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escape!
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しおりを挟む頭が回らない。痛みと疲労と状況がごちゃごちゃになって、まとまった思考をしてくれない。昨日食べたご飯とドラマの映像が流れてきたが微塵も関係がない。
こういう時、おれの口が勝手に話を始めるのは昔からの悪い癖だ。
「……なんで、貴方が」
貴方と言うのはもちろん金髪不良くんじゃない。おれの隣で撃沈してるし。白目向いてるし。
問題はこの金髪不良をたぶん倒してくれたのであろう目の前のお方だ。
そしておれはこのお方を知っている。いや、おれの学校に通っていて知らない奴が居るならそれはまた天然記念物に等しいけどね。むしろこの地域てゆかこの国で知らない人すら少ないんじゃあないか。超有名グループのトップなんだから。
獅之宮 氷怜。
噂で何度も聞いた事がある。
高校に上がったと同時にもともとこの街にたむろっていた強大な不良グループをひとりで全滅させ、テリトリーを全て勝ち取り、当時1年にも関わらず、何百もの人をなぎ倒し頂点を取ったとか。
裏では簡単に口に出せない機関と繋がっているとか。
とにかく都市伝説並みの噂がある。
そんな不良様はなんとおれの先輩だったりする。おれは1年、先輩3年。もちろん話したことなんてないし、遠目で見た事があるくらいだ。
最早不良なんて生易しいレベルじゃないのかもしれないし、ストリートギャングというほうが近い認識らしいが、ギャングというには組織が大きく、経済も法律も引っ掻き回すとの噂だ。
なぜそんな人がおれの高校にいるのか不思議だと言うのがおれの感想だった。悪い噂が多いのに女性には物凄く人気があるのも知っている。今まで遠目で見てたから顔よく分かんなかったけど。
今なら分かるよ女性の皆さん。
ちょっと叫んでいい?いや、心の中だけにしろおれ。
艶のある漆黒から赤のグラデーションの髪。
着崩した制服から覗く鍛えられた体。至るところに付けられたアクセが引き立たせる色気。
荒れとは無縁そうな肌に形のいい高い鼻。長めの前髪の間から見える赤い瞳。カラコンだけど、安っぽく見えないのはあまりにもそれが似合っているから。
それ程の思わず息を呑む美しさだ。
「……おい、お前」
「じっ」
「……何?」
「実物マジ神レベル美形」
「は……?」
今日はよく口が滑るな。
後悔とかもうしない。賛美だしいいかもう。開き直って見つめ返すも先輩は黙って止まったままだ。
「……」
「……」
カオスな時間を生んでしまった。
見つめたままで目を反らすのもなんだか失礼な気がして見上げる体勢で目と目がバッチリがっちりあっている。
しかも実を言うとおれ、今立てない。
情けない話全力疾走なんてひさしぶり過ぎたのとまさかの人が現れて気が抜けて足に力は入らないし。
逸らす事なくずっと見つめたままその顔をさらに観察してしまう。コンビニのイケメン店員もビックリしたけどこれは開いた口が塞がらない。おれ男だけど惚れそう。可愛い過ぎるものって胸が苦しくなるけど、美形を見ると顔が熱くなるのか。てゆかそもそも人の顔見て照れたことあったっけ?
そういえばこの先輩たち男の人とも所謂そういうカンケイあるみたいな、噂もあったな。その時はいくら格好良いからってさすがにそれはないだろうと思ってたけどなんか納得。性別なんて思考の彼方に消えそう。
先輩たちっていうのは先輩のほかにあと二人この人と同じくらいに有名な先輩がいるんだよね。いつかその2人も会えるだろうか。
「なあ」
「あ、はい」
やべ、飛んでた。
しかもなんか流れで普通に返事しちゃった。驚いたことにあの先輩がおれに話しかけている。
「……俺のこと知ってんのか」
どこまでも無表情で見下ろす先輩。
どこまでもイケメンだよ。
最初におれがなんで貴方が発言の話らしい。
いやいや有名ですから。知ってますとも。
「え、と、獅之宮、氷怜先輩ですよね……有名ですもん」
「……ああ、お前俺と同じ高校か」
チラリとおれの制服を見て獅之宮先輩はどこか納得したようだ。
1年で、後輩に当たります。と自己紹介だけ付け足した。そうか、と簡素な返事に怖さも凄みも意外となくて驚きだ。
だいたい怖い噂がほとんどだけど美形すぎて恐いとか思うどころじゃないねこれ。いまだに見つめたままだったが話せたことで心が少し落ち着いてくると状況が理解できてきた。
今までのことなんてすっかり忘れてイケメンに浸っていたがおれ助けてもらったんだよね。
お礼言わなきゃ。
ありがとうは全人類に必要なコミュニケーション。
「あの、ありがとうございました」
「なにが」
「え、この人、先輩がやっつけてくれたんですよね」
「ああ、そういえば」
実を言うとおれも今の今まで忘れてました。
とは言えず次はなんて続けようかと思っていたら意外にも獅之宮先輩から声を上げた。
「……こいつ、三人で居なかったか」
「え?あ、いました」
「もともと倒す予定だった」
ナチュラルに先輩がタバコを取り出し始めたので火を!と馬鹿なことを考えるが吸ったこともないおれがライターを持っているわけがない。火を渡すなんて行動今まで考えたこともなかったのにそうしなきゃと思わせるなにかがあるのだ。これは上にたつ人間の前提条件なのかもしれない。
綺麗な上に男らしいずるい手がライターを出すとタバコに火をつけた。一口吸って煙を吐き出す姿を見つめても許してほしい。まあさっきから一度もそらしてないけどね。
「俺らの名前使って色々してくれた奴等なんで一回潰そうと思ってたから礼は要らねえよ」
ぼうっとしてたらなんかさらっと恐いこと言われたような。
しかし、意外。
先輩ぐらい有名で多分きっと物凄く強い人がこの一発でやられちゃう(しかも未だに白眼向いてる)ようなのを相手にするのかと思って。
おれの言えた話じゃないけど。現に、今腰抜けだし?……べつに拗ねてないから。
そんな考えが表情に出たらしく先輩は1度目を伏せると静かに口を開いた。
「こいつと、あと二人はグループのトップだ」
「うっそ、すごいアホだったのに」
あ、ヤバ。つい本音が。
一瞬、獅之宮先輩がきょとんとした表情になる。なにそれ可愛いんですけど。
「はは!……ああ、こんなやつらにもトップが務まるらしい。しかも数は俺のとこと同じくらいに抱えてる」
笑われてしまったよ。でもイケメン店員と同じで嫌な感じはしないのがさすがです。イケメンすげー。
「って、同じ数ってそんなに居るんですか」
「ああ、だから……」
楽しみだ。
その声に全身の血がのぼるような感覚があった。
弧を描いて口角を上げるニヒルな笑みに目が離せなくなる。この人が上に立つ人間だと本能が言っていた。
何かを食らおうとする目がひどく鋭い。
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