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暗中模索

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結局その日はまだ険悪そうな2人が戻ってきて俺は追い出された。
呆然としながらも家に着いてすぐに俺が営業でよく行く会社の情報をまとめてたよ。
アパートもより詳しい賃貸情報を集めてその道のりやコンビニ、近くのスーパーの事なんかも書いてさ。

書きながら悪い事してるような、何かいけない事に手を染めてるようなそんな気持ちになりながら。だけど、英羅のためになる事がそれしかなかった。

もしかしたら英羅は俺の懺悔の気持ちを読み取って、だから俺にお願いしたのかもしれない。俺なら願いを聞いてくれると、だけどあんな風にありがとうなんて言われたら何もしないわけにもいかなかった。

次の知秋との仕事の約束はわりとあったんだけど、基本は外ばっかりで知秋も警戒してるのか英羅の話振っても適当な返事ばっかり。
とにかくこのままじゃ英羅に一生会いに行けないからって仕事の期限早まったとかで適当に押しかけた。
そりゃもう知秋の殺気を無視して部屋に転がり込んだんだ。

知秋に早く資料確認してきてとかまたお茶淹れてとかこれまた適当な理由つけて追い払って英羅を探していく。
その日は来夏は居ないみたいで英羅もリビングにいなかった。

「初早希」


あの静かな声で呼ばれるから何処かと思ったら締め切った部屋の中から聞こえてきた。ドアの前に行くと無機質な声が響く。

「今日出られないから、ここで話して」

「出られないって……何で……」

「お前と会わせたくないんだろ」


気にした様子もない口振りだったけど俺としてはびっくりだ。昔から英羅に対しての独占欲は強かったけど閉じ込めるとは思ってなかった。

「だ、大丈夫なのか……?」

「……さっきまでは普通にリビングにいたよ。それで、いきなりきたって事は持ってきてくれたの」

色々言いたい事はあるが英羅が欲しがった情報をまとめたメモを渡す。ドアの隙間から差し込むと英羅が受け取ったのか中に入り込んだ。

小さな声で何回か口に出して繰り返し、最終的にこれであってるかと復唱を始める英羅。まるで自分に落とし込むように。それも一瞬で暗記したから俺は少し驚いた。


「英羅授業中よく寝てたから、勉強苦手なのかと思ってた」

「……勉強は好きだったよ」

なら何故寝ていたんだと言いかけて口を閉ざした。家庭環境的にバイトが必要だったと、頭の片隅に残っていた。
英羅の笑顔や雰囲気から微塵も辛さは伝わってこなかったけど、いつも授業中船を漕ぎ、誰かにノートを見せてもらっては忙しなく学校から帰っていくのを思い出した。

「バイト、大変そうだったもんな。俺ほとんど、お前と遊べた記憶がない」

期待してなかったが当然返事はなかった。
あの2人はどうだったのだろうか。あれほどべったりしていたし家族との交流もあるくらい仲が良かったから英羅の少しの空き時間でも会いに行っていたのかもしれない。

さらさらと書いていく音だけがドア越しに聞こえてきた。すぐにドアの隙間からスッと差し出される紙。


「これは……」


A4の紙にびっしりと書かれたそれは、姫咲 英羅きさき えいら10だった。

両親が死んでからの事を事細かく書かれている。まるで別人の人間のプロフィールだ。教えた情報の会社やそこの人間との自分の接し方、働いている内容、それに対する感情。アパートの部屋の中の状態、家具の位置。喫煙者で、その時の髪の長さ、肌の感触。とにかく全てだった。


「……俺はそこに書いた俺と交代する」

「は?」

英羅の声は落ち着いている。もともと感情の乗らない声がさらに冷たくなっていくから流石に怖くなった。やっぱり俺は間違ったことをしたのだろうか。


「交代って、何だよ……」

「もう人格は出来てる、ピースが足りなくて目覚めさせる事が出来なかったけど。初早希のおかげ、ありがとう」

「じ、人格って」

声が震えていた。
ありがとうってそんな吐き捨てるように言うやつじゃなかったよお前。言いたい事は山ほどあったが、話を促すため言葉を飲みこむ。

「あの2人がただの親友としての記憶で終わっている俺と人格を交代する。そしたらたぶん今の状況も受け入れるでしょ。まあ、反抗はするかも知れないけど」

「何言って……」

「もし交代した俺が困ってたら助けてあげてよ。それ見せても良いし。別に無理にとは言わないけど、いきなりここにきて世界が変わったんだ。頭がおかしくなるかも知れないし……俺みたいにさ」

皮肉のような言い方。
訳が分からない、でも英羅は死にたいけど死ねないと言っていた。だから、人格を入れ替える。

そしたら今の英羅は?



「なら……今のお前はどうなるんだ」

「死ぬんだよ」

自嘲気味な言葉でようやく英羅が鼻で笑った。

ああ本当にいかれてしまったんだと俺は思った。あの2人だってきっと充分やばい部分はある。だけど一番は英羅だったんだって。


「この体は死ねなくても、俺の精神は死ねる。これで、やっと」

それが初めて聞く嬉しそうな声だった。

本当はわかっているはずだ。その死は紛い物で、両親と同じところにはいけない事を。だけど頭をよぎって思わず紙を見返した。緻密すぎるこの人格は何故この設定なのだろうか。


「……何でわざわざ、あの2人を親友だって思ってる英羅と交代するんだ」


緊張していた。今の英羅に踏み込む事がとても恐ろしいことのような気がして。
あの太陽みたいに笑う英羅はどこにも居ないんだってそう思いかけた時だ。



「……2人には、申し訳ない事をしたから」



弱々しい声、でもはっきりと聞こえた。

死にたいお前が、生きてるのが奇跡みたいな精神のお前が、今まで生きてこれたのは同じく狂ってくれたあの2人のおかげなのかもしれない。
深くは分からないし、英羅はあの2人に冷たい態度をしていたけどきっと俺が見たものが全てじゃないんだろう。

「英羅」

それっきり呼んでも英羅は何も話さなくなり、そのうち知秋の足音が聞こえて来る。
とっさに足音の方に向かって叫んだ。

「知秋ー!トイレ借りるなー!」

「……出口から、3番目だ。他の部屋は触んな」


警戒したような知秋の声。
俺はトイレに駆け込んだ。呼吸を整えて、大きく息を吸う。

渡された紙。これを英羅は一瞬で俺に渡してきた。俺が適当に選んだ会社とアパートの情報を一瞬で組み込んだんだ。

一体いつから考えていたんだろう。1人であの部屋で泣きながら考えているのだろうか。

死を願って、親友2人に懺悔の念を抱きながら考えていたんだろうか。



「……やっぱり、お前は英羅だよ……」



優しさを捨てられないなんて、なんて可哀想なんだ。

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