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第七章
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それから数日は穏やかな旅だった。
あれから、魔力が極端に減ることはない。けれど、不安に思うことが多いと今まで以上にアシュリーから離れることができない。アシュリーは嫌がることなく、むしろ喜んで…僕を抱きしめてくれる。
街道の直ぐ傍にある木陰で一息ついていた時だった。
「お若い旅人さん。お疲れかい?わたしの家はすぐそこなんだ。休憩していきなさい。ほら、いい匂いがしてきた。丁度パイが焼きあがったようだ」
ジョナスを見ると少し困り顔だ。ダレルが立ち上がり、ジョナスに何か耳打ちした。
「じゃあ、遠慮なくお邪魔します」
ダレルの声に僕たちは立ち上がり、ご厚意に甘えることにした。焼きたてのパイなんて久しぶり。
「何処へ行きなさる?」
「修行の旅ですので、行き先は無いのです」
声をかけてくれたのは初老の農父で、家では奥さんがお茶を淹れて、焼きたてのミートパイを出してくれた。
「それは、それは。若いうちに苦労するのは大切じゃからな。それにしてもお前さん、アレース殿下によお似ておられる。殿下より男前じゃ。なあミラ、そう思わんか?」
「あら、アレース殿下の方がよっぽどいい男だよ。あんたも頑張りなよ」
本人に向かって何を頑張れと言ってるのか?ジョナスは苦笑いだ。
それにしても、魔法のベールって凄い。これのお陰で身元がばれなくて良かった。二人はジョナスを見てあのパレードを思い出したようで、見に行ったんだと口々に言う。
「お前さんらは見たかい?」
「まあ、はい」
「いやぁ~.生きてる間に見られて本当に良かったよ。素晴らしかった。桟敷席に座りたかったけどわたしらが行った時はもう一杯でな、座れなかったんだ。その代わり近くで秘宝を出すのを見たよ。綺麗だったな」
僕たちの様子がそわそわとしているのにも気付かず、勇者を褒め称える。そんなに嬉しかったんだ。あの日は嵐のような一日だった。こんなに喜んでくれている人がいるということに改めて気が引き締まる。
「ところで、近頃作物はどうですか?」
「いや~、今年はダメだな」
「どうしたんですか?」
ジョナスが二人に聞くと、途端に顔が曇る。
「今までこんなことなかったんだ。雨が降らない。何年か前から、各地で大雨や日照りが続く年があってな。ここら辺は今年、雨がな…。幸い近くにある川が干上がることはないから、作柄は良くないが少しは採れたよ。元々肥沃な土地だからそれは問題なかったんだがな。水やりが大変だったんだよ。でも、勇者がいる限りこの国は安泰だ。来年はよくなるさ」
二人にお礼を言って、再び歩き出した。おじいさんと握手をした時、そっと右肘に触れた。
『ジュリ、おじいさんの肘は治ったの?』
『あっ、アシュにはわかっちゃったんだ…いけなかったかな?お礼のつもりだったんだけど…』
『いや、おじいさんは気付いてないみたいだったから良いんじゃない?自然に治ったと思うさ』
『パイ美味しかったね』
『ああ、テントじゃ凝った料理はできないからな』
『僕はアシュが作ってくれる料理が大好きだよ?いつもありがとう。僕ももうちょっと練習しようかな』
『本当?じゃあ、この旅が終わったらね』
『うん』
アシュリーの手を握り、深呼吸する。ポケットからギルバートが顔を覗かせた。
「ジュリアン、心が乱れてるぞ?ちょっとのことでいちいち惑わされるなよ」
「うん…ごめんね」
「アシュリー、何言ったんだよ?」
「な、何も言われてないよ?ね、アシュリー?」
「旅が終わったらって…」
「大丈夫だ。アルシャントのことはこれから考えよう。きっと上手くいくさ」
「うん…ごめんね。ありがとう」
何かのきっかけがあれば、ぐっと心に負担になる。今のは旅が終わるって言葉。アシュリーは旅が終わったその先も一緒だよって気持ちで言ってくれたけれど、不安な気持ちは直ぐに襲いかかる。そんな時はアシュリーに抱きしめてもらう。ローブの裾をチョンチョンと引っ張れば、何も言わなくても優しい腕に包まれて僕の気持ちは落ち着くのだ。
あれから、魔力が極端に減ることはない。けれど、不安に思うことが多いと今まで以上にアシュリーから離れることができない。アシュリーは嫌がることなく、むしろ喜んで…僕を抱きしめてくれる。
街道の直ぐ傍にある木陰で一息ついていた時だった。
「お若い旅人さん。お疲れかい?わたしの家はすぐそこなんだ。休憩していきなさい。ほら、いい匂いがしてきた。丁度パイが焼きあがったようだ」
ジョナスを見ると少し困り顔だ。ダレルが立ち上がり、ジョナスに何か耳打ちした。
「じゃあ、遠慮なくお邪魔します」
ダレルの声に僕たちは立ち上がり、ご厚意に甘えることにした。焼きたてのパイなんて久しぶり。
「何処へ行きなさる?」
「修行の旅ですので、行き先は無いのです」
声をかけてくれたのは初老の農父で、家では奥さんがお茶を淹れて、焼きたてのミートパイを出してくれた。
「それは、それは。若いうちに苦労するのは大切じゃからな。それにしてもお前さん、アレース殿下によお似ておられる。殿下より男前じゃ。なあミラ、そう思わんか?」
「あら、アレース殿下の方がよっぽどいい男だよ。あんたも頑張りなよ」
本人に向かって何を頑張れと言ってるのか?ジョナスは苦笑いだ。
それにしても、魔法のベールって凄い。これのお陰で身元がばれなくて良かった。二人はジョナスを見てあのパレードを思い出したようで、見に行ったんだと口々に言う。
「お前さんらは見たかい?」
「まあ、はい」
「いやぁ~.生きてる間に見られて本当に良かったよ。素晴らしかった。桟敷席に座りたかったけどわたしらが行った時はもう一杯でな、座れなかったんだ。その代わり近くで秘宝を出すのを見たよ。綺麗だったな」
僕たちの様子がそわそわとしているのにも気付かず、勇者を褒め称える。そんなに嬉しかったんだ。あの日は嵐のような一日だった。こんなに喜んでくれている人がいるということに改めて気が引き締まる。
「ところで、近頃作物はどうですか?」
「いや~、今年はダメだな」
「どうしたんですか?」
ジョナスが二人に聞くと、途端に顔が曇る。
「今までこんなことなかったんだ。雨が降らない。何年か前から、各地で大雨や日照りが続く年があってな。ここら辺は今年、雨がな…。幸い近くにある川が干上がることはないから、作柄は良くないが少しは採れたよ。元々肥沃な土地だからそれは問題なかったんだがな。水やりが大変だったんだよ。でも、勇者がいる限りこの国は安泰だ。来年はよくなるさ」
二人にお礼を言って、再び歩き出した。おじいさんと握手をした時、そっと右肘に触れた。
『ジュリ、おじいさんの肘は治ったの?』
『あっ、アシュにはわかっちゃったんだ…いけなかったかな?お礼のつもりだったんだけど…』
『いや、おじいさんは気付いてないみたいだったから良いんじゃない?自然に治ったと思うさ』
『パイ美味しかったね』
『ああ、テントじゃ凝った料理はできないからな』
『僕はアシュが作ってくれる料理が大好きだよ?いつもありがとう。僕ももうちょっと練習しようかな』
『本当?じゃあ、この旅が終わったらね』
『うん』
アシュリーの手を握り、深呼吸する。ポケットからギルバートが顔を覗かせた。
「ジュリアン、心が乱れてるぞ?ちょっとのことでいちいち惑わされるなよ」
「うん…ごめんね」
「アシュリー、何言ったんだよ?」
「な、何も言われてないよ?ね、アシュリー?」
「旅が終わったらって…」
「大丈夫だ。アルシャントのことはこれから考えよう。きっと上手くいくさ」
「うん…ごめんね。ありがとう」
何かのきっかけがあれば、ぐっと心に負担になる。今のは旅が終わるって言葉。アシュリーは旅が終わったその先も一緒だよって気持ちで言ってくれたけれど、不安な気持ちは直ぐに襲いかかる。そんな時はアシュリーに抱きしめてもらう。ローブの裾をチョンチョンと引っ張れば、何も言わなくても優しい腕に包まれて僕の気持ちは落ち着くのだ。
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