sweet!!

仔犬

文字の大きさ
上 下
158 / 379
care!!!

13

しおりを挟む



入り口から聞こえた声に振り向くより先に、黒い影が男をめがけて飛び込んでいった。ありえない速さで動いたというのに榊はそれを避けていく。
持っていたタバコを捨て、今まで一度も見せなかった生き生きとした目にやっぱり先輩たちが目当てなんだと分かる。

臨戦態勢を取りつつ、余裕そうに笑いながら戦いの始まりに目を奪われていたせいでお迎えに気づけなかった。その声にびくりと身体がはねる。


「しらねぇ顔だなやっぱ」

「行っちゃったよ瑠衣のやつ」

「あ」


ドアからゆっくりと暮刃先輩と氷怜先輩が入ってくる。
瑠衣先輩から始まり、空気が一気に変わったような安心感に胸が熱くなった。


「唯斗」

聞きたかった、あの男と同じ低い声でも全く別物だ。重かった呼吸がそれだけで軽くなる。ゆっくりと近づいてくる氷怜先輩がおれを抱きしめ、よく頑張ったなと呟いた。
頬を撫でる指がおれの表情を確かめていつものニヒルな笑み浮かべる。

おれの横で優のもとに暮刃先輩が向かった。

「暮刃先輩……」


優が小さく声を上げると花が舞うような笑顔。


「本当に違う人から電話来るからさ、すごく嫌だった」


にっこり。
あ、怒ってる。これは確実に暮刃先輩怒ってる。
優がピシリと表情を固め笑ってごまかした。
でもすぐに陰ってしまい、暮刃先輩は仕方なさそうに眉を下げた。


「ごめんなさい」

「…………本当、焼けるね。俺こんな顔、一度もさせた事ないのに」


優の頰に手を重ねて、いつもの上品な笑み。腕をゆっくりと優の背中と腰に回して抱き寄せる。すると少し、優の表情が和らぐ。

「本当、そんな顔しなくていいのに……ねえ、瑠衣?」

激しい攻防をひたすら繰り返す瑠衣先輩はそれでも暮刃先輩の問いかけが聞こえたらしい。相手の足が顔をめがけて蹴り出されたのを避けるついでにちらりとこちらを見る。ニッと笑って叫んだ。

 
「っと……アッキー、ご褒美ちゃんと用意してよね~!」

「え?ご褒美?瑠衣先輩なに……うお」


その時後ろ手に違和感を感じたのか驚いた声の秋。式がなにも言わずに秋の縄を後ろから解いていた。いつものように眉間に皺を寄せて。


「馬鹿」

「……うん、ごめん」


静かに謝った秋に式は更に皺を深めた。暮刃先輩が優の腕を差し出すと続いて縄も解いていく。

優が曖昧に笑ってお礼を言う。


「式も来てくれたんだね、ありがとう」

「なんだよ、お前ら。調子狂うな……」

「え、なんか変かな」

そのやり取りを見ていたおれの腕が勝手に持ち上がったと思えば桃花が複雑な顔で縄を解いていた。おれの肩越しに見てため息をつく。そう言えばリュウジ達はまだ倒れていたはずだ。


「俺の出番は無いようで。だからせめて無茶するあなたを叱ろうかと思ったんですけど……そんな顔してるから」

「え?」

どんな顔してるんだろうおれは。
首を傾げて答える。


「みんなが来てくれて安心してる」

「こんな時くらい弱音言ってもいいのに」


桃花こそ、こんな時だけ敬語を外すから情けない顔になってしまった。
あんな話をしたせいで意地が出たんだ。うまく言葉が出てこなくて悔しいんだ。優も秋もいつもよりしおらしいのはおれだってよく分かる。
人との関わりをあれほど大事にしてきたのに、1番大事な人の事をうまく伝えられていないから。


壁を蹴って瑠衣先輩の攻撃を避け着地するとニヤリと笑う。

「まさかな……本当にお姫様だったわけだ。よかったなあ、少しは信じられる愛だったみたいで」


煽り文句とは分かってはいるがおれたちも男なもので反応してしまう。多少睨んだところで意味はないのは分かっているけど、恋人のことをそんな風に言われてぬくぬくと黙ってはいられない。


「チョット、ウチの子いじめていいのオレたちだけなんだけど」

「威勢が良い可愛いもん捕まえたな……なあ、その味はどうだ?」

「教えるわけない」



榊の動きは独特で足技がメインとなって繰り出していく、しかも重心の取り方が上手く、片足でも瑠衣先輩の読みづらい動きをするりと躱す。

でもそれは瑠衣先輩にも言える。
戦いを楽しんでいるのだろうか、決着をつける気はまだ無さそうに、間合いを取りながら。


なんて言えば伝わるんだろう。
あの人になんて言えば。


いつのまにか顔に出ていたのか氷怜先輩の手が頬を撫でる。少し驚いた顔、でもすぐに笑った。


「機嫌悪いなんて珍しいな」

「機嫌というか……」


それがものすごく暖かい。
おれは、何か出来たのだろうか。
やっと会えたこんな時こそうまく笑いたいのに、先輩達が来ると余計にあいつに教えてあげたくなってしまう。こんなに優しい目をして笑う人なんだと、意地でも言い張っていたかった。

おれの頭を撫でる大きな手、もう片方の手で秋を引っ張ると一緒に抱きしめた。


「怪我は」

「ない、です」

俯きながら、困ったように笑った秋。

もっと知って欲しいんだよね。
同じ気持ちだ。おれもそう、もちろん優も。




「あー、ダメージ受けたのそっちな」

「なにがー?」

「……やめだ」



とつぜん、全身の力を抜いてても広げて無抵抗のポーズ。榊がおれたちをみて興味深そうに笑う。


「これじゃあ、あんたらに美味しい思いさせただけだ。違う方法にする。なあ、豹原瑠衣ひょうはらるい。俺は強いぜ、今だって本気じゃない」


なに言ってんの?と顎を上げた瑠衣先輩に蛇は笑った。


「俺以上のスリルはなかなかない、それに今は慰めてやれよ。王子の仕事放棄してないで涙でも拭ってやれって」

「……逃がしてくれってイッテル?」

「頭が良くて助かるよ」


腕を静かに下ろした男に瑠衣先輩は身体ごと傾け聞く。


「まだ、諦めてないんでしょ」

「当たり前だ、まあでもいい方法思いついたからな……どうせヤルなら本気がいいだろあんただって」

「ふーん……まあいいや、逃げれば?」




意外にあっさりと瑠衣先輩が許可をする。


「アンタが言った通り~、オレも早く食べたいんだよね」

「う、え?」


明らかに自分に向けられた言葉に思わず変な声を出した秋。氷怜先輩も暮刃先輩も、クスリと笑って頷いた。


「いくなら行けよ、お前の顔は覚えたし…………ただ、次こいつらに手を出したら」

「手は出してねぇだろ……まだな」


氷怜先輩の言葉にもうすでにドアへと歩き出していた榊は鼻で笑った。ちょうどおれの目の前を通る時に呟いた。


「次はダンスでも申し込むよ」


黒い髪が暗闇に一体化して見えなくなるまでその言葉が頭の中で響いていた。




しおりを挟む
感想 179

あなたにおすすめの小説

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・不定期

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜

ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。 王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています! ※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。 ※現在連載中止中で、途中までしかないです。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

BL学園の姫になってしまいました!

内田ぴえろ
BL
人里離れた場所にある全寮制の男子校、私立百華咲学園。 その学園で、姫として生徒から持て囃されているのは、高等部の2年生である白川 雪月(しらかわ ゆづき)。 彼は、前世の記憶を持つ転生者で、前世ではオタクで腐女子だった。 何の因果か、男に生まれ変わって男子校に入学してしまい、同じ転生者&前世の魂の双子であり、今世では黒騎士と呼ばれている、黒瀬 凪(くろせ なぎ)と共に学園生活を送ることに。 歓喜に震えながらも姫としての体裁を守るために腐っていることを隠しつつ、今世で出来たリアルの推しに貢ぐことをやめない、波乱万丈なオタ活BL学園ライフが今始まる!

処理中です...