sweet!!

仔犬

文字の大きさ
上 下
283 / 379
word!!!

8

しおりを挟む

榊李恩は相変わらず全身真っ黒で、あの蛇のような目だけが笑っている。ぎょっとした俺が立ち上がろうとするがお腹に回った手が邪魔をした。

「だから大人しく、だよ優」

「でも」

そんな微笑まれても俺が猫ならシャーシャー威嚇したっておかしくない相手なのは分かっているはず。しかもその隣で見たこともないくらい目をキラキラさせた麗央さんが立っていた。


「何であの2人が……?」

唯が驚いて思わず人差し指を向けてしまうも秋が無意識にその指を掴んだ。ナイスプレーに誰も反応する事もなく、麗央さんが興奮気味にそれでも気持ちを抑えたように顔を綻ばせた。

「は、初めまして、俺は当麻麗央とうまれおです。まさか、呼んでいただけるなんて……!」

赤羽さんがこうして連れてきたのだから呼んだのは分かるが、呼ばれたからと言って榊李恩までのこのこ来る事が信じられない。見上げれば暮刃先輩がいつも通りの優雅な微笑みを見せる。

「彼はね、うちのお得意様なんだって」

その間も麗央れおさんはずっと一点だけを集中的に見つめていた。それはもう、熱い視線で、陶酔し無我夢中な。その先にはもちろん氷怜先輩がいるが先輩にしてみればあれくらいの視線日常なのだろう。嫌っていた唯が隣に居るのに見えていないほどの愛でも無反応だ。

暮刃先輩は俺を抱き直し横に向けていた身体を真正面に戻す、ようやくまともな体制で対面ができる。と言っても足の間に座っているから間抜けさは変わらないかな。


「そしてね、榊の雇い主なんだよ」


何となく、撮影の時に一緒にいたし麗央さんの命令を聞くような雰囲気があったから雇い主と言うワードに違和感は無い。
瑠衣先輩はようやく笑いが収まり、ことの次第を意味ありげな笑みのまま見つめていた。今まで黙っていた口を開いた氷怜先輩が足を組む。

「……麗央、だったな。懇意にしてもらっているところ悪いが、お前の連れが俺たちといざこざを起こしてたってのはもう聞いたな」

少し新鮮だと思った事は氷怜先輩の態度が麗央さんに対して完全に線を引いている事だ。表情も動かさなければ感情も出さず、俺たちがいる場面では珍しい。

でも理由はよく分かる。

「名前、呼んでもらえた……」

麗央さんに1番近かった俺にはその小さな言葉が聞こえた。もう少しで泣いてしまいそうなほど嬉しそうに。ハートとか星とか、とにかくそんなキラキラが目の周りに飛び交って、恋する乙女を体現したらまさにこれだ。
だから態度を変えない事が麗央さんへの気持ちを下手に触らない策なのだろう。

「だけど、別に通うなとは言ってねぇ。主人のお前が躾出来るなら問題なくここに通えるんだ」

「もちろん、言い聞かせます」

氷怜先輩の言葉に頷き両手を胸の前でギュッと握った麗央さん。そして恋する乙女モードから一転、榊李恩をキッと睨むと強めの口調が飛び出した。

「ねえ、もう二度と天音蛇さんのモノに余計なことしないで。李恩、これは命令」

俺はコーラを飲みながら苦笑い。
そんな簡単にやめろと言われてやめたら今までの苦労はなんだったんだろう。大人しく頷く筈がないと思っていたら榊李恩と目があった。

「はいはい、お姫さま」

しかも、鼻で笑った。

「いや、ちょっとこの人本当に性格悪いんですけど」

俺が暮刃先輩に訴えると体が揺れる。なんだと思ったら暮刃先輩が笑いを堪えたせいで起きた震えだ。笑うところじゃ無いんですけど。

「ハイは一回でいいから」

「それは失礼」

麗央さんと榊李恩のやり取りにもう頭が痛くなってきてもう一度冷たいコーラを流し込む。
掌を返したように麗央さんにむかって榊李恩がわざとらしく頭を下げたけど、なんならこっちに下げてもらいたいくらい。いまだ笑ってくれちゃう暮刃先輩の頬をつねって更に訴える。

「いくら雇い主を介してこの場で約束させても、あんだけ性格歪んでる人の言葉信じるんですか」

口の悪さは承知の上で不満と不安は全て伝えておく。なのに、結構真剣に話している俺に暮刃先輩は気の抜けることを言う。

「へえ、彼にはずいぶん素直になったね。妬けるなぁ」

「何言ってるんですか、あの人にはそれだけの対価を支払ったつもりです」

「優たん……!!」

笑い出してしまった瑠衣先輩をどうどうと落ち着かせる秋。みかねた唯が手をあげると俺を見る。

「えーと、あ、ほら、優は榊さんの掴みどころがない感じが余計に不安なんでしょう?」

そこを教えて?と微笑まれ、こういう気遣いに関しては唯は流石だ。でも話の流れに唯ですら苦笑い。

そうか、思えば先輩たちってそこまで榊李恩への嫌悪がなかったんだ。連れ去られたあの時も俺たちが珍しい反応するから結果喜んでた。

「何となく……俺への興味が本当は無さそうだし、かき乱すのは本当に欲しいものが手に入らないから適当な人間で欲を見たそうとしてる感じがして。だからと言って簡単に物事を諦めるような性格じゃなさそうだし。そんな人の言葉を俺は信じない」

「いうねぇ。でもその勘のいい所とあんたの見た目がタイプなのは本当だけどな」

榊は自分のことだと言うのに相変わらず小馬鹿にする態度。がまん、がまんがまん。

しかも俺が耐えているのが面白かったのか暮刃先輩がまた笑った。あれだけ嫉妬してた人が俺が腕の中にいるからってずいぶん余裕な事で。

「暮刃先輩……」

「怒らない怒らない」

不機嫌丸出しでも今の暮刃先輩には効かないらしい。本気でつねってやろうかと思ったら突然瞳が鋭いものに変わる。

「優にキスしたことは腕折って欲しいって俺も思ってるから」

あ、いえ、俺はそこまで思っては無いです。

でもそんなこと言うこの人が大丈夫だと思うからには理由があるらしい。

だけど意外なところからフォローが来た。氷怜先輩にしか向かなかったお人形のような瞳が初めて俺に向いたのだ。

「まあ、あんたの言い分はもっともかな。それに的を得てるよ、コイツの性悪は俺も知ってるつもりだから安心してよ。それに俺は絶対に約束は守るし守らせる」

至極真面目な回答だった。その瞳に嘘がなければ迷いもない。撮影の時もそうだったけど、自分の意思がはっきりしているタイプだ。

やっぱり嫌いになれそうにはないなと思ったところで、とんでもない話しが最後に来た。


「だいたいコイツは初恋を拗らせすぎなの」


いま、何て?
しおりを挟む
感想 179

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

処理中です...