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死生契闊
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しおりを挟むだから、許せなかった。
嫌な予感は大体当たる。次第に英羅の口数も減り、会わせてももらえなくなった。
ついに完全に連絡も途絶えて、家に押しかけても誰も出ない。
居なくなってしまった。そう気が付いた時にはもう遅い。
しばらくして担任から聞く英羅の父親の死は二人を絶望させた。自分たちに何も言わず英羅は消えたのだ。
英羅の行方は担任に聞いてもわからないと言われ、父親の葬儀の後に姿を消し警察に届けていると。
英羅には親戚もおらず、手がかりが少ない。
それでも二人は自分たちで探し回り近場の病院もすべて回った。心当たりがある場所もバイト先もすべてだ。それでも見つからず日々だけが過ぎていく。このころには来夏も知秋も全く口を利かなくなっていた。
英羅がいない日々に意味なんてない、まるで捨てられたような気分の日々は最低だった。色もなく、味気もない。抉られぽっかり空いた穴がじくじくと痛むだけ。
そして興味のない卒業式も過ぎ、しばらくして元担任が焦ったように二人の元へ連絡を入れてきたのだ。
英羅が見つかったと。
泣きそうなほど嬉しかった。また自分たちの前に現れた英羅に愛おしさがこみ上げる。今までにない感覚と興奮が自分には英羅しかいないと再確認させる。けれどそれと同時に憎しみに似た何かも感じた。
「死ねなかったわ……」
病室に入った二人に英羅がポツリとつぶやいた。
前よりもずっと痩せ細った身体、傷だらけで首に生々しい赤い線がある。何故かその姿に予想がついていたのは父親の死に方を聞いていたからかもしれない。
手錠のようなもので暴れないように固定されていた英羅は点滴に繋がれ、太陽のような笑顔は跡形もない。
泣きながら窓の外を見て無気力に言う英羅にいつもなら込み上げる愛おしさが今日はどす黒い気持ちを呼び起こさせる。
「……なんで、何も言ってくれなかったの」
最初に口を開いた来夏が拳を握り締めながらそう言った。キリキリと唇を噛み綺麗な顔を歪ませても英羅は視線を動かしもしない。興味すらなさそうにまた自分の話。
「向こうでさあ……突き返された。お前はまだ生きろって。何、何だよそれ……じゃあなんで俺だけを残すんだよ?!言ってる事とやってる事、違うじゃねえかよ……!!」
ボロボロと涙を流しながら叫び出した。怒りを腕に込めガンガンとベッドの壁を叩く。
それでも誰も止めない、痛々しい姿は胸が痛いのにそれ以上の感情が知秋と来夏を襲っていた。心配よりも許せないこの気持ちは、裏切られた気分からきていた。
「ふざけんなよ英羅……」
唸るような知秋の言葉も聞こえない。
「……お前らは知ってたか?母さんの病気が治らないって父さんと母さんは、知ってたって。俺だけ、俺だけ知らなくてさ、バカみたいじゃん……でも生きれるって信じて生きてきたんだって、そんなの……死ぬ前に言ってくれよ……」
知らない。そんなの知らないよ。
可哀想な英羅、大好きな英羅、愛おしい英羅。
「なんで俺も殺してくれないんだよ……!!」
英羅のその言葉で殴られたような痛みが走る。
許せなかった。
自分にこんな感情があるなんて知らなかった。何をされてもどんなものを差し出してもいい存在がこんなに許せない気持ちになるなんて。
「だから、僕を置いて行こうとしたの……?」
「……悲しけりゃ、俺たちの事なんてどうでも良いってか」
みんながみんな届かない思いを叫び合う。混じり合わない気持ちは似通っているのにどんなに投げ合っても届かない。
英羅の目が親友を捉え、見せたこともない自嘲的な笑みを小さく見せる。
「なんで、2人が怒ってるの……」
「お前が一人で消えようとしたからだろうが……何も言わずに……お前にとって、俺はその程度なんだろ?」
「君が居なくなるなら……」
こんな時にこんな事を言うなんて馬鹿げてる。分かってるのにもう止められなかった。秘めていた想いも、捨てられたようなこの気持ちも、英羅の全てを自分のものにしたい気持ちも全部が怒りになって出てくる。
英羅のベッドに近寄る。
近くに行けば行くほどその身体は小さくて細かった。許さない、居なくなるなんて許さない。
「お前が死ぬなら、俺も死んでやるよ」
「君が死ぬ前に僕は僕を殺す……」
酷くていい。
2人の言葉に英羅の瞳からまた涙が溢れ出た。こんな姿になっても英羅の優しさが捨てられないなんて分かってた。だからこそ提示する選択肢が残酷だって構わない。
「……なんで、そんな事言うんだよ」
知秋の指がゆっくりと動き涙を掬う。
ごめん、愛してるんだ。愛してるよりも、もっと重くて痛くて、自分でも分からないものになってる。
居なくなるな、居なくなるなら死んでしまった方がいい。これは本気だ。
英羅がいるなら、それだけで良いから。
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