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しおりを挟む「ありゃもう、がっつりモード入っちゃってますね。優さん」
「まあ、そうなるよね……」
優とスタッフオンリーの入り口を少し開けてフロアを覗けば角の席で唯を発見。跪いて美人なお姉さんの手をマッサージしていた。顔つきでわかる、あれはもうフェミニスモード120%だ。あの体制で女の人に接するときは元気付ける時だから、大方何か気になるところがあったんだろうな。
たっかい天井に見合ったひっろいフロアにはシャンパンタワーがいくつも並んでいる。すでに六個以上あるから今日はそもそも売り上げがものすごい良い日なのかもしれない。
値段を聞いてしまった今、いつ倒れてしまわないか恐ろしい。
「それにしてもどうしよう、引っ込めさせるにしてもまだ指名入ってんのかな」
「さあ……しかも俺ら向こうに勝手に突撃出来ないし」
「それなんだよなぁ」
うーん、と2人で考え込んでいるとドアが大きく開いた。一歩下がれば見覚えのあるスーツにキラリと光るメガネ。
「あれ何してるんだ。秋、優」
「鹿野さん!」
きょとんとした顔もクールビューティな理系男子。俺には絶対呼ばれない称号の彼がにっこりと笑う。俺たちが連れ戻そうとしている唯を指差した。
「唯すごいや。お酒一滴も飲んでないのに今俺と胡蝶といい金額までいってる」
「それが狙ってやってるなら良いんですけどね……」
優が眉間にシワを寄せたので俺は苦笑い。とは言えはのんびりしている場合ではない。知り合いがいるならば話は早い。
「唯を連れ戻したくて、鹿野さん手伝ってくれませんか?」
「え、なんで?」
「ぬああ、そっち側の人かあ」
がっくりうなだれた俺に鹿野さんが手を口に当てて笑っていた。遊ばれている。
「うそうそ。ま、売り上げ伸ばしてほしいし唯から学べるものも多いから返したくないんだけど……どうせ飼い主の怖ーい嫉妬でしょう」
イノさんは熱血だがこの人は案外さっぱりしているようだ。その言葉に俺と優は曖昧な笑顔を返した。
「嫉妬……今回ばかりは嫉妬というかなんというか」
「流石に尻拭いというかなんというか」
「まあ、唯お世話してる風に言いますけど何だかんだ俺たちも唯がいないとイマイチダメなんすよね……あ、これは内緒です」
そう、楽しさが唯がいるといないでは違いがありすぎる。調子にのるから言ってあげないけどな。
「それに……」
優が少し悩んだように言うべきか言わないべきか数秒悩んだ。でもすぐににこりと笑う。
「俺たちがどうするのか先輩楽しんでる節もありましたので」
「それなぁ……」
あれはあれで先輩達のなかなか見れない貴重な面だ。俺はなるほど、この人達こう言う所もあるんだなと納得した所だ。
鹿野さんは意外だとでも言いたげに目を少し見開いた。
「へえ、そういうの分かるんだ?君達みんなもぽやぽやしてるのかなって思ったよ」
「そんなアホなの唯くらいです」
もう一度隙間から覗けば唯がさっきの人とすっかり笑いあって話している。すげえ美人さん相手でもどんな人でも唯が女性にその態度を変える事はない。唯のそういうところはマジで尊敬。
笑い声が聴こえて顔を鹿野さんに戻したら何と言えない面白そうな顔をしていた。
「な、手伝ってあげるかわりに聞いても良い?」
流石に対人を接客業としているプロなだけあって人と人との距離や関係に注視するらしい。悪気もないが興味津々だ。あの先輩だからなのか、元からその性格なのかはわからない。知的な目が欲求を含んだ。
優と目を合わせ頷く。
別に聞かれて困ることも無かった。
「どうぞ」
「優は暮刃と付き合ってるよね」
「はい」
優が素直に頷いた。
うんうん納得と頷いて今度は俺に視線が移る。
「秋は瑠衣と?」
「いえ俺は違いますね」
「へえ、瑠衣があそこまで人に構うなんて珍しいんだけどな」
「好意には気付いています」
目を見開いた鹿野さんを見ていた視界の端で優の目が俺に向いた。そして小さく笑うはずだ。
きっと気付いてる俺の気持ちに。
あの唯だってきっと少し気付いている。
この曖昧な気持ちを。
俺が言った言葉はどうやら鹿野さんのツボだったらしい。
メガネを取って涙をためて笑い出す。
「君達……なんか、いいな……あはは!」
うわこの人眼鏡とってもイケメンだよ。いや、当たり前なんだけどさ。笑い方も軽やかで人当たりがいい、まだ話し足りていない俺たちにちょっとしたジャブを入れたのだ。
ひとしきり笑い終えた鹿野さんは意味ありげに笑って見せた。きっとその笑顔でたくさんの女性を夢の中に連れて行ってあげているのだろう。
「気に入ってる理由がよくわかったし」
カチッとメガネをかけ直し、スーツを正す。
「良いよ、手伝ってあげる」
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