴音



行くあてもなく何も考えずに走る



周りからみたらバカだと思う



だけど時折振り返って優しい微笑みをする琴音の顔をみれば



周りの視線なんか気にしない



完全に二人だけの世界だった



「ここ…どこなんでしょうね。」



電車を乗り継いできたが、終電で乗れなくなってそれからずっと歩いてきた。



目の前には海があるが海の名前もわからない



とにかくあの土地から



病院から



拓也や父親から必死に逃げてきた



「真っ暗ですね。」



そういえば何時なんだろう



時計は家に置いてきたし



携帯は電源を切ったまま――




「ッ――」



「拓也先生?あ、足が――」



裸足だし暗いからわからないが何か鋭利なものを踏んでしまった



「どこか宿探しましょう。」



琴音は和也の腕を自分の肩に回し、自分の腕は和也の腰にあて和也を支える



「もうちょっとがんばってくださいね。」



小さな体で一生懸命支えようとしてくれる琴音が愛おしい



人ってこんなにも温かいんだ――



「ここどうですか?」



目の前にはボロボロで蛍光灯もパカパカと消えたり点いたりしているラブホがある



普通のホテルに行きたいがタクシーも通らないし



夜遅いからバスも通ってない



「あ、人がいますよ、あそこに。空いているか聞いてみましょう。」



電灯がついている小さいプレハブの中に中年のおばさんが座っているのがみえる。



「あの、ここって宿泊できますか?今日泊まりたいんですが…」



「あぁ~やっているよ~若い二人だね~」



中年のおばさんが琴音と和也を上から下まで舐めまわすように見つめてくる。



「なんか分けありだね~あら、あんた怪我しているのかい?はい、これ使いたかったらどうぞ。」



そういって救急箱を出してきてくれた。



「ありがとうございます。拓也先生、よかったですね。」



「ありがとうございます…」



救急箱もボロボロだったが悪い人には見えなかった。



「じゃあ1番の部屋使って。料金は先払いで一泊3000円ね。」



外観は思いっきりラブホという感じだったが、中に入るとコテージになっていて部屋の中も綺麗に改装してあった。



「ベッドに座ってください。」



和也をベッドに座らせて救急箱から消毒液などを出す。



「えっとまずは…」



医者に不慣れに治療する琴音が可愛くて仕方ない。



包帯も巻いてくれたがゆるいしぐちゃぐちゃだ。



だけど一生懸命、心配そうに治療してくれる姿が愛おしい――



「あ…お腹空きましたよね?私何か買ってきます。」



そういえば何も食べてない…



だけど来るまでにコンビニなんてなかった気がする



“コンコン…”



「え?あ、はい…」



ドアを開けると救急箱を渡してくれたおばさんが立っていた。



「あんたたち、ご飯まだなんだろ?これでいいならあげるよ。サービス。」



「え…いいんですか?」



「いいよ…それから何日かここに泊まるきかい?」



琴音が和也のほうをみて静かにうなづく。



「なら明日の朝スーパーにつれていってやるよ。それとあんたは着物しか着替えはないのかい?」



「あ…はい。」



「じゃあこれ…私の娘のだから。」



そういってパジャマや普段着を差し出してきた。



「嬉しいですけど娘さんに悪いです。」



「いいんだよ。あいつは帰って来ないから。」



「え…?」



「じゃあお休み。」



「あ…ありがとうございました。」




「琴音…?」



「あ…服貸してもらいました。あとカップラーメンも。ポットあるからお湯わかしますね。」



あのおばさんにも娘がいて帰ってこないんだ…



拓也について出てきたけど



お母さんどうしているかな…



「あつッ――」



「琴音!?」



「あ、お湯を指にかけちゃって…」



「すぐ冷やさないと――」

“ザァァァァ…”



和也が後ろから琴音の着物の袂を持ち上げて火傷した手を冷やしてくれる。



「自分でできますから…座っててください。」



「着物汚すから。」



親不孝なことをしているのはわかっている



わかっているけど



言葉にうまくできないけど



今拓也先生についていかなかったら



もうこうやってドキドキすることはない気がする――








今離れたらもう先生に会えない気がする――









“キュッ…”



水を止めて手の火傷がどうなったか和也が確認する。



「大丈夫そうだな。」



「大丈夫です…」



そのままそっと和也は琴音を後ろから抱きしめてくる。



「あの…カップ麺さめちゃいます。」



「冷めてもおいしいよ。」



“シュルシュル…”



「着物のままじゃ食べにくいでしょ?」



堅くむすんだ帯止めをスルスルと和也はほどいていく。



「あとは私がやりますから…」



「手濡れているから俺がやるよ。」



確かにここにはタオルがない。



でも濡れた手で着物を脱ぐわけにもいかない



「次はどれをやればいいの?」



「…秘密です。」



「フッ…じゃあ自分で考えるよ。」



和也は帯のあたりをじっくりと見ながら帯枕などをほどいていく。」



“シュッ…シュルシュル…”



一度は体を重ねて



裸を見せたこともあるのに



こんなにもゆっくり、じっくりと



丁寧に少しづつ脱がされると



胸の鼓動がどんどん高まる――



最初会ったあの満月の日の冷たい目が



今では同一人物とは思えないぐらい優しくて



見つめられるだけで胸が苦しくなる



「あの!もう手乾きましたから…」



帯に手を伸ばしている和也の手に自分の手を重ねる



「俺が脱がすのいや?」



「嫌とかじゃなくて…恥ずかしいんです。」



「俺は…色んな表情の琴音を自分の目に焼き付けたいんだ。」



耳元でそう囁かれたら



押さえつけていた和也の手の力が緩んでしまって



和也はまた帯を脱がし始める



結局カップ麺は伸びてしまったけど



「伸びちゃったね」と言いながら苦笑いして二人で食べれば



美味しくなくても幸せを感じていた
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