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溺れる
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しおりを挟む夏の夜も変わらず煌びやかで大人びていて、誰も彼も楽しそうなクラブは今日も賑わっている。バイト終わりにクラブに向かっていたおれたちは案の定チームの1人に拾われた。いつの間にかGPSでも埋め込まれたのだろうかと疑うほどタイミングが良い。
下から見渡せる2階のカーテンで仕切られたシートにいつも通り王者が座っていた。おれは階段を上り声をかけられた数人に挨拶をしながら前に進んでいくとようやく近くに見えてきたその姿に手を振る。
おれに気付いていた氷怜先輩が小さく笑った。
「お前ら3人が通ると人の流れが動く」
「え、普通に入ってきたのに」
「目立ちますよ。だからいつもこっちに来る前から付けるようにしてるんですから」
「だからいつも……?大丈夫なのに」
優が呆れ顔で言うとチームの人はとんでもないと大げさに手を動かす。
「一瞬ざわめくんですよ。気が気じゃない」
そう言った彼に氷怜先輩がニヒルに笑った。
「だそうだ。少しは背後に気を付けろ」
「背後……?」
思えばいつもチームの人がおれ達を拾う時後ろから声をかけられる。あれはそう言う訓練だったのか?
突然隣で親友が驚いた声を上げた。
「うわ!」
「ソーソー、ちっこいしなぁ」
秋が宙に浮いたのは瑠衣先輩に後ろから持ち上げられたせい。秋は平均的な体格だと思うけどさらっと持ち上がるの相変わらずすんごい。
降ろしてと秋が言えば不満そうにしながらも言うことを聞く瑠衣先輩。そんな瑠衣先輩とお決まりのハイタッチをして挨拶すればすぐにご機嫌だ。猫みたいで可愛いなぁ。
優が首を傾げキョロキョロと辺りを見渡した。
「暮刃先輩は?」
首を傾げた優に氷怜先輩が視線だけを優の後ろへ送る。その後ろでは電話を耳に当てながら微笑みの貴公子が手をあげていた。優を空いている手で撫でながら電話口に会話を数回交わしてすぐに終話してしまった。
「ごめんね、ちょっと仕事の話……優、指輪は?」
「うわ、いきなりそこ気づくのさすがですね」
眉間にシワを寄せた優は嫌がっているのではなく驚いているのだ。暮刃先輩は圧のある微笑みをしているがなんで外したの?って言いたいんだと思う。おれこの光景がすごいキュンとするんだけど優がツンデレ発揮しそうだから氷怜先輩の腕を掴んで我慢すると、大きな手で頭を撫でられちゃってへにゃん顔しちゃう。
「珍しくキッチン入ったんで外してました。ケースに入れてて……はい、つけましたよ」
「うん、それで良い」
にっこり。
暮刃先輩の美しい微笑みにおれが御馳走様と言いたい。優が呆れたように、それでも嬉しそうに笑っている。瑠衣先輩がケラケラ笑いながらいつのまにか運ばれてきたケーキを食べ始めた。
「暮ちんコワーイ」
「いや俺この前つけ忘れた時指噛まれてんですけど……」
「付けても付けてなくても噛みたくなったら噛むケド」
「そうですか……」
親友カップルのかわいさ、最近まじで止まらない。ニヤニヤし続けるおれのほっぺがあらぬ方向に引っ張られた。
「にやけてんなあ、ご機嫌なやつ」
ほっぺたぷにぷにされたらまたにやけちゃう。フッと色気たっぷりに笑った男が首を傾げた。
「いつも下で遊んでからこっち来るのに、どうした」
そう、お察しの通りおれはご機嫌なのだ。座っている氷怜先輩の膝に手を乗せて少しだけ顔を近づける。余裕な笑みの氷怜先輩に視線を合わせにっこりと。
「来週の三連休空いてますか?」
「……ん、お前らバイトは」
すでに先輩達に伝えていたシフトと違っていたため氷怜先輩が首を傾げた。
「春さんの優しさが詰まったお休みになりました」
実はあまりにもバイトに入り浸るおれたちを見兼ねた春さんが勝手にシフトを入れ替えたのだ。学生は青春も仕事だよと微笑んで。
青春ならば毎日してます!とは言ったものの、行けないところに行って楽しんで来なさいとピシャリ。優しい春さんにそこまで言われては遊びまくるしかない。
グラスを持った氷怜先輩が視線を横に流し、グラスが唇につきそうになる所で動きが止まる。珍しく眉をひそめた。
「会食だな、それに試合と、ここの宣伝イベント」
「瑠衣も俺も行かないとだよ」
「エーーつまんない」
「ぐえ」
脱力した瑠衣先輩に秋が全体重をかけられる。なんとか踏ん張ってソファまで移動したら力尽きて一緒にダイブ。2人してゲラゲラ笑い出した。
「無理ならしょうがないね」
優が頷きおれと秋に目配せし、ふんわりと笑う。
「じゃあ、3人で行こっか」
「おー!」
3人で拳を突き上げブンブン腕を振って楽しみを最大限に表す。
「え、どこに行くの?」
「んーと」
首を傾げた暮刃先輩に思わずにやける。
だってだって、遠出の予定を久しく立てて居なかったこともあり、この度夏全力キャンペーンを発動させた。まず第一段階は三連休を使って。
瞬時に頭が夏をイメージし、サマーといえば海!と3人で合致したのだ。
「いざ、海へ!」
先輩達がいけないのはとても残念だが楽しみなのは変わらない。氷怜先輩の上から隣に移ると優がさらにおれの隣に座った。秋も体を起こして電車で行けるのどこかなぁと話し始め、スマートフォンを取り出したおれたち。
「俺たちで行けるとこだと……」
「うーん、どうせなら綺麗なところに行きたい」
「あ、じゃあさ、泊まりで行こうよお!3日間!」
おれの提案に秋と優が目を輝かせた。どうせなら死ぬほど遊びたい。いつ行けるか分からないし。
「いえーーーい?!」
3人で万歳も束の間。
テーブルの上にものすごい勢いで何かが振り下ろされた。
「へ?!」
大きな音にスマホを落としそうになる。テーブルには長い足。シルバーと白の間をとったようなスニーカーはおしゃれだ。
いや、それよりも。
足の持ち主は秋の横で笑っていた。でもいつものお腹を抱えるようなものでは無い、静かにニンマリとそれでいてちょっと怖いような瑠衣先輩。
「オレも、行きたいなぁーー?」
大きな声がわざとなのは分かる。
でも何を間違えたのか分からないおれはまず氷怜先輩の顔を確認した。そこから全てがわかるのではないかと思ったのにその綺麗な顔は動かずグラスに口付けただけだ。こ、これは……。
「ツレないって思いを、人生で初めてしたよ」
優の後ろで呟いた暮刃先輩を、固まった優が振り返る事はなかった。声だけでも威圧感がすごい。怒られているのか、なんなのか。
そもそも何故こんなことに、と代わりに情報を知る術はないかと控えていたチームの人に目を向ける。紫苑さん、桃花、式、幹部の皆さん。
まるでこの状況が見えていないように朗らかに微笑む彼らの顔にはしっかりこう書いてあった。
知らぬが仏。
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