sweet!!

仔犬

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rival!!!

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氷怜は何も言わずに麗央を見ていた。
ただ見られているだけなのに目を逸らしたくなる緊張感。感情全てが黒い何かで覆われた、底の見えない瞳は怖いのにあんなにも美しい。

この目が泣きたくなるほど好きだった、好きなんて言葉が程度の低いものに思えるほどの感情だった。だからこそ怖いのだ。

でもきっと唯斗は恐れなんて感じた事が無いのだろう。


「だから、今までずっと唯斗を否定していました。俺はその時、いやつい最近まで自分を確立するのに必死でしたから……最初に唯斗とスタジオで会って、素人の彼は全力でやると言ったんです。もう、そこで自分が負けている答えを聞いたのに……」


諦めきれないこの気持ちをただ唯斗にぶつけていたのだ。物おじもせずやり切ると言った尊い精神に負けを認めれば良いものを、それでもまだダメだった。まだ足掻いている途中なのだと意地の悪い欲が囁く。

「唯斗に関われば関わるほど、あの眩しさに抗いたくなった……クラブで2人を見かけた時も絶対に近づこうとは思えかったです。いつか上り詰めてやると、諦めていた人間がです。笑えますね……」


視界が歪む。
情けなさに涙腺が反応してしまう。ここで泣くなんてお門違いだ。涙は武器なんておかしな話、絶対に流してはいけない。

唯斗と何を話しても負けたと感じる、その姿を見るだけで、造形ひとつとっても負けたと思う。だけどまだ自分がこうして話す自信すらもなかった。せめてモデルとしてだけは上り詰めて、これ以上ない自分を作って、ようやくこの人の目の前に立つのだと意気込んで。


でもそれは、ゴールのない階段だ。


大きく息を吐いてグラスを持ち上げる。手が震えていた。側から見ればなんて事はない話なのに馬鹿らしい。


「……それで、そのお前が俺と話そうと思ったって事はケリが付いたんだな」

「え」


氷怜の言葉に麗央は驚いた。
この人は俺の事をカケラでも知っていたのかと。

「は、はい。全ては……唯斗と、李恩のおかげではありますが……」


ぜんぶ他人のおかげだ。
自分自身には結局、なんの力もない。俯いた麗央に氷怜は数秒の間を置いて話し出した。

「榊の実力は認めてる」


当然だ。
いくら口と手が早くても頭と力はある。氷怜達に通用するものを李恩は持っていると麗央には分かる。短い間でも彼のおかげで麗央の身の回りはだいぶ落ち着いたのだ。今日のいざこざですら久しぶりと思えるほど李恩は良くやっていた。

ただ、ひとつだけ、李恩のことで氷怜に麗央は嘘を言った事がある。たった短い会話の中で、焦った麗央は小さな嘘を言ったのだ。知っていたと言うより、勘づいていた事を。

膝の上に置いていた手に力が入った。


「そう、です。きっかけはすべて李恩のおかげ……いくら主人とは言え俺にはあなたの前に居る資格が本当はありません……」

氷怜は黙って続きを促した。

「あいつは……恐らくですが、ボーディーガードをやる前から俺の心情を把握していたと思います。何かを俺に見出したから俺のそばにいるのだと思っています。利益がある、そして彼なりの同士である俺を……つまり李恩が唯斗達を攫ったのは……」


グラスを口付けた氷怜はゆっくりと瞬きをする。
麗央の言葉は何となく予想はついていた。あの男が意味もなくあんなゲームをする訳もない。あれはただの様子見、俺たちを知るための物だ。
少なからずその理由の一つに目の前の麗央が関わっているのではないか、そしてたまたま唯斗達があいつの前に連れてこられたのだと。


氷怜がグラスを置く音に麗央は体を震えさせた。それを見ながらゆっくりと足を組み直し氷怜は口を開く。


「……なぁ、麗央。俺が恐ろしいよな」

「え?そんな事は……!」


唐突な氷怜の言葉に、否定した言葉とは逆に肯定が顔に出てしまった。麗央が死にたくなるような後悔をした瞬間に氷怜の低い笑い声が聞こえた。


「いや、悪い。責めてるんじゃねぇよ」

「あ……」


笑っていた。
初めて笑う氷怜の姿をまじまじと見た麗央は固まった。

彼がいつもサングラスをかけるのを麗央は気が付いていた。それは俺に対する拒絶だと。皮肉な事に麗央にはそのサングラスは逆に安心材料でもあった。怖いほど好きな瞳を自ら見なくて済むからだ。

だけど、今はその男が別人のように優しく微笑んでいた。カウンターで話す唯斗に視線を向けたその横顔を呆然と見つめる。


「恐ろしいと思うのが本来の俺だと、俺ですら思う。だけど、あいつが関わると少しは違うらしいな……ははっ」

「あ、あの……」



吹き出すように笑い出した氷怜に目眩がしそうだった。何が起きているのか、自分はこれでもかと拒絶され、少しでも勘づいているなら話すべきだったのに、李恩の唯斗達を巻き込んでチームを襲うような行動をと嘘をついた自分に目の前の男が何かしらの沙汰を下すと思っていたのに。

それなのに、まるで少年のように笑っている。



「前の俺ならこの場すら、話す事すら無かったと思うよ。麗央、お前とは」


その言葉には麗央が驚く事は無かった。
この場に入れるのはあくまでも李恩の恩恵に受けているようなものなのだ。

「ただ、頭も力も使える奴をそばに置くのは間違ってない。だから榊を選んだお前をそれなりに認めてる。そして何より、唯斗が認めたお前を俺は否定するつもりもない」

さらに氷怜は続けた。

「……笑えるだろ、自他共に認める冷酷な俺をあいつが変えてる」


ああ、完敗だ。

仕事上で微笑む彼を見た事はあるが、眩しく、屈託なく笑う彼を見た事がなかった。
そしてこんな笑顔を氷怜にさせる唯斗を嫌いになんてなれるわけがない。

大きく息を吸って、ようやく通常の呼吸が戻ってきたのを確認する。

最後にこれだけをちゃんと伝えたかった。
李恩もこんな気持ちで伝えたのだろうか。

ただ、伝えたかった、それだけだ。


「……俺は貴方に、人生で初めて一目惚れをしました。おこがましくも」
  

ようやく手を挙げることができた。もう登る階段は無い。ああ、なんだこんな簡単な事だったのに。俺は馬鹿だ。

いつのまにか麗央の頬に涙が伝っていた。一粒だけ。ようやく伝えられた開放感が喜びとばかりに流した、最初で最後の涙。

氷怜はそれを拭わなかった。自分のすることでは無いからだ。ただ聞いて、答えを返す必要もない。その代わり麗央に微笑む。


「何を思おうが自由だ。俺はあいつが良いならそれで良い」

「ありがとう、ございます」


麗央も初めて氷怜の前で小さく微笑む事ができた。この人の前でこんな穏やかに言葉を出せるなんて知らなかった。まだ見慣れぬ上機嫌な氷怜がさらに言葉を続ける。


「なぁ。俺とお前は同じ経験をしてる」

「え?」


可笑しいと上がる口角を麗央は目を大きくして見つめていた。


「あいつの笑った顔に、たった一瞬で俺が堕ちたんだ。一目惚れなんて確かに笑えるが、存在するらしいな」



そう言った氷怜が何よりも眩しく笑うだけで、麗央にはもう許せないものは無くなっていた。








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