sweet!!

仔犬

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christmas!

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笑顔が何のためにあるかを耳が痛くなるほど言われ、氷怜達は貼り付けた笑顔でこなしていた。
少しでも不機嫌さを出したら凄まじい笑顔でサクラに何を言われか分かったものではない。

「あ、あの……」

緊張で震える女性に氷怜が数ミリ上げた口角で応えれば、悟った彼女は静かに下がった。それでもその顔は恍惚と目がとろみ、気分を害したわけで無い。

笑顔とは武器になるようだ。

その横で同じ手法で断りを入れた暮刃が氷怜と瑠衣にだけ分かるほどの疲れを見せた。少し目を細めるだけだが。

「今回は随分と人が多いね」

「毎年右肩上がりだからな……」

サクラのおかげか自分たちのおかげか兎に角このクラブは盛況だ。持ちかけられた話だが、そもそもサクラもこの店を譲り受けたという。
チームの場所を提供する代わりに、譲ってくれた人のためにここの盛り上げ役として手伝って欲しいと。


「楽といえば楽だけど、苦痛といえば苦痛」


瑠衣はもはや機嫌を隠す気もないようだ。いつもの大爆笑で使う表情筋とは別らしく、顔が痛いと早々に投げ出した。サクラに怒られた方がマシと考えたのだろうがそれでも話しかける者は絶えないし、男も女も関係がないのだからなおさら瑠衣は馬鹿らしくなった。

クラブに紛れるチームの人間はそれがいかに不機嫌だと言う事は一瞬で伝わってくるが、手助けもできずにいた。

瑠衣がソファにうなだれ、肘掛に座る暮刃に手を伸ばした。


「暮ちん、ケーキ持ってきて~?」

「……ねえ瑠衣、さすがに太るよ」


腹が減ってはなんとやらと言い始めホールのケーキを、しかも5段重ねの特大を持って来ていたのにいつの間にやらそれがない。
オープンして2時間ほどだが、その消費量に誰もが驚く。

「だってエネルギーが~」

暮刃が持ってきてくれないなら、隣に座る氷怜にと手を伸ばした時にテーブルに豪勢な料理が置かれた。


「少しは料理も食べなさい」


赤いドレスに身を包んだサクラが微笑んだ。長い髪を片方に流したその姿に数人の男が頬を染め、すぐにそれに気づいたサクラはひらひらと慣れた様子で手を振る。


「流石、夜の蝶には朝飯前だな」

「貴方達が愛想を知らなすぎるのよ」


言葉だけは厳しいがサクラは一度だって笑顔を絶やしたりしない。ついでに氷怜達の空いたグラスを満たして差し出す。


「そんなにむくれて……よっぽどあの子達がいないのが不満なのね」


くすくすと笑い出したサクラにどうせその話になるだろうと思っていた氷怜は聞かないふりをした。瑠衣はすでに料理を食べ始め、こう言う時は暮刃に任せるのがいいと知っている。

「サクラさんこそ、デートは良いの?」

「この後行くわよ」

見事話をずらしたものの今度は惚気を聞かされるのではと暮刃は思ったが、話は違う方にずれた。

「2人はバイトだとしても唯斗くんは来るのかと思ってたわ」

「母親が1人になるからな」

「お母様、あんな子を息子に持ったら幸せよねぇ」


目を細めてきゃーと喜ぶサクラをよそに氷怜は小さく呟いた。


「まあ、今回はおそらく……」

「え?」

「いや」

「何?何が?気になるじゃない!」


はいはいと無理やりその会話を終え、ソファ横から下のフロアを見渡す。
吹き抜けの二階から見える世界はどこもかしこも人の山、しかも驚くことに氷怜達に挨拶をすると次に探すのが唯達のなのだ。いつのまにか仲良くなったのか、もはや自分たちと同じくらい有名になるのも時間の問題だ。


「あの、優夜さんいますか?」


ソファ近くで知らない男が近くのチームのメンバーに話しかけていた。
暮刃は何も言わなかったが目がその男を見ていた。おそらくチームについての知識もほとんどない人間だ。大抵そういう場合あの子達の知り合いが多い。しばらくすると女性がその男に近づいた。
優がいない事を聞きその女性に報告すると2人してがっかりした様子に変わる。いつ知り合ったのだろう。



「暮ちん、目が怖ーい」

「変わらないと思うけど」

そう言ったものの表情に出ているのは承知の上だった。

優に限ったことではない、秋の名前も良く飛び交い唯も当然その名前が耳に入る。どれほどの影響力があるかその本人達が分かっていないのだから困りものだ。



「そろそろケーキが切れる頃って言われたんですがそんなわけ…………有りましたね」

「桃花ぴょんナーイス!」

追加のケーキを運んできた桃花が引きつった顔をした。巨大ケーキを最初に運んだのは桃花だ。瑠衣がバンザイで迎え、ケーキが跡形もない事に隣の式も驚いたが、耳に入る秋、優、唯の単語に意識が向いた。


「今日なんでか唯と秋、優の知り合いが異常に多いんですよね。何回聞かれたことか」

「クリスマスに人のもん探すなよ」


思わず出た自分の言葉に氷怜は後悔した。過敏に反応する2人がいるからだ。


「ひー素直すぎ!!」

「氷怜くん可愛いんだからもー!」


突然不満を投げた氷怜に片方は爆笑、片方は感激の騒がしさにまた下のフロアを見渡す事にした。

見知った顔がほとんどのその中で氷怜の視線に気づいたものが3人。人一倍人だかりを連れている私服姿の彼らは、いつもがスーツのせいか少し違和感を感じる。女性が嬉しそうに腕を組んで来たが、そのご機嫌を丁寧に取りながら離れていくと階段に向かっていくのが見えた。


3人合わせて猪鹿蝶。
そして上がってくるなりこう言う。



「こんな日にあいつらとデートしねえの?」



どいつもこいつもあいつらの話しかしねえ。
氷怜の率直な感想だった。





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