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我武者羅

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目を開けたら雑音も痛みも無くなり、世界からすべての音が消えたように静かだった。




「……よおメイラ」


暗い部屋だ。
だけど何故か俺だけは明るく見える。上を見るとスポットライトのような光がずっと俺を照らしていた。
そのおかげで俺が動くと少し先まで明かりが届く。部屋は暗くて丸い空間で、寝そべるには丁度いい長さのアンティークソファがひとつだけ置いてあった。薄暗いせいで黒に見えたソファは近づいてみると赤い生地で出来ている。

その上に片膝を立てて俺を見つめる男はよく見知っているどころか毎日見る見慣れた顔なのにやっぱり別人のように見えた。
瞳にはなにも映っていない、だけど俺を見ている。

「こんな暗いところに居たらそりゃあ精神やられよ」

俺が声をかけてもメイラは反応しない。
うわ、実物をこうしてみるとやっぱりすげえ威圧感だ。自分なのにやはり他人のようで、それでも俺は気後れ
なんてしてはいけない。だいたい自分に気後れするなんておかしいだろ。


「……もうやられてるか、そもそもお前メンヘラだし」


煽り文句を添えてもピクリとも動かない。本当に俺なのかよ、愛想をどこに置いてきた。
でも俺はまずコイツに言いたい事がある。

俺はビシッと指をさした。人に指を刺してはいけないが自分ならいいだろ。

「とりあえず、お前初早希に恥ずかしい事言ってんじゃねえよ!とんでもない辱め受けたわお前のせいで!!」

そうそれ、親友2人ならまだしも部外者の初早希にメンヘラビッチの機密情報漏らしやがって!あいつが良いやつだったから良いものを。

それでもやっぱりメイラは動かない。
本当にこれが俺なのか。音もなく暗くてソファしかない部屋で真っ黒な服を着てこんなに静かに俺を見張っていたのか。

「……で、何怒ってるわけ?」

メイラが座るソファの足元に立つが長期戦を覚悟して黒い床に座り込んだ。あれ、でもなんでだ。同じ背丈のはずのメイラが小さく見える。

違う、細いんだ。
思えば俺がこの人格として目覚めた日も記憶と違わず細かった。今の俺は毎日ちゃんと食べて部屋の中とはいえ動いてるし、今や体型が違うのだ。


「怒ってるように見えるのか」


静かな声だ。
初早希の手紙通り俺から出る声じゃないみたい。静かで感情のない無機質な声。

「見える、てか怒ってただろ。それに同じ身体共有どころかここ精神内っぽいし、なんか直接感情が流れ込んでくる」

それでも考えや思考の細かいところは分からない。
だけど俺がこんなに落ち着いているのは直接言ってやるって思ったら吹っ切れた、とも言うしある意味他人目線で見れているからだ。

「言っておくけどお望み通りに2人の事好きになってない事が不満なら受け付けないから。俺はお前を甘やかさないし、思い通りになんてならない。嘘もつかない」

俺の言葉をちゃんと聞いているのかいないのかも反応が無いからよく分からない。でも不満、と言う感情だけはひしひしと感じた。
この空間はメイラの心がよく伝わる。逆にメイラは俺の気持ちがわかるのだろうか。


「勝手にしたらいい」


はっきりとそう言うのだ。
おいおい、言ってる事とやってることが違うだろ。

「勝手に出来ないからこうしてきてるんだが?てかそもそも勝手に俺作って丸投げは無えだろ!」

話せば話すほど不満が爆発だ。
俺がギャンギャン騒ぐと嫌そうに眉を顰めた。ゾクリと背筋が冷たくなる。うわ。俺こんな顔できたんだ。そりゃ来夏だって怯えるはずだ。

「……お前の記憶では一人でずっと暗い人生を歩んでた。それがいきなりあの二人が現れて楽しそうにしてただろ」

何が不満だ、とで言いたげな目。
俺と同じ瞳は揺れもせず真っ直ぐ俺を捉えているが光は一粒も無い。

「そりゃ楽しかったよ、でもあの2人やっぱりどこか可笑しいしそれに危ういよ。お前に囚われ過ぎてる」

「今に始まった事じゃない」

「そりゃ昔から俺にべったりだったけど!」

「元々あの2人は今の気質を持ってた。それが如実に現れただけで」

「大した問題じゃねえとでも言うのか、俺が普通に過ごしてんのに、あの2人辛そうな顔してんのにか?!」

言葉を遮って思わず床を叩く。何素材なのかも分からない真っ暗な床は思いっきり殴ったのに痛みはまるでない。感触すらなかったのにバシンと音だけが響いた。

「お前言ってる事一致してねえよ。あの2人のために俺を作ったのに、あの2人の事を投げやりに言うし……俺に何して欲しい訳?」

一瞬メイラの眉が少しだけ動いた。

「お前を作ったのは俺が死にたいからだ……いくら俺がお前を作ったからってお前は俺だ。普通に過ごせば良い。何も考えず好きにしろよ」

なぜか2人の事は流された。初早希からの手紙を読む限り、2人のことをメイラは気にしているように思えたのに。
なんだこの掴みどころがないメイラは。

「だったら、俺がやりたいようにやらせろよ。邪魔すんな」

「してない」

「はあ?あんだけ俺の頭痛くしてその上泣き叫んどいてよく言うよ」

「泣いてない」


何、なんだコイツ。
泣いてたじゃん、俺が相手してんの小学生か?
こっちはこの数日で頭の中も心の中もぐちゃぐちゃにされた気分だってのにここにきて謎の嘘ついてくるとは。

「泣いてなくても何でもお前がこうして起きてるってことは不満があって消えられなかったって事だろ!良い加減諦めてお前が外出ろよ!逃げんな!!」

そう叫んだ瞬間、メイラの雰囲気が一気に変わった。体に流れ込んでくる静かな怒り。なんだ、さっきまで気温なんて感じなかったのに寒い。

「逃げるな……良いねお前は気楽で」

「気楽……?」

気楽で良いね、だって?
気楽でよかったら気絶してこんな所まで来てねえんだよ!

メイラは両足をソファの上に置いて膝を抱え込む。まるで子供みたいに、でも表情は全てを諦めた大人だった。

「不満そうにしてるけど、気楽だよお前は。お前の精神は俺が耐えきれなかった事を耐えれるようになってる」

「……何?」

「わかるか?父さんも母さんも死んだことは俺もお前も同じ事実として記憶してる。でもお前は一人で耐えた。そう作ったからだ」

メイラはゆっくりと瞳を動かす。用済みになった物でもみるような冷たい目。

「だからお前は俺とは違う。母さんの病気が治らないって父さんも母さんも知っていたって聞いてお前は何か思ったか?」

そう言われてハッとする。
夢でたしかにメイラはそう言っていた。そりゃ夢見て少し驚いたけど俺は母さんと父さんらしい、そう思った。どっちにしたって俺ができる事は変わらなかっただろうし、優しい2人らしいってそう受け止められた。

そんな俺をメイラは鼻で笑った。目は地獄を見ていた。

「お前は父さんと母さんに対する想いが薄いんだよ」

言葉が痛い。いくら紛い物の俺でも両親に対しての想いだけはそんな風に言われたくなかった。

「そんな言い方ないだろ?!俺だって早く2人に会いたいよ、死んでしまいたいって思ったことだってあるさ……今だって、早く会いたい……!」

くそ、泣きたくないのに涙腺が緩みきってんのか視界が歪む。メイラの前で泣くわけにはいかなくて膝をつねって精神を保つ。自分の精神世界で不思議な話だ。

俺の表情を見てメイラは目を細めて、また底冷えするような冷たい目を向けた。俺が悲しむのが許せない、そんな目を。


「抗わず全てを任せればいいだろあの2人に。父さんと母さんに会うその日まで」

「いいわけないだろ。このままじゃ、このままじゃダメなんだよ!」

「……なにが?」


何がってそんなのお前が1番よく知ってるだろ。


「お前じゃなきゃダメなんだよ!俺じゃあ……!!」


俺じゃああいつらの10年間をひっくり返せない。偽物の力じゃ、ダメなんだよ。


だけど俺が伝えれば伝えるほどメイラの目がどんどん冷えていく。本当は俺がここにくる時点でコイツは許せなかったんだろう。忌々しそうな瞳の色、最後は口元がぎりりと歪んだ。


「もういい、早く帰れ。俺の邪魔してるのはお前だよ。せっかくここまで潜ってあとは眠って消えるだけなのに……」

「待てよっ!!まだ話が!!」


目の前にいるメイラに手を伸ばしたのに掴めなかった。動いていないのにどんどん身体が上に上がっていく。やめろ、待てよ。勝手に追い返してんじゃねぇよ。

「……また来てやるからな!!ぜってえ消えんなよ!!」


叫んでももうこちらをメイラは見なかった。

だけど俺は目があったのだ。
暗くて気が付かなかった。隅っこで小さく体を折り曲げて静かにボロボロと泣きながら俺を見つめていた。


あれは、もう1人の……。


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