上 下
87 / 88
時間と繋がりが

83.過去と世界で

しおりを挟む
「時限の神は何か言ってた?」

雛野の小さな口に綺麗に切り分けた魚を運ぶと敬紫が微笑んだ。雛野達がやっていた事は言葉が少なくともわかっているのだ。

「倒せない可能性があるみたい」

「へえ」

にっこり、明日は雨ね。それくらい軽い会話だ。


「時限の神が負けるって言ったのか、あんたらに?」

「そう言ってたわね、たしかに」

私も聞いたわと零蘭が肘掛に体重をかけると晫斗が逆だと引き寄せる。

「ちょっと」

「どっちだっていいだろ」

それこそどっちを向いたって良いだろうと言いたげな目で晫斗を見ても、あくびを返されるだけだ。零蘭は仕方なく晫斗に体重をかける。もはやこんな事すらリザには気にならない。

「あんたらが負ける?今じゃこの世界の化け物はあんたらの方だと思うけど」

「もう少し綺麗な言い方にしてよ……」

「うーん……魔女?」

「あら、それは良い響き」


大して変わらないような気もするが零蘭の美に対する心持ちは誰も邪魔するべきでは無い。手入れされた指先を眺め薄い唇を上げた。


「時限の力を手に入れたならやる事はひとつね」

「あの時に、戻ること」


零蘭と雛野が幼い頃あの本を持って消えたあの日に。
普通の人間が言ってたら鼻で笑うところだが、リザは目の前の4人が常識外れだと知っている。それでも感心するのは今回手に入れた力そのものだ。

「そもそも、時の神と約束するなんて人間離れも良いとこだよ。偏屈な上に死ぬほど知識と魔力がいる。寿命や未来を変えられる夢の魔法だけど、約束できずに寿命を迎える魔術師が殆ど……力を持て余して死ぬ人間もね……」

ニヤリと笑ったリザだが、その脅しは可憐な少女には効かない。
嬉しそうに脚を揺らし微笑んだ。

「自分がどれほどの力を扱えるかはもう分かるから大丈夫よ。それに偏屈ではなくてどちらかと言えば不器用な人ね……」

神に不器用もなにもないだろう。リザは思いながら口に出すのはやめた。
それよりも肌がピリついてリザは瞳を光らせる。

その瞬間、空間の一部がゆがむ。テーブルを囲んでいた全員がそちらを向くと歪みぼやけた部分が砂嵐のように変わる。


「……お……き……るか」

途切れ途切れに聞こえる声は聞き慣れたものだが雛野が困ったように眉を下げる。

「あまり通信の環境が良くないね」

「何か邪魔してる魔物でも居るんじゃないの」

「ああ」


敬紫が砂嵐に向けて手をかざすと部屋一面が光り出す。敬紫の足元から次第に大きくなる魔法陣は天井まで達するとその光は消えた。同時に身体が軽くなり、砂嵐を写していた空間がクリアになる。
そこに人の顔を映し出した。
赤い髪の男。


「安定した」

「不可侵領域作ったから。俺が認めたもの以外は干渉されない」

「やだやだ……」

不可侵?
そんな魔法をさらりと成し遂げてしまうものだとリザが両手を広げる。
そんな都合の良い空間魔法は聞いたことがないからだ。


「イガル、ごきげんよう」


零蘭が脚を組むと首を少し傾けて微笑んだ。
イガルは変わらぬ面々に安堵の表情を作るがそれも一瞬。


「お前らは…………連絡くらいよこしやがれ!!!!!!!」



あまりの大音量にその場の全員が耳を塞いだ。


しおりを挟む

処理中です...