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しおりを挟む「はやく会いたい?」
放課後、唯ににっこり笑われてしまえばその通りと頷く他ない。
先輩達は最近学校にも殆ど顔を出していなかったし、秋と唯はそれぞれ連絡は取っていたらしいけど口を揃えてなんだか忙しそうと言う。
式も桃花も撮影の日以来あまり話す時間が無かった。そこに疑問はあったが赤羽さんにより謎が解ける。ようやく会う決心がつきクラブに向かう道でまたもや攫われるように車に乗せられた。ミラー越しの彼は一層含みがあるから不思議だ。
「毎年クラブをオープンした日にレセプションパーティーを開いているんです。それが今日」
「学校で言えば創立記念日、的な……?」
「そんなものですね」
唯の言葉にクスリと笑って見せた赤羽さん。
イベント前にあんな雑誌に載ったという事はかなりの人が来ているのではないだろうか。しかも俺たちもそれなり顔が知れた今。ああ、なんだか緊張してきた。
それでもお喋りであっという間に過ぎた時間により久しぶりのクラブに到着。中に入らなくても漏れるリズム音が緊張を煽る。中の人達はこの音で楽しさを増すと言うのに。
「優、大丈夫だって。もう怒ってないんだからお互い」
「うん」
お互いに怒りがあるから拗れたわけではないのだ。落ち着いた今ならそれはよくわかる。だからこそ難しいのだけど、ここからはもうどれだけのプレゼンが出来るかに関わってくるような気がした。
「難しい顔してるなぁ」
裏口を唯が開けてくれ、俺の背中をさする秋が先に足を踏み入れると音楽がさらに大きくなった。
「2階のいつものシート席に居ます。捕まったら中々抜け出せませんよ。ちゃんと話すならスムーズにあの人たちの元へ」
「そうしたいのは山々だけど……」
裏口から行くという事は結局一階のフロアを通らなければならない。
赤羽さんがフロア手前のドアの所で後ろから俺たちに言う。今日も爽やかな笑顔の彼は、珍しく厳しい言葉を俺たちに向ける。
「そう、上手く交わして。それくらい出来なければ今回の行動は仇になりますよ」
俺たちもあれだけクラブにいた訳で出没する事は周知の事実。しかも学校まで見に来てくれる人が居る今、どれだけの人が俺たちを知ってここにきているかは未知数だ。驚く事だけどそれなりに意識しないといけない。
秋がんーと考える素振りをして腕を組んだ。にっと笑った笑顔にすこし安心する。
「それなりに得意だったよな」
「イエス!やるときはやる男だよおれは」
そう言って豪快にドアを開けた唯。
当然視線が一気にこちらに集まった。流れる爆音など見向きもせず、俺たちを見て驚き、それから歓喜の目に変わり、ようやく口が動く。
「唯くん?!」
「秋も優も、実物顔ちっちゃ……!!」
知り合いも居れば見たことない人も近寄ってきた。途端に歩く道がなくなる。このままだと進めなくなりそうだと思ったとき唯が受け応える。秋も一瞬驚いたものの期待に応えるように言葉を交わしていく。
「本当にここ通ってるんだ!」
やはり、見る目が変わった。
今までもここに居る高校男子3人組はそれなりに目立っていただろうけど、大人が多いから弟のように可愛がってもらっていた。俺たちも慣れてくる頃には友達のように接していたし、学校で過ごすのと大差は無かった。
だけど確実に少し遠い距離から関わりを持とうとしている人が多い。好機の目、確かめるような、憧れるような、恋のような瞳、逆に少し疎ましそうな人も。
囲まれた数人に微笑むと目の前の男女が呼吸を止めたように俺の顔を見る。二十代前半の彼らはもしや俺たちのファンなのだろうか。そう思っていたら、話しかけられたと嬉しそうに騒ぎ出す。
うーん、年上に言う事ではないがものすごく可愛い。
「ごめんなさい。俺たちあの人達に用があって」
指差した先で先輩達がこちらを見ているのが分かるとあの人達と友達なの?という尊敬の眼差しだった。慣れてしまったけど、最初の頃はあんな人達と仲良くなれるだけですごい人だと思っていたし当たり前の反応かも。
「やっぱり、あの人達と繋がりあるって本当なんだな。派手な生活してそうだし相当遊んでんじゃねぇのか。高校生のガキが」
だけど数人後ろから聞こえた話は尊敬とは真逆だった。
嫌そうに言う感想だけど、わざわざ近くまで来て俺たちを確認しているということは、新参者にこの場を取られるような感覚があるのかもしれない。そういう人もいるのは当たり前だ。
「あらら」
秋と唯にも聞こえたらしく瞬きをする。
目の前にいた数人が慌て出した。
「あ、わ、私は3人の私生活なんて知らないけどそんなイメージはなくて!こうして目の前で見ても、おしゃれでやさしくて、可愛くて、あの人達が言うような事、思わなかったよ」
必死にそう言ってくれるその子は俺がお勧めしていたブランドのネックレスをつけていた。よく見たら他の人も服や髪型は秋や唯が持っている物やヘアメイクを真似している。嬉しいな、こんなに優しい言葉までくれる。
「ありがとう」
唯が答えると嬉しそうに頷く。
「ううん、邪魔してごめんね。行ってらっしゃい」
道を開けるように一歩引いてくれるみんな。その先に暮刃先輩がいるのだ。視線の先の彼は笑っているように見える。
「いきなりスター気取りだな」
また聞こえてきた言葉。
注目が苦手だったのは勝手にそう決め付けていた口癖のようなものだったらしく、注目されてつけられる嬉しいイメージもこの悪いイメージも案外嫌な気分にはならなかった。
振り返って微笑んだ俺と視線が合い、怪訝そうな顔から気まずそうに顔が歪む。目線をそらされる前に唇に人差し指を当てた。
これはいつかやっていた暮刃先輩の真似だ。
イメージはご自由に。
「なに……」
驚愕の表情とそれを見ていた周りが騒めいた。ちょっとだけ、いけないことをした感覚に思わず笑ってしまう。
ああ、これがあの人達の普通なんだ。
だからこういう時微笑むんだ、暮刃先輩は。
二階に上がっていく階段から先輩達は俺たちに気づいているはずなのに特に動く様子はなさそうだ。ただ目だけが語っていた。やっときたなと。
「そんな美味しそうなご飯なのに、全然食べてない!」
一歩先で階段を上りきった唯が1番に声をかけた。周りのこちらを見る目が今話題の人間とここの支配者の交わりに注目している。こんな時でも態度が変わらないのは唯の武器だな。
「お前こそ痩せたんじゃねぇの」
ソファの横に行く唯斗に氷怜先輩が顔を少し上げる。久しぶりの低い声は俺まで安心してくる。唯と視線が合うと彼はようやく笑った。
「え、そうですかね?バイトも忙しかったからかなぁ」
「ほら食えよ」
「わーい!でも、まずは氷怜先輩」
お肉をひとかけらフォークに刺しゆっくりと氷怜の口に運ぶ。何かを言いたげな目の氷怜先輩が諦めたように口を開いて赤身のステーキに噛みつく。飲み込むと2人で同時に小さく吹き出した。
腰に氷怜先輩の手が回り、唯斗を肘掛あたりに腰掛けさせる。秋もソファの後ろから瑠衣先輩に近づくと背もたれに腕と顎を乗せる。
「瑠衣先輩は……相変わらずえげつない食べ方してますねぇ」
「冷たい誰かさんが謎の捨て台詞で家出するから傷心してヤケグイしてんのー」
「ええ、似合わない言葉並べて……」
「少し見ない間にナマイキ度増したー?」
ケーキを秋の口に突っ込んだ瑠衣先輩は途端にゲラゲラ笑い出す。
4人を見ているとやはり付き合わせてしまっていたのだと思う。嬉しそう、良かった。
そうやって呆然と見ていた光景がいきなりブレる。立ち尽くす俺を背中から押した唯がいたずらそうに笑っていた。
「ほら!!」
反動で一歩前に出てしまい。勢い余って何度も抱きしめられたその腕に入ってしまった。花のような香水の匂いが久しぶりで、ずいぶん甘く感じる。
睨むために振り向くとにやにやと笑う秋と唯。2人は後で叱ってやると心に決め、顔を上げる。
相変わらず綺麗な顔は崩れる事なく微笑んでいた。グレーの瞳は何も宿していない、それにやっぱり少し痩せた。
「疲れてる」
困ったように笑った俺に暮刃先輩がゆるく微笑む。伝えるべき想いなら心に並べ上げている。
後はもうそれを読むだけだ。
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