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仔犬

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「いちにーさん、で右左右にステップ」

「こんなのやってたんだ」

「速過ぎてよく見えないんだよなぁ」


秋が好きなダンサーの動画を見ながら真似したり、難しい踊りを踊る秋を鑑賞したり意外とすぐに時間は過ぎる。柚さんはちゃちゃをいれながらも撮ることをやめなかった。

「よくそんな細かいこと遊びでやれんな!ムリムリ!足がもつれちゃってウガーってなるわ」

「柚さん運動出来なそうですもんね」

「言うねえ!」

唯の言葉も軽快に笑い飛ばす。
体型からは考えられない程パワフルに話し続けるのでスタジオ内でもよく響く。髪の間から目が合うとにっと笑われた。


「そうなんだよなぁ、喧嘩もできない俺をあの人達意外と受け入れてくちゃって、好きに写真も撮ってたら構ってくれるんだからギャップ萌がやばいんだわ」

「先輩、チームの人大好きですよねぇ」

「でもまあ、暮刃さんと瑠衣さんは飄々としてるから正直よくわからない色してる時もあったけど、久しぶりに会ったら随分見やすくなってて驚いたわ。これ、お前らが来てからな」

「見やすい……」

「普通に言うなら、分かりやすい?」


最初から分かりやすかった。
と言う俺たちの意見はやはり一般的じゃないらしい。


「ほら、柚さんがこうですからね」


柚さんと入れ違いで外に出ていた赤羽さんがいつのまにか戻ってきていた。相変わらず気配がない。

「遅かったですね。やっぱり用事あったんじゃ」

「いや、別件です」

それってつまり用事ですよね。そう突っ込む前に爽やかに笑った赤羽さんに何故か柚さんが不満げにカメラを向けた。


「お前の爽やか笑顔は撮ってもつまんねぇんだよなぁ」

「失礼ですね、柚さん」


そう言う割にたいして気にしてもいない様子。
彼は確かに厚い壁があるなと俺も最初は思ったけど、壁と言うより一歩引いて周りを見て、それを楽しんでいる事を最近確信した。


「赤羽さん人間味ありますけどね。いつも楽しんでるし」

唯も秋も賛同らしい。
はいはいと手をあげる。

「今日もさ、カフェ来て赤羽さんコーヒー頼んでくれて飲んだ時ふって優しい顔したよ。春さんの淹れたコーヒー美味しいからね~」

「この前連れ去られた時も焦ってたらしいし?」

「スーグ面白そうな顔するし」

「……マジ?」


思わずまたシャッターを切る柚さんに赤羽さんは変わらぬ笑顔。


「俺も人から生まれましたから」

「お前は色まで隠すんだ。何の色もないしつまんない!」

「鍛えればどうとでもなりますよ」

「俺が見えてるだけのもんどーやって鍛えるんだよこえーよ!」


この2人面白いかもしれない。柚さんゴーイングマイウェイなのに赤羽さんといると真逆になる。何気なく鏡の前に座ったら赤羽さんもしゃがみ込み、白い歯を覗かせて微笑んだ。

「柚さんを出すのは意外でした。もっとこう反抗的な事をするのかと」

「……無謀なことをって思ってます?」

「いや、今1番有効かな。あの人達、反抗したら丸め込もうとしますよ。あの手この手の甘い罠とかで。それはそれで必死さが楽しみですけど」

「今日も楽しそうで何よりです……」


それでも赤羽さんに有効な手段だと言われるなら、もう少し自信を持って良いはずだ。 


「やっぱり……いいな」

先ほどまで騒いでいた柚さんはカメラを覗くとすぐに自分のペースでのめり込んでいた。この人も唯と瑠衣先輩と同じひとりっ子ではと俺は睨んでいる。

カメラのデータを早回しのように見返して、ピタッと1枚で手が止まる。唯が手元を不思議そうに覗き込んだ。

「柚さん?」

「……てかさー個人的にやるのもいいけど、どうせなら大っきく動いた方が良くない?今の人脈改めて見てみろって、チームに気に入られた時点でかなりのもん持ってるぜ?何てったって氷怜さんが元になってる。あの人が人脈に関してどれだけ力入れてるか知ってるだろ」

ものすごく早口でその長文を述べると柚さんはどう?と俺たちに聞いている。つまりそれはと答える前にさらに言葉が続く。


「そんでさー写真に関しては俺もいるしー、紫苑も取られ慣れてるし秋のダーリンに至っては瑠衣さんだからプロがいるじゃん?」

「ダッ……いや、はい、まあ」


秋はダーリン呼びに喉をつまらせたように固まるが話の続きを促すために我慢した。唯が首を傾げて手をあげた。

「それで……?」

「ま、俺がやりたいだけだけど……」


オーバーサイズのフーディパーカーのポケットから取り出したスマホで、取り付く間も無く電話をかけ始めた柚さん。唯が驚いてその腕に手を添えるがにっと笑い返すだけだ。
 

「あ、もしもーし。俺だけど、ちげえよ俺だよ。ウケるわ俺の携帯でなんで他人がかけんだよ。いや、そんな事どーでもいいからさ!前の雑誌の話、そうそれ、モデル俺のお墨付きに決めるから。あーうるさいうるさい!見ればわかるって、じゃーな!」


静かに見守っていた俺たちは電話が切れても何も言わない。赤羽さんが笑みを深くして次の言葉を待っていた。

静かにスマホをしまった柚さんは首に下げていた一眼をまた持ち上げ、パシャリと1枚、最後に悪戯の笑顔で。




「かましてやれ、お墨付きどもよ」





いつも最後まで笑っているのは赤羽さんだけだ。



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