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試行錯誤

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「英羅ただいま」


いつのまにか寝てしまっていたらしい。お昼も食べて結局また映画を見てまったりして眠くなり、きれいな青空は夕焼けに色に変わっていた。毎日が休日って怖い。
帰ってきた来夏に呼ばれガバッと起きるとずり落ちるブランケット。いつのまにか知秋がかけてくれたようで、その本人はもう居ないが。

「来夏?あれ、知秋は?」

「仕事の連絡するからって部屋に……」

なるほどお忙しい事で。ソファの下からしゃがんで覗き込んでくる来夏におかえりと告げるが何故か元気がない。綺麗な笑顔に覇気がないというか、いつもなら俺の顔を見るだけで嬉しそうにする来夏の眉が下がり気味だ。


「どうかしたの」


無言で首を横に振られた。いや何でもないで見過ごせるほどの落ち込みようでは無いのに。ミルクティーの髪色が夕日に当たって赤く見える。思えば昔も口数が多いタイプではなかったからこうして無言で来夏が気持ちを言わない時があった。

だから俺はそのたびにちゃんと聞き出すのだ。


「言ってくれなきゃ、寂しいけど?」


ソファから降りて来夏と同じ目線になると俯いていた視線がようやく俺の目と同じ高さまで上がった。不安そうな、不満そうな、そんな顔。

「……寂しい?」

「そうだよ、友達が落ち込んでるのに何も出来ないのは寂しい。それに悲しい」

少し驚いた表情の来夏の頭を撫でるとさらに驚いた顔をした。


「本当に、英羅じゃないみたいだ。昔の英羅みたい」


同じ日に同じようことを二人から言われてしまった。
どれもこれも俺なのだが、やはり2人にとって相当今の俺は違うらしい。それに昔の俺が今の俺、なのだろうか。きっとそんな事はない。少しずつ人は変化していくものだ。

「それは、いいのか?」

「え?」

「俺はお前らのよく知る俺じゃなくて、良いの?」

「英羅は英羅だよ」


俺も知秋に俺は俺だと言った。確かに俺は俺だ、二人はこの言葉で納得するけど2人の言う俺が俺なら構わないと言う言葉には何か別の物を感じる。兎に角その言葉だけで全て片付けようとするような。この小さな違和感はなんだろうか。

だけど言葉が出てこなくて先に来夏が落ち込んでいる理由を解決することにする。

「そっか……で、何むくれてんの」

また首を横に振ろうとするので両手で顔を固定。本当にきれいな顔だと感心してしまうくらいに来夏は美人だ。まあ俺からすると仕草が可愛いからゴールデンレトリバーに近い可愛さだが。

「何もない顔じゃないし」

「……怒らない?」

「え、何が。分かんないから怒るかどうかも分からないけどいきなりそんな怒り出すなんて事……あーあれか前の俺は怒ったことがあんのか、これだからメンヘラは……」


俺以上のメンヘラを聞いた事がないので自分には言いたい放題言える。もしもこの場にいるなら正座で説教してやりたいところなのに。

「相当な理不尽でもない限り怒らないと思うけど……それこそ今の俺は高校時の俺なんだろ?俺2人に理不尽にキレたりはしなかったよな?」

そうだけど……と来夏は視線を彷徨わせ、ようやく弱々しく話し出した。

「……今まで英羅とベッドで一緒に寝る事はあったけど、リビングのソファで知秋と寝てたから」

「から……?」

「……そんな事、ずっと無かったのに、すごい気持ちよさそうに英羅が寝てて」

「うん」

「悲しくなった……」

「んー……?」


難解だ。
これが愛とか恋とかが混ざり混ざって監禁と言う答えを出すのだろうか。2人の俺への執着はやはり異常だ。だけど悲しいとか不安な表情は俺だって少しはか軽く出来るはずだ。むしろ俺が一番適役。

それにもしかしたらこう言う小さな不安を取り除く事が2人のためになるかも知れない。


「えーと、そうだな。なら来夏も寝れば良いんじゃないか?今日は来夏がお仕事だったけど、明日はいるんだろ?昼寝でも何でもしようよ」

「……ほ、本当に?」

「嘘つかねぇよ。そしたら、寂しくないか?」

「……うん」


ふわっと、ようやく可愛い笑顔が出たので一安心。来夏の不安は知秋へのライバル心でもあるのかな。昔から人の顔色を伺うところがあったけど、さらに悪化している気がする。ここに来てからの来夏はよく話すイメージが強いのに。

「でもお前、昔よりめちゃくちゃ喋るようになったじゃん。大事なところで何も言わないけど……」

「そ、それは……」

来夏はまた俺の顔を確認して今の俺なら大丈夫だと判断したようだ。


「……英羅が僕がもじもじしてるの嫌だって。それから今みたいな独占欲を出して悲しんだりするとすごい、怒ってたから……」

あ、独占欲だったんだ。
じゃなくて、心狭すぎるだろ俺。ヒモニート引きこもりど畜生メンヘラビッチが人のことあーだこーだ言えると思ってんのか俺。

流石の情けなさに大きくため息をつくと来夏がなぜかびくついてしまう。

「ああ!違うから。ごめん、来夏にじゃなくて俺に対しての呆れと情けなさで気分がブルーに……」

「僕は良いんだよ。英羅がここに居てくれて、たまに名前を呼んでくれるんだから」

たまにかよ。
優しくしろよ俺。もう罪悪感に耐えきれず来夏に抱きつく。めちゃくちゃ力を入れて10年分くらいの気持ちを込めて。

しかも来夏の発言でまた俺の嫌な部分が目の当たりになった。
つまり来夏は俺が気分を損ねないようたくさん話をするようになったし、気持ちも押し込めて言わないようにしていたのだ。そんなの、俺からしたら涙ものだ。 

「え、英羅?!」

「あーあ、もうごめんな。俺まじでひどいやつだな」

「そんな事ない、英羅は何も悪くないよ!」

「いや、悪いだろ。とりあえずさ、よく分かんない状況だけど今の俺はそんな事で怒んないから。何でも話してよ」


背中をポンポンとさすっていると、俺の背中にも来夏の手が伸びてきた。恐る恐る、だけど確かめるように。



「……大好きだよ、英羅」



泣きそうな声だった。


俺だって好きだ。大切だよ。
でも答えたらいけない、同じ好きじゃないから。



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