君は殺人鬼

仔犬

文字の大きさ
上 下
8 / 19

8

しおりを挟む

「朝ごはん待ってるから、早く出てね」

固まる俺をよそにカオは優雅に微笑んでリビングに戻ってしまう。シャワーから漏れ出た水滴がぴちゃんと落ちる音がいやに響いた。

何これ、どんな状況だ。もしかして俺は告白されたのだろうか。
カオがいきなり冗談を言ったのか?いや、やっぱり本人の言う通りあれは冗談の表情でもなかった。

だとしても言われたからと言って俺はどうするのだろう。
どうしたいのだろう。

とりあえずお風呂から上がってタオルで水を拭いて着替えを借りた。少し大きい。
ドライヤーまでかけて改めて鏡で自分を見る。鏡から見ても真っ白なこの家に俺は些か異端のように感じる。鏡に映るのは白の壁、白の棚、置いてある歯ブラシは赤。

じゃあ俺は何色になるんだろう。
何色なら違和感が無いのだろう。

リビングに戻ってみればカオはテレビをつけてソファに座っていた。何事も無かったかのように綺麗な顔で微笑んでいる。

「やっときた」

「悪かったね遅くて」

いつも通りの言葉を交わしながら俺は台所に向かって冷蔵庫を開けた。ああ良かった、この中は白ばかりとは行かないのだ。野菜に色はあるし調味料だって白は少ない。つまり、異色があっても許されるのだ。

ホッとしている自分に納得した。
そして俺は許されたい、この家に認められたい、カオにとって欲しい色でありたいのだ。


「何を作るの」

いつのまにか横に来ていたカオが俺の手元を覗き込んだ。俺はオーブン横に食パンがあるのを確認して、卵と野菜、ウィンナーを掴む。 

「お手軽朝食」

「それならアボカドも食べたいな」

何食べたいと聞いておいて勝手に決める俺にカオは怒ったりしない、同調してなおかつ希望を出した。

好きってそういう譲歩が可能になる。いや、朝食くらいで何か言うような人でもないけど、愛とか恋とかって譲歩は大事だ。卵を割って混ぜているとカオはただそれを見ていた。

俺は今あるこの思いを言うだけだ。

「俺もカオが好きだよ」

どんな反応かは見てないから分からない。ただ微笑みながら言うような声音が返ってくる。

「うん」

「カオの好きがどこまででどんなものか知らないから、今好きと言われた段階では俺も好きだけど同じ好きかは分からない。だから今まで通りここにくるし、居る」

「うん」

「本当に住んで欲しいなら住みたいって思う」

「うん」

「そしたら、カオは何か変わるの?」


返事がなかった。
俺は手を止めずフライパンをコンロに置いて火をつける。だんだんと熱を上げるフライパンに油を引いて卵を敷いた。

「君が、ここに居てくれれば」

「うん」

「僕は……」


僕?
カオは今まで自分の事を僕と呼んでいただろうか。
静かな部屋にぱちぱちと卵の焼ける音。それしかないくらいカオの声は静かだった。そういえばいつのまにかテレビも消えている。

この時の俺の心は何故か落ち着いていた。なんでだろう、カオの好きが驚いても嫌じゃなかったからか。多分男同士だからとか、その前に不思議に思ったのだ。

カオの好きに、何か他のもっと深い何かが詰まっているような気がした。それが気になって俺は俺の想いを伝えることにしたのだ。カオの全てが見えたら良いなと思うから。

卵が焼けてお皿に移す。
次は野菜を洗ってサラダ用とパンに挟む用と分けていく。包丁まで白いセラミック製だ、本当に徹底してる。

チラリと横を見ればカオはずっと言葉の先を探しているのか固まったままだ。なんだろう、何に引っかかって言葉が出ないのだろう。それとも好きの先を考えていなかったのか、いやいやいくら気が合うからって俺よりも年上だぞ恋や愛の一つは何か知ってるだろ。

「いっ」


よそ見をしていたせいで指に包丁を向けていた。そんなに深くないけど包丁って案外血がかなり出るから不思議だ。包丁が白いから赤い血が余計に目立つ。

「だ、駄目だ!」

「うわ!」

いきなり捕まれた手は水道水に突っ込まれた。包丁もシンクに置かれて同じように水をかけられる。指先の小さな切り傷にはふさわしくないほど水道をマックスの威力で当てていた。
呆気に取られてみていたけどずっとこのままで、傷って最初は洗うって言うけど流石にここまでは良いんじゃないのか。


「カオ、大丈夫だから。水止めるよ」

「ま、まだ……」


耳元の声が震えている水を止めようとしたら抱きつかれるように動きを止められた。

まて、体まで震えてる。


「カオ……?」

「ごめん……待って……」


何、何を踏んだんだ。
どの地雷を俺は踏んだんだろう。好きの話?それとも血が苦手?何、分からない。
分からないけどカオが震えてる。それは駄目だ。まるで子供みたいな彼をこのままにしちゃ駄目だ。


切った指先はそのままに、空いている手と体を使ってカオを抱きしめた。俺より背が高いのにいまはなんだか小さく見える。


「カオ。傷を隠すために絆創膏が欲しいんだ。そうすると血が止まるし、傷を見なくて良くなる。それにね傷はちっちゃくて数日で治るから」

トントンと背中を叩いてゆっくりと呼吸をしてそのリズムが移るまでそれを繰り返す。次第に震えが収まって流れたままの水道を見つめたカオは不安そうにそれでも一歩ずつゆっくりと離れていく。テレビ横の低い白い棚、2段目を開けると消毒液と絆創膏を持ってきてくれた。

「ありがとう」

カオに指先が見えないように隠しながら水を止めて素早く消毒と絆創膏を完成させる。後ろに立っているカオを振り返って両手をパーにして見せる。


「ほら大丈夫……ってなんて顔してんだよ」



今にも泣きそうなカオは綺麗な顔を歪めていた。一歩離れた距離のまま近づいてこない。


「ごめん……」

「何も謝る事無いよな?」

「いや、全部。全部駄目なんだ」

「だから何が。ちゃんと言ってくんないと、分かんないよ」

手で顔を隠したカオはまた一歩離れた。そしてそのまま俺を見ずにいつもより低い声で言う。



「全部、忘れてくれ」




音がない。いつか白い世界に消えるんじゃないかと思わせるようなカオの雰囲気。俺は近づいて顔を隠している手をどかして彼を覗き込む。


ゆっくりと俺をみたカオは笑っていた。
泣きながら笑っていた。






しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】人形と皇子

かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。 戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。   性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。 第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人リトと、攻略対象の凛々しい少年ジゼの、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です(笑) 本編完結しました! 『伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします』のノィユとヴィル 『悪役令息の従者に転職しました』の透夜とロロァとよい子の隠密団の皆が遊びに来る、舞踏会編はじめましたー! 他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 舞踏会編からお読みいただけるよう、本編のあらすじをご用意しました! おまけのお話の下、舞踏会編のうえに、登場人物一覧と一緒にあります。 ジゼの父ゲォルグ×家令長セバのお話を連載中です。もしよかったらどうぞです! 第12回BL大賞10位で奨励賞をいただきました。選んでくださった編集部の方、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです。 心から、ありがとうございます!

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

処理中です...