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territory!
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しおりを挟む「店って……」
まさかクラブだったとは。ネオン輝く世界に絶対に縁がないと思っていた。それなのに車を横に付け、あろうことかVIP客の入口からはいろうとしている。
いつのまにか寝ていたおれは優にほっぺをつねられて飛び起きた。あれは地味に痛いしすごいほっぺ伸びた気がするよ優様。これでも美容には気を使っているんだぞ。
「あんなにつねらなくても~」
ひりつく頰をさすりながら車を降りると先に降りていた優は腰に手を当てて文句あるの?という目だ。
「だって見えてきたクラブを前に呑気に寝てるから」
おれの寝顔が気に入らなかったのか。呑気に寝てる場合ではないと言ってくれればよくないですか優さん。
「はーい、行きますよ~」
まるで保育士のように先導する豹原先輩。なんだかさっきより元気になっている気がするのだ。おれの後に車を降りた獅之宮先輩が頭に手を置いてきたが豹原先輩とは対照的に何だかお疲れの様子。
「あいつのせいで脚が痛え……」
「なんかあったんですか?」
「シートにされた」
あんなに心地の良いシートだったのに獅之宮先輩をさらにシートにするなんてさすが豹原先輩。高級に高級を重ねた有名人らしい振る舞いだとおれは納得した。
「さあどうぞ」
重厚なドアを赤羽さんが開け招き入れる。
赤い絨毯に壁はガラス張りでうっすらとフロアの様子が伺える。遮断され切れていないクラブミュージックが振動とともに流れてきた。
「向こう行きたいなら後で行ってこい」
「楽しめそうであれば……」
馴染め切れていないおれを見て獅之宮先輩が笑った。いよいよ、環境までがいつもと程遠くなってくると、さっきまで近くに感じていた先輩達も遠くの存在だ。それでもおれに向けられる変わらない笑顔が安心する。
「ひゃー!ひっろ!」
通された部屋を見て秋がやまびこでもするのかと思うくらいの声をあげた。おれも続いて部屋を覗くとそれはもうスイートルームのようで結局おれも叫んでしまった。仕方ない、山があれば叫ぶ。そういうものだ。
お部屋はもう鯨が泳げそうなほど広くて、一介の高校生には似つかわしくないようなここはクラブよりも高級ホテルに近い。
「ふかふかのソファー!シャンデリア!でっかいテレビ!」
「唯……静かに」
「喜んでくれて嬉しいよ。ここは俺達用だから誰も入ってこないし好きなだけ遊んで」
暮刃先輩はそう言うとバーテンダーの服を着た人を呼び出し何かをお願いしていた。あの人もチームの人なのだろうか。どんな関係性があって何をしているのかはもはや想像すら出来ない。
それよりもなんて言っていただろう。あのキラキラの笑顔に似合いすぎるセリフのせいで、聞き逃してしまうところだった。俺たち用と言っただろうか。
あんぐりするおれの横で秋がつぶやく。
「アンビリバボー……」
「流石に次元が違うな……あんな人達を芝生で寝かせてしまった挙句コートまで奪ってたよ……」
優が遠い目をしていたので励ますも自分はおんぶさせてしまったことを思い出した。どちらが罪が重いのかは計り知れない。
俺達はソファーに並び、1人用の椅子に獅之宮先輩、大きなテーブルを囲んで、向かいのソファーに天音蛇先輩と豹原先輩が席に着いた。
後ろから声をかけられる。
「さて、何はともあれ治療が先ですね。唯斗さん服を」
いつのまにか箱を抱えていた赤羽さんに言われ、いそいそと服を脱ぐ。そしてびっくり、紫芋のような色が広がっていた。
「これはこれは」
「うわ、唯それやばいんじゃないの」
秋が痛そうに顔を歪めた。
でも、色はグロいが折れているわけではない、と思う。痛いは痛いけど小さい時に骨折したことがあったので、その時とは比べものにならないのだ。
「酷く見えますけど、揺れたり当たったりしなければ痛くはないですか?」
「あ、そうなんですよ、別段肩を動かしてもそこまでは痛くはないです」
すこし触っておれの肩をゆっくり動かしただけで症状を言い当てられたのでびっくりだ。細く長い指がテーピングと湿布を掴むと慣れた手つきで綺麗におれの腕が固定されていく。
「赤羽さんは何でも出来るんですねぇ」
「何でもそうですけど、知っていて尚且つ出来る事が多いと人生は楽しいんですよ」
白い歯を見せて笑う赤羽さんの言葉には色んな意味が詰まっていそうだった。獅之宮先輩がすこし引きつった顔に片手で頬杖をつく。
「そいつは俺達のことも遊び道具くらいに思ってるからなたまに」
「嫌だなー!そんなことないですよ俺はみなさんが大好きなだけです」
「どうだかな……」
そう言いながらも赤羽さんを受け入れている先輩達は何だかんだ信頼しているわけだ。何だかおれ達3人みたいに仲が良くて微笑ましい。
「って事は獅之宮先輩の秘密も知っていたり……?」
小声で赤羽さんに聞いてみれば、今日1番爽やかな笑顔が返ってきた。何だその笑顔めちゃ気になる。
「唯斗いい度胸じゃねえか……」
やばい、ばれていた。テーピングを終えた赤羽さんが動いて大丈夫ですよと、ウィンクするのでおれは秋を盾にしながら話す。
「俺を盾にすんな。お前が悪いし」
「いやー気になっちゃって……悪気はありません!」
ごめんなさいと素直に謝れば、すぐに許してくれる先輩に何だかもうすっかり落ち着いてしまっている自分がいた。人と打ち解けるのは早い方がだが、あまりにも急激に懐いている自分すこし驚きだ。
「赤羽どうだった」
「折れてはいないです。固定したので大丈夫だと思いますよ。唯斗さん、土日挟んで酷くなるようならちゃんと病院へ」
素直にうなづく。獅之宮先輩がおれの肩を気にしてくれているのが暖かくて顔がにやけてしまった。変な顔していないだろうか。
そんなおれにソウヨー病院ね病院!となんとも適当な返事をしながらこちらに目もくれず医療セットをゴソゴソしていた豹原先輩は湿布を取り出しそれをひらひらさせた。
「オレも湿布貼れるよー!アッキーおいでー?」
「え、はい!」
呼ばれた秋もとい愛犬アッキーは豹原先輩の前に立つとしゃがんで後ろ向きにされる。すごい速さで背中を露わにされてペッタンと勢いよく湿布が貼られた。
「つめたー!」
「ていうかアッキー足型付いてるうける!」
けらけら笑う豹原先輩に、自分の背中が見えない秋は右と左を交互に振り返った。隣の天音蛇先輩が丁寧にも足型を指でなぞって教えてあげている。
「俺は優夜くんの手当てしようかな」
「えっと」
流れにより優も天音舵先輩の元に行く。袖をめくった腕はすこし赤くなり、一箇所だけ傷ができていた。
ゆっくり消毒液を取り出して洗い流す。
「……痛い?」
「いえ、そんなに」
そっかと返事をして優しくガーゼを上から当てテープで止めていた。優も静かにそれを見ている。
「はい、終わり」
「ありがとうございます」
この2人は静かで穏やかだ。うん、みんないつの間にか仲良しで素晴らしいな。
「お待たせしました」
静かだった部屋に外の音が響いたと思えば、さっきのバーテンダー姿のお兄さんがドアの前に立っていた。ご馳走を持って。
「あーやっとキタキタ」
豹原先輩が手を振ってテーブルを指差すと次々と美味しそうな料理が運ばれる。明らかにシャンパンのようなものもあるがおれ達はまた見ないフリ。
普段は食べない豪華な料理に、平均的な高校男児であるおれたちは例外なく食欲はある。
お誕生日席改め、王者の椅子に座る獅之宮先輩が相応しい態度で声をあげた。
「ディナーでもどうだ?」
返事の代わりに腹ぺこなおれ達のお腹がぐうと鳴るのだ。
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