紫灰の日時計

二月ほづみ

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主従のはじまり-4

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「エリン、人形を出してきてちょうだい! 遊ぶわ!」
「はい、ひめ」
 アーシュラの部屋で暮らすうち、家臣としての振る舞いは、自然に身についた。何しろ、自らの生殺与奪はこの少女の手に握られているのだ。これ以上無いくらい、明確で絶対的な上下関係である。
 ありがたいことに、エリンが自分自身と同じくらいの食事を必要とすることに彼女が気付いてからは、見違えるように立派な食事が部屋に運ばれてくれるようになった。アーシュラがそのように命じてくれたらしかった。
 おかげであれ以来、腹を空かせることは無い。そして、それは他のどんな幸福にも代えがたい、素晴らしいことであるように思えたのだった。
 彼女のことを殿下とか、姫と呼ぶのは、部屋に出入りする使用人の真似をしたものだ。そのように呼ばれて彼女が一度も機嫌を悪くすることは無かったのだが、アーシュラは、やがて、そう呼ばれる度、神妙な顔で考えこむようになった。
「ひめ、このウサギと、くまでよいですか?」
 クローゼットにしまわれた膨大な人形の中から、彼女の最近のお気に入りを的確に選ぶ。
「………………」
 アーシュラが考えこんでいるので、エリンはハッとして、別の人形に取り替えてこようと踵を返した。
「ねぇ、エリン」
 少女が呼び止める。はいと返事をして、主の言葉を待つ。何か無茶なことでも言われるのだろうかと恐れたが、アーシュラは真剣な顔で少年を見つめて、予想外の言葉を発した。
「アーシュラ」
「は?」
「だから、名前よ。わたくしの」
「それは……」
 勿論知っている、なんて言ったら怒られそうだ。どうしたものかと思案していると、少女はずいっとエリンに歩み寄り、あくまで真剣に続けた。
「ツヴァイは、おじい様のことをアドルフと呼ぶわ。だから、あなたもわたくしのことはアーシュラと呼ぶべきよ。剣なのだから」
 何がどうなってそうあるべきなのかは分からない。
 けれど、少女がそう言うならば、エリンは従わなければならない。不思議そうな顔のまま、少年は頷く。
「ええと、わかりました……アーシュラ」
「よし!」
 少女は満足げに頷いて、花のように笑った。

 剣、という存在の本当の意味を、その時の少女が正しく理解していたかは分からない。もしかすると、単純に一番親しい友くらいに思っていたのかもしれない。 しかし、ともかくも、彼ら一対の剣と主は、このようにして始まったのである。



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