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3.とりあえずぜんぶ受け入れると穏やかに日々が過ごせる
しおりを挟む小さい頃はファンタジーにハマるような夢見がちな少年だった。魔法があると信じて疑わなかったし、その時は使えなくても大人になれば使えるようになると思っていた。それでも知らぬ間に現実が体に染み込んで、そんな事はいちいち思わなくなる。
それでも、信じてない訳じゃない。
ファンタジー好きは未知を認めるものであり、その根底だけは今でも受け継いでいる。だからオレは何でもかんでも受け入れる性格に育っていた。
例えば今朝。
「ツバサ、知ってる?すぐ近くの空き家あるでしょう?近所に住むミキちゃん。そこで肝だしして幽霊が出たって怖がってたらしいの。通学で通るし、夜にでも見てきたら?怖いもの見えちゃったりして」
父さんがその言葉にびくりと反応し新聞を読む手を震わせた。にやにやと笑う母さんとしてはオレを脅かしているつもりだろうけど、被害があらぬ方向へ。オレはと言えばそんな未知の噂というものに対して一定の反応を返す。
「見たなら、居るんだろうな」
肯定だ。
何事も否定しない。嘘かどうかなんて調べなくても取り敢えず肯定する。特に確かめようが無いものに対しては肯定的だ。
母さんはつまらない、とため息を吐いた。
「あーあ、ツバサは脅かしてもつまんない。お父さんはビクビクして可愛いのに」
「父さんいじめんのやめなよ母さん」
「うるさいぞ……」
父さん、ガタイ良いのに怖いもの苦手なんだよな。逆に母さんは好奇心旺盛というか、悪戯好きだ。真逆だから相性が良いのだろう。
「って、ツバサ聞いてんのかー!」
「え?追加でしょ。頼めば?」
「一応聞いてんだな……」
オレが今朝の思い出を頭に流していると目の前でビールを持ったレイガがむくれていた。いつになっても素直というか子供っぽいところは変わらない。メニューを差し出すと表情は一転してうまそうと目を輝かせる。可愛げが9割で出来ているような男だ。
「まだ食える?」
「うん、なんでも。あ、卵食いたい」
「おっけー。お姉さーん」
レイガが手をあげると愛想の良い店員さんがこちらに向かってくる。高校生だろうか。この居酒屋始めてきたけど駅近で料理も美味しい。当たりだ。
「また、良いとこ見つけたな」
「だろー鼻がいいからな」
本当に空気を吸うようにして見せるレイガ。
ちょっと口あいてたから枝豆を投げると見事ぱくりとキャッチ。金髪がふわふわしてて身体大きいしなんだか大型犬っぽい。
「お前が犬っぽいから、こんなに長くつるんでんのかなぁ」
「なんだそれ、おれの見た目しか興味なしってか。お前の目にはおれゴールデンレトリーバーとかに見えてんの?」
適当なギャグのつもりだったけど青い目がキッと光る。とは言ってもフリだ。実際はこんな適当な会話も出来るから長い付き合いになる訳だ。
あと、基本的になんだかんだ面倒見がいいコイツは子供っぽい割に世話焼きだ。大学が被った時にぼーっとしたやつ1人にしないで済んで安心したわーとケラケラ笑いながら言われた事をぼんやりと覚えている。
「あーレトリーバー可愛いよなぁ」
「犬欠乏してるからそんな毎日ボーッとしてんの?ツバサくんは可哀想でちゅねー、おれの頭撫でてもいいよ」
「いや、撫でられたいのお前だろ。あとぼーっとしてんのはいつもの事」
「自分で言うのかよ、しかも撫でんのかよ」
ブリーチしててもさらさらだなコイツの髪。心地の良いものを撫でるとドラゴンのお腹も撫でたくなる。
本当に寝心地が良くて読書がひと段落するといつのまにか眠ってるんだよな。
あれは人をダメにするタイプの腹だ。
「本当に犬ならお前はおれを飼う?」
酔ってるのだろうか。変な事を聞いてくるレイガがサワーの泡を眺めながら綺麗な顔を真顔にして言う。
こんな変な事真面目に答える奴は少ないけど、あいにくオレはもしも話が好きだった。しかも犬。
こいつが犬なら?そりゃもう。
「飼うけど」
「マジで……?」
「だって犬の上にお世話してくれそう。最高」
「犬のおれまでこき使う気か!」
こき使った覚えはないけど、世話したがりだから勝手にしてもらっていたと言えば確かにそう。でもレイガが犬なら健気そうだししっぽ振る姿も想像しやすい。
「可愛いから、飼うよ」
「……それがドラゴンでも同じこと言えよな」
「え?」
聞き返してもレイガはサワーを一気に飲み干してお姉さんおかわり!と元気のいい注文。それを聞いたらもうわざわざ聞くのもな、となってそのまま流れてしまった。
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