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仔犬

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会ってはいけない。
なんて約束はしていないからもちろん会って良いんだけど、自分たちから飛び出してしまったし、先輩達も忙しそうでおれ達もやっぱりバイトがあるしタイミングもなかった。

「おかえり」


だから余計に機械越しの声なのに安心と愛おしさで胸がキュッとなる。


なんだか色々とあった撮影は終わり、ようやく帰宅した夜。データを見せてもらったけど、さすが柚様。自分とは信じられないほど魅力的な写真ばかりだった。
優も少し安心したのかほっとため息。これがいい方向に動けばいいねと頷いてた。

その後は結局みんなに家まで送ってもらって、チームのみんなはクラブにそのまま行き、秋優のふたりもお休みを言いそれぞれの隣の自宅へ。
椎名に撮影の報告をしながら夕食。お風呂で癒され、リビングのソファで日課のパックをしていたらお馴染み犬の鳴き声。

椎名がくすくすと笑いながら私もお風呂に入ってくると廊下に向かって行ったのを見送りつつ光るスマホを持ち上げて通話ボタンを押す。

「どうだった」

そしてどうせ知っているんだろうと思っていたけど案の定氷怜先輩から撮影の話をいきなり聞かれたのである。
おれ達のどこまでの行動が報告されているのか興味深い。

「楽しかったんですよこれが~!」

「そうか」

文字にするとそっけない返事だが転がすような笑い声は相変わらず低くて落ち着くんだよこれが。おれは嬉しくて報告を続ける。

「でもあの人!榊さん!が来てびっくりしました。麗央さんって可愛い人と一緒にいてボディーガードらしくて……ってもう知ってますかね?」

「ああ、相変わらず榊の方は情報が少ないけどな。その麗央ってやつはそれなりに業界じゃ有名らしい」

「そうなんですよー、おれ知らなくてよくよく見たら今まで見てたいろんな雑誌に載ってて、超綺麗で可愛くて感激!」

どれもこれもとにかく品よく綺麗に写っていて、それにアゲハさんが熱を上げる可愛さにはもう共感の嵐だ。すっかりファンの勢いだが、今日のことを思い出しがっかり。

「まあ……ものすごく嫌われていますが」

「お前が俺のもんだからか?瑠衣から聞いた」

おれを男だと知らなくて、女の子と思って接していた人に男ですと報告して落胆させた結果、怒られてしまったと言う事はあるが、そもそもおれのこと男だとわかっているように見えたし、おれに詳しそう。だから本当にライバルという敵認定の末嫌われているのだ。

「いや、でもやっぱりあの嫌われ方は清々しいかもしれない」

「ふっ……」


笑っている。
機械越しに震えるような声。恋人が盛大に嫌われているというのに。とは言え嫌われていてもする事は変わらないのも事実。

「呑気なやつ。どうせお前は嫌いじゃ無いんだろ」

「そうなんですよ。仲良くなりたいなぁ」

「ほらみろ」

難しいかもしれないけど、アゲハさんの親友でモデルさんとくればもう聞きたいことや話したいことが山ほどある。雑誌を優からたくさん貸してもらったらインタビューなんかも見つけたのだ。
その中に自分なりの美への追及だったり、視野の広げ方だったりあのモデルへの熱意は氷怜先輩へだけでなくモデルが好きだからこその気高いプライドがあるのだと痛感した。

パックを外して鏡をチェック。うん、今日もいい感じだ。

積み重ねる大切さをおれは知っている。
やはりその努力が好きで堪らないから麗央さんに嫌われていたとしても嫌う理由にはならない。

「今回は突然の勢いで口を挟む間も無かったですけど、おれもコミュ力と美容知識なら自信あります!目指せ仲良くお話し!」

「へえ、俺とは会わないでそいつとは会う訳か。随分と余裕のある男になったもんだな唯斗」

「う、え?!え、えと、優と暮刃先輩がお互い納得いく形で話し合ってほしくて、それにこれっておれ達にも関係あると言うか……いや、もちろんもう今すぐ氷怜先輩には会いたいんですけど」

「ああまさかこの俺がこんな1人の夜を強いられるとはなぁ」

「ぬああ、ずるい言葉が撃ち抜いてくるう」

見えないのに分かる、絶対遊ばれている口調だ。それが分かっていても、可愛い、ずるい、会いたい。そう思わせる煽り文句。おれは近場にあったうさぎのぬいぐるみを抱きしめ堪えるが予想通りクツクツと笑い出した氷怜先輩。


「いいよ、付き合ってやる」

普通ならこんなわがまま怒られたって当たり前なのに、この人は変わらず受け止めてくれる。おれが尊重したい親友の気持ちをこんなに暖かく。

「ありがとう、ございます」

「ん……お前らがやりたいようにやれよ」

はあ、また会いたくなる言葉を投げつけてくるし。
むくれたおれはうさちゃん抱きしめたままソファに倒れる。それこそ電話で話してはいたけど、今まではなんだかんだ普通より会えない分学校でも少しの時間を作って毎日会いに行っていたのに。

「……あーあ、はやく仲直りしないかなぁ」

「どうせすぐするだろ。しなくても暮刃が優夜簡単に手放せるほど人間出来てねぇ」

「優も暮刃先輩の事おれからしたら驚くくらい好きですよ。だってクールにクールじゃない事してるんで」

「なんだそれ」

また笑い声が耳に響く。
優もおれも秋もここまで懐いている人は居なかった。
誰とでも仲良くなるしみんな大好きだけど結局3人で居てしまう。それなのにいつのまにか大所帯になっていたのだ。

「優って人の数倍頭を使うし、同じこと繰り返さないためにどうしたらいいのかとか。打開策とかふたりの折り合いをつけて探してるから暮刃先輩とぶつかるんですよね。大切だからぶつかってる、いい事だけど余計に難しいなぁ」

「お前は……?お前だったらどうするんだ」

まさかその質問が自分に来るとは思わず瞬きをゆっくり一回。でもおれだったら?いや、おれだったとしてもこれは変わらない。思わず上がった口角は氷怜先輩に似ていたかも。


「同じ事しますよ。今回みたいによりいい環境作りを目指して愛を示します」


今度は笑い声は聞こえなかった。それなのに笑っているのが分かって、おれも笑ってしまった。少しは男らしくなれただろうか。


「なら俺は、お前を存分に可愛がってやる」


まだまだこの男には勝てそうにない。
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