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番外編
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しばらくして碧空くんが戻ってきた。横田くんの処遇が気になったけど、碧空くんは何も言わなかった。
僕の口から横田くんの名前が出るのはきっと嫌がるだろうと思って僕からは聞けなかった。もしかしたら、まだ決まっていないかもしれないし…。
終業式は欠席した。碧空くんも休むと言ったけれど、生徒会役員は用事がある。そもそも昨日はそのために一緒に帰れなかったのだから。
この部屋から出ないでねと何度も言われ素直に頷いた。一時間ごとに電話が鳴り、僕の無事を確認する。そして最後は『好きだよ』と言って電話を切る。僕は一人で寮の部屋にいるけれど碧空くんの周りにはきっと人がいる。ザワザワと人の話す声が聞こえる時もある。そんな衆人環視の中でそんなことを言ってくれる。きっと安心させるために言葉にしてくれてるんだ。一人の部屋で恥ずかしさに身悶えして真っ赤になっているなんて知らないだろう。
その日帰って来ても横田くんの事は教えてくれなかった。
そして、夏休みが始まる。
碧空くんは旅行には行かなかった。僕もお盆の頃に帰ると実家に連絡した。姉さんはそれを許してくれた。今回のことももう知っているかもしれないから、絶対に帰って来いと言われると思っていたけれどあっさりしたものだった。
最初の一週間はほとんど碧空くんの部屋からさえ出ない生活を送った。横田くんの事が気になるけれど、一週間が過ぎても自分から聞くことはできなかった。碧空くんが不機嫌になったら嫌だと思ったから。……違う。何故だか聞くのが怖かった。
八月に入りやっと寮内を歩けるようになった。どこかで横田くんに会ってしまうかもしれないと、キョロキョロしていると碧空くんは辛そうな顔をする。気分を変えようと昼食を食堂で食べて、売店で買い物をした。寮内はいつもより人が少ない。実家に帰っている人がいるのだろう。けれど、部活動があるので半分以上は残っているだろう。
「姫、話があるんだ」
ソファーで隣に座る碧空くんが真剣な顔で僕の手を握る。横田くんの事だとわかり、緊張しながらその手を握り返し目を見て頷いた。僕の真っ直ぐな目を見て、動揺していないことがわかると安心したのか髪をサラリと撫でて頬に手を添えた。
「英樹の事だけど…」
「うん…。どうなったの?」
「結論から言えば、英は転校した」
「えっ?た、退学!?」
どうしよう。みんな誤解してる。暴力はなかった。薬はどうかと思うけど、それほどの罪になるのかな?焦る僕を抱きしめて違うよと穏やかな声が僕を包んだ。
「英は最初から一学期が終われば転校することになってたそうだ。俺は知らなかったけど、六月の半ばには決まってたみたい」
「そんな…」
「親の会社が倒産しちゃってさ。それはまあ、俺も知ってたんだけど。ここって、私学で全寮制だろ?学費や生活費が結構掛かるんだよ。だから公立に行くって。隣県のH市に親戚が居て、そこに引っ越すんだって」
「どうして…」
どうして言ってくれなかっ……ううん…僕たちにそんな相談されてもどうしてあげることもできない。
「まあさ、きちんと倒産できて、友だちの援助でなんとか生活の基盤はできたから、英にはいつでも一緒に暮らせるからと連絡があったらしい。両親と英の兄さんたちはもうそっちで住んでるんだって。直ぐにでも行こうと思ったそうだけど、それと前後して姫が姫宮碧だと知ったんだって」
「僕…?」
「そう。小学生の時、英は姫の事いつも構ってた。姫がいなくなった時、俺周りが見えてなかったけど…今思えばあいつも相当落ち込んでた。ここに入学したのもおそらく俺と同じ理由。姫に会えるかもって…。ここからは英が言ってたことなんだけど…」
言いにくそうに言葉が途切れ僕を抱きしめる力が強くなる。
『碧は俺の事を全く覚えてなかった。こんなに好きなのに』
「そんな…覚えてたよ…」
尻すぼみになってしまうのは、声をかけられるまでは忘れていた事実に申し訳なく思うから。
僕の口から横田くんの名前が出るのはきっと嫌がるだろうと思って僕からは聞けなかった。もしかしたら、まだ決まっていないかもしれないし…。
終業式は欠席した。碧空くんも休むと言ったけれど、生徒会役員は用事がある。そもそも昨日はそのために一緒に帰れなかったのだから。
この部屋から出ないでねと何度も言われ素直に頷いた。一時間ごとに電話が鳴り、僕の無事を確認する。そして最後は『好きだよ』と言って電話を切る。僕は一人で寮の部屋にいるけれど碧空くんの周りにはきっと人がいる。ザワザワと人の話す声が聞こえる時もある。そんな衆人環視の中でそんなことを言ってくれる。きっと安心させるために言葉にしてくれてるんだ。一人の部屋で恥ずかしさに身悶えして真っ赤になっているなんて知らないだろう。
その日帰って来ても横田くんの事は教えてくれなかった。
そして、夏休みが始まる。
碧空くんは旅行には行かなかった。僕もお盆の頃に帰ると実家に連絡した。姉さんはそれを許してくれた。今回のことももう知っているかもしれないから、絶対に帰って来いと言われると思っていたけれどあっさりしたものだった。
最初の一週間はほとんど碧空くんの部屋からさえ出ない生活を送った。横田くんの事が気になるけれど、一週間が過ぎても自分から聞くことはできなかった。碧空くんが不機嫌になったら嫌だと思ったから。……違う。何故だか聞くのが怖かった。
八月に入りやっと寮内を歩けるようになった。どこかで横田くんに会ってしまうかもしれないと、キョロキョロしていると碧空くんは辛そうな顔をする。気分を変えようと昼食を食堂で食べて、売店で買い物をした。寮内はいつもより人が少ない。実家に帰っている人がいるのだろう。けれど、部活動があるので半分以上は残っているだろう。
「姫、話があるんだ」
ソファーで隣に座る碧空くんが真剣な顔で僕の手を握る。横田くんの事だとわかり、緊張しながらその手を握り返し目を見て頷いた。僕の真っ直ぐな目を見て、動揺していないことがわかると安心したのか髪をサラリと撫でて頬に手を添えた。
「英樹の事だけど…」
「うん…。どうなったの?」
「結論から言えば、英は転校した」
「えっ?た、退学!?」
どうしよう。みんな誤解してる。暴力はなかった。薬はどうかと思うけど、それほどの罪になるのかな?焦る僕を抱きしめて違うよと穏やかな声が僕を包んだ。
「英は最初から一学期が終われば転校することになってたそうだ。俺は知らなかったけど、六月の半ばには決まってたみたい」
「そんな…」
「親の会社が倒産しちゃってさ。それはまあ、俺も知ってたんだけど。ここって、私学で全寮制だろ?学費や生活費が結構掛かるんだよ。だから公立に行くって。隣県のH市に親戚が居て、そこに引っ越すんだって」
「どうして…」
どうして言ってくれなかっ……ううん…僕たちにそんな相談されてもどうしてあげることもできない。
「まあさ、きちんと倒産できて、友だちの援助でなんとか生活の基盤はできたから、英にはいつでも一緒に暮らせるからと連絡があったらしい。両親と英の兄さんたちはもうそっちで住んでるんだって。直ぐにでも行こうと思ったそうだけど、それと前後して姫が姫宮碧だと知ったんだって」
「僕…?」
「そう。小学生の時、英は姫の事いつも構ってた。姫がいなくなった時、俺周りが見えてなかったけど…今思えばあいつも相当落ち込んでた。ここに入学したのもおそらく俺と同じ理由。姫に会えるかもって…。ここからは英が言ってたことなんだけど…」
言いにくそうに言葉が途切れ僕を抱きしめる力が強くなる。
『碧は俺の事を全く覚えてなかった。こんなに好きなのに』
「そんな…覚えてたよ…」
尻すぼみになってしまうのは、声をかけられるまでは忘れていた事実に申し訳なく思うから。
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