153 / 173
第七章
22
しおりを挟む
☆★☆ ★☆★ ☆★☆
いよいよだ。
緊張する。
北の山に入ったら、ギルバートから離れてはいけない。
「お気を付けて。行ってらっしゃいませ」
「「行ってきます」」
リミントン夫妻に見送られて出発した一行は、先ず自らの足で森に入る。使い魔に乗ったままなんて失礼なことらしい。挨拶もなしに他人の家に入るようなもの。
何かの儀式のように、跪いて左手を地面に付ける。すると、まるで脈打つようにドクドクと力が伝わり、力強く存在を主張する。
一陣の風が五人の周りを舐めるように一周すると去って行った。
たちまち、今まで感じなかった精霊の気配があちこちでした。伺うように木の陰からこちらを見ている可愛い精霊が迎えてくれる。森に入る許可が下りたということなのかな。言葉では上手く言い表せないけど、今までとは違う風が吹く。夢で見た景色とは違うけれど、何故だろう…懐かしく感じる。
『よく来たね…待ってたよ……』
「今の声は?」
「声なんて聞こえたか?」
ダレルの返事に戸惑った。
「聞こえたんだ。多分…アルシャントの声だと思う。よく来たね、待ってたよって」
アシュリーが僕を抱きしめた。まるでアルシャントに自分のだと主張するかのように、その腕は強く抱きしめる。僕もアシュリーが大切な存在だとわかってもらうために、腕を回し抱きついた。胸に顔を擦り付け、アシュリーの匂いを鼻腔いっぱい吸い込む。顔を上げるとアシュリーと目が合った。微笑むとおでこ同士をコツンと当て、頭を一撫でして離れた。
ここに来て僕の魔力は落ち着いている。アシュリーが付いててくれる。ダレルが、イーノックが、ジョナスが、そして五匹の使い魔が。
「ここからが本番だ。気を引き締めてな」
ジョナスの言葉にみんなで頷く。
「アシュリー、俺の背中に乗れ」
ギルバートが僕を乗せた後、アシュリーに言う。
「わかった」
大きな姿のギルバートは二人乗っても余裕だ。アシュリーに腰を抱かれ、安心感に包まれた。何があっても一緒に…。耳元で囁く声に『うん、一緒』と答えた。
「どのくらいで着くんだ」
ダレルの質問にレイモンドが答える。
「今回は早いんじゃないかな」
「今回って、毎回違うのか?」
「いや、そうじゃない」
「通る道が違うとか?」
「ここを右に向かっても、左に向かっても着く場所は同じだ」
「おいおい、わざわざ遠回りして行く時があるってことなのか?今回はやめてくれよ」
「違う。道はないんだ」
「迷ったってことか?」
いつまでも続くダレルの質問にシルベスターが代わりに答える。
「この森は意思が支配しています。特にアルシャントの。招かれざる客は何日経っても目的の場所には着けないし、出口もわからなくなる。そもそも、目的の場所などなく訪れるのですけれどね」
「怖いなそれ」
「あなたたちは正式に招き入れられたのだから、そんな心配はないです。それにわたしたちが付いています」
距離ではないんだ。だから五匹はゆっくりと進む。まるで景色を楽しむように、穏やかな行進だ。僕たちの移動に合わせて付いて来る愛くるしい精霊や、木の上で威嚇してくる気の強そうな精霊がいる。その姿は様々で大きさもいろいろ。この森の中では姿を偽る必要はないから、多分今見えているのが本来の姿なのだろう。
「話しかけても怒らない?」
「そうだな…あっ、あそこに…おーいヴァージル・エントウィッスル・レイヴンクロウト、久しぶりだな。元気か?」
「おや、ギルバート・イヴァンジェリン・ジョンストーンじゃないか。もうそんな季節なのか?おや、マクシミリアン・バーソロミュー・レインウォーターも一緒かい?喧嘩したって聞いたから心配してたんだ。良かった、良かった。それより、アルシャント・カーラ・ドランスフィード・セネティル=カノファムの機嫌が悪くてね。困ったもんだ。でも、お前さんたちが来たから、その機嫌も治るだろうさ」
精霊たちは長い名前を縮めて言ったりしない。
「ファーストネームだけで呼ばないんだね」
「俺たちはその全てが名前なんだ」
「僕はギルって呼ぶよ?嫌だった?」
「ジュリアンたちはまだ言葉もしゃべれない時から一緒にいる。そんな幼児には無理だろ?」
つまりは仕方なくってことなのか。五匹がお互いをファーストネームだけで呼ぶのは、郷に入れば郷に従えってことなのか?
いよいよだ。
緊張する。
北の山に入ったら、ギルバートから離れてはいけない。
「お気を付けて。行ってらっしゃいませ」
「「行ってきます」」
リミントン夫妻に見送られて出発した一行は、先ず自らの足で森に入る。使い魔に乗ったままなんて失礼なことらしい。挨拶もなしに他人の家に入るようなもの。
何かの儀式のように、跪いて左手を地面に付ける。すると、まるで脈打つようにドクドクと力が伝わり、力強く存在を主張する。
一陣の風が五人の周りを舐めるように一周すると去って行った。
たちまち、今まで感じなかった精霊の気配があちこちでした。伺うように木の陰からこちらを見ている可愛い精霊が迎えてくれる。森に入る許可が下りたということなのかな。言葉では上手く言い表せないけど、今までとは違う風が吹く。夢で見た景色とは違うけれど、何故だろう…懐かしく感じる。
『よく来たね…待ってたよ……』
「今の声は?」
「声なんて聞こえたか?」
ダレルの返事に戸惑った。
「聞こえたんだ。多分…アルシャントの声だと思う。よく来たね、待ってたよって」
アシュリーが僕を抱きしめた。まるでアルシャントに自分のだと主張するかのように、その腕は強く抱きしめる。僕もアシュリーが大切な存在だとわかってもらうために、腕を回し抱きついた。胸に顔を擦り付け、アシュリーの匂いを鼻腔いっぱい吸い込む。顔を上げるとアシュリーと目が合った。微笑むとおでこ同士をコツンと当て、頭を一撫でして離れた。
ここに来て僕の魔力は落ち着いている。アシュリーが付いててくれる。ダレルが、イーノックが、ジョナスが、そして五匹の使い魔が。
「ここからが本番だ。気を引き締めてな」
ジョナスの言葉にみんなで頷く。
「アシュリー、俺の背中に乗れ」
ギルバートが僕を乗せた後、アシュリーに言う。
「わかった」
大きな姿のギルバートは二人乗っても余裕だ。アシュリーに腰を抱かれ、安心感に包まれた。何があっても一緒に…。耳元で囁く声に『うん、一緒』と答えた。
「どのくらいで着くんだ」
ダレルの質問にレイモンドが答える。
「今回は早いんじゃないかな」
「今回って、毎回違うのか?」
「いや、そうじゃない」
「通る道が違うとか?」
「ここを右に向かっても、左に向かっても着く場所は同じだ」
「おいおい、わざわざ遠回りして行く時があるってことなのか?今回はやめてくれよ」
「違う。道はないんだ」
「迷ったってことか?」
いつまでも続くダレルの質問にシルベスターが代わりに答える。
「この森は意思が支配しています。特にアルシャントの。招かれざる客は何日経っても目的の場所には着けないし、出口もわからなくなる。そもそも、目的の場所などなく訪れるのですけれどね」
「怖いなそれ」
「あなたたちは正式に招き入れられたのだから、そんな心配はないです。それにわたしたちが付いています」
距離ではないんだ。だから五匹はゆっくりと進む。まるで景色を楽しむように、穏やかな行進だ。僕たちの移動に合わせて付いて来る愛くるしい精霊や、木の上で威嚇してくる気の強そうな精霊がいる。その姿は様々で大きさもいろいろ。この森の中では姿を偽る必要はないから、多分今見えているのが本来の姿なのだろう。
「話しかけても怒らない?」
「そうだな…あっ、あそこに…おーいヴァージル・エントウィッスル・レイヴンクロウト、久しぶりだな。元気か?」
「おや、ギルバート・イヴァンジェリン・ジョンストーンじゃないか。もうそんな季節なのか?おや、マクシミリアン・バーソロミュー・レインウォーターも一緒かい?喧嘩したって聞いたから心配してたんだ。良かった、良かった。それより、アルシャント・カーラ・ドランスフィード・セネティル=カノファムの機嫌が悪くてね。困ったもんだ。でも、お前さんたちが来たから、その機嫌も治るだろうさ」
精霊たちは長い名前を縮めて言ったりしない。
「ファーストネームだけで呼ばないんだね」
「俺たちはその全てが名前なんだ」
「僕はギルって呼ぶよ?嫌だった?」
「ジュリアンたちはまだ言葉もしゃべれない時から一緒にいる。そんな幼児には無理だろ?」
つまりは仕方なくってことなのか。五匹がお互いをファーストネームだけで呼ぶのは、郷に入れば郷に従えってことなのか?
0
お気に入りに追加
153
あなたにおすすめの小説
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)


皇帝陛下の精子検査
雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。
しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。
このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。
焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

禁断の祈祷室
土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。
アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。
それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。
救済のために神は神官を抱くのか。
それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。
神×神官の許された神秘的な夜の話。
※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。
幸せの温度
本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。
まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。
俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。
陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。
俺にあんまり触らないで。
俺の気持ちに気付かないで。
……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。
俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。
家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。
そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である


【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる