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それぞれの思惑

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 庭園からロシュディにエスコートされて歩くオレリーに、鋭い視線を向ける一人の令嬢がいた。
 
 「エリカ嬢、どうかされました?」
 
 他の令嬢にそう話しかけられ、庭園を恐ろしい形相で睨みつけていた表情を、一瞬で花が綻んだような笑顔に変えて振り向いた。
 
 「何でもありませんわ。高貴な薔薇に手を出そうとする卑しい方がいらしたので」
 
 小鳥のさえずりのような愛らしい声で答えた。
 
 「まぁ、皇宮の薔薇を手折ろうとするなんて、信じられませんわ」
 
 令嬢たちは扇子を口元に当て、暗闇の庭園をジッと見つめた。

 ◇

 「あーあ、殿下、エリカ嬢の顔を見て下さいよ。毎回ロシュディを使うから……女の嫉妬は怖いなぁ」
 
 「タハール、仕方ないだろ。じゃあ、お前で『顔だけ令嬢』を落とせるのか?」

 「殿下、なんか……めちゃくちゃ感じ悪いです」

 「あのなぁ……ローズ皇妃が自分の息子を皇太子にしようなんて画策しなけりゃ、俺だってこんな頼みロシュディにしないさ」

 「分かっていますよ! ローズ皇妃殿下が恐ろしい方だということも。それに……殿下とロシュディにとっては」
 
 「俺は、個人的な恨みと国民を守ることは区別している。万が一、第二皇子が皇太子になれば、ローズ皇妃の母国スタニア王国が、一気にこのシエロ帝国を飲み込もうとするだろう」

 タハールは淡々と話すアレクシスの横顔を眺めながら、三人で共に迎えた17歳のデビュタントボールを思い出していた。
 
 ◇
 
 六年前の今日、ロシュディの両親であるアレクサンドル公爵夫妻は、乗っていた馬車が出会うはずもない魔物と遭遇し亡くなったのだった。
 
 そして、アレクシスの母カトリーヌ皇后陛下は突然意識を失って倒れ、今もなお昏睡状態にある。

 幸せな日が一転、幼馴染たちが悲しみに暮れたその日を、タハールは忘れられない。

 『時の精霊エーテル』の力を継承したロシュディは、黒幕が『おぞましい力』を持つローズ皇妃であることを知った。

 密かに皇帝は黒幕を知り激怒したが、ローズ皇妃の『おぞましい力』を封印する方法が見つからず、愛する皇后を守るため黙認することを選んだ。

 そして月日は流れ、影響力を増すローズ皇妃と皇太子の地位を巡る争いは、激しさを増していった。
 
 一番辛い思いをしているのはロシュディとアレクシスのはずだが、当の本人たちはそんな素振りを微塵も見せない。
 
 ただ復讐のために、生き急いでいるようにタハールは感じていた。

 そして、ロシュディとアレクシスが政争と復讐のために、いつしか愛さえも利用していることが気がかりだった。
 
 ◇
 
 「……僕はお二人のことが心配なんです。殿下やロシュディが、いつか本気で人を愛する時……辛い選択をして欲しくありません」

 アレクシスは少し頬をゆるめ、こそばゆい気持ちでタハールの優しさを受け止めていた。
 
 (タハール……お前は良い奴だ)
 
 「俺たちは、どう転んでも政略結婚さ。愛は必要ないだろ」

 「ですが、まだデビューしたばかりのオレリー嬢を利用するのは……。年もアリーヌと1つしか違わないのに」
 
 「シルバーヴェル家は、北の危険な国境線を長く掌握し、『精霊の加護』を継承する家門だ。その軍事力は、このシエロ帝国の一翼を担うほどだぞ。閉ざされた家門を取り込む機会は、滅多に無いからな」

 北はシルバーヴェル辺境伯家、中央はアレクサンドル公爵家、南はリッジ侯爵家と、『精霊の加護』を持つ3つの有力な家門が、帝国の強大な軍事力を支えていた。

 「いずれにしても辺境伯が溺愛しているオレリー嬢が、貴族家から狙われるのは必然ということですか」

 先ほどまで友人たちと楽しんでいたアリーヌが、兄のタハールを見つけて駆け寄って来た。

 そして、エリカ嬢をチラチラ見ながら小さな声で囁いた。

 「お兄様、殿下、ご覧になって……エリカ嬢のお顔! 絶対に今、悪いこと考えてますわ! オレリーお姉様に社交界の華の座を奪われそうですものね」
 
 (この兄妹の洞察力、怖すぎるだろっ)

 アレクシスも耳を澄ますと、他の貴族たちの会話が耳に入って来た。
 
 「エリカ嬢って、めちゃくちゃ可愛いよな」
 
 「それは昨日までの話だな~。オレリー嬢の美しさの前では霞むだろ」
 
 「オレリー嬢は高嶺の花過ぎるよ。あれだけの美貌に有力家門の令嬢だ。俺達は簡単に近付けないぞ」
 
 「それに比べて男爵家のエリカ嬢は手の届く花だよ。ハハハッ」
 
 令息たちの遠慮のない声が、エリカの耳にもよく聞こえていた。
 
 (今に見てなさい。ロシュディ様の隣に立つのは私よ!)
 
 エリカは、ギュッと唇を噛んだ。
 
 少しウェーブがかかったアプリコット色のロングヘアと、幼さが残るクリッとしたオレンジの瞳。

 エリカの負けず嫌いで野心的な本性を隠し、誰もが明るく朗らかな令嬢だと信じていた。
 
 数多くの令嬢たちの中で、アリーヌだけがエリカの狡猾であざとい性格を見抜いていた。

 ◇

 エリカは、庭園から戻ったロシュディの後を必死に追いかけた。
 
 「ロシュディ様!」
 
 ゆっくりとロシュディは振り返った。
 
 「ああ、エリカ、どうした?」
 
 「今日の舞踏会で踊って下さる約束でしたから……」
 
 少し上目遣いでロシュディを見上げたエリカは、冷え冷えとした瞳が、自分を見下ろしていることに気付いた。
 
 「ご、ごめんなさい。明日、公爵邸にお父様と伺う予定で、一緒にティータイムだけでも……」
 
 「ああ、すまない、エリカ……当分は忙しくて時間が取れないんだ」
 
 「先ほど庭園で……いえ……ロシュディ様も、オレリー様のことが気になりますか?」
 
 「さぁな」
 
 そう言うと、エリカの頭をポンッと撫でて、ロシュディは足早に立ち去った。

 浮名を流しているロシュディも、普段は、エリカやアリーヌ以外の令嬢と親しく言葉を交わすことはない。

 社交界ではロシュディの本命は、エリカかアリーヌではないかと噂されていた。
 
 しかし、ロシュディにはさらさらその気はない。
 
 エリカは、長く公爵家に仕えている男爵家の令嬢で、幼い頃から父親と一緒に公爵家によく出入りしていた。

 兄弟のいないロシュディにとって、単に可愛い妹分という感覚でしかなかった。
 
 ロシュディのその鈍さが男として一番質が悪いと、アレクシスやタハールからよく揶揄われている。
 
 本人としては、まったく心当たりは無いのだが……。
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