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柔らかい声がする。
ああ、なんだカオの声だ。試合は俺の勝ち、体調は犠牲にしたけど。
ぼやぼやの視界で黒い頭の人間が俺を覗いている。もはや匂いだけでここがカオの家っていうのは分かるんだけどね。涼しい部屋がのぼせた身体を冷やしている。
手を伸ばして頭を撫でればビクッと反応したカオは低い声で言う。
「熱中症……だと思う」
「ん、ごめん。ありがとう」
多分絶対家に入れたく無かったはずだけど、俺が潰れたのを見て運んできてくれたわけだ。だんだん視界がクリーンになって相変わらず白い部屋がよく分かる。窓を見ればいつの間にか暗い。
「あれ、まじか結構寝てた?」
「……起きれるなら、帰って」
おおう、いきなりですか。
そんな無理やり壁見なくたって良いのに。
「カオ」
無視。
「かーお」
うーん、無視。
「帰って欲しいなら投げ捨ててよ外にさ。まあまだ気持ち悪いし歩けないんだけど、その内帰るから」
壁を見たままでやっぱり返事はない。だめかぁ。って言っても立てないのは本当だし、外に放り出してもらわないと出ていくこともできない。
「ずるいね君は……」
ようやく返事をくれたと思ったら声が揺れている。思わず手を伸ばして無理やりカオをこちらに向ける。
彼はやっぱり静かに泣いていた。
「……ね、歩けるようになったら出ていくから。少しだけ俺と話してよ」
「話す事ない」
静かに流れる涙がそれを嘘だと言っているのに、なんでそんな事言うんだろう。動かせるのが手だけだから目一杯伸ばしてカオを抱き寄せる。ああ良かった、逃げない。
「ちゃんと話して欲しい、それが最後だとしても、聞きたいから。だから泣くなよ。いつもの余裕はどうした」
涙を堪えるような音。
だんだんと確かな泣き声になってきた。背中をポンポンとゆっくり叩いておれは何か適当な話をかける。
「そういえばさっき外で待ってる時おじさんがここ覗いててさ。なんか感じ悪いの……この辺で知り合いいる?」
「……知らない」
「ふーん?」
まあ、カオってあんまり近所付き合いとかなさそうだしな。誰だったんだろ。あの嫌な探るような目、次来たら俺が追い払おう。
なんて、考えてたら笑えてくる。
他の友達ならここまでして会おうとしたり、抱きしめたりするなんて想像できない。でも腕の中にいるカオはとにかく守ってあげたくて、抱きしめてあげたくて、泣き止んで欲しい。これは結構、なんというか自分でも思うほどカオに健気なおれ。
「なんだろな、1週間も粘って毎日会いにいくし、絶対にこのまま終わらせるかって意地になってさ……同じ男なら普通こんな風に抱きしめてない。でも泣いてるカオみたらほっとけないし、案外カオの気持ちに結構応えられそうだよ俺」
何かここまで泣くほどの事が昔カオの恋愛で起きたのかなと想像してみたのだ。例えば振られてばかり、浮気されてばかり、とか、だから付き合うのが怖いとか。
まあいつもの余裕と色気たっぷりのカオにそんな事無さそうだけど、人間分からないからな。少しでも不安要素を取り除ければと思って今の俺のカオへの気持ちを話してみたのだ。
「足りない……」
無視されると思っていたら子供みたいな答えが返ってきた。抱きしめたまま思わず吹き出す。
「何でそんなに大人っぽい時と子供っぽい時の差があるんだか」
「……やっぱり」
「ん?」
くぐもった声が耳元でする。
ゆっくりと顔をあげて俺を確認するように見つめるカオ。頰を撫でてた彼はただぽつりと呟く。
「やっぱりだめだね」
「だから!ダメって何が……」
すぐに言い返そうとした唇に柔らかいものが当たった。
この感触を知らないわけがない。
どうして、そんな悲しそうな顔で俺にキスするんだろこいつは。もう泣いてもいない彼は今度は嘘みたいに綺麗に微笑んだ。
「きっと君を殺してしまう」
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