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しおりを挟む「腕あげて下さい」
布の擦れる音が心地よくて耳を傾けると外からも楽しそうな声が聞こえてきた。太鼓の音、笛の音、楽しげな子供の声。
真剣な表情で最後の工程を終えた桃花が微笑んだ。
「終わりましたよ」
「桃花……」
「はい?」
「天才!!」
鏡に映る姿は寸分の乱れも無く綺麗に着付けられ、髪をまとめて流せば身も引き締まる。
気分も上がってがばっと桃花に抱きついたらせっかく着せ付けたのにと怒られてしまうが、迷いのない手つきにおれは感動しているのだ。
「桃花が和物が好きな理由がよく分かったよ~」
「好きと言うか落ち着くんですよね、家がこうですから……」
襖を開けても開けても見渡す限りの座敷、横に広いこの家は詳しくないけど寝殿造りとポロリと言われた言葉が頭を回っている。着替えるために通されたこの部屋だって2人だけにしては広すぎる。立派な掛け軸も品の良い生け花も触れてはいけない雰囲気だ。
「これまた広いしなぁ」
「まあ、狭くはないですよね……」
桃花自身もこの広さに困っているのだと言う。
石の階段を登りきった上にあるこのお家は目印のように大きな赤い鳥居があった。途中で通り過ぎた日本庭園はこぞって外国人が観光に来そうなほど広く美しいものだったし、何回角を曲がってこの部屋にたどり着いたか分かったものではない。
「もう早く言ってよね!お家が素晴らしい日本家屋で……しかもこんなに大きな神社の持ち主だったなんて」
桃花もおれたちと初詣に行けて家族とも過ごせる完璧なプランの仕組みはつまりそう言う事。この地域の誰もが知っている、さらに言えば遠くからだって初詣に来る人がたくさんいるはずだ。それほどの大きな神社が桃花のお家だったなんて。
「祖母の物ではありますが……タイミングを逃してしまって」
「あ、桃花のおばあちゃん!」
おれが知っている桃花おばあちゃんの情報と言えばなんだか色々視える人だ。それも詳しく聞きたいところだが、おれが知らない桃花の事を最近になって知り飼い主として、師匠として、とてもしょんぼり。
「最近桃花の新発見ばっかりでさ、あんなに電話もしてるし直接会ってたのに不甲斐ないんだよねぇ……」
「そんな事ないです!どれだけ救われているか……ただ唯斗さん達忙しいですし、色々ありましたからねお互い」
「騒がしい飼い主で申し訳ございません……」
「と、突然ネガティブ入れるのやめて下さい……えっと、ほら、みんな終わりましたよ!」
慌てた桃花ががらっと開けた襖から3人が笑って手を振っている。薄い落ち着いた水色やグレーの格子柄、淡い緑の花柄だったり、桃花の手によっていい男に仕上がった親友達がそこにいた。
最後に着付けてもらっていたおれの元に3人が駆け寄る。
「唯可愛いじゃん!」
「白いいね」
「意外と動きやすいわ。サンキュー桃花」
みんなの着こなしにキュンとして、流石に落ち込みも吹き飛んで飛びついた。桃花は着なれているせいか所作に迷いもなければその綺麗な顔によく似合ってる。4人まとめてぎゅっとして叫ぶ。
「みんなもカッコいい綺麗可愛い!」
「適当な賛辞だな!」
秋は軽いチョップの後にいたずらっ子のニヤリ顏でおれの白の着物をつつく。
「てっきり唯は女の子の可愛い着物かと」
「いやいや、女の子の邪魔しちゃダメよ!」
「変な気遣いもあるもんだな……」
美しい着物を着る女の子の横に立っても映えるように綺麗な格好を。ま、年明けのおめでたい日だし単純に男物の着物が着たかったという普通の理由もあるけどね。
「そろそろ行きますか」
木造りの廊下を抜け、表に出ると青い空が広がっている。
昨日まで降っていた雪はすっかり止んで地上に白いプレゼントを残していた。風は冷たくても心は弾んで、履きなれない下駄も愛おしい。
「2人はちゃんと寝たの?」
「実は俺たち先に返してもらったんですよ。片付けなんかも残る人がやってくれて……あの方達は大いに暴れてたので分かりませんが」
「うわあ……」
遠い目の優が空を見上げた。
先に桃花の家にお邪魔させてもらったおれたちは着付けをしてもらい、このあと先輩たちと合流するのだ。実はクリスマス以降先輩達に連絡は取っていても会えてはいない。
騒がしく過ぎた年末はついに新しい年を迎え、そんな今日やっと会えるのだ。
「先輩達何着てるかな楽しみだなぁ……!」
「ぜーーったい目立つんだよな」
「先輩達めちゃめちゃ派手なの着てきそうだしね……」
おれたちの会話に式と桃花がこれでもかと顔をしかめた。
新年早々そんな顔良く無いぞ。
「どうしたの」
「いや、もうお前らだけでも目立ってるから……なんで新年早々こんなに」
「まあまあ、いざとなればうちに駈け込めば大丈夫だし……」
「だけどなあ桃花」
「それが似合うから、元々そうなんだよ」
「そうだとしても!」
なんだか煮え切らない式と諦め気味の桃花。2人の心情はよく分かないけど、原因はおれたちの髪の毛なのだろう。
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