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しおりを挟む「朝ごはん待ってるから、早く出てね」
固まる俺をよそにカオは優雅に微笑んでリビングに戻ってしまう。シャワーから漏れ出た水滴がぴちゃんと落ちる音がいやに響いた。
何これ、どんな状況だ。もしかして俺は告白されたのだろうか。
カオがいきなり冗談を言ったのか?いや、やっぱり本人の言う通りあれは冗談の表情でもなかった。
だとしても言われたからと言って俺はどうするのだろう。
どうしたいのだろう。
とりあえずお風呂から上がってタオルで水を拭いて着替えを借りた。少し大きい。
ドライヤーまでかけて改めて鏡で自分を見る。鏡から見ても真っ白なこの家に俺は些か異端のように感じる。鏡に映るのは白の壁、白の棚、置いてある歯ブラシは赤。
じゃあ俺は何色になるんだろう。
何色なら違和感が無いのだろう。
リビングに戻ってみればカオはテレビをつけてソファに座っていた。何事も無かったかのように綺麗な顔で微笑んでいる。
「やっときた」
「悪かったね遅くて」
いつも通りの言葉を交わしながら俺は台所に向かって冷蔵庫を開けた。ああ良かった、この中は白ばかりとは行かないのだ。野菜に色はあるし調味料だって白は少ない。つまり、異色があっても許されるのだ。
ホッとしている自分に納得した。
そして俺は許されたい、この家に認められたい、カオにとって欲しい色でありたいのだ。
「何を作るの」
いつのまにか横に来ていたカオが俺の手元を覗き込んだ。俺はオーブン横に食パンがあるのを確認して、卵と野菜、ウィンナーを掴む。
「お手軽朝食」
「それならアボカドも食べたいな」
何食べたいと聞いておいて勝手に決める俺にカオは怒ったりしない、同調してなおかつ希望を出した。
好きってそういう譲歩が可能になる。いや、朝食くらいで何か言うような人でもないけど、愛とか恋とかって譲歩は大事だ。卵を割って混ぜているとカオはただそれを見ていた。
俺は今あるこの思いを言うだけだ。
「俺もカオが好きだよ」
どんな反応かは見てないから分からない。ただ微笑みながら言うような声音が返ってくる。
「うん」
「カオの好きがどこまででどんなものか知らないから、今好きと言われた段階では俺も好きだけど同じ好きかは分からない。だから今まで通りここにくるし、居る」
「うん」
「本当に住んで欲しいなら住みたいって思う」
「うん」
「そしたら、カオは何か変わるの?」
返事がなかった。
俺は手を止めずフライパンをコンロに置いて火をつける。だんだんと熱を上げるフライパンに油を引いて卵を敷いた。
「君が、ここに居てくれれば」
「うん」
「僕は……」
僕?
カオは今まで自分の事を僕と呼んでいただろうか。
静かな部屋にぱちぱちと卵の焼ける音。それしかないくらいカオの声は静かだった。そういえばいつのまにかテレビも消えている。
この時の俺の心は何故か落ち着いていた。なんでだろう、カオの好きが驚いても嫌じゃなかったからか。多分男同士だからとか、その前に不思議に思ったのだ。
カオの好きに、何か他のもっと深い何かが詰まっているような気がした。それが気になって俺は俺の想いを伝えることにしたのだ。カオの全てが見えたら良いなと思うから。
卵が焼けてお皿に移す。
次は野菜を洗ってサラダ用とパンに挟む用と分けていく。包丁まで白いセラミック製だ、本当に徹底してる。
チラリと横を見ればカオはずっと言葉の先を探しているのか固まったままだ。なんだろう、何に引っかかって言葉が出ないのだろう。それとも好きの先を考えていなかったのか、いやいやいくら気が合うからって俺よりも年上だぞ恋や愛の一つは何か知ってるだろ。
「いっ」
よそ見をしていたせいで指に包丁を向けていた。そんなに深くないけど包丁って案外血がかなり出るから不思議だ。包丁が白いから赤い血が余計に目立つ。
「だ、駄目だ!」
「うわ!」
いきなり捕まれた手は水道水に突っ込まれた。包丁もシンクに置かれて同じように水をかけられる。指先の小さな切り傷にはふさわしくないほど水道をマックスの威力で当てていた。
呆気に取られてみていたけどずっとこのままで、傷って最初は洗うって言うけど流石にここまでは良いんじゃないのか。
「カオ、大丈夫だから。水止めるよ」
「ま、まだ……」
耳元の声が震えている水を止めようとしたら抱きつかれるように動きを止められた。
まて、体まで震えてる。
「カオ……?」
「ごめん……待って……」
何、何を踏んだんだ。
どの地雷を俺は踏んだんだろう。好きの話?それとも血が苦手?何、分からない。
分からないけどカオが震えてる。それは駄目だ。まるで子供みたいな彼をこのままにしちゃ駄目だ。
切った指先はそのままに、空いている手と体を使ってカオを抱きしめた。俺より背が高いのにいまはなんだか小さく見える。
「カオ。傷を隠すために絆創膏が欲しいんだ。そうすると血が止まるし、傷を見なくて良くなる。それにね傷はちっちゃくて数日で治るから」
トントンと背中を叩いてゆっくりと呼吸をしてそのリズムが移るまでそれを繰り返す。次第に震えが収まって流れたままの水道を見つめたカオは不安そうにそれでも一歩ずつゆっくりと離れていく。テレビ横の低い白い棚、2段目を開けると消毒液と絆創膏を持ってきてくれた。
「ありがとう」
カオに指先が見えないように隠しながら水を止めて素早く消毒と絆創膏を完成させる。後ろに立っているカオを振り返って両手をパーにして見せる。
「ほら大丈夫……ってなんて顔してんだよ」
今にも泣きそうなカオは綺麗な顔を歪めていた。一歩離れた距離のまま近づいてこない。
「ごめん……」
「何も謝る事無いよな?」
「いや、全部。全部駄目なんだ」
「だから何が。ちゃんと言ってくんないと、分かんないよ」
手で顔を隠したカオはまた一歩離れた。そしてそのまま俺を見ずにいつもより低い声で言う。
「全部、忘れてくれ」
音がない。いつか白い世界に消えるんじゃないかと思わせるようなカオの雰囲気。俺は近づいて顔を隠している手をどかして彼を覗き込む。
ゆっくりと俺をみたカオは笑っていた。
泣きながら笑っていた。
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