紫灰の日時計

二月ほづみ

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十九

思惑-4

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 昼間でも分厚いカーテンが引かれたままのアドルフの私室は、夜はさらに、息が詰まるような闇に包まれる。
「……お呼びでしょうか。皇帝陛下」
 その夜、男の傍らで跪き、言葉を待っていたのは、エリンだった。デスクの周りをほの明るく照らす読書灯のせいで、周囲の暗さが際立つ。
アドルフと話をする機会など滅多に無いことだった。
「婚礼の支度は順調か?」
「……はい。滞り無く」
 そんなことを訊ねるためにわざわざ自分を呼んだのだろうか、と、エリンは訝しく思いながらも、暗い床を見つめて答える。
 そうか、と、皇帝は短く頷いた後に言った。
「アーシュラに、そなたの子を産ませよ」
 アドルフの有無を言わせぬ響きを持って響く。知らないうちに顔を上げていたエリンの目に、祖父の厳しい横顔が写った。
 子、と、言ったのか? 自分と――主人の?
 これからゲオルグと結婚をする、アーシュラの?
「陛下が……何を仰っているのか、分かりません」
 ようやく、それだけ口にした。
「婚礼までにそなたとアーシュラの子を作れ」
「私の……?」
「そうだ。男女はどちらでも良い。その子をアーシュラの次の皇帝とする」
 色違いの目を見開いて、呆然と自分を見つめるエリンに、アドルフは予め定められたことを告げるように静かに続ける。
「我が孫よ。そなたを殺さず、今日まで生かしておいた甲斐があったというもの。アーシュラの夫は誰でも構わぬ。だが、生まれてくる皇太子は必ず紫を継いでおらねばならぬ。そなたであれば、あれも受け入れるだろう」 
「そ……れは……」
 命令の意図が分からないわけではなかった。エリンとアーシュラはいとこ同士。アヴァロンが純血の子を望むのならば、彼女の長子がエリンの子であるのは合理的なことだ。
「全て、一族の使命と平穏のためだ」
 しかし、それは――――
「陛下!」
「……何か?」
「殿下は……アーシュラは、カルサス様を愛していらっしゃいます。そのようなことは……」
 恐ろしい皇帝に、必死でたてついた。
「できないと?」
 アドルフは冷たく問う。言葉が見つからない。けれど分かる。
 彼女は、望まない。
 ――自分のことなんて。
「……エリン、そなたはどうなのだ?」
「え?」
「アーシュラを愛しておらぬのか?」
 菫色の瞳に、オレンジ色のランプの灯が浮かんで揺れる。何もかも見透かすような眼差しに、エリンの答えが導かれる。
「……愛しています。他に比べるものはございません」
 戸惑う剣の、迷いのない言葉に、男は満足そうに目を細めた。
「ならば迷う理由はあるまい。剣と主は半身同士、アーシュラはそなたを決して拒まぬだろう」
 部屋を覆う闇がエリンの心を包み、呑み込んでいく。アドルフの言葉は確信に満ちて、まるでそれが正しい唯一の道のように見えた。
「――だから、そなたは誰よりも幸福な剣となれるのだ」
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