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暗中模索

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脱衣所に鍵をかけ床に座り込み俺はすぐさま初早希に渡された紙を広げる。びっしりと書き込まれた紙が数枚重なっているそれを上から読み始めた。


「……え?」

紙には10年前の事から書かれていた。
母さんが死に父さんが死に、俺は教師に働き口の相談をした。そしてどうにかこぎつけた会社がここに来て最初に知秋に調べさせていた会社だ。
もう何年も前のことなのに、初日の出社の日の光景や、誰の下でどんな事をしていたのかが事細かに書かれている。
つまりテクノ工場で何をしていたか、どんな商品を扱い、1日のスケジュールはどんなだったのか。
渡辺さんに対する態度、同僚への態度、話し方。初日からの変化や日々どんな事を思いどんなふうに過ごしていたのか。
近場のコンビニで何を買うか。アパートの名前も住んでいた部屋の番号、間取り、どこに座り、どんな容姿でどう生活していたか。タバコの事も、お酒のことも、とにかく、全てだ。



「なんだこれ……」


A4サイズの真っ白な紙にびっしりとそれらが書き込まれているのだ。

俺の事だった。
俺の全てだった。でもこれはではなくだ。
何一つ俺の記憶と間違っているものはない。でもそれをどうして初早希が持ってるんだ。

だいたい、知秋も来夏も嘘をついてない。だからこんなものを書ける訳がない。

それに、この文字。

「俺の字だ……」

少し丸目の字は確かに俺のものだ。
でもこんなものに見覚えはない。俺が書くわけがない。だいたい初早希とは今日初めて会ったのだから俺が渡せるわけがない。

つまりそれが出来るのはメイラだけだ。
でも何で、どう言うことだ。どうしてメイラがこんな事をかくんだよ。
そしたら俺は、何なんだよ。


「なに、これ……」


吐きそうだ。これを読んでから心臓も頭も痛い。何かが壊れるようなガンガンとした痛みが走る。

呼吸が苦しい。気持ちが悪い。怖い、嫌だ。父さん、母さん。早く会いたいよ。

怖くなって涙で視界が滲む。それでも紙を持つ手を離す事は出来ない。逃げても、逃げられない。今この紙を捨てたって何も変わらないじゃないか。


そこでようやく初早希の言葉が頭を過ぎる。


壊れないでくれ。


彼は確かにそう言った。
つまりこうなる事を予想していたのだ。俺が押しつぶされるのを見越してあの言葉を残して言った。わざわざこれを渡した初早希は俺に何かを伝えたいんだ。彼の目には意味を含んだ視線があった。



紙はまだ1枚目だ。


一度呼吸を深くする。
落ち着け、大丈夫だ。考えみろ。どうせ俺の人生は変わらないじゃないか。いつ終わらせたって良かったって自分でそう思っていたじゃないか。失うものは何も無いだろう。

それでも涙が流れてきて俺は洗面台で顔に冷水を浴びせた。
そうだよ、今更自分がどうしてこんなに動揺してるんだ。なんでこの紙を見てこんなに切なくなるんだよ。


でも泣いてる場合じゃないだろ。
落ち着け、泣いても泣かなくても事態は変わらない。これがきっと、何か大事な事に繋がってるんだ。

冷たい水でようやく涙が止まった。タオルでゴシゴシと顔を拭き鏡を見る。

俺の顔だ。俺は俺だ。今は、俺なのだ。
何かできるのも俺しかいない。



今度こそ深呼吸を行いまた紙を握る。二枚目は字体が変わっていた。


「これ、初早希の字……か?」




英羅、大丈夫か。
これは俺、初早希が追加で書いてる手紙だ。

ごめんな、びっくりさせて。
これを今お前が読んでると思うと俺も正直びくついてる。普通の顔して帰ったって思ってると思うけど多分その日の営業ボロボロだわ。


「……相変わらず優しいな」


初早希らしい気遣いのある文章のおかげで、ようやく酸素を取り込む事に成功した。

手紙にはまだ続きがある。





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